それは言ってみれば一応東の方にある国で
ハッカ味って原料なんだろう
アユなんだかヤマメなんだかわからない、アユメという魚の干物を焼いて食べた後、俺たちはまだフロウの家でごろごろしていた。
雨がやまないのだ。
「この辺って結構雨降るんですかね?」
「そんなに降らないですよ、だから今日の土砂降りは珍しいですね」
珍しいのかぁ、俺たちの運が悪かっただけか、なんだか幸先悪いなこの後アバランシュなのに。
「そうですか…ところでずっと気になってたんですが村の家はこういう造りが多いんですか?天井高くて、囲炉裏があって」
「僕の家だけですよ、ヴォルガーさんはやっぱり囲炉裏をご存知なんですね、僕より先にロリエ様たちに靴を脱いであがるように説明してるのを見て少々驚きました」
「ああえっと…知識として知ってただけですよ、実際見たのはこれが初めてです」
昔、田舎の民宿に泊まったときに見て実際に使ったことはある。
でもそれは日本の話だからノーカウントだ。
こっちの世界じゃ見たことがない。
俺はフロウの家だけなぜこんな仕様なのか気になったので詳しく話を聞くことにした。
どうせ他にやることないし、腹が満たされた女性陣は昼寝モードに入られたし。
「これはある友人の家を真似て作ったんです」
その言葉をはじめにフロウは自分の過去について語り始めた。
彼はこの村で生まれたごく普通の村人だった。
しかし成長するにつれ、だんだんと変化のない村での生活が嫌になり、ある日とうとう冒険者になってもっとすごい事をやるんだ!という思春期真っ盛りの発想で村から旅立った。
両親にはまあたまには帰って来いよーくらいに軽く送り出されたらしい。
両親のそんな態度は「どうせ長続きしないだろう」と思ってるからに違いない、そう感じたフロウはムキになってザミールで冒険者にはなったものの、まずは歩いて王都リンデンを目指すことにした。
王都で有名になれば両親とて自分を見直すだろうという安易な発想だ。
安易だが馬鹿にはできない、俺なんか大学入る頃にいろいろこじらせて家を飛び出した記憶がある。
その時から結局実家には一度も帰らなかった。
しかも理由が親父に会いたくないとかだからフロウよりもしかしたら恥ずかしい。
「あの頃はなぜかうまくいくって信じてたんですよね、そんなわけはないのに」
フロウは一人旅をはじめてから早速つまづいた。
村からザミールに行くまではピンクラビットとか単体のゴブリンくらいしか魔物に会わなかったので、旅を軽く考えてしまった。
ザミールを出てから野盗に会い身ぐるみはがされた挙句、なにかレアな魔物をおびき出すためのエサとして森の中へ連れていかれたのだ。
いきなり人生終わりそうな展開である。
「そこでたまたま通りかかって僕を助けてくれたのが、ディムさん、ディムグライアというエルフ族の冒険者の方でした、僕は本当に運が良かった」
ディムグライア、フロウにならってディムと呼ばせてもらうがその男エルフの冒険者は、颯爽と現れたかと思うと野盗たちを風魔法で攪乱し、パンツ一枚で生贄的なものにされようとしていたフロムを掻っ攫ってあっというまに逃げた。
王子様かよ。
そしてフロウはそのまま身の上を話すと、ディムにくっついてサイプラスまで行った。
「家に帰った方がいいとは言われたんですが、その、なんというか、大きな口叩いて村を出たものですから…パンツ一枚にされて泣いてるところを助けられたので帰ってきた…なんて両親に言うのが恥ずかしくてどうしても家には帰りたくなかったんですよ」
「まあ、気持ちはわかりますよ」
命あってのなんとやらとは言うが、プライドは時として命に勝る。
俺も、母の残した財産を食いつぶして生きる親父のようにだけはなりたくなかった。
ゆえに社会人になってからも実家に帰ることはしなかった。
「ディムさんの家は山奥にある一軒家でした、傍にエルフ族だけが住む村があったんですが、僕は一度もそこには行ってません、結局こっちに帰るまでディムさんの家にいました」
フロウはディムの家でしばらく狩りの仕方をならったりして一緒に暮らしていた。
そのディムの家が、囲炉裏がある今のフロウの家みたいな感じだったようだ。
「それで楽しくはあったんですが…ある日、山の中を流れる川で漁をしていたら、無性に故郷の川でとれたアユメが食べたくなったんですよ」
「あっちにはいなかったんですか?」
「はい、似ている魚はいましたが、まったく同じ魚はいませんでした、魚だけに限らず、他の食べ物も少しずつ違っていて…食材もそうですが料理が人族の街にあるものとはかなり違うんですよ、朝なんて毎日コメを食べてましたし」
「こめっ!コメというと釜で炊く白い粒の!」
「え、ええそうです、なんだサイプラスの料理を知ってたんですか?」
知らねええええ、知ってたら行ってたあああああ。
「他にどんな料理を食べてたんだっ!」
「ええ?あーあとはそうですね…」
俺は思わず口調も素に戻ってあれこれ聞いた。
するとディム家の朝食はごはん、みそ汁、焼き魚、さらに…
「納豆っていうのはどうしても好きになれませんでした、だって腐ってるんですよ?」
「馬鹿者、あれは腐っているわけではない、そういう食べ物なのだ」
「ディムさんと同じ事言いますね…」
とにかく他にも豆腐に醤油をかけて食べるとか、大根をつけてたくわんを作らされたとか、完全に日本食を食べていたとわかる話をフロウからは聞いた。
ちくしょうエルフめ、なぜ日本食を食べているのを隠していた!
ミュセやプラムも実は食ってたのか!?
あいつらめえええ!
そういうの食ってんの?とミュセたちに聞いたことはないから仕方ないんだけども。
だっておかしいだろう…ファンタジー世界でエルフが箸使って納豆かきまぜてる姿なんて想像しねえよ。
ザミールできな粉を見つけたときに、ひょっとしたら日本食に近いものがあるのかとは考えたが、完全にそのものがあるとは思っていなかった。
「それで僕はやっぱり故郷が恋しいと気づかされて、タロンの村まで戻ってきたわけです。ただディムさんの家にあった囲炉裏だけはすごく好きだったんで、それを真似てこの家を建てました」
「え?自力で建てたの?一人で?」
「そんなわけないですよ、両親や村人に協力してもらってです。帰ってくるまでに冒険者らしく魔物を討伐してお金を稼いだんで、それを使って手伝ってもらったんですよ」
はあ、一応たくましくはなって帰ってこれたんだなあ。
話に出てきた両親の姿が見えないので、どこにいるのか聞いたら両親は前の古い家に愛着があるそうなのでそっちに住んでいるそうだ。
だけど今はフロウのお金で旅行に行ってて村にもいないらしい。
フロウはちゃんと親孝行してるんだな…
地球に残っている俺は…してないだろうな…
「これから行くのがオーキッドじゃなくてサイプラスなら喜んで行くのになあ」
フロウの話を聞いて思わずそんな感想が口から出た。
「おい、それはどういう意味なのじゃ」
不機嫌そうな声でロリエがそう言った。
「あれ、起きてたの?」
「今起きたのじゃ、それよりなんでサイプラスなら喜んで行くなどと言うのじゃ!!」
「何、どうしたの?なんでキレてんの?」
「いいから答えるのじゃ!!」
頬をふくらませてぷりぷり怒るロリエ。
仕方ない、理由を教えてやろう大したものでもないし。
「いやあっちの料理が食べてみたいから」
「たわけっ!!オーキッドのほうがサイプラスなんかよりずっと美味いものがあるのじゃ!」
「ええ?そうなの?」
「勿論なのじゃ!大体エルフ族のやつらは木の根っこを食べたりするのじゃ!いくら森に住んでおるからといって木の根っこまで食べるなど頭がおかしいのじゃ!」
木の根っこ、はて、なんのことだろう、山芋かな?と思っていたらフロウがこっそり
「たぶんゴボウのことです…あれをサイプラスから運んできたエルフ族の商人が、人族やドワーフ族に馬鹿にされたことがあると噂で聞きました」
そう教えてくれた、なるほどゴボウか。
知らなければ木の根に思えるかもしれない。
日本じゃ太平洋戦争の際、捕虜にゴボウを出したら木の根を無理やり食べさせる虐待だとか言われてめちゃ怒られた、なんて逸話があったような気がする、あれ実話なのかな。
「ゴボウとか山芋とか、ちゃんと調理すれば美味しいけど」
「うるさいうるさい、ゴボウだとかヤマイモだとかそんなわけのわからない物は食べ物ではないのじゃ!」
「無茶苦茶言うなぁ」
「ヴォルガーさん…不味いですよ、ドワーフ族のロリエ様はエルフ族が大嫌いなのだと思います、話題を変えた方がいいかと」
やれやれ、まったくなんでいがみあうのかね?
仕方ない、ここはフロウの忠告に従ってロリエの怒りを逸らせよう。
「ロリエはオーキッドの料理で何が一番好きなの?」
「む?うむむ、たくさんありすぎて迷うところなのじゃ」
「たくさんあるのかあ、じゃあオーキッドに行ったらいろいろ食べてみるのもよさそうだなあ」
「そうしたほうが良いのじゃ!あ、『ドンドンタココ』はわちしのオススメなのじゃ!」
「ドンドンタココかぁーいやーさっぱり想像つかないけど楽しみだなぁ」
どういう料理なんだよ…フロウにこっそり知ってるか聞いてみたけど首を横にふるばかり。
まさかわんこそばみたいにどんどん海のタコを食わされるとかじゃないだろうな。
タコは別に嫌いじゃないけど限度はあるぞ。
「ならば早くオーキッドに行こうなのじゃ!見ろ!雨もやんでおるのじゃ!」
いつのまにか雨はやみ、空からは日の光がフロムの家の窓へと差し込んでいた。
「こりゃ!いつまで寝ておる!早く起きるのじゃ!」
「…んん?いたっ、もうーお尻をけったのだれえ?」
ロリエはディーナの尻を蹴っ飛ばして起こした。
アイラも同じようにして起こそうとしたが、足を途中で止め何か考えた後、俺に向かって「ア、アイラを起こしておくのじゃ」と言った。
たぶん後が怖くなったんだな。
「わははは!世話になったのじゃ!」
元気いっぱいロリエを筆頭に俺たちはフロウに挨拶をし、家を出ようとしていた。
なんかお礼せな、と思ったので俺はとりあえず自分にできることをしようと思った。
「どこか体の調子が悪いところとかない?」
「え、いや特には…なぜそんなことを聞くんです?」
「俺って光魔法が使えて、中でも回復魔法が得意なんだ、だからお礼になんか役にたてないかなと」
「そうだったんですか、神官の方に治療していただけるなんて滅多にないことでありがたいんですが…」
俺はアイシャ教の神官ではないが面倒なので特に訂正はしなかった。
というかフロウはアイシャ教には詳しくないみたいだな、俺の黒髪に疑問を抱いていないようだし。
嘘神官の俺が黙って見てるとフロウは右手を顎にあてて考えていた、この様子だと思い当たるところはないんだろう。
ただし俺はフロウの左手が、右腕をさするような動きをしているのが気になった。
さっき二人で会話しているときも、無意識なのだろうが、左手で右腕をさすっていることがあった。
「その右腕、もしかして以前怪我したんじゃないか?」
「あ、よく気が付きましたね、こっちへ帰ってくるときに魔物に負わされた傷があるんです、たまーに痛むんですよ」
「よしならば一応魔法をかけておこう、<ヒール>、ついでに<キュア・オール>!よーしこいつも持ってけ<ホーリー・ライト・ブレッシング>!」
むやみに回復、状態異常回復、呪い回復と三段がけしておいた。
フロウは<キュア・オール>あたりで驚いていたが、俺が<ホーリー・ライト・ブレッシング>を使うと完全に言葉を失ってポカーンとしていた。
「どうかな?」
「…はっ、ああ、はい、傷跡もまったく残っていません。というか以前より力が増したようにすら感じます」
「よしよし、意味があったようで何より、これで心置きなく旅立てる」
そして魔動車に乗り込み、俺たちはタロン村を後にした。
フロウはなにか苦笑しつつも、外で俺たちを最後まで見送ってくれた。
「お主…どうなっとるのじゃ?無詠唱で三つの魔法を使っていたように見えたのじゃ」
再び助手席に乗ったロリエが不思議そうに運転する俺を見ていた。
「そうだよ、とりあえずあの三つで今まで大体なんとかなってきたんで全部かけておいた」
「それ、わちしと一緒に来た神官たちにかけてくれればアイラにやられた怪我もすぐ治すことができたのではないのか?」
「さあ、峠を越えたらアバランシュだ、その次はいよいよオーキッドだぞう」
「こらっ!ごまかすのはやめるのじゃ!」
「はっはっはっ、ほら飴ちゃんだぞう、食べなさい」
「むぐー!ちゃんとこたえ…これはまだ食べてない味なのじゃ!!」
ふう、非常食だけあってさすが非常時に役にたつな。
俺は飴をほおばって、ころころ舐めているロリエから目を逸らし、前を見て運転に集中することにした。
一部フロウとディムがごっちゃになってフロムになってました