雨の寄り道
海腹川背とは釣り具を使って飛び回る女の子を操作するアクションゲームである。
俺の運転する魔動車はコムラードを出て、無事にザミールまで到着した。
途中にまた巨大ミミズが出てきたが華麗なドライビングテクニックで回避した。
ロリエはオーキッドでもあれを見たことがあるようでさほど驚いてはいなかった。
さらにあのミミズは人を食べたりはしないから危険ではないとも教えてくれた。
じゃなんであいつら近づいてくるのかということについて聞くと、恐らく遊びのつもりでじゃれようとしてくるのだとか。
やっぱり危険じゃねえか、ぬめったミミズにまとわりつかれて喜ぶやつがどこにいるんだよ。
体格差を考えたらのしかかられたらこっちは死ぬよ。
しかしあのミミズも哀れだな。
好奇心で近づいて来たせいでアイラに魔法で引きちぎられたりしたのか。
なんかディーナとマーくんに至っては魔動車で轢き殺したことがあるらしいし。
避ければいいのに…
ミミズだってオケラだってアメンボだってみんなみんな生きているんだ。
オケラとアメンボはこの世界でまだ見たことはないが同じように巨大化してたら嫌だな。
とても友達にはなれそうもない、いや、地球サイズであっても友達になるつもりはないんだが。
ともかくミミズの悲しい生態について知らされた後はドワーフという種族がどういうものなのか気になったのであれこれたずねた。
寿命はエルフ族より短いがそれでも平均100年ほど生きるらしい。
体の成長は赤ん坊のころは人族と同じで、女だとロリエくらいの見た目になると止まるようだ。
しかも死ぬまで老けない、永遠のロリ。
男のほうは普通に老けていって人族でいう5、60代付近になるともうそれ以上は変化なし。
身長は総じて男女共に小さいらしい。
小さいおっさんが幼女と子作りをするのか…ロリエはもう子供が作れる年齢なのだろうか…と聞こうかと思ったがセクハラになると思ってやめた。
ただ、ロリエがのじゃのじゃ言ってるのが年齢からすると変だなと思ったんで、なんで年寄りくさい口調なのと聞くと、どうやら職業の影響によるところが大きいとわかった。
神殿にいる若い司祭はロリエだけで後は年寄りが多く、周りの口調がうつってそうなったようだ。
「このほうが威厳があるように見えるのじゃ!」とか言ってたが残念ながらその効果は俺には感じられなかった。
他はまあなんか適当に俺が昼飯に用意したサンドイッチを見て「なんでわちしの分を作っておらんのじゃ!」と自分の用意した固いパンと比べてごねるロリエに俺とディーナの弁当から分けてやってご機嫌をなだめたり「トイレに行きたいのじゃ」とおしっこが漏れそうなロリエのために、さっき飯休憩で止まった時に行っとけよ…と思いつつもどこか良さそうな場所を探したり「眠たいから後ろの席で寝ころびたいのじゃ」とうつらうつらとし始めたのでアイラを助手席にやってロリエを後ろで寝かせたり、とても26歳とは思えない女の面倒を見ながら車を走らせた。
で、ザミールに着いて起きた時にとうとう26歳幼女は「アイラが前に行けば、あやつと二人で後ろに座れたのじゃ…」と気づいてはいけないことに気づいてしまった。
俺はロリエ側の同行者を減らしたかったので気づいていたがずっと黙っていた。
アイラも黙っていたのは同じことを考えていてのことだろう。
ちなみにディーナはロリエが言うまで気づいていなかった。
それどころかディーナはザミールの宿に入った後「せっかく来たからララちゃんたちに会いに行かない?」とかのたまわりだしていた。
いや会いたい気持ちはわからないこともないが、どう考えても今行くと迷惑になるのでザミールでは大人しく宿で寝るだけにするように言い聞かせておいた。
そして二日目の朝、水と食料を少し買った後、ザミール南にある林に隠しておいた魔動車に乗り、アバランシュに向けて旅立ったところ。
運転はまた俺、ディーナには後部座席でロリエの相手をしてもらっている。
アイラは今日は助手席に乗って地図を眺めつつ俺のナビをしている。
地図はコムラードの冒険者ギルドでミーナから買ったものだ、いつまでもマーくんに見せてもらうわけにもいかないので。
「途中で峠を越えるようなのですが、魔動車が通れるでしょうか」
アイラが地図と俺の顔を見つつ、隣で心配そうにしていた。
「たぶん行けると思うぞ、前にナインスたちと一緒に見たときは結構、道幅があったからな」
「いつのまにこんなところまで来てたんですか?」
「館からララとルルを帰したときだよ」
「なるほど、あの館から峠のあたりに出てこられる道があるんですね」
そういうこと、とりあえず道に関する心配はない。
アバランシュ側から旅人や馬車が来た場合に轢かないようにしなくてはならないくらいか。
信号が一切ない上に他の車がいないのでついスピード出しそうになるのは注意しなきゃいけないな。
アスファルトで舗装された道がないことを差し引いても、ちょいちょい止まる必要がないという点は圧倒的に早く移動できる。
車のCMでアメリカとかの周囲に草原しかないひたすら道だけのところを走ってるやつあったけど、ああいうとこ運転すると今の俺みたいな気持ちになるのかなぁ。
「道は問題ないけど…ちょっとまずそうだな」
俺は運転席から空を眺めた。
厚い雲に覆われて、日中だというのにかなり暗い。
「降ってきそうですね…あ、そう言ってるうちに降り始めました」
アイラの言葉通り、ポツポツと雨が降ってきた。
この世界で雨は結構珍しい、コムラードにいるときも数えるほどしか見ていない。
しかもあの辺じゃすぐやんでた。
「うわー思ったとおり…前がみえねえ」
フロントガラスに落ちてきた雨粒が視界をドンドン悪くしている。
なぜワイパーがないんだこの車は、開発者でてこい。
仕方なくかなりスピードを落として走っていたが、雨はどんどん強くなり、とうとうザーザー激しく降り始めてしまった。
「ひゃーすごい降ってきたのじゃー!でも魔動車の中は快適なのじゃ!おいディーナ!雨はいらぬが飴玉はもうひとついるのじゃ!」
「はあい、次はどれがいいですかロリエ様、私はネロロ味にしようかなぁ」
「わちしはイチゴ味なのじゃ!」
後部座席の二人は飴玉を食ってはしゃいでいる。
俺が非常食として暇なときに作ったやつだ。
「アイラちゃんは、オレンジが好きよね?はいどうぞ」
「…どうも、ありがとうございます」
後ろからディーナがアイラにも飴を渡していた。
俺にも何味がいいか聞いて来たがとりあえず今はいらんと言っておいた。
この非常食は果汁と砂糖を混ぜて作ったフルーツ飴だ。
保存がきく食料として家で何度か作っているが、作ってもすぐ消費されてしまう。
意味がないので作るのやめようかなと思ったがディーナとアイラの強い希望で作り続けている。
恐らく今回も非常時には存在しなくなってるだろう。
どういうときが非常時なのか判断は難しいが、少なくとも今はまだその時ではない。
「この状況で峠に入るのは危険かもしれない」
「そうですね…どこかで雨がやむのを待った方がよさそうです」
視界と道が悪い中、このまま進むのはやめとこうとなったので俺は一旦どこかで雨宿りできないか、ゆっくり走りつつ周囲を調べた。
すると村らしきものが見えたので、そこへ行って雨がやむまで様子を見ることにした。
「地図によるとここはタロンという名の村ですね」
アイラの説明を聞きながら村に魔動車で乗り入れる。
タロン村か、第一村人との遭遇は難しそうだな、この雨の中で外をうろついてるやつはいないだろう。
ロリエはコムラードに来る途中、この村には立ち寄っていないと言った。
つまり宿的なものがどこにあるかさっぱり誰もわからんということだ。
どこか魔動車を停めることができて、さらに俺たちを家の中に入れてくれる親切な人はいないかなあと考えつつのろのろ走って、他の家よりひとまわり大きい家があったのであそこきっと親切な人がいるはずと決めつけて家のすぐ傍に魔動車をベタ付けした。
「俺がちょっと行って家の人に中へ入れてもらえないか交渉してくる」
「わちしは別に魔動車の中でも構わんのじゃ」
「いや、ロリエはおしっこしたくなったらどうする気なのか、この中でやるつもりか?」
「…それもそうなのじゃ、よし交渉は任せたのじゃ、あとわちしに向かっておしっことか言うのはやめよ」
はいはい、司祭だから代わりに聖水でどうだ?とかふざけて言ったらめっちゃ怒られそうだな、と思いつつ俺は魔動車を降りて、急いで家の軒先に行くと戸を叩いて「すいませーん」と中へ呼びかけた。
「はいはい、何の用かな」
戸は開かなかったが中から返事が聞こえた。
「旅の者なんですが、道中の急な雨で困ってしまい、近くにあったこの村に立ち寄って休める場所がないか探しているのです」
「そうですか、雨の中、山道は大変でしたでしょう」
「いやザミールの方から来たんで峠は通ってないですけど」
ガラっ、と引き戸が開いた。
中からはひょろっとした背の高い男が、ぼさぼさの赤茶色の髪をかきながら顔を見せた。
年齢詐欺の種族でなければ20代くらいの若者に見える。
「一人で来たんですか?」
「他に女の連れが三人います、あの中に」
「あの中?」
男は顔をひょいと外に出して俺が指さす方を見た。
「なんだこりゃ!!」
驚いていた。
………
「イルザ教の司祭様とはつゆ知らず…失礼しました」
「わははは、よいのじゃ!」
男の名はフロウと言った、年齢詐欺ではないちゃんとした人族の若者だった。
フロウは俺たちを家に上げてくれた、魔動車を見た直後は警戒していたがアイラがそこから出てきたのを見て「なんだ子供ですか」と安心した後、後ろから出てきたロリエを見て「子供ばっかりですね」と言ってロリエの怒りを買うこととなった。
ドワーフ族でイルザ教の司祭だよ、と教えると「すいませんでしたぁ!」と地に頭をつけて謝ったのですぐに許されたようだ。
「なんだかこの家、臭いのじゃ」
家の中にあげてもらっておいてなんという言い様。
確かに俺もちょっとなんか生臭いなとは思っていたけど。
「ウチは普段、魚の干物を作ってるものですから匂いが染みついてしまって…申し訳ありません」
「なんじゃ干物の匂いだったか、干物は美味いが少々匂うからのう、仕方ないのじゃ」
フロウは一人でこの家で生活し、村から西にある川で魚をとって生計を立て暮らしていると言った。
川はオーキッドとの国境になる大きな川だ、俺たちはいつのまにか国境側に近づいていたようだ。
「魚の干物かぁ、焼いて食べると美味しいのよねぇ~じゅるり」
ディーナは想像しているのか、にたにたと笑いながらあらぬ方向を見ていた。
「よ、良かったら食べますか?ウチはそれくらいしか出せるもの無いんですが…」
「えっ、いいの?ありがと~~フロウさん!勿論食べるわ!!」
「こらっ、わちしが先に食べるのじゃ!」
「皆さんの分用意しますので」
遠慮ないヤツが二人になってしまったか…もう俺にはどうすることもできない。
フロウがいい人で良かったと、それに感謝するばかりだ。
フロウは一旦部屋を離れると、魚を開いて干物にしたものをいくつか持ってきた。
持ってきたということはここで調理するのだ。
そう、なんとフロウの家には囲炉裏があった。
久々に靴を脱いでくつろげる場があったのは嬉しいことだ。
板張りの床に足を延ばして座っていると、魔動車に座りっぱなしで蓄積された疲れが癒されていくー。
「あーなんかこれいいわねー、このまま寝れそう」
「床がひんやりして気持ちいいのじゃー」
「二人ともいきなりくつろぎすぎだぞ、フロウさんの前で恥ずかしいだろが、アイラを見習ってちゃんと座りなさい」
「アイラも寝ておるのじゃ」
ん?と思ってアイラの方を見ると、バッと物凄い速さで体を起こして何事もなかったように座るアイラがいた、澄ました顔してるところ悪いが見てたよ?俺は。
「いいんですよ、ゆっくりしてくれて、私もよく同じように寝ころびますから」
「一人でかい女もいますが基本的に全員子供みたいなものなので…本当すいません」
フロウは笑いつつも囲炉裏に薪を入れたり、開いた魚に串をうったり準備をしてくれた。
炭は使わないのか聞いたら、今日雨が降ってなければ村で炭焼きをしてる村人のところに貰いにいってたんですが…と残念そうに教えてくれた。
そして燃えやすそうな枯草に火打ち石で火をつけようとしていたのだが、雨でしけってしまったのか、なかなかつかず手間取っていると
「<ファイア>なのじゃ!」
ボッ、と一気に火がついて燃え上がった。
ロリエが魔法を使ったのか。
「おお、さすがイルザ教の司祭様です、こんな簡単に火の魔法を使えるとは…」
「ふふん、まあそれほどでも…あるのじゃ!」
それ決め台詞かなんかなのか?それほどでもないと言ったのをまだ見たことが無いぞ。
「便利でいいわねぇ、それでこの魚をここにかざして焼けばいいのかしら!」
そんなことより魚を焼こうぜ、と言った感じでディーナが串に刺さった魚を手に取った。
「あっ、手で持って焼くと熱いのでまわりに刺して置くようにして下さい」
「こう?ここ?」
「そ、そうです、はい」
フロウに手ほどきを受けながら魚を火の回りに刺して並べていくディーナ。
なんだろう、フロウがたまにしどろもどろになってて、最初はあまりの遠慮のなさに若干引いてるのかなと思ってたんだけど、もしかするとディーナが距離近いので照れているのか?
そうか…何も知らない人から見れば美人の部類には入るからな…
ディーナは珍しく女として意識されているのに全く気が付いていない様子だ。
魚を囲炉裏に刺すことに忙しい。
「おいディーナそれ逆だぞ」
「え、なにが?頭と尻尾をさかさまに刺すの?」
「あ、こ、こうです、魚の皮が火にあたるように」
「そうそう、海原川背って言うだろ」
皆が何言ってんだこいつ、といった様子で俺を見た。
しまった…海腹川背は通じないか…
「うみはらかわせってなんなのじゃ」
「海の魚は身がある方から、川の魚は背中の皮がある方から、それぞれ焼いた方がいいって意味だよ」
「フロウ、どうなのじゃ?」
「その言葉は初めて聞きましたが、昔からこの辺の川魚は皮のついてるほうから焼くと美味しいとは言われています、海の魚については私は滅多に食べることがないのでわかりかねます」
「なるほどのう、ヴォルガーは変な言葉を知っておるのじゃ」
「ヴォルるんは物知りだからっ!」
皆当たり前のように日本語を使うので、なんとなく通じる気がして言ってしまった。
でもおかしいんだよな、たまに通じる格言みたいなのもあるし、この世界の言葉は本当にわけがわかんねえ。
イルザに会えたら聞いてみようかな、なんで中途半端な日本語をカヌマ語とか言って皆使ってんの?と。
神様だったらそれくらいの事情わかるだろ。
俺はそう思いつつ、焼けていく魚の前でヨダレを垂らす20代の子供たちを眺めていた。




