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気分転換に

おっさん二人でデートみたいな悪夢

 俺はここ数日悩んでいた。

アバランシュがどうとか、俺のことが王都のアイシャ教に伝わるかもだとか、そんなことはどうでも…よくはないがとりあえず悩みの内容はそんなことではない。


 家の中をぐるりと見渡す。

タックスさんから借りてだいぶ慣れ親しんだ我が家。

途中からディーナが一緒に住み始めて、今はアイラもいて、なかなか賑やかな生活を送っている。

この生活になって不満は特にないが悩みがあるかといえば一点、ディーナと一緒に寝ることがなくなっ…まあこれはうん、耐えられないことではないので悩んでいるほどではない。


 下半身の悩みではなくて、問題点はこの家に住んでる三人は今のところタックスさんの仕事とはまるで関係ない生活を送っているのにここに住んでていいのか?という点だ。


 ここ元々タックスさんの店の従業員用の家じゃなかった?

俺たち…よく考えたら店の仕事なにもしてないよね…?


 タックスさんから特に何か言われた事はない。

顔を合わせてもいつもにこにこと会話してくれる。

俺が事故の怪我を治したから恩を感じているのもあるかもしれない。

ただその好意をそのまま受け取ってここでずっと生活してていいのだろうか、と思う。


 店のことで何か手伝えることありませんか?とも尋ねてみた。

しかし、俺はたまに冒険者ギルドに呼び出される上に、メルーアとモレグが雇われている今は余計なことすると二人の仕事を奪う感じになってしまうので手伝うと言うと逆にちょっとタックスさんを困らせてしまうことになってしまった。


 やっぱこのままってのはよくない、よくないよな。

家を出て店のほうへと一人で向かう。

今日はディーナとアイラはいない、家に来たマーくんと共に冒険者ギルドに仕事を探しに行った。


 アイラは闇魔法を覚えてから魔物討伐の仕事も受けられるようになったのでやる気が出たようだ。

ただしまだ一人で街の外に出すつもりはさらさらないので、必ずディーナと、それプラス俺かマーくんがついて行く。 

ディーナは戦闘で役にはたたんが、アイラのブレーキ役にちょうどいい。

最近<イロウション>を無詠唱で使えるまでになったアイラは少々自信過剰になってきてるのでディーナというお荷物を持たせないと一人で無茶しそうで怖いのだ。


「いらっしゃい、ってヴォルガーか、ギルドに行ってるのかと思ったよ」

「今日は俺だけ残ったんだ、ディーナたちは行ってるよ」


 タックスさんの店に入るとメルーアが俺を客と勘違いして出迎えてくれた。

冒険者のときのような革鎧姿ではないロングスカートのゆったりとした服を着ている。


「それ似合ってるな」

「やめとくれよ!こっちは恥ずかしいのを我慢して着てるんだから!」


 メルーアはここにいるときはトニーと一緒に店内の仕事を任されることが多い。

最初のほうこそ冒険者のときのような剣と鎧姿でうろうろしてたが、店員としてイメージが悪いんで今の服装になった。

護衛としてタックスさんについて出かけるときは元の恰好に戻る。


「それで、どうしたんだい?わざわざアタイの姿を見に来たわけじゃないんだろ」

「ん?まあそれはそれで得した気分になれるからわざわざ見るだけに来てもいいんだが、今日はタックスさんに話があってな、奥にいる?」

「ああいるよ、今は来客もないから行けば話もできると思うよ」

「そうか、ありがと」


 メルーアに礼を言って店の奥、住居として使ってる方へと進む。

途中カウンターにいるトニーは絶賛どこかのマダム相手に接客中だったので声はかけず、横を通るとき軽く手をあげて挨拶しておいた。

冒険者っぽい客が多い店だが、たまにああいう金持ってそうな客も見るんだよな。

たぶん魔道具を買いにきたんだろう、この辺じゃタックスさんが一番その手の道具に精通しているらしい。


 タックスさんの仕事部屋まで行く途中、調理場のほうからいい匂いがした。

マリンダさんが食事の準備をしているのかもしれない。

彼女はもう俺とディーナを見張る必要がなくなったが、今もタックスさんの元で家政婦をしている。

俺は彼女の作る料理は長らく口にしていないが、タックスさんとトニーはほぼ毎日食べている。

トニーに一度それとなく食事について聞いたら「マリンダさんは王都の料理にも詳しくてほんとよかったっす!」とか言ってたので満足してるようだ。

俺の苦手なパクチーっぽいものも王都出身の彼らの間では食べなれた味、ということだな。


 タックスさんの仕事部屋の前についた。

俺はドアをノックして返事を待つ。


 …返事がない、いないのか?再びドアをノックしてみたが反応がなかった。

ドアノブに手をかけると鍵はかかっていなかった。


 あれ?と思って少し開けて中をのぞいてみるとタックスさんは普通にいた。

椅子に腰かけて窓から外を眺めている。


「あのータックスさん?」

「…おや、ヴォルガーさん、いつからそこに?」

「すいません、ここにいると聞いて来たものの、ノックしても返事がなかったので少々気になって」

「そうでしたか、いやぼーっとして気づかなかったようです、申し訳ない」


 部屋に入ってタックスさんの眺めていた窓のそばまで行く。


「庭を眺めていたんですか」

「まあ…そんなところですな」


 俺も窓の外を眺めて見るが、庭といっても敷地内は庭園のような風情があるわけではないのでこれと言って見るようなものは特にない。

タックスさんは庭を見ていたのではない、庭にある建物を見ていたのだ。


「ここからだと倉庫がよく見えますね」

「え、ええまあ…そうですな」


 魔動車を格納している倉庫のことだ。

やっぱり乗りたいのを我慢しているんだろうな…どことなく元気がないようにも思えるし。


「ヴォルガーさんは私に何か用ですかな?」

「ええ、また相談したいことがあったんですが…少し気が変わりました、タックスさん、今日はこの後忙しいですか?」

「いえ今日明日は大した用事はありません、あってもトニーに任せてもいい用件くらいですな」

「ならちょうどいいですね、俺にちょっと付き合ってもらえませんか」

「おや、何をするんですかな?」


 俺がそのような誘いをしたことはこれまでにないのでタックスさんは不思議そうな顔をしていた。


「気分転換に、ドライブです」


 ちなみに今決めた。


………………


………


「じゃー俺たちでかけて来るから!あ、ディーナたちが帰ってきたら伝えといて!」

「わかったっす…でもくれぐれもお願いするっすよ!運転は先生がするっていうからおれっちも親父のことを…」

「わかったわかった、私はヴォルガーさんの隣に座っているだけだ、そう心配するな!」


 ドライブ、と言っても当然伝わらなかったので、疑問に思うタックスさんに魔動車を運転して出かけることだと説明すると「おお!いいですねドライブ!」と喜んだのも束の間、運転禁止令のことを思い出してすぐに暗い顔になった。


 でも別に運転がだめなだけで乗るのは平気ですよと言いくるめ、後は俺が正しい運転を教えるという名目でトニーも説得してドライブの許可を得た。


 自分で運転できなきゃ不満かなーと思ったんだけど、今、魔動車に乗り込んだタックスさんは実に嬉しそうに助手席でにこにことしている。

乗れさえすればなんでもいいのかな。


「ではいってきまーす」


 そして俺とタックスさんを乗せた魔動車はコムラードの街を出て行った。


 で、街の外に出て街道付近で遊んでると他の人を轢き殺しかねないので道を外れ、野原を走っていたんだが特に行く当てを決めていなかったなと今更気づいた。


「タックスさんどっか行ってみたいとこあります?」

「私は…ああそうだ、でしたら久しぶりにナクト村へ行ってみてはいかかですかな?」


 ナクト村かー、それもありだなー久々にキッツの顔でも見に行くか。

でもこれってタックスさんというより俺が行きたい場所だな。


「前は片道で二日かかりましたが、今なら半日もかからずいけるのではないですかな」

「2時間くらいで行けると思いますよ、でもまあのんびり行きましょうか、ドライブとは急ぐことだけが全てにあらず、ですよ」

「ほうほう、なんだか楽しくなってきましたな!」


 良かった、多少なりとも元気になったようだ。

俺はナクト村に向けて魔動車を走らせた。

しかし道がうろ覚えなのでタックスさんにどっち行けばいいか聞きながら。


 そうやってしばし景色を楽しみながら走っているとゴブリンが数匹走ってくるのが見えた。


「はっはっはっ!見てくださいやつらまるでおいつけてません!まぬけですな!!」


 魔動車の後ろを必死の形相で走って追いかけるゴブリンを眺めつつタックスさんは叫んだ。

うーんそういう楽しみ方はドライブの楽しみ方として想定してないかな…まあいいけど。


「まあ時速60キロでも相当なもんですからね…走っては追いつけないでしょう」

「その『ジソク』という速度の単位も私は知りませんでした、ヴォルガーさんは本当に博識ですなあ」


 キロという距離の単位に関しては通じていたのだが時速はわからなかったのか。

俺は時速というのは一時間で行ける距離を表すとタックスさんに教えた。


「大体普通に人が歩く速度が時速4、いや5キロ程度だと思って下さい」


 この世界の人丈夫だからなー足も少し速いかも。


「マーくんだったら走ってこの車にも追いつけそうです」

「なんと…マグナさんはそこまで足が速いのですか」

「おかしいんじゃないかってくらい速いですよー、でも魔動車みたいにぶっ続けでは無理ですから」

「彼がもし獣人族だったらそれも可能だったかもしれませんな」

「獣人族はやっぱ違うんですか?身体能力が」

「ええ、そりゃもう、王都で一度走って跳躍して城壁に飛びついて乗り越え、逃げだした獣人族の奴隷を見たことがあります、人族にあんな真似は到底無理でしょうなあ」


 城壁が何メートルあるかはよくわからんが…とりあえずオリンピック選手は目じゃないってレベルなんだろうな、シンタロウも成長したらそんなのになるんだろうか。


 そういう他愛もない話をしながら一時間ほど進んだろうか。

タックスさんも落ち着いてきたので、俺は話したかったことを話すことにした。


「あのタックスさん…実は俺、あの家を出て引っ越そうかと思ってるんですが、ディーナとアイラを連れて」

「えっ、何かあの家に不満があるのですか?」

「いや不満はないんですけど、俺は冒険者になっちゃってるしずっと居座るのはどうかなと…後はあの家をメルーアとモレグに貸してやってほしいんですよね」


 あの二人は毎朝、泊ってる宿から通勤してきている。

金の節約のために安いところに泊ってるらしいんだがそこは少々タックスさんの店から遠い。

ぶっちゃけ店の従業員なのに苦労して通勤してる姿をみると俺の心が痛い。


「ふむう…私はヴォルガーさんがいてくれれば安心できるのですが」

「街を出て行くわけじゃないし会おうと思えばすぐ会えますよ、なんか怪我したと聞いたら飛んでいきますし」

「そうですか…ところでそれはもしや、例の誘拐事件の後くらいから考えておられたのですか?」

「そうです、よくわかりましたね、誰にも言ってなかったんですが」

「その頃からたまにヴォルガーさん一人で街中を歩き回っておると噂でききましてな」

「噂とかあったんですか!?」

「ははは、貴方は自分で思うより目立つ存在なのですよ」


 なんてこった、ごく普通のおっさんを装っていたのに。

普通に街中でなんかいい物件ないんかなって探してフラフラしていただけなのに。


「それで引っ越し先の当てはあるのですかな」

「え、ええ…銭湯の近くにひと月金貨1枚で貸してくれる家がありまして、引っ越すならそこにしようかと考えてました」

「銭湯の近くというのが決め手ですな」

「はい」


 重要な点だった、風呂付の家は無理そうなので銭湯の近くにしたのだ。

というかその物件自体銭湯にいるエルフのねーちゃんに教えてもらった。

俺は常連化しているので割と話をすることもあるのだ。


「まあそうですなあ…マリンダも監視する必要が無くなりましたし、ちょうどいいのかもしれませんなあ」

「それ知ってたんですか!?」

「知ったのはごく最近ですよ、マリンダから直接話をされましてね、いやあ驚きました」

「マリンダさん今日も普通に仕事してましたよね?」

「話の後に家政婦を辞めると言われたんですが、彼女は真面目に仕事をするので手放したくなかったんですよ、それで引き続きウチで働いてくれないかと頼みました」

「はー…なんというかタックスさんもラルフォイも図太いというか…」

「はっはっはっ、彼も私も、ある一点においては信頼できる仲間同士と言えますからな」

「なんですかその点て」

「ヴォルガーさんの味方であるという点ですよ」


 くっ、なんていい人なんだ、思わずじーんときた。


「しかし引っ越すにあたってひとつ心配しておるんですが」

「なんですか?」

「ディーナと夜の生活をするにあたって、新たな家は十分な広さがあるのかと…今の家はアイラちゃんに丸聞こえになりますから無理でしたでしょう?」

「そんな心配はいらないです」


 俺はこの時気づいてしまった。


 もしかして、引っ越し先でご近所の人に夫婦とその娘の家族、として見られるのではないかと。


 恐ろしい…何が恐ろしいって、それにアイラが気づいた時どういう反応するのか考えるのが恐ろしい。

俺は新たな悩みにまた頭を抱えることとなった。

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