リディオン家3
なにかこれ親戚の家に行ってるだけみたいな感じがしてきた
「ルルは生まれつき体の弱い子でした。歩く程度ならばできるのですが少し走ると息を切らし、酷い時にはそのまま意識を失って倒れることもありました。それに病気や怪我も人一倍治るのが遅くて…」
リアナさんはルルイエの過去について語り始めた。
走ると息切れをして倒れるということは心臓に問題があったのだろうか。
病気の治りが遅いのもそこからくる免疫機能の低下なのかもしれない。
そういや最初に会ったとき、ラライアに比べてルルイエのほうが体が麻痺している部分が多かったような。
「私と夫はなんとかその病を治したく、多くの神官にルルを診せたのですが、誰も完治させることはできませんでした。魔法や薬で一時的に体の調子が良くなりはするのですが数日もすれば元に戻ってしまうのです。ただ、それでも何もしないよりは…と思いこれまでは定期的にルルに回復魔法や薬をつかっておりました」
「薬もですか…ああ、もしかしてディーナ、いや聖女に会いに行ったのは薬が目的ですか?」
「ええ、そうです、王都に現れたという聖女様がアイシャ様より賜った数々の秘宝の中に、どんな病にも効く薬があるという噂を聞き、すがる思いで王都まで行ったのです」
なるほど、そう難しい話ではなかった。
その後も話を聞いたが、簡潔にまとめると…リアナさんは結局薬は入手できなかったということだ。
一応貴族だが男爵位の、それも妻という身分では神殿の司祭とやらからすれば優先順位はものすごい下のほうだったんで、数に限りのある薬は回してもらえなかったんだな。
レックスさんが一緒ならまだ少し望みはあったかもしれないが、彼はザミールの防衛隊を率いる立場なためおいそれと街から離れられなかった。
だからディーナの顔を知らなかった。
リアナさんだけが、王都の神殿で、ディーナの姿が見れるくらいのところまでは、なんとか入り込めたので顔を知ってた、ということだな。
して当のディーナは、リアナさんのことなど全く覚えてなかった。
まあこれは仕方ない部分はある、ディーナは単なるアイシャとの仲介役で、言わばお飾り的な存在。
貴族との対応は神殿にいる別の者がやって直接自分ではやってなかったそうだし、たくさんくる貴族の中から一人一人のことまでいちいち覚えるのは難しいだろう。
「でも、私がそうして聖女様に薬を求めたことは無駄ではなかったんですよ?」
「というと?」
「噂を聞いてから薬を買うためのお金を貯めていたんです、20万コルはあったでしょうか、それでも譲ってはいただけませんでしたが…その貯めたお金があったおかげで後の、娘を獣人族の野盗から取り戻してくれた方々との取引の際、なんとかすぐお金が用意できたんです」
「ああ、30万コル払ったあれですね」
「10万足りなかったので、その分屋敷は寂しくなってしまいましたけどね」
あまり調度品がなかったり使用人がほとんどいないのはそういうことか。
寂しくなった、とは言っているがその顔に後悔している様子は見られない。
娘が無事帰ってきたことこそが、何事にも代えられないと、はっきりわかるな。
しかしナインスのやつももうちょいまけてやっても…ああーでも仲間が三人死んだっていってたからなぁ…お互いが納得してるようだし、まあこれでいいのか。
「元気になって帰ってきたとわかったときは30万でも安いものだと、主人も大層喜んでおりましたわ」
「あ、そ、そうですか…ははは…お役に立てたようで何よりです」
知らん間に治してたとは言わないでおこう。
「ところで…ディーナに対してアバランシュに行くな、という忠告の意味はなんですか?」
「ああそれは、今のアバランシュの領主であるブラウン公爵に関することなのです。実はブラウン公爵のご子息も長い間、病を患っていたそうで、私と同じように、聖女様の元へ薬を求めてお伺いしたらしいのですが…」
リアナさんは悲しそうな顔をした後、こう続けた。
俺はブラウンさんが侯爵なのか公爵なのか、判断しかねていたがシリアスな空気なので後で聞こうかな、と思ったけどやっぱり今聞いた。
前にこういうことを先延ばしにするとよくないと学んだので。
公爵だった、より偉い方だ。
あとついでに豆知識的に侯爵のほうは「ソウ・コウシャク」と発音して区別する場合があるとも教えてもらった。
…ソウってなんでついた?また新たな謎が深まっただけだった。
俺はこの新たな謎について詳しく聞くべきか悩んだが、話の腰を折りすぎなのもどうかと思って黙っていたらリアナさんの次の言葉に驚かされるはめになった。
「話を戻しますが…残念ながらブラウン公爵の息子は亡くなられました」
…死んだのか、でもなんで死んだんだろうか。
「薬が買えなかったということですか?公爵ですら手に入らないほど貴重な扱いだったんですか」
「ちょ、ちょっと待って!?私そのブラウン公爵のことは覚えてるわ!あの人は確か薬を受け取っていたと思うんだけど…!」
これまで緊張して黙っていたディーナが口を挟んできた。
「早くしろ!って何度も神殿に怒鳴り込んできてたわ、凄く怖かった。その時ちょうどアイシャ様から授かった薬は王族の方に全部渡す予定で余分なのが無くて…司祭様から次の神託の時にはアイシャ様に霊薬を貰えるようにお願いしろとか無茶苦茶言われたんだから」
「せ、聖女様も大変だったのですね」
「そうなの!あっ、もう私聖女じゃないからそう呼ばなくていいわっ!それでね、仕方ないからアイシャ様に、夢の中で会ったとき、霊薬を授けてくださいって土下座して頼んだのよ!朝起きたら汗びっしょりであの時は漏らしたかと思って物凄く焦ったわ!」
神様にあれください、って要求するのは普通なら結構勇気いりそうだな。
しかしディーナよ、興奮してるからか知らんが、完全に口調が素になってるぞ。
「ええと…ディーナさんの言う通りブラウン公爵は確かに薬を受け取って帰ったらしいのです。ですが王都とアバランシュはかなりの距離があります。ブラウン公爵がアバランシュに戻ってきたときにはもう…手遅れだったらしくて…」
「私…私のせいかな?もっと早くお願いしてればよかったのかな?」
「いえ、ディーナさんが悪いとは言えないでしょう、そもそもアイシャ様に対してこちらから要求するなど、あってはならないことです」
「え、ごめんなさい…」
「ああ違います!ディーナさんは無理やりそうしろと司祭たちに言われたからしたのでしょう!」
リアナさんはディーナは悪くないと言っているのに謝るディーナ。
条件反射的に謝ってるフシがあるな。
「でも、ブラウン公爵はどう思うでしょうかね」
ディーナが土下座体勢に入ろうとするのをリアナさんが必死に止めている中、俺の隣に座っていたアイラが口を開いた。
寝てなかったのか。
「…つまり、ディーナは恨まれている可能性があるからアバランシュには行かないほうがいい、ということですね」
「はい…私が言いたかったのは、そういうことです」
俺の問いには期待通りの答えが帰ってきた。
なるほどなあ、というかこれって…アバランシュがなんかヤバイっていう問題につながってるんじゃないか?
ディーナだけではなく、ブラウン公爵が王族も憎んでいるとしたら。
王族に薬が優先された分、彼の息子は助からなかったのだ。
国全体で考えれば当然のことかもしれないが…個人の感情は果たして割り切れるだろうか。
「これ以上はレックスさんも交えて話した方がいいと思いますが?」
俺の内心を察したように、アイラが俺にそう言った。
賢いなぁアイラは、どうやら俺と同じ結論にいたったようだ。
………………
………
なにやら思わぬとこから、あまり知りたくないような事実を知ってしまったが、それはそれとして一旦置いた俺はヤングさんを手伝いに屋敷の調理場へと赴いた。
夕食の支度を手伝うと約束したからである。
リアナさんが「でしたら私も」と調理場に同行しようとしたんだが、まさか貴族の奥さんが自ら料理するとは思っていなかったので、念のために料理の腕前のほどを聞いてみたら「料理人が作るのを見ていたことはある」という頼もしい言葉が聞けたので大人しく部屋で待ってもらうことにした。
今日突然チャレンジ精神を出さないで欲しい。
それに彼女が調理場に来てしまったら、眠りから目覚めてHPが全回復した子供たちの面倒はどうするのか、このままだとアイラとマーくんがまた力尽きてしまう。
リアナさん、さりげなく子供の面倒をあの二人に任せようとしてない?と感じたのはたぶん気のせいではない。
後で聞いたが、問題の子供たちはディーナが面倒をみていたようだ。
情緒不安定なのが解消されたので、子供の相手も可能となったのだろう。
それになんというか、ディーナは精神的に一番子供たちに近い気がするので適任だろう。
あの三人の中で言えば。
なので俺はつつがなく、ヤングさんと二人で平和で実りのある調理ができた。
有意義なディスカッションだったとも言えよう。
そして不安要素が無い環境で作られた料理は、こうしてテーブルの上に並べられている。
「今日の魚は少し変わってるな、ただ焼いただけではないようだ」
「そちらはムニエルと言って、下味を付けた魚に小麦粉をまぶしてからバターで焼いております」
「こっちの牛の煮込み料理もとても柔らかいわ」
「牛肉のほうは赤ワインを使って煮込んでおります」
「なんと、ワインで煮込んであるのか」
レックスさんとリアナさんが食べている傍で、流暢に説明をするヤングさん。
補足すれば肉のほうはタマネギやフルーツ類も一緒に煮こまれている。
「これらの料理はヴォルガーさんによるものですよ」
「いや俺はちょっと口を出しただけですよ、作ったのはヤングさんです」
これは言葉通り、元になったメニュー自体はヤングさんが考えていたものだ。
ただ、単なる焼き魚よりはこうしてはどうかなとか肉を煮込むならこういうのはどうかなとかつい言っちゃったら実行されてしまった。
気が付いたら川魚の塩焼きがムニエルになって、牛肉のシチューが赤ワイン煮込みになってしまっただけなんだ。
それを初見で、失敗せず見事に作り上げたヤングさんはさすがである。
「ヴォルガーさんは料理人をやめて冒険者になったのですか?」
「そういうわけでもないんですが…最初は神官になろうとしてましたからね、黒髪だと無理と聞いて諦めましたが」
「じゃあ神官を諦めて、まず料理人になったのね」
「いえだから料理人は経由してないです、すぐ冒険者です」
俺の言葉を聞いて二人は、なんでわざわざ冒険者なんかに?みたいな疑問を顔に出していた。
人にはやむにやまれぬ事情というものがありまして。
「ヴォルガーはすさまじい魔法を習得している、料理人などにして遊ばせておくわけにはいかん」
とはマーくんの弁、あれ俺の人生って俺に決定権ないのかな?
「じゃあわたしもー冒険者になってーまーくんとーおじさんとー冒険するー」
「ほう、だが冒険者というのはそう簡単なものではない、今はまだ己の力を磨くことを優先しろ」
「んー?きゅっきゅってするの?」
ルルイエの言葉に真面目に返すマーくん、なんかいつの間にかまーくん呼びになってるし。
つーか幼女のいう事にガチアドバイスをするなよ、半分もわかってないぞ。
ご両親も微妙な顔をしてらっしゃるではないか。
「ヴォルるんは頭がいいから先生もやってたのよ」
「えっ?先生?おじさん学校にいたの?」
ディーナの発言にはラライアが食いついていた。
「学校じゃなくて私がお世話になってる商人の家で…んーとそこに住んでる男の子に計算の仕方を教えてたの、私も一緒に教わったのよ」
「それって家庭教師?いいなぁ」
「かてい…?あ、ああうん!そう、それよ!」
家庭教師という概念はあるのか、そうか貴族なら個別に教師を雇うことがあっても変ではないな。
もっともディーナは知らなかったようだが。
ラライアがチラッと俺の方を見た、俺と目が合うと慌てて視線を逸らす、ショックだ。
「あの手この手で女性をたぶらかしているんですね」
追い打ちをかけるように俺の隣でムニエルをつつくアイラが小声でつぶやいた。
おかしいな、ちょっと前までは機嫌良かったはずなのに。
今は闇のパワーを感じさせる。
「ヴォルガーさんは多才な方なのですね、剣術なども詳しかったりするのですか?」
「いえ、そっち方面、武術に関することは全然だめですね、レックスさんと比べられたら何も知らない赤ん坊と同じようなものですよ」
「…え、ですが今は冒険者なのですよね?」
「…ええまあ、はい、なぜか冒険者です」
「ま、まあ自分のやりたいことをやるのが一番いいですからね」
「ソウデスネ」
自分のやりたいことかぁ…
俺って結構いろんなことに手を出しちゃうタイプだからなぁ。
ただどうでもよくなってすぐやめることもあるんだが。
「ねえヤング、今日はパンが無いようなのだけれど」
「はいリアナ様、本日はパンはございません、代わりのものをご用意しております」
俺がこの世界で打ち込めることを探してる一方、リアナさんはパンを探していた。
ヤングさんはテーブルにつく皆の元へ、新たな皿をひとつずつ持っていく。
「あら、無いなんて言っておいて用意してあるじゃないの、でも見たことのない形のパンね」
「こちらはドーナツというものです、これは全てヴォルガーさんが作られたのですよ」
ヤングさんがこちらを見てにっこり笑う。
おっと、説明は俺がしろってことかな。
「これは材料はパンと同じ小麦粉です、ただ油で『揚げて』あるのでパンと一緒に出すと重いかなと思ったんですよ」
ナインスのところで料理をしてるうちに気づいたんだが、この世界では『揚げる』という調理方法がほとんど浸透していない。
油がたぶん一般家庭では大量に確保できないからだ。
まあ金持ちなら油もたくさん買えるんだろうけど、元金持ちのナインスが知らなかったあたり発想自体ないという可能性が高いかもしれない。
揚げるということについて高温の油の中で食材を加熱するとついでに説明しておいた。
ヤングさんも「焼くのとはまた違った感じになりますな」と俺がドーナツを揚げる姿を真剣に見ていた。
「これは…確かにパンとは違いますね」
「変わった風味がして、甘くて美味しいわ、お茶菓子によさそう」
「実はどちらかといえば、お菓子なんですそれ」
クッキーの代わりになればな、と思って作った。
それに割と簡単なのでこれならヤングさんにもすぐ理解してもらえると思ったから。
しかぁし、今日のドーナツはただのドーナツではない。
まあ今日もなにもこの世界では初めて作ったが。
「その変わった風味はきな粉という粉をまぶしてあるからです」
「キナコ?」
「大豆を煎って皮をむいて挽いたものです」
調理場でこの黄色い粉、きな粉をみつけたときは少々驚いた。
急に日本ぽい食材を見つけたからだ。
ヤングさんに聞いたら、どうやらそのきな粉は以前いた料理人が商人に頼んでいた物らしい。
しかし現物が届く前にこの屋敷をやめてしまい、ヤングさん一人になってから屋敷に届いた。
ヤングさんはきな粉が何かわからず、使い道も不明だったのでとりあえず調理場で保存だけされてほっとかれていたのだ。
それを俺が見つけた。
「こんなもの街に売ってたかしら?」
「それは以前の料理人がサイプラスから取り寄せたものです、私もヴォルガーさんに教えてもらうまでは何の粉かわかっておりませんでした」
サイプラス共和国、東にあるエルフが治める国だ。
エルフがきな粉扱ってるのかと考えるとなんだそれ、イメージあわねえと思った。
だがひょっとして、サイプラスなら、日本ぽいものがあるのではないか。
きな粉の登場によって俺は期待せざるを得ませんよ。
「どーなつもっとたべたい」
「ルル、お魚もお肉もまだ残ってるじゃないの」
「それよりどーなつがたべたい」
はははまあ子供なら仕方ないかもなあ。
俺は二つ目のドーナツに黙って手を付けるラライアを見ながら、食事を楽しんだ。