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リディオン家1

幼女力

 屋敷玄関まで行くと執事のおじいさんが中から出てきて俺たちを中へと案内してくれた。

小奇麗な礼服っぽいものを着て、紳士的な対応を見せられると、マジ執事だ、と思った。

断じて執事喫茶にいる執事とは違うな、まあ執事喫茶なんか行ったことないから詳しく知らんけど。


 執事のおじいさんは名前をヤングといった、おじいさんなのに。

たぶん特にその名前に意味はないんだろうが、そのヤングさんの案内で応接室に入った俺たちは、そこで少々待つようにお願いされた。

屋敷の主人は現在不在らしい、アポなし訪問だからまあそういうこともあるわな。


 ヤングさんに出された紅茶を飲みつつ、室内の様子を観察する。

ここに来るまでも感じたことなんだが、なんつーか、意外と質素だな。

こういう家には変な絵画とか、全身鎧とか飾ってあるもんだとばかり思っていた。

今のところそういうものは見当たらない。

今、手に持ってるティーカップくらいだろうか、そこそこ高価そうなものは。


「急に来てすみませんね、何分田舎者なんで、こういうときどういう手順で伺えばいいのか良くわからなくて」

「いえいえ、急いで来て下さり感謝しております、レックス様も早く会ってみたいものだとおっしゃられておりましたから、何もご心配いりませんよ」

「そうですか、ならいいのですが…」


 ここに来てヤングさんとそんな会話をしている俺。

俺だけ、他三名はずっと黙ってる、なんか喋れよ、と思う。

まあディーナは見るからに緊張してるから仕方ないとして、アイラはこれ意図的に大人しくしてるんだろうな。

マーくんは、よくわからんがいつも通りと言えばいつも通りか。

無駄話しないからなぁあんまり。


 空になったティーカップを見て、ヤングさんが紅茶のお代わりを注いでくれた頃、ドアがコンコンとノックされた。

あれ、もうレックスさん来たのかな。

なんか他所で仕事中だからさっきの門番が急いで呼びに行ったとヤングさんから聞かされたばかりなのに。


 ドアを開けて中に入ってきたのは女だった。

深い緑のロングスカートに、白く綺麗なシャツ、オレンジ色のショートヘアと合わさって全体的に見るとなんかの花みたいだなと思わせるような、なかなかの美人だ。


 「失礼しますわ」と言いつつ入ってきたその女性は流れるように自己紹介をした。

リアナ・リディオンと名乗るこの人はどうやらレックスさんの奥さんらしい。

人妻か、なんで人妻って思うとエロく見えるんだろうな、俺だけかな。

と、エロい想像をしている場合ではないので俺も自己紹介を返しておいた。


「あら、ヴォルガー様はものすごいお金持ちの貴族だと、先ほど聞かされたのですが」

「ただの冒険者ですよ、門番の彼は変な勘違いをしたみたいですね、なぜかはよくわかりませんが」

「まあそうでしたの、あ、そちらのお連れの方はマグナさんとメンディーナさんですね、またお会いできて嬉しいわ」

「ああ、また会ったな」


 おおおおい!マーくんなんだよその態度、友達感覚か!


「おひっおおおひさしぶりでっでっ」


 ディーナはどもりすぎだろ!?何にそこまでビビってんのこいつ!?


 限りなくバッドなコミュニケーションをとる二人に冷や汗をかいたが、リアナさんはにこにこと笑っていたのでたぶんセーフ、特に気にしていない様子。


「そちらの女の子は?どなたかしら?」

「あ、ああはい、この子はアイラと言って…その、こちらのお嬢さんと一緒に盗賊に攫われていた子なんです。助け出された後、身寄りがないとわかったんで俺が預かって、一緒に暮らしてるんですよ」

「それは…怖い思いをしたわね…そういえば娘たちも同じくらいの年の女の子が共にいたと言っておりました、それがアイラさんなのですね」

「ええ、それで私の家に一人置いて行くのも不安なんでコムラードから一緒に連れて来たんですけど…」

「勿論構いませんわ、あ、そうだわヤング、アイラさんにクッキーをお出しして」

「申し訳ありませんリアナ様、クッキーは切らしております」

「…そうだったわね、ごめんなさい大したおもてなしもできなくて…」


 アイラは「いえどうぞお構いなく」とかいって平然としている。

たぶん盗賊に攫われるよりここに来る途中のほうが怖い思いだっただろうな、本人覚えてないけど。


 それからリアナさんとしばらく話した。

娘の病気を治してくださってありがとうございますとやたらお礼を言われた。

なんかよくわからんのだけど…ルルイエって子のほうは持病があったらしく、ナインスの館で魔法をかけたときに俺は知らぬ間にそれも一緒に治してしまっていたらしい。

治る見込みがない病気だったのが治った、ということで俺がなんでわざわざここによばれてやたら歓迎ムードなのかようやく合点がいった。

それで、元気になった当の娘二人はただいま学校に行っているんだと。


「へえ、この街には学校があるんですね」

「はい、ヴォルガー様は学校に興味がおありなのですか?」

「コムラードでは見なかったので少し、興味はありますね、あと俺に様づけはいらないですよ」

「わかりましたわ、では今後はヴォルガーさんとお呼びしますね」


 こんな調子で相変わらず喋ってるのは俺とリアナさんだけだ。

他三名については今はもう、黙ってくれていればそれでいいと思っているので問題ない。

…ディーナの挙動不審さがやけに激しいのが気になるといえば気になるが。

きょろきょろするな、恥ずかしいやつめ。


 リアナさんには俺以外にあんまり注意を向けて欲しくなかったのでそのまま学校について聞いたりしながら間を持たせることにした。

それでわかったんだが、学校は、貴族とか、それなりの金もった商人の子だとか、一般人よりは少々ランクが上の子供だけが通っているらしい。

ザミール以外にある学校でも同じような状況、やはり通うには金がかかるようだ。

そこで皆、一般教養や読み書きを中心に習い、王都には魔法について教える学校もあるとか、すげえ見てみたいな。


 そんな話をしてると、なんかリアナさんは、子供は学校に行かせてやりたくて学費だけはなんとか支払っているが、他に金を回す余裕がないのであまり家の中をじっくり見ないでくださいとか言ってきた。

 

 ディーナがビクっ、として固まった。

たぶんキョロキョロしてるから自分が言われたと勘違いしたんだろう。

実際は俺に向けて恥ずかしそうに言ったんだが。

調度品などより奥様の恥ずかしそうな顔のほうがよほど価値がありますよ、とでも言おうかと思ったが執事の人もいるのでやめた。


「学校から娘さんたちが戻るのはいつもどれくらいですか?」

「大体昼過ぎにはヤングが馬車で迎えに…でも今日はきっともうすぐ帰ってくると思います」

「ん?まだ午前中ですが」


 と言いかけたら、廊下からドタドタと小走りで何か走ってくる音が聞こえた。

そして元気よく、ドアを開けて室内に飛び込んで来るちびっ子。


「おかあさーん!おじさんどこ…あっ!いたー!おねえちゃん、おじさんここいたー!」


 ははは、なんかそんな風に言われるとおじさん自分が珍妙な動物みたいな気がしてきちゃうな。


「こ、こらルルっ!来客中に勝手に入ってきてはダメといつも言ってるでしょう!謝りなさい!」

「ごめんなさい、おかあさん」


 リアナさんは慌てて俺に謝ってきた。

俺としては一向に構わないので別にそんな謝らなくてもいい。

頭を下げるリアナさんの後ろから、今度は男が部屋に入ってきた。


「すまんリアナ、家に着くなりルルが馬車から飛び出してしまって」

「もう貴方!しっかり見ていてください!ルルは昔とは違うんですからね!」

「あ、ああ…今じゃ元気がありすぎて困るくらいだからな…」


 なんか夫婦の会話をはじめちゃったけどどうしようかな。

ん、おや、お父さんの影からこっちをのぞいているのは…ラライア、お姉ちゃんのほうかな?


「お二人とも、お客様の前ですぞ」


 ヤングさんがそう言ってくれたおかげで、軽くイチャついてた夫婦はハッとして俺たちに向き直り、失礼しましたと頭を下げた。

なんだろー思ってたよりゆるい系の貴族なのかなー。

これなら確かにディーナとマーくんでも許されたのが理解できる。


 それから男のほう、つまりリアナさんの夫がレックス・リディオンだと名乗った。

俺もその場を立って、名乗り返す。

レックスさんは子供たちを学校まで迎えに行って一緒に帰ってきたみたいだ。


「わたしもおじさんとお話したい」

「ヤング、先に娘たちを部屋まで連れて行ってくれ」

「かしこまりました、ではお嬢様方、一度お部屋に参りましょう」

「えーなんでー!!やだー!」

「はっはっはっ、そんな慌てて帰ってきた格好でいては、お客様に嫌われますぞ」

「じゃあ着替えて来るー!」


 ルルイエは勢いよく部屋を飛び出して行った。

それを追うようにヤングさんも付いて行く、最後にラライアが俺の方にペコリ、と頭をさげて部屋を出て行った。

前会ったときはあっちのお姉ちゃんのほうが活発なイメージあったんだけどな、随分大人しいな。


「それにしても驚きましたよ、もうザミールまで来ているとは」

「幸い便利な乗り物があるので、たぶん日帰りでもなんとかなりそうな距離ですね」

「それは凄い…」


 さて先ほどリアナさんと交わしたようなやり取りをまたレックスさんにした後は、いよいよ俺はなんでわざわざ呼ばれたのかなって部分の話になる。


「勿論、直接会ってお礼を言いたかったんですよ、これは心ばかりになりますがどうか受け取ってください」


 そう言ってレックスさんは皮袋を渡して来た。

中をちらっと見てみる、おおっと!金貨だ!結構ありそう!


 …いやでもな、さっきリアナさんから金に困ってるみたいなことを聞いたばかりですごく受け取りづらいな。


 リアナさんの様子を見ると、目を逸らされた。

たぶんあれ、しまったーさっきあんなこと言うんじゃなかったーという顔。

丸わかりなんですけど…


「あー…その、お金はいいですよ」

「えっ、しかし娘たちが今こうして私たちの元で元気に過ごせているのはヴォルガーさんのおかげなのです、どうか受け取ってください」


 弱ったな、この人真面目なんだな、おまけにいい人だ。


「えーっと…じゃあこれだけ」


 俺は袋の中から金貨を一枚取り出した。


「それでは少なすぎます!」

「いいんですよこれで、前にいた村じゃ村人一人を銀貨一枚で治療してましたから、これでも貰いすぎなんで」

「え…銀貨一枚って…冗談ですよね?」

「いや本当に、なんならこちらの代金も娘さん二人分で銀貨二枚にしときましょうか?」

「い、いえ、とんでもない!」

「でしたらこれでいいです」


 それでもレックスさんは納得いかないようだったが、リアナさんはどことなくホっとしてる様子だった。

うーんやっぱ金に困ってんだな。

あ、もしかしてあれか、ナインスがめちゃくちゃぼったくってたからか。


「あの、怒らないで聞いて欲しいんですが、娘さんたちを返してもらうときにレックスさんが30万コル払ってるの知ってるんですよ、それで今、クッキーを買うのもためらわれるほど節約を強いられてるんじゃないですか?」

「うっ、なぜそれを」

「そんな中、わざわざこんな大金を用意してくださったことには大変感謝しています、ですがそちらの事情が分かる以上、私もこれをそのまま受け取るのはためらわれますよ、特に子供たちの顔を見た後ではね」


 俺がそう言うとリディオン夫妻は顔を赤くして、申し訳ない…と言った。

なんだか見てて逆に心配になる夫婦だな。

でも…だからこそ、信用はできそうだ。


「代金の代わりにお願い、というか相談に乗ってほしいことがあるんですが」

「おい、ヴォルガー」


 マーくんが俺の肩に手を置いた、これは俺が何を言いたいか気づいたな。


「この人たちなら大丈夫だろ」

「まあ…そうだな、構わんか」

「相談ですか?一体何の…」


 コンコン、とドアがノックされたかと思うとほぼ間をおかずにすぐさま開いた。


「おじさーん!キミダンゴの話してー!」


 キミ…なに?ダンゴ?


「もうルル!どうして勝手に入るの!」

「ノックしたよ?」

「ノックした後は中の人が返事をしてからドアを開けるの!」

「はあい、こんどからそうします」


 ルルイエは無茶苦茶元気があるなあ…

もう着替えて来たのか、さっきとは違う服を着ている。

ワンピースみたいな、すぽっと頭からかぶって着るようなやつ。

ちなみに着替える前は上着着て、ズボンはいてた。


「ごめんなさいヴォルガーさん、ルルったら今日は落ち着きがないみたいで」

「全然構わないですよ、ただ…ちょっと相談する感じではなくなりましたね」


 ルルイエがいるということは当然ラライアも来てるということで、やっぱり先ほどのように、今度は父親の影から俺のことをのぞいていた。


「そうだ、良ければ皆さん今日は私の屋敷に泊って行って下さい」


 レックスさんがそう提案してきた。

今日はもう子供たちの相手をしたら宿に帰って、また明日にでも出直してこようかと思っていたが、ここは泊まっていくことにするか。 

あんまり相手の提案を断るのもメンツ潰すみたいでアレだし。


「ではお言葉に甘えて…皆もそれでいい?」

「我は構わん」

「わ、私も…いいよ、ヴォルるんがいるなら…」

「私も別に構いません、宿代も浮きますからね」


 あれ…なんだろう、アイラに財布の心配されてる?

もしかしてさっき金受け取らなかったの気にしてる?


「あっ、この子みたことある!えーとえーと…」

「な、なんですか、ちょ、顔をそんなに近づけないでください」


 …まあいいか、深く気にしないでおこう。

それよりアイラはルルイエに絡まれてうろたえているようだが、やはり子供には子供の友達が必要だろう。

そして、同年代の女の子から女の子らしい遊びを是非学んでほしい。

ミミズを引きちぎって笑みを浮かべるような、そんな遊びにはまってほしくはないのだ。


「相談の件はまたあとで」

「わかりました、夜でも構いませんか、その頃には落ち着いて話せると思うので」

「ええ、それでお願いします」


 夜までに…そうだな、ディーナもなんかちょっと普段以上におかしいから話をしておくか。


「ほっほ、では私はお部屋の用意をしてまいります」


 いつの間にかいたヤングさんが、部屋の中を眺めながらそう言った。

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