ヴォルガー様御一行
ここぞというときはえらぶる
巨大ミミズのショッキングシーンを見終えた後、俺は早々にこの場から立ち去りたかったのだが、マーくんが「我も<イロウション>を使いたい」とか言い出して練習を始めてしまった。
アイラに詠唱を詳しく聞いて覚え、同じように唱えていたが、マーくんの<イロウション>は何度やっても発動しなかった。
「我とは相性が悪い魔法なのかもしれん…」とつぶやきながら肩を落としたマーくんはこれまで見たことのないほどの落ち込みぶりだった。
アイラですら「あ…ええと、マグナさんの闇の剣のほうがかっこいいと思いますよ?」と気を使うほどに。
しかしそんなアイラのフォローもむなしく、すっかり元気をなくしてしまったマーくん。
「帰ってハンバーガー食べる」と来た道を徒歩で引き返そうとしたのを俺とアイラは慌てて止めた。
こんな荒野のど真ん中でそれは無理がある。
とりあえず魔動車に乗ってと言ってもミミズの死体を見つめて動かないマーくんにどうしたもんかと頭を悩ませていたら、気絶から復活したディーナが「じゃあここからマーくんが運転する?」と言い出した。
マーくんは「する」とだけ答えてすぐ立ち直った。
そして運転席に素早く乗り込んだ。
俺はマーくんの変わり身の早さに、つっこみたいのを我慢しつつ、再び助手席に乗り込んだ。
そしてそこからは、マーくんの運転によってザミールに到着することができた。
無事に到着、とは言わない、到着だけは確かにしたよ、という意味合いだ。
………
「あー…では皆さんお疲れなので、リディオン家に行くのは明日ということで…」
俺はザミールにある宿の一階で、少々早めの夕食を取りながら、テーブルを囲む仲間たちにそう告げた。
「我は別に疲れてはいないぞ?」
「「「………」」」
そうですか、でも俺たちは疲れています、よって今日はもう寝る。
ディーナとアイラもぐったりしている、休息が必要なのだ。
マーくんにはむやみに運転させないほうがいいな…
この疲労感はマーくんの運転によるものがおよそ99%の理由を占める。
残り1%は…いや、やっぱ100%、100%マーくんのせいだよ!!
なんで時速160キロも出すんだよ!!頭おかしいのか!?
元から割とおかしめだった!ちくしょう!
「前はもう少し、おとなしめだったんだけど…」
小声でディーナがぼそぼそと俺にだけ聞こえるように言ってくる。
話を聞くと以前もコムラード、ザミール間を運転させたが、その時はそこまで飛ばさなかったらしい。
「…ヴォルるんが急いだほうがいいかもって言うから…」
「ああん?俺か?俺のせいか?元は誰が運転させたんですかね?」
「ご、ごめんなさい」
ついディーナにきつく当たってしまったが、走行中、後部座席にしがみついて青い顔をしていたディーナとアイラを思い出すと正直すまんかったという気持ちがわいてきた。
アイラなんかちょっと泣いていたな。
「…いや、悪い、言いすぎたな、とりあえずそろそろアイラを部屋に連れてって休ませてくれ」
「うん、私も休む、ほらアイラちゃん、一緒にお部屋いこ」
アイラは無言でうなずくと、ディーナに手を引かれて宿の部屋へ向かいフラフラと歩いていった。
…魔動車降りてから一切言葉を発していないんだけど大丈夫かなあれ。
心に傷を負ったかもしれない。
「なんだ二人はもう寝るのか」
「そうだよ、あのなマーくん、俺何度も言ったよな?速度落として!と」
「ん?魔動車のことか?だから少しゆっくり走ったぞ」
なんてこった、あれがマーくんの中ではゆっくりだったのか。
「いやあれはゆっくりとは言わない、死ぬ速度」
「我はタックスのように木にぶつかったりはしてないぞ」
「ぶつかったら死ぬんだよ!そういう速度なのあれは!もうマーくん当分運転禁止だから!」
「なっ!?なぜだ!待て!何がいけなかったのだ!」
マーくんが慌てていたがこれは反省してもらわなくてはならない。
俺は無言で、宿の部屋へと歩みを進めた。
………………
………
そして翌日。
俺たちは宿を出て、リディオン家に向かっている。
徒歩でだ、街中で魔動車を乗り回すわけにはいかない。
というかあれは昨日の時点で街の外、林の中へと隠して来た。
街にあれでつっこむと死ぬほど目立つから以前もそうして隠したそうだ。
だからザミールには徒歩で入っている。
門番がいて、身分証的なものを見せろと言われたが冒険者カードを出してみたらすんなり街に入れた。
全員冒険者登録してあるのでそこのところは楽だったな。
ただ俺はクラス名のところを指で押さえて隠したまま見せたけど。
「確かこの辺だったと思うけどなー、そうよね?マーくん」
「ああ、以前はもっと巡回してる兵士がいたが、いなくなってるな」
ディーナとマーくんは俺の先を歩いて道案内をしている。
この二人はそれが役目で同行している、リディオン男爵と面識があるという点も同行する理由だ。
「そういやさ、アイラも元はこの街にいたんだっけか」
案内役の二人の後ろを歩く俺は、同じく隣を歩くアイラに話しかけた。
「そうですが、ほとんど記憶にないですね、気が付いてから、ここはどこだろうと眺めつつ歩いてるところをいきなり獣人族の盗賊に攫われてしまったので」
「そっか、まあなんというか…大変だったな」
アイラは今朝から普通に会話している。
どうやら一晩寝て、起きたら元気を取り戻したようだ、本当に良かった。
魔動車に植え付けられた恐怖は乗り越えることができたようだ。
「ええ、あ、記憶にないと言えば、私どうやってザミールの街にはいったかよく覚えてないんです、いつの間に宿に泊まって寝たんでしょう」
乗り越えられてなかった…また記憶失ってる…
こんなポンポン記憶失うとか、本当大丈夫?まだ子供だよね?
いやでも、今回ばかりは失って良かったのかもしれない。
人生には思い出せなくていいことだってあるんだ。
「魔動車の中で寝てたんだよ、途中で魔法の訓練したから疲れちゃったんだろうな、起こすのも悪いと思ってそのままおぶって宿まで行ったんだよ」
「そうだったんですか、どうもありがとうございます」
「い、いいんだ、子供がそんな気を遣わなくて…」
アルツハイマーって<キュア・オール>きくかな、と心配しつつ俺はアイラから目を逸らした。
「あっ!きっとあそこだ、門番の人がいるし!」
何度か道を曲がって、てくてく歩いているとディーナが何か心当たりある場所に来たらしい。
つーかここまで半ば勘で歩いていたのかお前は。
マーくんいないと迷うとこだったじゃねえか。
「なんだお前ら…ああっ!また来たのかお前!」
ひとつのそこそこ大きなお屋敷の前で門番をしていた男は、俺たちに気づくと、なぜかマーくんに向かってやや警戒した態度を取った、槍を構えるなおい。
「貴様ここの門番だったのか」
「違う!隊長に頼んで門番をやらせてもらっているのだ!」
変な趣味の男だな、自主的に門番をしているのか、給料でてるんかな。
マーくんとのやり取りを見るに、やっぱここで間違いなさそう。
異常な警戒ぶりがやや腑に落ちないが。
「あのう、私たちレックスさんに呼ばれてコムラードから来たんです」
「なにい?あ、そういえば二日前くらいにギルドのクリスタルを借りてコムラードに連絡してたな…」
「うむ、その際、我らの捜し人が見つかったことを教えたら、是非会いたいというからこうして連れてきてやったのだ」
「ほう、では後ろの…女の子じゃないよな、そっちの男がそうか…っておかしいだろ!?なんで二日前に連絡したばかりなのにもうこの街にいるんだよ!!」
「急いで来たんです」
「ありえんだろ!!どうやったってコムラードから来るなら6日はかかるぞ!」
ディーナとマーくんに交渉を任せていたが不安になってきた。
しかし魔動車で早く来すぎたせいで怪しまれることになるとは。
もうちょっとコムラードでゆっくりしてからくれば良かったな…
とりあえずこのまま前の二人に任せていては日が暮れるか、通報されるかわからないので俺が直接説明しようと一歩前に出た。
「あーすいません、門番の人ちょっといいですか」
「な、なんだ」
「急いで来たってのは本当なんですよ、昨日の時点でこの街について、宿に泊まりましたから」
「嘘をつくな!!それだと一日で来たことになるだろうが!」
「はい、一日です、普通なら6日はかかるんでしたっけ?それはどういう方法で移動してそうなるんです?」
「どうって…コムラードから馬車に乗ってまずスタベンまで行くだろ、そこからザミールに向かって進んで、途中の村なんかで補給していたら早くても6日はかかる、それが普通だ」
ふむふむ、スタベンってのは王都方面にある街だろうか、マーくんの持ってた地図では確かコムラードから北東にある街がそんなだった気がする。
かなり大回りしているな、地図上で簡単に言うとコムラードから右上に行った後、そこから左上に進む感じか。
「スタベンには行かず、コムラードから直線で、一気に来たんですよ」
「馬鹿な、その道はプレインワームがうじゃうじゃいるだろ、それに立ち寄れる村もない」
「プレインワーム?でかいミミズのことですか、それなら確かにいましたよ、うじゃうじゃはいませんでしたけど一匹殺してきました」
「ほ、本当に旧街道を通ってきたのか、よくもまあ…」
「まあそういうことなんで、屋敷の人に取り次いでもらえませんか?」
「いやいや、例え旧街道でも一日では来れんぞ」
「そこはですねーまあ馬車より何倍も速く動く魔法の乗り物があるんで…」
「なんだそれは、どこにある?見せてみろ」
チッ、意外としつこいやつだな、魔動車は街の外に置いてきてるしなー。
「見せられません」
「何だと!やっぱりでたらめを言ってるな!」
「いやあ、かなり高価なものなんで出来れば街中で見せたくないんですよ、他に誰が見てるかわからないですし」
「高価だとぉー?お前みたいな貧乏そうなやつが高価な魔法道具を持ってるなど信じられんなぁ」
「うーん、俺ってそんな貧乏そうに見えます?」
「どっからみても単なる村人だろうが」
「こういうのも持ってるんですけど」
俺は懐から携帯電話、もとい、ラルフォイから預かった通信クリスタルを取り出して見せた。
「なっ…!ま、まさかそれは通信クリスタルか!!」
「これ結構高いんですよ」
「結構どころか無茶苦茶高いわ!!個人で所有するようなものじゃないぞ!」
えっ、ああそうなんだ…そこまでか…
「まあ人は見かけによらないってこともあるんですよ」
「…はっ、ま、まさか貴方はどこかの貴族…あれが買える財力となると…いやいやそんな…」
「わかったらさっさと屋敷の主人にヴォルガーが来たと伝えてくれたまえ、今すぐ行けばこれまでの無礼は見逃してやるぞ」
「はっ!申し訳ございません!!直ちに伝えてまいります!」
俺の言葉を聞いて、門番は猛ダッシュで屋敷の中へ走って行った。
槍おいてったな、いいのか武器を投げ捨てて。
「よくもまあそんな嘘がペラペラ出てきますね」
アイラが背後からジト目で俺のことを見つめている。
「別にあの門番に対して嘘はついてないぞ、通信クリスタルは買ったとも、俺の所有物とも言ってないし、俺のことを貴族と勘違いしたのはあいつの早とちりだ」
ちなみにさっきアイラには嘘をついたけどな。
「あんなふうに言われたら私でも間違える自信があるわね」
「ディーナは詐欺にすぐ引っ掛かりそうだからな、買い物するときは気を付けるんだぞ」
「…我にはヴォルガーが詐欺師に思えてきたのだが」
「マーくんひどいなあ、運転に加えてハンバーガーも禁止ね」
「なぜだっ!!ハンバーガーは関係ないだろう!」
「じゃ運転かハンバーガーどっちか我慢して」
「ぐ…う…なら、運転は…しばらく我慢しよう…」
今、その二つは全く関係ないんだが、とりあえずマーくんに運転を諦めさせることに成功したのでよしとする。
「お待たせしましたぁ!!ヴォルガー様、どうぞ中へ!従者の方たちもどうぞ!」
おっ、早いね門番君。
では遠慮なくはいらせてもらおうか。
俺は門を抜けて、屋敷の庭へと進む。
「従者諸君、早く来なさい」
後ろで三人が微妙な顔をして立っていたのでそう言ってやった。
なぜかアイラにさりげなく、足を踏まれた、三回も。




