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聞かぬは色々と恥

いつ異世界に呼び出されてもいいように勉強しておくといいです

 コムラード冒険者ギルドの2階にはラルフォイが仕事してる風を装うための執務室とは別に、少し広めの会議室のような部屋がある。

カッコよく言うと隠れ家的な場所でシェフをやる生活から俺が解放されて街に戻ってきたときも、この場所で色んな人と再会し、かつ事情聴取された。


 今もこの部屋で会議の真っ最中だ、メンバーはラルフォイ、俺、ディーナ、アイラ、ナインスとそのおまけ、そして調和の牙の四名。


 議題は不穏な空気を醸し出すアバランシュに対する今後の対応、といったところが中心だが俺はナインスからシンタロウが元気にやってるかどうかが一番気になっていて、それがもう聞けたのであまり口出しすること特になし、シンタロウは元気にヘイルと毎日料理をしているらしい、あと戦闘訓練も。


 ていうかそんな反乱起こしそうな気配がある街の存在とかこれもう冒険者が話し合う議題ではなくてもっと国家の上に相談すべき内容なんでは、と疑問に思っていたらちょうど皆、領主に言うべきかどうかみたいな内容を話し合い始めていた。


「やっぱクリンジー伯爵に言うべきなんじゃねえのか」


 とはジグルドの発言、この場でもっとも常識的な人物はやはり彼だろう。


「今の段階ではまだ言うべきではないと思いますね、コムラード伯爵は至って人道的な人物で領民から評判も良いですが、それは平時だからこそです。以前のバジリスクの件からもわかりますが、彼は有事の際に少々早まった行動をする傾向があります」


 なるほど、コムラードの領主は平和な時は有能だがピンチになると慌てて失敗するタイプか。

それはいいがなんでジグルドはクリンジー伯爵と言ったのに、ラルフォイはコムラード伯爵と言ったんだ、同一人物と思っていいのかこれ。


 誰も特に俺と同じような疑問は抱いていないのか、話は続いている。

どうしよう、誰かにこっそり聞くか…左隣にいるディーナを見る、こいつはだめだ、やめとこう。

右隣…は、モモが座っている、モモかぁ…いやっ、彼女だってジグルドたちと行動を共にしてるんだ、いろいろ詳しいはず、それにこっそり聞くにはちょうどいい相手かもしれん。

深いことは何も考えず教えてくれそうな気がする。


「モモ…あのさ、クリンジー伯爵とコムラード伯爵って同じ人だよな?」

「あ、はい、そうですよ、それがどうかしました?」

「いや、なんで別の呼び方するのかなと思って」

「あーそれはですねー、基本的にどっちでもいいんですが、領主の中には街の名前で呼ばれると嫌がる人もいるんですよね」

「なんで?」

「小さい街とか、あまり評判がよくない街だと、それが自分の領地だってことに不満があって、それで街の名前のほうで呼ばれるのが嫌、らしいですよ」


 めんどくせえな!?統一してくれよ!


「コムラードを治めるクリンジー伯爵はどっちでもいい派だと思います」


 むしろそういうのを領主がハッキリしてくれよ!

だが聞いておいてよかった、この無駄な風習を知って役に立つ場面がある気は全然しないが、スッキリした。


 ついでに逆に大きい街だとかは街の名前で呼ばれることを喜ぶ領主もいるようだ。

何か貴族のパーティーで大きい街の領主が、小さい街の領主をわざわざ街の名で呼んで嫌がらせをしてる、そういうシーンが頭に浮かんだ。


 会議はザミール子爵がどうしてるか調べるべきとか、リディオン男爵なら信頼できるとか、あれこれ意見が飛び交っているんだが、またここでひとつ問題が出てきた。


 わかんねえんだよ…伯爵とか男爵とか…

俺は現代日本出身!ちょっと違うけど基本はそう!

貴族とかいない時代から来てるんだからわかるわけがねえんだ!


 それくらい学校の歴史で習う、ああ確かにそうだろう。

でも待って欲しい、そんなのにまるで興味がなかった俺は中世の有様など記憶にない、勉強してないんだ。

わかることと言えば、昔少しやった戦争ゲームで槍兵は騎馬兵に強いんだとか、サラセンという文明には馬じゃなくてらくだ騎兵がいたんだよという今は無用な情報だけ。

そもそもサラセンが世界でどの辺のどの時代にあった文明のことを指してるのかすら知らない。


 誰か偉い順に貴族の爵位を並べてくれねえかな…等と考えつつ、これもいっそモモにこっそり聞くべきか?でもまた聞いて、内心「えーそんなことも知らないんだヴォルガーさんって…」といった感じで馬鹿だと思われたら嫌なので聞くに聞けない。


 だが聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。

ここは恥を忍んでモモに聞いておくか…


「リディオン男爵はすごくいい人だったよ!あの人なら頼りになると思うわ!」


 かっ…なん…だと…

俺の隣にいるディーナがそんなことを発言していた。

こいつ会議の流れを理解していたのか、それより爵位をきちんと理解しているのか。


 つまり、貴族の爵位について無知なのは俺だけなのか。

だめだ、もう聞けない、無理。

ディーナですら知ってるような常識を一体誰に聞けというんだ。


 あああもう早くこの会議終わってくれえ。

俺が一切発言していないことに誰も気づかないでくれ。

大体俺はナインスの顔が見れればもうそれでよかったんだ、なんでこんな会議に出さされたんだ。

関係ないだろ!?俺はあれ、別の大陸から来た田舎者っていう設定なんだから!


 俺は心を無にして息を殺した。

存在感を消す、今この場で俺ができるのはそれだけだ。

ただじっと、気配を限りなくゼロに近づけて時が過ぎるのを待つ。


「どうしたのヴォルるん?お腹痛いの?」


 身をかがめて小さくなっていたらディーナに気づかれた。

今の俺に話しかけるんじゃあないっ!


「なんでもない」

「でも…さっきからずっと黙ってるし、おかしいよ」

「おかしくないって、正常だって、俺大体いつもこんな感じだろ」

「そんなこと無いと思う」


 くそっ、こういう時に限っていらん気遣いを。

いや…でも待てよ、この際お腹が痛いとか言って部屋を出るのもありでは?

そのまま会議終わるまで戻らなきゃいい。

爵位は…そうだ、下にいるニーアにでも聞こう。

馬鹿だと思われるかもしれんがこの際仕方ない、それにやつならお菓子のひとつでも用意すると約束すれば簡単に口止めできるだろう。


 よし、只今より会議室脱出作戦を決行する!


「あ、やっぱ痛いなー、腹痛いなー」

「ええっ!?そうなの!?」

「ああ、というわけで後は頼んだ」


 俺はさりげなく席を立つ。


「ん、どうしましたヴォルガーさん」


 対面にいたラルフォイは当然気づく。


「あ、ヴォルるんお腹痛いんだって、それでちょっと…」


 いいぞディーナ、ナイスフォロー。


「そうなんだ、いやまあ痛いが腹を下してるとかではないんだけど、ただそう、なんか熱っぽいなーとも思って少し気になって」


 だから一旦部屋を出て、えーとあれしてくるとか適当なことを言いつつ部屋の出口に向かう。


「自分の魔法で治したらいいじゃないですか」


 ラルフォイの何気ない一言。

それを聞いてディーナも「それもそっか」などと言い出した。


「…あ、これ魔法で治るかちょっとわかんないやつなんで」

「お前、館にいるときは、腹くだしてるやつも、熱出してるやつも、魔法で治してくれたじゃねえか」


 フリスク!馬鹿!恩を仇で返すその行い!

こいつやっぱ好きになれんわ!


 皆が俺の様子に注目する、気にせず会議を続けてくれていいのに。


「きゅ、<キュア・オール>」


 俺は自分で自分に魔法をかけた、そうしなければいけないような空気だったから。

思えば回復魔法を自分に使うのはこれが初である。

しかし、仮病なので効果は、無い。


「…あ、治ったー、治っちゃったなー、ははは」


 心配そうに見られるのでそう言うしかなかった。

俺は再び席につく、なぜ光魔法なんか覚えてしまったんだ。


………………


………


「耐えきったぜ…」


 会議が終わり、ギルドの外に出て新鮮な空気を吸う。

なんて長い拷問だったんだ、いつ意見を求められるか気が気じゃなかった。


 しかし結局これといって俺になにか意見を言う場面はなかった。

よかった気配を殺し続けて、おかげで会議の内容は全く頭に入ってはいないが。


「ヴォルさんこれ忘れてますよ」


 アイラが駆け寄ってきて俺に何かを手渡して来た。

なんだこれは、500ミリペットボトルに入ったカ〇ピスを凍らせたような、謎の物体、重いから鉱石か。


「無くしたらダメだってあれほど言われてたじゃないですか、なんで平然と机の上に置きっぱなしできてるんですか」


 知らん、大事なもんだろうか、いつ貰ったのかも覚えてない。 


「これなんだ?俺の所持品?」

「通信クリスタルですよ!ラルフォイさんが言ってたじゃないですか!聞いてなかったんですか?」

「聞いてない」


 通信クリスタル、いわゆる携帯電話かな?


「ひょっとして使い方も覚えてないとか言わないですよね」

「覚えてない」


 アイラに尻を叩かれた、痛くはないがこれはよほど不味いのではなかろうか。


「すいません、使い方教えてください」

「はぁー…何を聞いてたんですか…いいですか?まず使うときは手に持って<コール>と」

「ほう、<コール>と言えばいいのか」

「なんで今言うんですか!!」


 やべ、今言ったらだめなのか、あっ、なんか光りだした!


『…どうも、ラルフォイです、ヴォルガーさんですか』

「うわっ、ラルフォイの声が聞こえる!」


 携帯だこれ!便利じゃん!でもアイラはなぜ怒っているのか、あとラルフォイにつながるのはなんでだ。


「はいもしもし、ヴォルガーです」

『もしもしじゃないですよ、なんですかそれは、というか言いましたよね?間違ってもすぐ使わないようにと』

「何か不味かったか、実際に使えるかどうか試すのはこういったものにおいて当然のことであり」

『一回使ったら三日使えないんですよ!?なんで今使うんですか!ギルドに僕はいるのに!』

「え?三日も使えなくなるの?なんだこりゃ不良品だな、新しいのと替えてくれ」

『それひとつ100万コルはするんですが』


 100万コルとな。

えーっと…金貨で言うと…1000枚!?

日本円で言うと1億円!?計算間違いかな、10万かける1000…いやあってるわ。


「冗談ですよね」

『いいえ、まあ正確には僕のところにある片割れと合わせて100万コルですが、ともかく大事なものなのでおいそれと簡単に使わないでください、あと絶対に無くさないようにしてください」

「はい、わかりました」


 な、なんでこんなやばいブツを渡されたんだ?

100万コルとかしゃれにならん、無くしても弁償できない。


「あのこれ、なんで俺は渡されたんですかね」

『…会議中どうも変だとは思ってましたが、話聞いてませんでしたね』

「お腹痛くて」

『その嘘はもういいです、それよりそれを渡したのはですね、ヴォルガーさんには明日からザミールへ行ってもらうからです』


 ザミール、何で俺が、行ったことないのに。


『詳しくは同行する人たちから聞いて下さい、僕は少し疲れました』

「あ、回復魔法かけにいこうか?」

『結構です、さっさと帰って準備してください』


 その言葉を最後に通信クリスタルからは何も聞こえなくなった、光もおさまっている。

通話終了のボタンはどこだよ?


「同行する人って誰だ…」

「私と、ディーナさん、そして護衛のマグナさんです」


 俺の独り言にはアイラが答えてくれた。


「えっと、なにしに?」

「リディオン男爵がヴォルさんに会いたいそうです、さっき会議中にザミールの冒険者ギルドからこちらに通信クリスタルを通して連絡があったんですよ」


 リディオン男爵、知らない人だ、貴族なのか。

そういやディーナは知ってる風な発言をさっきの会議でしていたな。


 しかしまずいな…まだ爵位について何もわかっちゃいない。

貴族のマナーとかも、なんだこの試練は、俺は一体誰に教えを乞えばいいんだ。


 青空の下、あつい日差しを受けつつも、俺は一人、震えていた。

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