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初心者クエスト

特にオチもない日

 RPGというジャンルのゲームでありがちなのがクエストと呼ばれる一種のおつかいだ。

どこぞの誰かにこれを渡してくれとか荷物を頼まれたり、危ないモンスターが現れたので倒してくれだとか、課金してガチャを10回まわそうだとか。

 

 いや最後のはちょっと違うな、あれはゲーム内のキャラクターに冒険をさせるというより現実のプレイヤーにある種の冒険させてるもんな、クエスト達成が家庭崩壊を招くケースもあるし。


 クレジットカードの所在を気にする必要がない今現在、俺がいるこの世界では冒険者ギルドで受ける依頼が主にクエストと呼べるものにあたるだろう。

ゲームであれば本来コツコツと小さな仕事を積み上げて、成長していくんだろうが何かいろいろすっとばしてボス討伐をやった俺はこの世界のクエスト難易度というものがよくわかっていない。


 よくわかってはいないが、たぶんこれは初心者が通るべき道なんだろうなと俺でもわかる依頼が冒険者ギルドの掲示板にあった。


「あつい…それに背負ってるカゴが重くなってきてつらい…」

「ごちゃごちゃいわないで運んでください、それとも私と荷物を分けて一緒に同じことしますか?」

「それもいやぁ、だって見分けつかないし、ずっとしゃがんでると腰が痛い」

「じゃあ文句言わないでずっと背負っててください」


 俺の少し前を歩くディーナとアイラの二人はそんなやりとりを何度か繰り広げていた。

ここはコムラードの外にある森、というよりはなんだろう、雑草地帯?

木よりも背の低い植物が多く生い茂る、田舎の手入れされてない畑みたいな場所、そういうところに俺たち三人は来ている。


 で、彼女らは何をしているかというと薬草を採取しているのだ。

薬草採取、いかにも初心者クエストっぽいじゃないか。

ほわオンでもなんたら草の採取とか、草の名前だけ変えてやること同じじゃねーかというクエストがいくつもあったのを思い出す。


 採取した薬草とおぼしき草を背中にせおった籠に詰めて歩くディーナは農家の人みたくなっていた。

不満たらたらで歩いているがこの依頼を選んだ以上、しぶしぶやっている感じだ。

たぶんディーナ一人なら諦めてる頃なんだろうが、まだ頑張れているのはアイラの存在によるところが大きい。


 アイラも冒険者登録して、早速何か依頼をやってみたいというので掲示板で依頼を探した。

しかし案の定、あまり仕事は残っておらず、あと危険そうなのもいきなり初回では無理だろと思って除外した結果、この薬草採取という仕事をやることに決まった。


 ニーアが言うにはこの依頼は期限などの指定はなく、出来高で報酬が決まるシステムなため明確な依頼失敗は無いのでおすすめ、だそうだ。

採取した薬草はギルドがいくらでも買い取りしてくれるのでどんどん持ってきていいと言われた。


 無制限買い取りって需要と供給のバランス壊れないか?と思ったんだが、この正式名称は『ニンニ草』と呼ばれる薬草はポーションの材料、料理に使う香辛料、消臭剤、肥料に混ぜる材料、などとにかく需要があるので万年不足気味らしい。

しかも人工的に栽培するのが難しいようで、これの栽培に成功したら大金持ち間違いなしなんだが今のところチャレンジした者はいてもいずれも失敗して成功例はゼロ。

それどころか…


「アイラちゃんここにもあるよー!」

「…これは違いますね『バイケイ草』です、猛毒ですよ」

「ええ、これもなのぉ…どこが違うのよ…」


 と言った感じで似てる毒草が存在している。

この毒草を間違えて栽培成功したやつならいるらしい、悲しいかな、それに意味はなかったそうだ。


 …つうかなこれ、俺から見ると「ギョウジャニンニク」と「バイケイソウ」にしか見えないんだが。

ニンニ草がギョウジャニンニクで、バイケイ草が名前の響きも同じく「バイケイソウ」。

一時期、料理に野草を取り入れようとして山菜を調べたことがあるので覚えていた。

両方共に地面からニョキニョキと緑色の似たようなはっぱが生えて来るので見分けづらい。

異世界のこれが地球のやつと完全に同類では無いとは思う。

だってギョウジャニンニクって名前の通りニンニク臭するし、消臭剤とは真逆の方向性だ。


 まあ草の正体は置いといて、ディーナもこの依頼をしているのは俺がとりあえず二人で協力してやってみたら?と勧めたからだ。

同じ6級同士、初心者クエストやればいいじゃないか。

アイラは若干嫌がっていたけど、荷物持ちをやらせればいいと判断したのだろう、承諾した。

実際荷物持ちをしているのはディーナで薬草を採取しているのはアイラだ。


 ちなみに俺は一切手伝ってない。

見てるだけ、というのも俺が手伝ったらディーナに力を貸したことになるし、ニーアもこれは通常6級の人に向けた依頼で…と微妙な顔をしながら言っていたから初心者救済クエストみたいな感じなんだろなとなんとなく察した。


 じゃあ俺がわざわざいる必要ないやん?と事情を知らない第三者が見れば思うかもしれないが、そこはねぇまあほら…心配っていうか…


 街の外になるわけだし、多少訓練して木剣も持ってるディーナと違ってまだ子供のアイラは魔物に万が一遭遇したら危ないし、保護者としてはほおっては置けない。


 …なんかこれ、はじめてのおつかい、を見守る親みたいだな俺…独身なのに…

しかもアイラだけじゃなくてディーナも同じような気持ちで若干見守ってるところがあるのが切ない。


 アイラもやっぱいるよなあ冒険者続けるなら…自衛手段が。

闇魔法が使えるっぽいし、練習すれば<ダークボール>とか使えるようになるんかなあ。

この世界の具体的な魔法の訓練方法ってのが全然わかんないんだよな。

ゲームでワンクリックでスキル習得した身としては。


 やはりマーくんに教わるしかないか。

今朝は家に来なかったから今頃何してるかわからんけどマーくんも自分の用があるだろうしなあ。

ここんところずっと俺の捜索とかに労力割いてもらってたからなあ。


「あーもう!さっき変な虫に刺されたところが痒い!」

「暑いからって上着脱いでその馬鹿みたいなシャツだけになるからですよ」

「だって暑いんだもん!…あとなんで馬鹿みたいなの?どういうこと?」

「…いえ、なんでもありません、気にしないでください」

「ふーん?まあいっか、それより…ヴォルるーん!痒いの魔法で治してー!」


 ディーナが俺に向かって虫さされの治療を頼んできた。

俺が魔法で二日酔いを治したと知ってから、どんどん要求してくる治療レベルが下がってる気がする。

虫さされって、もう俺の魔法はなんだ、薬局でうってるかゆみ止めと同じレベルか?


 ただ異世界なので万が一、俺の知らないヤバイ毒とか持った虫なら放置はできないので、念のためにディーナがかゆいとかいってポリポリかいてる腕を見てみる。


 ちょっと赤くなってて…蚊に刺されたくらいにしか見えない。

お前これを魔法で治せってホントどうなの?


「…これ、どうなの?痛かったりもするわけ?」

「んー、痛くはないよ、ちょっと痒いの」


 ちょっと痒い、ちょっとか。


「どんな虫に刺された?」

「わかんない、でも小さい毛虫だと思う、あちこちにいるから」


 小さい毛虫かぁ…何の虫かなあ。


「あの、わざわざ魔法で治療するほどじゃないですよそれ、だって危険な毒虫がいるならギルドから注意があるでしょうし」

「それもそうだな、この場所は薬草採取の場として何度も人が立ち入ってるもんな」


 アイラに言われて納得した。

ディーナの虫さされは放置しておくことにする。

様子見ておかしいようなら魔法をかけるが、たぶんこの様子だと本当に蚊に刺された程度だろう。


 虫さされより気になることがある俺はアイラに小声で話しかけた。


「アイラひょっとして…ディーナの服の文字読めてる?」

「ええ…しんしふく、ですよね、凄くアホっぽいですけど」


 わぁやっぱ読めてるんだあ。

なんてこった、これは釘を刺しておかなきゃ。


「それディーナは読めないし意味もわかってないんで…」

「でしょうね、わかってたら着ないと思いますし、秘密ということですね」


 物分かりがよくて助かる。

ただそういうアイラが黒い笑みを浮かべているのが引っかかる。

面白がっている…のだろうか…


「うわっ!なにこれ!」


 俺に魔法でかゆみを治してもらえなかったディーナは、草むらから逃げるように一人で歩くと、何かを見つけて立ち止まった。


 なんだ?と思って俺も見に行くと、そこら一体は草がなぎ倒され、何かが通ったような跡があった。

そしてその通った跡に…ペシャンコになって死んでるカエルの死骸があった。

カエルなんだろうが死骸の大きさを見る限り、相当なサイズだと思われる、豚くらいあるんじゃないか。


「魔物の死骸ですね、なんに潰されたんでしょうか」

「ひえー、ぺっちゃんこだ、干物みたいになってるー」


 こんな死に方をするカエルは初めて見るが心当たりがあるな。

日本だと雨の日にありがちな光景だもんな、サイズはさておき。


「ここたぶんあれだ…この前タックスさんが事故った場所だ…」

「あっ、あー!タックスさんが血まみれで帰ってきたときの!?」


 よく見れば、ペシャンコのカエルの先に折れた木がある。

あれにぶつかったんだな…魔動車で。


 タックスさんは、俺がコムラードに帰ってきた翌日、魔動車を運転したい!とかで俺に助手席に乗ることを提案してきた。

俺が一緒に乗る必要ある?と聞くと何か身近にいる他の人には全員お断りされたらしい。

ともかく誰かに自分の運転テクを見せたい様子だった。

つまりドライブのお誘いである。


 しかし生憎と俺は帰ってきたばかりで冒険者ギルドであれこれ説明する必要があり、そんな暇はなかった。

そこでちょうど、家に俺の様子を見に来てくれた調和の牙の四人から、ジグルドが代わりに乗って行ってくれることになった。

俺が魔動車でコムラードに帰ってきたとき、プラムがこれすっごく速いわよーとかジグルドたちに言ってたので興味が湧いたんだろう。


 結論から言って、俺はドライブに行かなくて本当に良かった。

ジグルドは血まみれのタックスさんを背負って帰ってきた。

心に傷を負った、体にも負った、もう二度と乗らないと決めていた。


 何があったのか要約すると、猛スピードで走り回って、事故った。

タックスさんの運転の様子を話に聞いていた俺はいつかやるんじゃないかとはうすうす思っていた。


 タックスさんの運転する魔動車は木に激突したのだ。

ジグルドはなんとか冒険者らしい反射神経で致命傷は逃れたんだが、タックスさんはもう頭からフロントガラスにつっこんだらしい。

魔動車は傷ひとつない無敵っぷりだったんだが乗ってる人間はそうはいかなかった。

頭から血を流し、腕とかもえらい方向に曲がってた、人体が曲がっていい方向ではなかった。


 家に戻ってきた二人を俺が慌てて魔法で治療したからよかったものの…。

あれたぶんこの魔法というものがある世界じゃなかったらやばかったと思う。

死んでるよ、良くても長期入院は免れない、そんなレベルの怪我。


 そういうことがあったせいでトニーがとうとう怒った。

父親の無謀なはしゃぎっぷりが行き過ぎたゆえの大事故だ。

タックスさんもジグルドを巻き込んだのでさすがに反省した。

それゆえに今現在、タックスさんは魔動車に乗ることを禁止されているのだ。


「この魔物は魔動車に轢き殺されたんだね」

「あの乗り物…危険すぎるのでは…」


 ディーナはカエルの死骸をみてしみじみ呟いている。

アイラは一度乗った身として魔動車の危険性を憂慮している。


「あれはね、まあ、運転する人によるからね、タックスさんは運転したらダメな人だったんだな」


 俺は一言そう付け加えておいた。

無免許運転はよくないのだ、この世界で免許証を発行してくれるところがあるとは思えないけども。


「そろそろ帰りますか」


 なんとなく事故現場を見て、テンション下がったのかアイラが帰宅を提案し、俺とディーナも異論はなかったので帰ることにした。


 二人は街まで戻ると冒険者ギルドで集めた薬草を買い取ってもらった。

銀貨4枚だった、二人で4枚、一人2枚だ。


 籠いっぱいに集めてそれだけか…


 初心者クエストは、やらないでおこうと俺はそっと心の中で誓った。

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