態度の変わる受付嬢
ただしイケメンに限るとか 金持ちに限るとかそういう。
「ようこそいらっしゃいましたヴォルガーさん、本日はどういったご用件でしょう」
俺は冒険者ギルドに来ていた。
今日は行かないってマリンダさんに言ったのに結局来ている。
本当は別の用事で少し街をぶらつく予定だったのに。
それもこれもディーナが一緒に行こうと喚くのと、アイラが自分も冒険者登録をするとか言い出したせいだ。
アイラはまだ子供だしそれは厳しいんじゃないか、と意見すると「ディーナさんに出来て私にできないはずがないでしょう」と言い返された。
反論できる気がしなかったので諦めて一緒に来た。
「俺は特に用事ってわけでもないんだけど、こっちの二人が…ていうかその喋り方なに?」
「なに、と言われましても元々私はこんな感じですよ?」
嘘をつくなよ、明らかに態度が今までと違うだろ。
俺は冒険者ギルドの受付嬢、ニーアを見ながらそう思った。
あっちのカウンターで受付嬢をしているミーナは礼儀正しかったはずだが、このピンク頭の女はもっと慣れ慣れしい感じだったはずだ。
「3級か?俺が3級になったからそんな態度なのか?」
「そのようなことはありませんよ、当ギルドは級に関わらず誠実な対応を…」
「なんか怖いからミーナさんの方で受付してもらおうか」
「待って!?じゃなくてお待ちください!ヴォルガーさんの対応は是非このニーア、ニーアにお任せください!」
なにこの子…必死すぎて引くわ…
正直俺自身は特に用事がないし、そこまで食いつかれても困る。
しかしここで無視して行くとそれはそれで後のことが気になる。
「じゃあ…ディーナが仕事探してるんで相談に乗ってやって欲しいのと…あとこっちの、アイラが冒険者登録をしたいんでそれの手続きを」
「かしこまりました、登録のほうはミーナが対応しますのでアイラさんはあちらへどうぞ」
アイラは「わかりました」と言って俺たちから離れ、隣のカウンターにいるミーナの元へ行った。
ミーナは若い男の冒険者となにやら話をしていてさっきまで忙しそうだったのだが、ちょうどその用事も済んだのか、話をしていた冒険者が受付を離れたので、それと入れ替わるようにしてきたアイラに今度は話しかけられていた。
「それでディーナさんはどんなお仕事をお探しですか?あちらの掲示板に貼ってある分はもう確認されましたか?」
「いいえっ!してないわ!だってこの時間だといい仕事残ってないんでしょ!だからこっそりね、教えて欲しいのよ、あるでしょひとつくらいまだ貼り出してない依頼で~なるべく楽で~お金稼げそうなものが」
す、すごい…驚くべき屑の発想をなんのためらいもなくディーナは言い切った。
普通なら思っても言わない、言うとしてもそれとなく遠回しに言う。
が、こいつはもう完全にストレート!直球!
この勢いだけは見習うべきものがあるかもしれんな。
「ヴォルガーさん、本日は何も依頼をお探しではないんですか?」
す、すごい…ディーナの発言には一切触れず、ニーアは俺に向かってそう言った。
普通ならちょっとくらい職員としてマニュアル通り相手にするか、家に帰れ的な文句を言う。
が、こいつはもう完全に無視!見てすらいない!
この態度は大学卒業したての新米OLにはできない、ベテランの域を感じる。
「あれっ、聞いたの私だよ?」
「こちらに3級以上の方のみ対象とした依頼がありまして」
「あれっ、私まだ6級だよ?」
やめろっ…もういいっ!もういいディーナ!
ニーアの目にはこれっぽっちもお前の存在は映ってないんだ。
「ディーナはとりあえず掲示板を見てこような?もしかしたらまだいいのあるかもしれないからな?」
「えー、しょうがないなあ、じゃあ一度見て来るっ!」
俺に言われ、ディーナは走って掲示板のほうへ行った。
倉庫の修理という目下の目標があるくせに仕事を選んでる場合かあいつは。
大人しく残された依頼からできそうなものを探してくるのを願うばかりだ。
「あの、なんかすいません、あいつ馬鹿なんで」
「ヴォルガーさんは何も謝ることなどありません!私が未熟なばかりにディーナさんのご期待に沿えず申し訳ありません」
さっきの対応からご期待に添えようという感じは1ミリも感じ取れなかったが、それはそれで正しい対応なのでいいと思う。
「で、俺は悪いけど今日は仕事探してなくて、二人の付き添いみたいなもんで」
「そうでしたか」
ニーアは落胆した様子だった。
俺も何か働かなきゃだめなのか?
金貨50枚も稼いだばかりだから今日はいいやって思ってたのに。
「じゃ俺はアイラの様子でも見に行こうかなー」
と適当にその場を離れる理由を俺はあからさまに口にした。
「あっ、あの!ところで!ヴォルガーさんに少々お聞きしたいことがあるのですが!」
「え?なんだろ?」
「次のパーティーはいつ頃開催予定でしょうか」
質問の意図を理解しかねた。
次のパーティーってなんだよ、俺はいつから定期的にパーティーを主催してるんだよ。
「えーと…それはあの、昨日俺がタックス商会の庭で開いたパーティー、みたいなものを指しているのかな」
「そう!それです!」
「ニーアは来てなかったよね?」
「ギルドの仕事を抜けられなくて」
「実は結構来たかった?」
「物凄く!」
あ、そ、そうなんだ…意外だな、そんなに親しくしてたわけでもないのに、俺の帰還をそんなに祝ってくれるつもりだったのか。
人の温かみを感じた、じーん。
「ちょっと!いい加減にしなさいよニーア!」
隣の受付カウンターにいるミーナが珍しく大きな声を出した。
「ヴォルガーさん、その子相手にしなくていいですから!パーティーの料理が目当てなだけなんです!」
「や、やだミーナったら何を言ってるのかしらほほほ」
パーティーの料理…そういえばラルフォイがいくつか持って帰ってたな。
何か俺の想像とは違う意図がありそうだ。
ミーナに詳しく話を聞いたほうが良い予感。
「あっ、ヴォルガーさん!違うのー!私を信じてー!」
無言ですすーっとミーナのいる受付のほうに横移動していく俺にニーアが何か訴えていた。
言葉遣いも雑になってきている。
「ミーナさんどういうことか詳しく」
「すいません…あの、アイラさんの手続きが終わったら説明しますので」
「あ、そうだった邪魔してごめん」
「別にもういいですよ、カードも受け取ったし、質問も特にありません」
アイラもう登録終わったんだ、早いな。
「んじゃあの、聞くけど、ニーアの目的はなんなのあれ?」
「単純です、昨日ギルドマスターが持ち帰った料理をまた食べたいだけなんです、あれってヴォルガーさんが作ったんですよね?私も頂きました、とても美味しかったです、ありがとうございます」
「ああいえ、そんなたいしたもんじゃないですけど、そう言ってもらえると嬉しい…って、つまりまたパーティーがあれば料理が食べられるからパーティーがどうとか言ってるだけ?」
「そういう事ですね…ギルドマスターが余計なことを言ったのもあると思うんですが…」
「ラルフォイが何を言ったんだ?」
アイツ絶対なんかいらんことしてるな。
「その、私がギルドマスターは食べなくていいんですか?と聞いたら、僕はパーティーでたらふく、持って帰った料理よりもっとたくさんの美味なものを散々食べたので、今日はもうこれ以上食べれないですね、とニーアの前で言ったので…」
「わざとかな?」
「わざとでしょうね、そういう人ですから、あの料理が美味しかったとかこれが美味しかったとか鮮明に語るのでニーアが悔しがってしまって」
なぜ煽る…人をいらつかせる天才かよ。
「まあ事情はわかったよ、とりあえず次パーティーする機会があったら気にしておくんで…」
「すいません、貴族でもないのにそんなにパーティーする予定なんかないですよね」
「今のところは…ないかなぁ、残念ながら」
さすがに意味もなくそんなしょっちゅうパーティーをする趣味はない。
いくら料理するのが好きでも出費がかさむし、あとなにより疲れる。
「あ、その、話は変わるんですが、アイラさんの保護者はヴォルガーさんということでいいんですよね?」
「そうだが、何か問題あるのかな?」
「いえ確認しただけです、冒険者登録に年齢制限はないんですが、さすがにアイラさんくらいの子供となると普通は登録をお断りするので」
「そりゃまあ、そうか、子供だもんな、でもアイラは登録したみたいだけど?」
「はい、特殊な才能がある場合に限り登録可能です」
「特殊な才能ってなんだろ?」
「やはり知らなかったみたいですね…保護者のヴォルガーさんにはお伝えしますが、アイラさんは最初からクラス持ちです、そのため登録を許可しました」
クラスと言うと俺の場合『ふわふわにくまん』になる呪われたアレか。
アイラも何か持ってたのか。
俺の隣で自分の冒険者カードを物珍しそうに眺めているアイラ。
「アイラのクラス何?見てもいい?」
「いいですよ、はいどうぞ」
アイラは簡単に自分の冒険者カードを俺に見せてくれた。
信頼してくれてるということかな?
『コムラード冒険者ギルド所属、アイラ、人族、女、6級、クラス 闇の申し子』
…なんか物騒なクラス名がついてる…
いや、じゃなくて、これ…見たことあるぞ…ほわオンでアイシャに設定させた覚えがあるやつだ。
幽霊屋敷ってダンジョンを攻略すると入手できる称号で闇魔法の威力があがるからつけさせたんだ。
「…アイラこれどういうクラスかわかる?」
「さあ?何せ私も今さっき登録して初めて知りましたから」
「じゃミーナさんは見たことあるクラス?」
「うーん…暗黒剣士とか、闇魔法使い、は見たことあるんですけどそれは初めて見ます、でも恐らくアイラさんは闇魔法の才能があるんだと思いますよ」
珍しいタイプってことか…この世界によくあるクラスと偶然一致したんじゃなさそうだな。
「そう言われても私は闇魔法なんか使った覚えはないんですけど」
「これから覚える可能性があるということですよ」
「うんうん、幸い闇魔法といえば詳しいやつがいるから話を聞けば」
「はい!マグナさんですね!彼は闇魔法が使えてそれに剣の腕も一流ですし、何より見た目も」
うおっ、急に一段階声でかくなったな。
ていうか勝手に他の冒険者の情報そんなにペラペラ言っていいのか?
「あのミーナさん、そういうの他人に教えていいの?」
「…はっ、だめでした、ど、どうしよう…やっちゃった…」
「ああまあマー…俺はマグナのことはよく知ってるから大丈夫じゃないか?」
「うう、最低だわ、規則を破って情報を漏らすなんて」
「そう落ち込まずに、ね、黙ってるから」
「でも、私はギルド職員として…」
「この話無かったことにしてくれないと俺からマグナにミーナさんの話をすることになるが」
「はい、それでは本日は冒険者登録ありがとうございました、アイラさんの今後のご活躍を期待しています」
ミーナはさっといつもどおり、何事もなかったように受付嬢の顔に戻った。
そんなにマーくんに伝わるの嫌か。
俺はそれ以上、話題に触れないよう、アイラを連れてその場を離れた。




