馬鹿の利点
生きやすいという点は突出している
マリンダさんと話を終え、家に戻った俺は食事を作り始めた。
朝でも昼でもない、中途半端な時間だが今日はこれが朝ごはんになる。
昨夜寝るのが遅かったので今朝は目覚めも遅かったのだ。
さて今日は干し肉でダシをとってトマトとタマネギを加えたスープと、そこから取り出して柔らかくなった干し肉を刻んでオリーブオイルで軽く炒め、カレーのようなスパイシーな香辛料で味付けしてから卵でくるんでミートオムレツにしたもの、の二つを用意した。
ナインスのところでいろんな食材や調味料があったので、コムラードでも探せばきっといろいろあるはずと思ってパーティーの前に探したおかげでオリーブオイルとカレー風味の香辛料が手に入った。
やはり探せば何かしらあるものだ。
別の街まで行けばいつの日か醤油っぽいものとかに出会えるだろう、そうあってほしい、頼むわ。
「ヴォルさんてつまるところ料理すること自体が好きなんですね?館のことといい、昨日の庭でやったパーティーといい、好きじゃないとあんなに作れませんよね」
「その通り料理はいいぞ、研究することに終わりがない、常に新たな可能性に出会えるのだ、それに…」
「はあ、そうですか、よくわかりませんがお腹がすいたのでもうその話はいいです」
洗濯を終えたアイラが調理する俺の隣にたってオムレツの乗った皿を見つめている。
そっちから話しかけて来たのにもういいって、俺の話はばっさりですよ。
まあいいけど。
「じゃあディーナを起こしておいてくれるか?」
「え?お断りです」
アイラにオムレツとスープを渡しながら伝えるとまたばっさり断られた。
「いやそれくらいしてくれても…」
「簡単には起きませんよ、大体あの女はなんなんです?一緒に住んでるとは聞きましたが、毎日酒を飲んで寝るか食べるかくらいしかしませんよね?」
「うっ、それは…」
マリンダさんにも言われたことをアイラにも指摘されてしまった。
このままではいけない、俺は悪くないのになぜか俺が責められる流れなのもおかしい。
「ええとまあそれじゃ食事しながら話をしよう、ディーナは俺が起こすからいいや。代わりに料理を三人分運んでおいてくれる?」
「わかりました、酒臭い女の相手よりは十分マシですから」
ディーナの株がこれ以上急降下していかないよう、俺は寝室の方に向かった。
俺個人としては一応俺のことを一生懸命探してくれたので、ここ数日ディーナが自由過ぎる生活をしていたのを見ても、頑張ったもんな、疲れたんだなと思ってそっとしておいたのだがどうやらそれはいけなかったらしい。
俺の隣の寝室、今はディーナがアイラと二人で寝てる部屋になるが、そこに行くと相変わらずベッドに突っ伏してディーナは死んだようにじっとしていた。
ちなみにアイラは床に毛布をしいて寝ている。
ディーナと一緒のベッドで寝るのは断固お断りだそうだ。
後ベッドも酒臭いからお断りだそうだ。
ベッドを譲ろうとしてそう言われたくせに、未だ枕元に酒を置いているディーナはやはり問題あるかもしれない。
「飯作ったからそろそろ起きろ」
「…うーん…うん?うーん…うっ…」
顔を枕から上げすらしないので返事が全部うんとしか聞こえない。
俺が地球人であれば諦めて自然に起きるのを待つ、いや寝ゲロで窒息死しないよう顔の向きくらいは変えるかもしれないな、ともかく面倒なのでほおっておくという選択肢を取る。
だが異世界人の身としてはファンタジックな方法で解決することにしよう。
「<キュア・オール>」
ということでね、はい、魔法。
風邪、肩こり、なんかよくわかんねえ病気に二日酔いまで治せる万能の回復魔法を使う。
寝ているディーナの50センチくらい上に緑色の魔法陣が空中に現れ、そこから緑色の光が降り注ぐ。
最初のころは自分で使って驚きもしたがなんかもう最近じゃシュールに見えてきたな。
なんでこれで二日酔いが治るんだよっ、おいっ、みたいな。
この光景でできそうなのは光合成くらいである、もっとも光の下にいるのが植物であればの話。
「うーん…ん?はっ!」
ディーナはガバッと体をおこして顔を上げた。
よだれがついている、きたねえな。
「起きたか、頭は?もう痛くないな?」
「突然ものすごくスッキリしたわ!頭も全然大丈夫よ!」
大丈夫とはいうがディーナの頭の中身は残念な要素がギッシリ詰まっている。
こちらは魔法では治せない、現代医療ですら無理だ、馬鹿という病名だから。
「んっ?なにかいい匂いがする!ゴハンの時間ね!あーお腹すいたー!」
「まず顔を洗って、よだれを拭け」
「はーい!」
元気よくディーナはベッドから飛び出して行った。
見た目は美人のくせにこうも色気を感じないのは一体なんだろうな。
…まぁたまには感じることもあるんだけど。
ようやく三人揃ったところで食卓に付き、食事をはじめる。
いただきます、とは誰も言わない、この世界で言ってる人を見たこともない。
たぶんそういう習慣がないんだろう、言葉は日本語のくせに微妙におかしいところがある。
俺もならば別に言わなくてもいいやと思って特には言わない。
「アイラちゃんパン食べる?このスープにつけて食べると美味しいよ」
「いりません、オムレツとスープだけで十分です、なんで貴女はさっきまで死んだようにグッタリしてたのにそんな食欲が…あっ!パンはいらないって言ってるでしょう!私のスープに入れないでください!」
二人がもうだいぶ打ち解けてくれたようで何よりだ。
ただ食事中のうるささが二倍になったのは困っている。
それとスープがはねてきて俺の服に染みを作るのも頂けない。
「二人ともちょっといいかな?」
「なにヴォルるん?今日もごはん美味しいよ!」
「ああうん、どうも、食べながらでいいんだが話を聞いてくれ」
二人とも食事の手はやめないが大人しくなってこちらを見ている。
食事をやめないところだけは似ているな。
「昨日まで色々慌ただしくてこうして落ち着いて三人だけで食事もなかなかできなかったよな」
コムラードに帰ってきてからというもの、毎日あれこれやることがあって忙しかった。
まず冒険者ギルドで俺はバジリスク討伐に関する報酬を受け取った。
金貨で50枚、この世界の金の単位で言うと5万コルとなる。
街で生活してようやく物価がわかってきたので考えてみると、この世界の金の最小単位が銅貨1枚、これが1コルとなるんだが日本円で考えたら100円くらいの価値がある。
銅貨=1コル=100円。
それが10ずつの単位で繰り上がって銀貨、聖銀貨、金貨、聖金貨となる。
金貨1枚が10万円くらいの価値なんだ。
つまり500万円くらい貰ってるんだ。
やべえよ…マジ?一日労働でそんな貰っていいの?と思ってしまった。
改めて金の価値に気づいてから、昔ジグルドにもらった金貨5枚は日給50万だったのかと驚愕した。
さらにナインスたちがある女の子二人を助けたお礼として受け取っていた30万コルという金は3000万円くらいだと気づくとさらに戦慄した。
その金は今はタックスさんから買って俺の部屋に鎮座している金庫の中に入っている。
金庫自体が金貨2枚もしたが、やはりあると無いとでは安心感が違う。
あと俺は6級冒険者だったのが一気に3級になってしまった。
5級と4級はどこいったのか?とラルフォイに聞くとバジリスクのボスに単独でたちむかえる者は1級でもおかしくないんだが6級からいきなり1級はさすがに無理があるんで3級にしたらしい。
というかバジリスク討伐自体が『3級の俺が協力した』ことになってるんだとか。
お役所仕事の闇の部分をかいまみた、深くは聞かず俺は3級冒険者のカードを受け取った。
あ、マーくんもめでたく3級になったって言ってたな。
俺の救出も考慮した結果そうなったっぽいがコミュニケーション能力が成長したかどうかは…怪しい。
「…で?何をぼーっと考えてるんですか?」
おっと数日間を振り返ろうとしたせいでぼんやりしていたようだ。
アイラに言われて本題を思い出す。
「ああ、ええとな…アイラにまず言いたいことがあったんだけど、これもしかして言ったら気味悪がられるかもしれないと思い、今日まで言えなかったことがあるんだ」
「あまり良さそうな話に聞こえないんですが」
「まあ我慢して聞いてくれ、俺が君を預かることにした理由とも関係ある」
俺はなるべくかいつまんでディーナが夢の中で、アイラの姿を何度も見ていたことを話した。
「ディーナは過去に光の女神アイシャから夢の中で神託を授かってる、だからもしかしてアイラ…君はアイシャと何か関係ある人物なのか?」
アイラは俺の話を黙って最後まで聞いていた。
そして、オムレツの最後のひとくちを食べ終えると口を開いて返事をした。
「…なんていうか、夢の中で私を見たとか…頭大丈夫ですか?」
「ひどっ!?嘘じゃないのに!!アイラちゃんが館にいるのもそれで知ったのに!」
「なんにせよ気持ち悪いですね、それが本当だったら覗き見されてたってことですし」
「がーん!気持ち悪いって…」
容赦ないな。
まさか本当に何も関係ないのか?
でもそれじゃ色々と説明がつかない…ディーナが夢で見たことも、俺を…ヴォルさんと呼ぶことも。
「…ディーナは夢の中でアイシャの姿を見たことあるか」
「あるよ?金髪で青い目をしていて、すごく綺麗な人だった」
「アイラに似てないか?」
「アイラちゃんは黒髪に黒目だし…子供なんだけど…」
「顔の形とかだよ!アイシャを幼くしたらこんな感じになるだろ!」
「ええ、そんなのわかんないよ、夢でぼんやり見ただけの記憶だし」
チッ、ハッキリとはアイシャの顔を覚えてないのか。
「あの、今の話を聞いて疑問なんですが、ヴォルさんは光の女神の顔を見たことがあるんですか」
「ある」
「えっ!そうなのヴォルるん!?なんで教えてくれなかったのぉ~!私の仲間だったのね!」
いやそういう夢で見るとかサイコな感じとはちょっと違うので仲間ではない。
教えなかったのは…教えたらディーナがどういう反応をするか恐ろしかったので…
俺はひとつ、はあ、とため息をついた。
そろそろ打ち明けるか、言わなきゃどうにも前に進みそうにない。
まあそのつもりで今日この話の場を設けたんだしな。
「俺はアイシャの顔を夢で見たとか、絵で見たとか、ましてや石像を見たとかそういうことではない」
「どゆこと?」
「実際に会ったことがある、ていうか…一緒に暮らしてた、一か月くらい」
「…へっ?」
当然そういう反応になるわな、アイラも冷たい目で見てるもんな。
「ディーナは神託でいろいろ品物を持ってくるようにアイシャから頼まれたよな」
「ええ…服に、食事に…」
「男物の服、料理に使う食材、大工道具、裁縫道具に園芸に使う道具とか花の種なんかもさ」
「そうだけど、そんなことまで言ったっけ私」
「ディーナが言っても言わなくても俺は知ってるんだよ、だってそれ頼んだの元々は俺だし」
ディーナは口を開けて固まっていた。
脳が状況を理解することに追いついてないらしい。
「アイラ…何も覚えてないのか?」
「なにを…何を言ってるんです?私に今の話がどう関係あるというんですか」
「そうか、いや、わからないならいい…変な話をして悪かったな…」
これは俺の推測、というか願望だった。
アイラはもしかしたら、もう一人のアイシャではないのかと。
俺が二人に分かれたように、アイシャも実はこっそり二人に分かれて…片方だけが転生したんじゃないかと。
そんな風に考えていた。
だって俺の魂は、ほわオンを通して二つに分かれ、片方は日本、片方は異世界に存在するようになってしまった。
同じくほわオンをしていたアイシャも、ひょっとしたら同じことが起こった可能性はあるんじゃないかと、どこかで期待していた。
「はは、まあ今の話は忘れてくれ…あ、一応秘密にもしてくれよ?他の人に言うと俺の頭がおかしいと思われるんで」
俺は食べ終えた食器を片付けようと席を立った。
「…あのっ!ヴォルさん!」
振り向くとアイラも席を立っていた。
「わからないんです、私」
「わからないってなにが?」
「自分のことが何もわからないんです!ある日突然、ザミールの街に立っていたことしか!それまでどこで何をしていたのか記憶がないんです、だから…こんなこと誰にも言ってもわかってもらえないと思ってて…」
記憶がないだと、それで何も答えられなかったのか?
「でもおかしいんです、自分のことはわからないのに、この世界の街だとか…言葉とか、魔法、そういうことについては記憶があって…それから…貴方も…」
「俺も?俺がどうした?」
「名前、貴方の姿を見るとヴォルさん、と呼ばなきゃいけない気がして、それがどうしてかわからなくて、信じてください、本当にそうとしか言えないんです!」
「あ、ああ、そうだったのか、うん、信じるよ、だからその…泣くな」
アイラはいつの間にか目から涙を流して訴えていた。
やっぱり彼女はアイシャと無関係、ということは絶対にない。
記憶がないのはなんでかよくわからないが、えーいくそ、創造神のジジイに説明をしてほしい。
呼んでくるようなジジイなら苦労はしないんだが。
「あとそれにヴォルさんが他の女と仲良くしてるとなぜか無性にイライラするんです!!」
「んっ?んっ?」
「おかしいでしょ!?攫われたのに盗賊団の女とはベタベタしてるし、この街では酒臭い女と一緒に住んでるし!なんなんですか!」
「えっ、あれっ、それって駄目なことでした?」
「駄目に決まってます!理由は…理由はわかりません!でも私の中に何か得体のしれない…力がふつふつと湧き上がってくるんです!あの女たちを殺せって!」
「よーしよし、少し落ち着こうか、なっ?はい、お水飲んでー」
コップに水を入れてアイラに渡す、ゴクゴク飲んでる。
ふー…なんかちょっとおかしいな?途中からおかしい流れになってたな?
…妙だな、アイシャの言う「この世界で一人の人間として生きてください」というのは恋愛込みで言われてるものだと思っていたんだが。
解釈の違いだろうか。
いやっ、でもアイシャと再会できる見込みがなかったし、そうとらえてもおかしくはないはず。
今現在、錯乱気味のアイラさんとの出会いは俺にとって想定外だったんだがアイシャにとって、このアイラという存在は想定内だった?
俺と再会する手段を用意していた?
浮気防止のため実はこっそりこんなこともあろうかと用意しておきました、とかだったらどうしよう。
普通に怖いな。
あーでも最後のお別れのとき全然そんな感じじゃなかったよなぁーわっかんねぇなー。
「ふう…しょ、少々取り乱しました、今のはなんでもないです、忘れてください」
「あ、はい…ああ、でも」
「でもなんですか、もう何も言いませんよさっきのことについては」
「それはまあいいや、結局よくわからないしな、ただ、俺はアイラをほっとけないっていうか…しばらくこうして一緒に暮らしていきたいんだが、それは構わないか?」
「それは…はい、構いません、これからも、よ、よろしくお願いします…」
うん、まあ今はこれでいいだろう。
アイラがアイシャであろうがなかろうが、記憶喪失の少女をほっぽりだすのは気が引けるしな。
ともかくは彼女がはっきりどうしたいか決まるまで一緒に過ごすことにしよう。
「もしかして…アイシャ様が貢がされていた悪い男がヴォルるんだったってこと…?」
めでたしめでたし、と思ったんだがそういやディーナが残っていた。
何も今再起動しなくてもいいのに。
「さーディーナ!今日こそはギルド行って仕事探そうか!タックスさんがあれ、怒ってるみたいだぞ倉庫早く直せって!ちなみに俺は手伝うなと言われてるから金も貸せないぞ!」
「いやあああああ!そういえばそうだったぁぁぁ!」
こいつが馬鹿でよかった、俺はこの時、初めてそう思った。