それぞれの帰る場所
ここで四章最後にしよう
「別に話を聞いてなかったわけじゃない、ラルフォイがナインスたちと取引して何事もなく、それぞれがお互い元居た場所に帰れるなら大いに結構」
勘違いから取り押さえられた俺は、誤解を解いて自由になると皆にそう言った。
「たださあ、そういうこと決める前に無いわけ?」
「何がです?」
ラルフォイはわかってないようなので言わざるをえまい。
「あーつまりさ、俺としちゃまず一言くらい謝ってほしいんだけどな」
誤解で飛び掛かって俺を地面に引き倒したことを、ではない。
俺を勝手に攫ってあの館に軟禁していたことについてナインスとフリスクに謝ってほしいということだ。
怒ってるかどうかで言えば内心そんなにそのことについて怒りは感じていない。
むしろナインスとフリスクは命が助かって良かったなと思っているくらいだ。
だけど、単身助けにきたマーくんや、この場でずっと待ってくれていたプラム、コムラードにいるジグルドたちやタックスさん、それから…さっきまで俺の腕にしがみついて泣いてたディーナのことを考えると色んな人に心配とか迷惑かけたりしたんだなと実感した。
そういう人らのことを思うと何かねぇほら、このままあれこれ決められても納得できないっていうか内容がなんであれ気にくわない部分があるというか。
「そう、でしたね、申し訳ありませんヴォルガーさん」
俺の言いたいことを察してくれたのかラルフォイがまず謝ってくれた。
お前には特に謝罪を要求したわけではないがまあいいや。
勝手に取引だとか始めた分として受け取ろう。
「まあその…お前の言うことももっともだな、すまなかった」
ナインスも頭を下げてくれた。
「俺が攫ったのが一番悪いんだ、本当に悪かった!!すまない!!」
フリスクは土下座までしていた。
ともかく俺はそう言われてスッキリした気持ちになった。
「ん、まあわかってくれたならもうそれでいい、頭をあげて…」
「いや!それだけじゃだめだ!気が済むまで俺を殴ってくれ!!」
えぇ…いや、そういうのいらないんだけど…
フリスクの気はどうやらこれだけでは済まないらしい。
「さあ!さあ!好きなだけ殴れ!」
「もういいから、気持ちは伝わったから」
「遠慮はいらん!!」
遠慮もくそもねえんだって。
大体俺が殴ったって痛くないんだから意味もないし。
「許す!もう許したから土下座で近づいてくるな!それよりナインスたちの処遇が決まったんなら次はあの子らのことも考えてくれ!!」
俺はこの会議から外れるように少し離れていたシンタロウとアイラを指さす。
結局水はまだ貰えてない、はよ決めて会議終了してくれ。
子供たち二人は自分たちのことについて何か言われてると感づいたのか、遠巻きにこっちを眺めていた。
俺はそんな二人を手招きして近くへ呼んだ。
「ようやくそちらの話は終わりですか、長いんで昼寝でもしようかと思いましたよ」
アイラは初対面の人いてもメンタル強いなあほんと。
シンタロウはそんなアイラの後ろに隠れてついてきている。
メンタルの強さを半分くらい彼に分けてやって欲しい。
「待たせて悪かったな」
俺は二人にナインスたちがどうなるかについて説明した。
アイラはともかくシンタロウは俺から話をしたほうが安心できるだろうと思ったので。
「では盗賊の二人は来た道を引き返してこれからまたあの館に戻るということですか」
「今日のところはそうですね、彼らの仲間に無事と、これからのことを伝えてもらうので、後日またコムラードには来てもらいますけど」
ラルフォイが俺の説明を補足する。
「で、私たちはアレに乗って街まで行くわけですか…」
俺たちは魔動車に乗って帰る予定だ。
見たことも無い乗り物だもんな、さすがのアイラも多少なりとも不安を感じている様子だ。
俺はディーナが運転するということを知らされて不安を感じているけどな。
道さえわかれば俺が運転してやりたかった。
初挑戦になるが絶対この場にいる誰よりも安全運転できる自信があった。
「心配するな、早いから馬車よりは楽だと思う、ディーナとマーくんが前に乗るらしいんで後ろに俺とラルフォイにプラムとアイラたち…多いな、乗れるのかこれ」
後ろは座席がなくて胡坐かいて座るような感じになりそうなんだが、前に倉庫で見た時はどこかに捕まる取っ手すらついてなかったのを思いだし、悲惨なことになりそうな予感がしてきた。
「…まあ大丈夫だ、心配ない」
アイラからは疑いのまなざしを向けられている。
だけどこれに乗ってもらうしかないんだ。
馬車はナインスとフリスクが帰るのに使うんだから。
「街に着いたら二人とも俺の住んでる場所に泊めるから!安心してくれって!」
「そういう心配をしてたわけではないですけどね、それはそれで助かります」
よし、じゃさくさく行こう。
日が暮れる前に帰りたい。
さっきの会議じゃ戦争になりそうだとかやばめな感じの話をしていたけども、そういう嫌な話は身心が疲労したときにすべきではないのだ。
帰って、風呂はいって、飯食って、寝て、元気になってからすべきだ。
「じゃ皆もういいな?帰るということで」
「そうですね、あんまり長居するとナインスさんたちも日没までに館に戻れませんし、そろそろ帰りましょう…で、これはところでどうやって後ろに乗るんです?」
ラルフォイのために俺は魔動車のバックドアを開けてやった。
こいつは運転席と助手席の2ドア仕様なので後ろに乗る人は全員ここからになる。
「後ろの乗り心地はどんなものかしらね~」
そう言いながらプラムもラルフォイに続いて乗り込んだ。
残念ながら乗り心地は前の席に比べて良くはないだろう。
「我が運転しても構わんのだけどな、今日は助手席で我慢してやろう」
マーくんが何かおかしなことを言いながら助手席のドアを開けていた。
聞き間違いでなければマーくんは運転したことがあるということだろうか…
「はは、本当にあっさりアタシらをほっといて帰るんだな」
ナインスが笑いながら魔動車に乗り込む人たちを見ていた。
「ナインスたちも帰る支度しなよ、そっちは二人で山道を行くんだから気を付けないと」
「うるせえ、アタシらにとっちゃここは庭みたいなもんだ、心配されなくとも平気だよ、おいフリスク!馬車の準備をしな!」
フリスクは「へいっ!」と返事をすると木につないである馬車のほうへ走って行った。
去り際に俺に向かって「ありがとな」と言い残して。
「…今度、ラルフォイと話をするためにコムラードに行くと思う。その時はその…またお前に会ってもいいか?」
「ああ、また会おう、待ってるよ」
俺はナインスと握手をした。
馬車内では憎しみの目と蹴りをくれたが、今はそんな気配はもうどこにもない。
機嫌がなおったようで本当に良かった。
「あ、あのっ!おじさんっ!」
ナインスと別れの挨拶をしてるとシンタロウに話しかけられた。
まだ魔動車に乗ってなかったか。
あとは…アイラと…ディーナもか。
ていうかはディーナは何してんだ、アイラのことをガン見しすぎだろ。
「なんだシンタロウ、あれに乗るのが怖いのか?」
「ううん、あっ、怖いのもあるけど、そうじゃなくて…」
「どうした?トイレなら乗る前に済ませておけよ」
「ぼく、コムラードには行かない。ナインスさんたちのところに残るよ」
んっ?んっ?なんて?
「何言ってるんだお前」
ナインスが俺の言いたいことを代弁してくれた。
「考えたんだけど、やっぱり獣人族のぼくが人族の街に行くとどうしても迷惑になると思う」
「それなら気にしなくても…俺がなんとでもするし」
「いいんだおじさん、それにぼくがあの館に戻りたいんだ」
「なんで??」
「おじさんがいなくなったら、ヘイルさんたちが楽しみにしてた食事が無くなっちゃうよね、でも、ぼくはおじさんが作るのを全部見てたから、ぼくが行けばまた作ってあげられる」
シンタロウは確かに、俺が作る料理は全部覚えていたけど…アイラと違って筋が良かったので。
「おいじゃあなんだ、お前はアタシらのために残るってのか?」
「う、うん、ナインスさんたちが良ければだけど…あそこにはあの木もあるから…離れたくなくて…」
「お前の親父を殺したのはアタシらだぞ?わかってんのか?」
「お父さんのことは忘れたわけじゃないけど、ナインスさんたちをもう恨んではいないよ、きっと仕方ないことだったんだ、あんなことを続けていたら誰かにいつか殺される、ずっとそう思ってた、それがたまたまナインスさんたちだっただけなんだ」
「そうか…」
いつもナインスにはおどおどして何も言えなかったシンタロウだったが、今はナインスの目を見ながらハッキリと喋っている。
どうやら本気であの館に残るつもりらしい。
「故郷のことはどうするんだ?もう帰りたくはないのか?」
俺はそのことが気になって尋ねた。
コムラードに帰ったらその方法を調べるつもりだった。
「いつかは帰るつもりだよ、でも今は無理だって思うんだ。ぼくは、今までずっと誰かの言いなりになるか助けられてばかりだった。それじゃダメなんだ、だからおじさんみたいに心も体も強くなりたい。帰るのはぼくが…強くなってからにする」
そんな決意をしていたとは、全然知らなかった。
「…気に入った!!初めて見たときはくたばり損ないのうじうじしたガキだと思っていたが根性あるじゃねえか!見直したぜ!おいヴォルガー、こいつのことはアタシがキッチリ面倒みてやろう!」
「え?あ、ああ、そうか…じゃあシンタロウのこと、よろしく頼むよ」
これ以上引き止める理由もないのでシンタロウのやりたいようにさせてやろう。
「お頭ー!準備できましたー!」
フリスクがナインスを呼ぶ声が聞こえる。
「うっし、じゃあアタシらは行くわ」
「おじさん、たくさんありがとう!おじさんの料理、ぼくずっと作り続けるから!」
「料理…あっ、作るならヘイルを助手にするんだ!あいつとやれば新しい料理もたぶんできると思う」
去り行く二人に俺は最後にそう言った。
何かもうちょい気の利いたこと言えばよかったな。
「じゃ今日からヘイルも料理番だな、こき使っていいぞ、シンタロウ」
「あはは、ヘイルさんは料理するの案外好きだからきっと自分で頑張ると思うよ!」
後ろ姿で顔は見えなかったが二人はきっと笑顔だっただろう。
「シンタロウはやはり残ることを選びましたか」
ボケっと二人を見送っているとアイラが隣に立っていた。
「知ってたのか?」
「先ほど相談されたんですよ、私は言いたいことはハッキリ言うべきだと教えただけですけど」
アイラはいつもハッキリ言うもんな。
「それよりいつまでもバカみたいな顔をしてつっ立ってないで私たちも行きましょう」
オブラートに包むということをいつか教えなければいけないかもしれないな。
「ところであの人、さっきから私のことをじろじろ見てきて気持ち悪いんですけど何なんです?」
「あの人?ああ…はい、わかった、あいつのことはいいんで先に魔動車に乗ってて」
「はあ、じゃあお先に」
アイラは魔動車の後ろに行きそこから中へ乗り込んだ。
車高があるので少々苦労していたところをプラムに抱きかかえられて持ち上げられていたけども。
まあそれはいいとして、俺はディーナに駆け寄ると頭にチョップした。
「いたっ…くはないけど、何するのヴォルるん!」
「少女をそんなにじろじろ見るんじゃない、気持ち悪がられていたぞ」
「い、いや変な意味はないの、あの子…絶対間違いない、夢に出て来た子だわ」
………………あっ。
何言ってんの?と思ったがそうか、そういや言ってたな。
夢に黒髪の少女が出て来るとかなんとか…
「なるほど、その話は気になるがとりあえず街に戻ってからにしよう、できればあの子…アイラと、ディーナと俺の三人だけで話をしたいことがある」
「そうね、家に帰ってからにしたほうがよさそう。それじゃヴォルるんも後ろに乗って、ドア閉めるから」
ディーナは俺が魔動車に乗り込んだのを見るとバックドアを閉め運転席に回った。
そしてエンジン音が鳴り始め、魔動車は動き出した。
…やっぱちょっとディーナの運転って不安なんですけど。
俺は無事にコムラードに帰れるのだろうか。




