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マーくんの冒険3~ドライブユアドリーム~

まだ人は轢いてないから

「おおおお、かなり速いな!あっという間にコムラードが見えなくなったぞ!」


 我は今、正体不明の鉄の箱に乗って街道を移動している。

これの手綱をとって…いや、馬がいないからそれはおかしいか、確かこれを動かすのは『運転』というのだったな。

運転しているのはディーナだ、これまで見たことないような真面目なツラをして正面を見ている。


「まっ、マーくん!ドア開けようとしないで!危ないから!」

「屋根の上に乗ってみてもいいか?」

「絶対ダメ!!まだこれ動かすのそこまで慣れてないんだから変なことしないで!!」

「前見てなくていいのか?」

「あああ、木にぶつかるうううう!」


 ディーナは慌ててハンドルとかいう輪っかを回転させた。

方向転換に使う器具がハンドルだ、あれを回すだけで簡単に左右に曲がれる。


「お、この速度でも避けられるのか、馬車なら横倒しになって転がってるところだったな」

「ふぅー怖かった…ここで転んでこの魔動車を壊すわけにはいかないわ、つい最近ようやく直ったばかりだもの」


 魔動車まどうしゃという名の鉄の乗り物。

それが今我が乗っているものの正体だ。

それにしてもよくこんなものを貸してもらえたな。


………


 今朝、ディーナが来いと言っていたのでタックス商会に出向いたらタックスとディーナに案内され倉庫でこの魔動車を見せられた。


「簡単に言いますとこれは馬なしで動く魔法の馬車でしてな、これを使えばザミールまで一日もかからずに行けるでしょう」

「ほう、それが本当かどうかはともかく、見た目はなかなか恰好いいではないか」


 無骨な金属の体に巨大な車輪がついていて何かとてつもない力を感じさせる。

全体的に黒を基調とした色で作られているのが特にいい。

黒く冷たい金属…これはきっと闇の加護を受けた魔法の道具に違いあるまい。


「おお!マグナさんはこれの良さが見ただけでわかりますか!さすがですな!」

「フッ、我が暗黒の波動をもってすればこの程度見抜くことはたやすい」

「たはは、いやー嬉しいですなぁ、亡くなった妻以外でこれを恰好いいと言ってくれたのはマグナさんが初めてですよ。これは是非とも乗り心地も体験してもらわねばなりませんな、ささ乗って乗って」


 タックスが魔動車の扉を開いた、我は早速中に乗り込んでみる。

ふむ、一人用の座席がついているのか、悪くない。


「ようしでは早速この私が運転してザミールまで送り届け」

「それは私の役目でしょ!!!」 


 反対側から乗り込もうとしていたタックスにしがみつきながらディーナが叫んだ。


「タックスさんは昨日さんざん運転したでしょーー!」

「ですが遠出するならば運転に慣れた私が」

「昨日何のために私がゲロを吐きながらタックスさんに運転を習ったと思ってるの!」

「しかしですねぇ…」


 二人でごちゃごちゃ揉めてるようだがどっちでもいいからさっさと乗ってこれを動かして欲しい。

何かこう…この座席に座っているとわくわくしてきて心が落ち着かん。


「旦那様、店のほうへお戻り下さい、本日の取引相手の商会の方がずっとお待ちになられています」


 タックスとディーナのやり取りを止めたのは家政婦の女だった。

この女、ただの家政婦ではないな、倉庫に入ってから足音を完全に消していた。

ただまあそれでも我は気づいていたがな!


「くう…こんな時に限って大事な約束をしてしまっているなんて…」

「今日からしばらく街を離れられないんでしょ!だから私に任せて!」


 タックスはしぶしぶと魔動車から離れ、倉庫を出て行った。

そして我の隣の席には反対側から乗り込んできたディーナが座っていた。


「…メンディーナさん、昨日も言いましたがくれぐれも…」

「わ、わかってるわマリンダさん、そんなに言わなくても三日以内にはここに戻ります。だからお願いっ、今だけは見逃してっ!」

「…はい、それは承知しております。彼も了承済みです。ですから必ずヴォルガーさんを見つけてください」

「ええ、任せてっ!」


 家政婦は窓ごしにディーナとそんなやり取りをした後、倉庫を出て行った。

今のは何の話だ?と隣に座るディーナに尋ねてみたが「女同士の秘密」などと抜かしてきた。


「よーしじゃあ行くわよマーくん!えーっとまずこのボタンを押して…」

「おっ、なんだ?前が明るくなったぞ」


 薄暗い倉庫を照らすように魔動車の前に明かりがともった。

それからディーナが何かごそごそやってるうちにブルン、ブルンと聞きなれない妙な音が鳴り始め、座席が、というよりはこの魔動車全体が振動しはじめた。


「しゅっぱーつ!」


 ディーナの掛け声と共に魔動車は動き出した。

ブオオオン!とうるさい音と共に急に加速すると、倉庫の出口に向かって進んでいく。


「おおお本当に動いたぞ!」

「フフッ、どう?私だってこれの運転くらいはできるのよ」


 ニヤっと笑った顔をディーナがこっちに向けてから2秒後にバガン!と物凄い音がした。

倉庫の出口を魔動車が体当たりで一部破壊して突き破った音だ。


「魔動車というやつはかなり丈夫なんだな」

「あわわ、これ絶対後で怒られる…」

「いいから早く行け」

「タックスさんごめんなさーい!!」


 魔動車は商会の敷地を駆け抜け、表の通りに出て、馬車が通る道を一気に突き進み街の外に向かって行った。

途中で何人か慌てて転がるように道から逃げてったな。


………


 ブロロロロロ、と妙な音を響かせて魔動車は街道から少し脇に逸れて走る。


「でね、どうしてもザミールに行きたいからタックスさんに貸してって頼んだの」


 ディーナの話によるとこの魔動車という物はタックスにとってとても大切な宝らしい。

こうして乗り込んで性能を確かめていると宝というほどの価値がよくわかる。


 ただつい最近までは動かないガラクタになっていたようなんだが、ヴォルガーが修理する方法をタックスに教え、タックスは街の鍛冶屋と協力してようやく、ちょうど我らがバジリスク討伐に行った頃か、直すことができたらしい。

なんでヴォルガーはこんなものを直す方法を知っていたんだと、またひとつあいつについて訳の分からないことが増えたが今更一つ増えたところで特にどうとは思わない。

元々訳のわからないやつだからだ。


 ともかく馬車より数段速い移動手段があったことに感謝している。


「さっきから全然、誰にも会わないね、本当にこっちで道あってるのかな」


 窓から外を眺めていると運転するディーナがそう言ってきた。


「あっている、一応ザミールとコムラードを繋ぐ古い街道がまだ残っているからな、それに沿って行けばいい」

「…街道を走ってても誰も来ないならもうわざわざ草むらの上を走らなくても平気?」

「なんだ、旅人が通るかと思って少しそれて走ってたのか、なら心配ない、旅人も馬車もまずいない」

「そうなんだ、どうして?」

「他に新しく別の街を経由した道ができたからだ、それと別にもうひとつ理由はあるが…ああ、ちょうどいたな、あれがもうひとつの理由だ」


 魔動車の前方に魔物の姿が見えた、一言で言うとでかいミミズ、プレインワームだ。

丸太のような太さの胴体を持ち体長はおよそ10メートルくらいか。


「ぎゃあああ何あれ気持ち悪いっ!」

「あれは野菜や草、それから木で出来た家など植物であれば大抵なんでも食う。そのせいでこの辺には村を作ったりできない。だからこの道はあまり使われなくなった」

「うええ…こっちに襲い掛かってきたりしない?」

「普通はしないはずだが、あれは普通じゃないようだな、こっちに向かってきた」


 プレインワームは爆音を立てながら走る魔動車が珍しかったのか、うねうねと体を動かして近寄ってきている。


「いやあああ!なんで行こうとする場所をふさぐのよおおお!」


 ディーナはプレインワームを迂回しようとしてハンドルを回す。

魔動車が進行方向を変えて視界が変わる。


「こっちにもいるうううう!」


 ぼこっ、ぼこっと辺りの地面から次々出てくるプレインワーム。

周囲の地面にも大量にいたようだな。

数が集まるとさすがに少々我でも気持ち悪い。


「どど、どうしようマーくん!」

「これ、速度を上げるのはどうやるのだ?」

「それはこの私の足元の…これこれ、この板を強く踏むと速くなるんだけど」


 ディーナの足元を見る、ああこれか、大体この魔動車の運転方法とやらがわかってきたな。


「二つある、どっちだ?」

「今私が足をのせてる方、もう一つは踏むと段々ゆっくりになって止まるの」


 なるほど、と思って板にかけられたディーナの足の上に我の靴底を乗せ、強く踏み込んでやった。


「きゃああああ何してるのマーくんんんんんん!」

「はははすごい速さだ、面白い」


 魔動車は一気に加速してプレンワームにあっという間に近づき、ぶちゃああああああっ、と派手な音を立ててその体をぶち抜いて進んだ。


「ひいいいっ、ひっ、轢き殺しちゃったぁぁぁおえっ」

「前がガラス窓でよかったな、何もなければこの臭い体液を浴びていた」

「あああ、前が肉片と紫色の汁で見えないいいいい」

「もっと速度を上げれば風圧で飛んでいくかもしれん」


 我はもうディーナの足をどけて自分の足で目いっぱい板を踏みこんだ。

魔動車はさらに加速して前面にあった肉片と汁を後方に吹き飛ばした。


「綺麗になったぞ」

「もう足離してえええええ!速すぎるよおおお!!」


 ディーナが泣きわめくので足を板から離してやった。

魔動車は少しずつ速度を落としていく。

そして既に遥か後方にいたプレインワームの群れが完全に見えなくなるころ、ディーナはようやく落ち着いた。


「はぁーはぁー…マーくん…運転してる人の邪魔をしたら絶対にダメ!!」

「手伝っただけだぞ」

「そういうのいいから!あんまり無茶すると…私ここで吐くよ!!」

「それは嫌だな」


 ここで吐かれるのは困る、我にも被害が及ぶではないか。


「おい、じゃあ我にもちょっと運転させ…」

「あっ!街だ!街が見えるよ!」


 なにい?もうザミールに着いてしまったのか?

くそう、我も運転してみたかったのに…帰りにやらせてもらうか。


 前方に見える高い壁に囲まれた街。

我とディーナは、どうやら無事ザミールまでたどり着いたようだ。

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