スイーツ系中毒患者二号
ナインス視点で…あ、いつの間にか100話こえてた…
「ん…もう朝か…」
窓から差し込む光のまぶしさにアタシは目を覚ました。
ベッドから出ようとは思っていてもなかなか体がいう事を聞いてくれない。
あーちくしょう、シーツも布団も綺麗になっちまったせいだ、気持ちよすぎる。
あの野郎がアタシの部屋を掃除しておまけにベッドメイキングまでするから。
ったくフリスクも勝手に許可出すんじゃねえよ…アタシの部屋だぞ…
最近すっかりあの野郎の言いなりになってる部下たちに頭を抱えながらアタシはなんとかベッドから出て、身支度をはじめる。
部屋の机にはアタシの着替えが畳んで置いてある。
ついでに顔を洗うための水が入った桶と綺麗なタオルも。
これも最近あいつの指示で用意されるようになった物の一つだ、これじゃあどっちが館の主人かわかりゃしねえ。
こうして綺麗な服を着るとスッキリして気分はいいんだけどよ…
昔はなんでもメイドにあれこれやってもらってた頃を思い出しちまうんだよな…
アタシも洗濯くらいは自分でするべきなのか?
いやっ、でも盗賊団の頭として毎日洗濯をしてる姿を部下に見せるのはどうなんだ?
それにアタシがやらなくてもヘイルがいつの間にかやってるしな。
なら別にこのままでも…やっぱり下着くらいは自分で洗おうかな…
「あいつなんとか仲間に引き込めませんかね?」
フリスクや他の部下たちに言われた言葉を思い出す。
あいつ…ヴォルガーを正式にアタシらの仲間にしてもいいと既に大半の者が思っているようだ。
ヴォルガーがいれば美味い飯が食えて、怪我や病気になっても平気だし、それに話が上手くて面倒な子供の相手もしてくれる。
よく考えなくても便利すぎるだろう、あいつは冒険者というよりどこかの貴族の執事といったほうがしっくりくるぞ。
だからアタシも仲間にすることについては賛成だし、以前から誘っている。
だがコムラードに何か強い執着があるようでなかなか上手くはいかない。
「お頭が誘惑すれば上手く…いてっ!何しやがるヘイル!」
「うるせえ!それがいいとはわかっていても俺の心が許せねえんだ!」
フリスクは大抵の男は女に誘惑されれば落ちる、などと言ってきた。
…この館じゃアタシしか女はいない、村の方に行けば若い女も何人かいるんだが…
村の住人はまだかつての恐怖が体に染みついていて、アタシら以外の人物をみると怯えるやつも多い。
特に若い女は…ようやく心が落ち着いてきたばかりだしな…
つまりアタシがやるしかないわけだ。
でもアタシなんかじゃ無理だろ。
ガサツで、女らしさなんか親父を殺すと決めた時どっかに捨てちまった。
怪我が治ったときはついうっかり嬉しさのあまり、き、キスなんかしちまったが…
ああああ、これはもう思い出さないようにしよう!
どうかしてたんだあの時は!
「お頭、起きてますか?」
その言葉と共にドアがノックされた、フリスクか。
アタシは頭をブンブン振って変な記憶を振り払うと落ち着いて返事をする。
「ああ、今行く」
フリスクは朝飯ができたことをアタシに伝えにわざわざ部屋まで来る。
別に自分で食堂まで行くからいいっつってんのに律儀に毎朝来る。
よく分からんが朝飯はどうもアタシが一番に食べるという決まりがいつの間にかできてるらしい。
そんなことを決めた覚えはないんだが、それはそれで悪くない気分なのでほっといている。
それもあってアタシはここ最近、食堂に行くのが楽しみなんだ。
部屋を出てフリスクと共に食堂まで行くと、ヘイルがヴォルガーと何やら話していた。
「あ、お頭!今日のはまた見たこともない料理ですよ!」
ヴォルガーが料理を出すたびにお前は毎回そう言ってるじゃねえか。
確かにアタシも毎回見たこと無い料理だなとは思うけどよ。
食った後も「美味い!」だけだし、他に何か言えねえのか。
わかったわかった、と適当に相手をして席につこうとすると、ヴォルガーがアタシの座ろうとした椅子をさっと引いて出してくれた。
だからなんでこいつはアタシが座ろうとした場所がわかるんだ。
「また…なんだこりゃ、焼き菓子か?」
席についてヴォルガーの出した皿に盛られているものを見た。
「お、ナインスは菓子はわかるのかーさすがだな、これはミルクレープと言って想像通り菓子の一種だ。焼き菓子といっていいかどうかは判断しかねるが」
焼き菓子…パイやクッキーなら昔も食べたことがある。
アタシがまだ何も知らない子供の頃は、親父の屋敷で出されるそれらを喜んで食べていた。
こんな美味しいお菓子をたくさんくれるお父さんはきっと皆に好かれてるすごい人、とかも思ったっけ。
バカだよな、親父が焼き菓子なんか作るわけねえ、全部屋敷の料理人が作ってたのによ。
「あれ、どうした?もしかして甘い菓子は嫌いなのか?」
アタシがミルクレープとやらを前に動かないことを気にしてヴォルガーがそう言った。
「…いや、そんなことはねえさ、ただ朝飯が菓子ってのも笑えるなと思ってただけだ」
「え?そう?俺なんか寝起きは特に甘いもの食べたくなるんだけど」
「おめえはいろいろおかしいからな」
おかしい、と言われて苦笑いをするヴォルガー。
さてそんなおかしいやつが作った菓子はどんなもんか食べてみるか。
アタシはこれでも菓子にはうるせえぞ、一番好きなのはバナロアのパイでそれを超える菓子は存在しねえと思ってるからな。
ナイフを使って一口大に切り分けて、それをフォークで口に運ぶ。
「へえ、そういう風にして食べてるとまるでどこかのお嬢様みたいだな」
ヴォルガーが何かわけのわからねえことを言ってるがそんなことはどうでもいい。
なんだこれは、アタシが一番美味いと思ってた菓子はなんだったんだ。
なんだよ、なんなんだよ!くそ!簡単に超えてきやがった!
いや待て、アタシが昔のことを思い出していたせいで美味いと思えただけかもしれない。
なんせ菓子なんか久しぶりに食べるしな、うん。
も、もう一口食べてみよう…それでハッキリする。
「…っは…はは」
やっぱり美味いじゃねえかちくしょう!!
こいつアタシがバナロアが好きだって知ってたのか!?
薄く切ったモンがレッドベリーと一緒に重なるようにいくつもはいってやがる!
それにこの甘いソース…これで全部を包んでるせいかどこから食っても一番美味い!
「美味いか?」
ヴォルガーが笑ってアタシにそう問いかけていた。
「美味しいかい?」
なぜか、夢中でパイを食べる子供のアタシに、親父がそう笑いかけていたことを思い出した。
「なんだよ…ちくしょう…」
「ええっ!?それどういう反応!?おま…あっ」
ポタリ、とテーブルの上に何かが落ちた。
アタシはいつの間にか涙を流していた、と気づいたのはヴォルガーの変な顔をみたせいだ。
「おっ、お頭あああああ、泣くほど不味いんですか!?」
傍で立ったままアタシが食べる様子を見ていたヘイルが叫ぶ。
フリスクのほうは驚いて固まっていた。
「うるせえ!泣いてねえよ!これはその…眠かっただけだ!」
恥ずかしさを隠すようにアタシは怒鳴る。
「それと…不味くはねえ、この菓子は美味い、アタシが今まで食べた菓子の中で一番な」
アタシは皿に残ったものをガツガツと一気に食べた。
「おかわりだ!早くその、でかいのを切り分けろ!」
「あーなんだよかった、嫌いなわけじゃなかったのか」
ヴォルガーはそう言いながらにこにことミルクレープの塊を切り分けていた。
「おっ…俺も食べていいですか?」
「ダメだ」
何を言ってんだ、これは全部アタシの分だ、ヘイルなんかにやるか。
「そ、そんな…」
「この後ヘイルの分もすぐ作るから心配すんなよ」
「早いとこ頼むぜ!お頭が食べてるの見ると気になって仕方ねえよ!」
「コロッケより美味いのかこれ?」
フリスクは相変わらずだな、芋と比べるんじゃねえよ。
だが…こいつがヴォルガーを連れてきたから全てが変わった。
それは評価してやる。
「コロッケとは全然別だ…ほら、一口食べてみろ」
アタシはミルクレープをフォークで一口分とるとフリスクに差し出した。
「…えっ、た、食べていいんですか?お頭のを?」
「早くしろ、アタシの気が変わる前に」
フリスクは慌ててそれを口にいれた、「あめえっ!?」とか言ってやがる。
ヘイルは何か信じられないものを見たようなツラをして痙攣していた、なんだこいつは。
「ああこりゃ女が好きそうな食べ物…あっ、いやなんでもありません」
ああそうだよ、好きだよ、悪いかこのコロッケバカが。
「フリスクには甘くない、別のクレープを出してやるよ」
なんだと、まだ他にもコイツには種類が色々あるのか。
ヴォルガー…お前は一体何なんだ…
魔法で怪我を治す姿は、アイシャ教の神官のようだった。
馬車であの姉妹に話をしているときは吟遊詩人にも思えた。
アタシの部屋を掃除したヴォルガーのことをフリスクは母親かよ、と言っていた。
アタシに母親の記憶はないのでそこらへんはよくわからない。
ヘイルはコロッケを食べた後きっと名のある貴族に仕えていた料理人に違いないと言った。
そうかもしれない、でも、アタシが貴族ならこいつを手放す理由はない。
毎日菓子を作らせてやる。
…どうすればいいだろう。
どうすれば、こいつはアタシの傍にずっといて…
「お頭あああああ!!」
その時、食堂のドアがバン!と音を立てて開かれた。
叫びながら入ってきたのは部下の一人。
「おいうるさいぞホランド!お頭は食事中だ!」
フリスクがクレープを食べるのに忙しいアタシに代わって答える。
「食事は後にして下さい!敵襲です!」
ホランドの言葉で、食堂にいた全員に緊張が走った。
なんでよりにもよって今…!どこの誰だよクソが!