ご機嫌をうかがって生きる
いつもそうです
もしかしたら俺の生まれ故郷かもしれない可能性を秘めた館で今日も朝から厨房に来て掃除をしている。
感慨深いものは特にない、単に勘違いの可能性もあるが、仮にここで俺の肉体が作られたんだとしても、へえああそうなんだ、くらいしか思わない。
そんなものは今日のアイラさんの態度に比べたらどうでもいいことなんだ。
「昨日は随分夜遅くまであの女と一緒にいたんですね、それも作戦のうちということですか?」
今朝目覚めておはようと言ったら返ってきた言葉がそれ。
アイシャと顔が似てるからなんか微妙に懐かしい気すら感じてしまうんだが、とげとげしい態度をとられる理由がよくわからなかった。
今こうして無言で厨房の床を磨きながら考えてみてもさっぱりだ。
まあ誘拐犯の親玉と仲良くしているのはここから逃げたいグループの一員としてはどうかと思わないこともないが、だからって急にその…浮気してきた相手に対する一言みたいなのでるのおかしくない?
どちらかと言えば俺はアイラにあまり好かれていないイメージすらあったのに。
「シンタロウ、シンタロウ君ちょっと」
「あ、おじさん、どうかしたの?」
裏から一生懸命水を汲んで来る作業をしていたシンタロウを呼び止める。
「アイラ今日おかしくないか、具体的に言うと機嫌が悪いような」
「え、うーん…そうだね、昨日の夜からあんな感じかも」
勝手口から外をのぞいてアイラの様子をちらりと見ると、水のはったタライの中で足をドンドンと力強く踏みしめていた。
何をやっているのかというと洗濯だ、俺とシンタロウとアイラの分の衣類を洗っている。
料理するのに汚い服しかないのは非常に困ると言って俺がナインスから貰った着替えとかだ。
おかげでアイラとシンタロウも今ではボロボロの服は身に着けていない、多少マシになっている。
「人の顔面を躊躇なく踏みそうな形相で洗濯しているな…」
「た、例えが怖いよおじさん…」
「すまん、しかし何であんな感じなんだ?」
「わからない…でもやっぱりそろそろここにいることが嫌になってきてるのかな、ぼくはおじさんがいるから今の生活でも辛いとは思わなくなったけど」
前向きなのはいいがこの暮らしに適応してきているのは行き過ぎだぞシンタロウよ。
俺たちはここに住んで生活していくのが目標じゃないんだから。
そう考えるとアイラの反応は正常かもしれないと思える。
シンタロウの予想は見当違いな可能性もあるが、そろそろ真面目に脱出について三人で話し合う必要があるのかもしれない。
正直なところ俺一人だけならもう走って逃げるのは可能だと思う。
アイラの描いた地図である程度現在位置は掴めて来た。
それで俺が助けを呼んでくるという手もあるにはあるが、やはりシンタロウとアイラの二人を残して行くのはためらわれる。
人質にされると困るし。
かといって二人を連れて行くと走って逃げれるか怪しい。
魔法で強化しても大人の俺と子供の二人ではたぶん差がある。
というか俺の足の速さが2から10くらいになるのに対して二人は1が3か4になるくらいだろう。
これは以前にマーくんやジグルドたちに支援魔法をかけた時に気づいたことだ。
元々足の速いマーくんは<ウェイク・スピード>で物凄い素早さになるが、逆にモモやロイといった後衛タイプはそこまで劇的な変化はなかった、恐らく基礎体力に差があるせいだ。
ゲームの時の明確な効果としては『ステータスのAGI(素早さ)が3倍になる』だったから、その点が影響してるのかもしれない。
ただ俺もゲームキャラクター的にはAGIはほとんど初期値だったんだけど…
今の肉体はデフォルトで足速いからあてにならねえ。
とにかく個人差があるのでは走ってる最中に二人とはぐれかねない。
いっそ俺が二人を抱えて走るか…?
でも慣れない山道で両手が塞がるのはちょっとな…自信ないな…
「おーっす、今日の材料持ってきたぞー」
脱出について考え事をしている俺に、厨房に入ってきた青髪のおっさんが声をかけてきた。
「あ、ヘイルさんが来たよ!」
シンタロウが言うヘイルさんというのは盗賊の一人。
こいつは初日にコロッケを食って以来何かと俺たちに食材を持ってきてくれる。
他の盗賊に比べて妙に態度が軽い変なおっさんだ。
「おうおう、見ろよこれ、今日は卵と牛の乳があるんだぜ!それに果物もたくさんだ!」
ヘイルは抱えていた木箱を床に降ろすと嬉しそうに言った。
「お前はいつも色々持ってくるな」
「へへ、色々あれば新しい料理が食えるんだろ?」
コイツの食にかける情熱はもしかしたらここで一番かもしれない。
フリスクはコロッケ中毒だからコロッケがある限り文句はないし、他の奴も大抵なにかしらお気に入りの料理がある。
そんな中ヘイルだけは常に新しい料理を求めているのだ。
あ、いやナインスも一応毎日違う料理要求してくるからナインスもかな。
でもヘイルのほうがリアクションがでかいし、ばくばく食べるので作り甲斐はある。
「わあ、すごいね、いつもありがとうヘイルさん」
「ははは、いいんだよオレが食いたいから持ってきてるんだしな!」
こんな感じで獣人であるシンタロウにも普通に接してくれる。
こうして見ると盗賊には相応しくない、いい人に見えるが…
「ヴォルガー、これで今日はお頭に何を作ってくれるんだ?俺もお頭と同じものを食べるから作るのは二人分だぞ!」
「お前ほんとお頭大好きだな」
ヘイルは毎日、ナインスと同じ料理を食べたがる。
簡単に言うとこいつはお頭大好き人間なのだ。
初日にコロッケを食べるお頭の傍で、ややおかしい発言をしていたのがヘイルなのだ。
「そんなの当たり前だろ!お頭はこの世で一番いい女だからな」
「はいはい、そうだ、そうだな」
「ヴォルガー、お頭の命を助けてくれてありがとうな!お前には感謝している、だから今日のお頭について教えてやろう。まずお頭は今日、目覚めて朝の散歩に行くと…」
「なあそれ毎日、俺に言わんとだめなのか?」
聞いても無いのにこいつは毎日お頭情報を話そうとしてくる。
内容はすげえどうでもいい、日本の朝のニュースで少しだけやるような誰かが飼ってる犬とか猫を紹介するレベルの話と同じだ、占いコーナーの時間を足してもコイツの話の方が長い分タチが悪いな。
どうせならお天気情報とか洗濯指数といった役に立つことを教えてほしい。
「寝ぼけて枯れ木に向かって何か指示を出し…」
「もうその話いいから!早く戻れよ!またさぼってると思われて殴られるぞ!」
「お頭が殴ってくれるなんて…嬉しすぎるぜ…興奮してきた」
このようにヘイルはストーカーとマゾをこじらせたハイブリッドの変態なので、あまりシンタロウとアイラの前で変な話を語るのはやめてほしいなといつも思っている。
俺は「話を聞いてたらお頭の朝飯が作れねえんだよ」と言ってなんとかヘイルを厨房から追い出した。
「ヘイルさんは、どうして殴られても嬉しいのかな…」
「シンタロウ!やめなさい!それを理解しようとしなくていい!」
「う、うん、おじさんがそう言うなら…」
シンタロウが人の闇に触れないようにするのも大人である俺の役目だ。
「あのうるさい男はもう行きましたか」
アイラも洗濯を終えて厨房に戻ってきた。
アイラはいつも意図的にヘイルを避けてるみたいだ。
気持ちは分からなくもない。
「まったくあの女のなにがそんなにいいんだか…」
いつもはナインスのことまでぶつぶつ言わないのに。
やはり今日のアイラからは暗黒面のオーラを感じる。
「それで今日は何を作るんですか」
俺は不機嫌そうなアイラからヘイルが持ってきた木箱の方へ目を背けつつ考える。
「えーと…そうだな…」
屈んで中身を物色していると一ついい案が浮かんだ。
そう、そうだよ、女の機嫌をよくするならこれ、というのがあるじゃないか。
今まで『盗賊たちの食事』という認識で料理をしていたから考えてなかった。
俺は卵を手に取って立ち上がると、アイラに聞いてみた。
「アイラは甘いもの好き?」