8. ルクスの企み
次の町へと向かう車内。
「(何でこうなったんだっけか?)」
ルクスは思い出していた。
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数日前。結界が発動してから見違えるように町の治安は良くなっていった。
中央市に響いていた罵声は対戦の申し込みの声に変わり、柄の悪い某同士が些細なことでゲームを始める様は非常に見物だった。
ルクスも結界の効果を利用して散々金を巻き上げ、それなりに懐は潤っていた。
自分の定めたルールが快適すぎてもうこの町に家買って住もうかなんて考えていた頃、事件は起こったのだった。
それはシフォンと市を歩いていたとき────
売り子の声がよく聞こえる。
どうやらあの結界は治安をよくしただけでなく、町全体に活気をも取り戻させたらしい。
いやあ、いいことをしたものだ。
市に来た目的も既に達成し、シフォンの手にはクレープが餌付けされ、そろそろ宿に戻ろうとしていたとき。
突風が吹き、ルクスのフードが取れてしまった。
ルクスの美しく艶のある白金色の髪が見える。
切るのを面倒がった所為で長く伸びたそれは、風でふわりと広がり陽の光を乱反射する。
それは正しく美術品。
急いで被り直すも無駄。既に通行人に見られた。
百年以上前のこととは言え、覚えている者は多かろう。アルム領だからと言って安心は出来ない。よって、
「……シフォン、移動だ。」
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斯くて冒頭へと至る。
ルクスは一度、大きな溜め息を吐く。
だがすぐに何か思い付いたのか、不気味な笑みを浮かべる。
これは何か企んでいる時の顔なのだが、シフォンはまだルクスが何を考えているのかは知らない……
暫くして陽は沈み、空には星が輝き出す。
一度ここらで車を停め、火を焚いて夕飯にする。
幸いアモルファで買った食料があるのでそれを食べよう。
「ねえ、この後どうするの?」
ルクス特製の野菜スープを手にシフォンが言う。
シフォンがそう思うのも当然。突然の出来事だったので、今後の予定など決めてあるはずもない。
かと思いきや
「ここの南にフィツァルリって港町があったはずだ。そこに行ってみようかと思ってる。」
と真面目に答えたルクスにシフォンは
「……」
「どうした?」
「……あ、あなた、本当にルクス……?」
偽物ではないかと疑い始めた。
「なあ、ちゃんと答えただけで偽物と疑われるって、なんか理不尽じゃないか?」
とルクスは言ってみるも、そう思われるのも仕方ないか、と過去の自分の無計画さを後悔した。
┣■┫#8 夏恒例┣□┫
更に空は暗くなり、二人は移動を始める。
そしてルクスはこう話し掛ける。
「なあ、この辺の道……出るらしいぞ。」
「へ、何が?」
シフォンはルクスが何を言っているのかわかりたくないのか、それともわかりたくないのか、やや口の端を引き攣らせながら聞き返す。
「ゆ・う・れ・い」
どうやらシフォンはそういう類いのものは苦手らしく、あからさまに顔が青くなる。
「べべべ別にわ私は、だだ大丈夫だけどぉ?」
バレバレなのに強がるシフォンが面白くてルクスはニヤニヤしながら更に言う。
「さっきエリュートが教えてくれたんだよ。ずっと昔の話だ────」
────昔、エルフとアルムがまだ領地を争っていた頃。ここにはアルムの極秘施設があったらしい。
何を作っていたかはわからないが、結構ヤバめのものみたいだったそうだ。
ある日、施設で爆発事故が起こった。
原因は対エルフ用兵器の管理ミス。
当然働いていたアルムは全滅、建物もろとも蒸発した。
さっき夕飯を食べたところの近くの湖はその時に出来たという。
それは一瞬の出来事だったので、被害者に死んだ自覚はないらしい。
そして今でもアルムがそこを通りがかると仲間と思って湖の底に引きずり込んでいくとか────
「い、イヤアアアアア!」
話を聞き終わるより早くシフォンは叫んだ。
ここまでの反応をするとは思っていなかったルクスは、シフォンに驚いた。
「ま、あくまで噂だがな。」
一応そう言ってはおくが、シフォンに届いていそうにない。
さて、大分弱ってきたみたいなのでそろそろ始めよう。
「で、そろそろなんだよ。その場所が。」
「う、嘘よ。冗談でしょ?」
「いいや?」
ルクスがへらへらと言うと、シフォンは怒りを込めてこう言った。
「何でそんなこと教えてくれたのよ!」