6. シフォン・リマーブ
「なあ、感情ってなんだろうな。」
二人の会話はある哲学的な問いによって唐突に始まった。
「……やっぱ陽に当たりすぎて頭おかしくなってない?」
そんなことはないと言い切りたいルクスだが、しかし否定出来ない自分がいることを悔やむ。
「半分はそうかもしれないけど!」
ルクスは認めることにした。
「でも半分はマジ。なあ、感情ってなんだろうな。」
「急に言われてもねえ。」
勿論シフォンに答えは求めていない。ただ、少しでもヒントになればと思っただけだ。
「じゃあ今、どんな気持ち?」
「それも難しいね。自分の感情なんて、常に把握している訳じゃないから。」
だがシフォンは、強いて言うなら─── と続ける。
「いい雰囲気作ってる風だったから乗ってみたら見事に嵌められて何を言い出すかと思えば感情ってなにってこっちが何なんだってとこかしらね!」
「──────ハ!」
シフォンに言われ、流石に思うところがあったのか────
「成る程怒っているのか!」
予想外の反応に、シフォンは頭が白くなっていくのを感じた。
┣■┫
目を覚ましたのは宿の中だった。
どうせルクスが運んでくれたのだろう。珍しく気が利く。
「(あれ?)」
しかし部屋のどこにもルクスの姿はなかった。
ふと窓の外を覗くと、さっきの場所で未だに何かを書いているルクスが小さく見えた。
「(まったく、あんなところでいつまで何をしてるんだか。)」
フードを深く被った服装も相俟って、端から見ればただの変質者である。
その窓を開けて手でも振ってやろうと思ったとき、部屋の扉が開く音がする。
「お目覚めかい?お嬢ちゃん。」
柄の悪い男五人組のうち、リーダー格と思われる男がシフォンに声を掛ける。
扉の音はこいつらのためだと思われる。
「……率直に訊くわ。何の用かしら?」
シフォンは疑問が渦巻く思考を黙らせ冷静を取り繕う。
「文字通りナニの用だ。抵抗しなけりゃ痛い目にはあわない。」
どうやら本当にここは治安が悪いらしい。
百二十五年生きてきたシフォンも、こんな強引なナンパは初めてだった。
普通こう言うとき、主人公が助けに来てくれるものだ。
しかしあのルクスが助けに来るだろうか。
愚問────否だ。
もし来たとして言う台詞はこうだ。
俺も混ぜろー!
……糞主人公がッ!
「いいわ。お好きにどうぞ───────」
と少し間を開ける。
その間に男らは一歩シフォンに寄る。
「──────と言うとでも思っているの? 快楽で本当に脳が溶けてしまったみたいね。」
顔を歪める男らを見てシフォンは更に続ける。
「ソレをスることを生業とするって、本能のままに生きる獣と同じじゃない。下等生物さん?」
完全にシフォンは男らを見下し挑発する。
当然ながら沸点の低い下等生物はシフォンの挑発にのる。
「面白いこと言うじゃねえか。俺たちに叶わねえって思い知らせてやるよ。力で。」
本当に誘導が楽でいい。
┣■┫#6 シフォン・リマーブ┣□┫
「そろそろ、かな。」
『よかったんです? 見に行かなくて。』
「『いいんだよ。ちょっと試すみたいになったけど。』」
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「(ルクスは言っていた。エルフとアルムではやり取り出来る精霊が違うと。しかしアト語は精霊の言葉と。つまり同じように話しかければアリューナとやり取り出来るはず。)」
出来なかったときのリスクは甚大だが。
「『アリューナ。』」
シフォンは賭けることにした。
『なんでしょう?』
通じた!
「『目の前の彼らに石を落としてあげて。』」
『承知しました。』
そしてシフォンが思った通りに石が落ち、次々に男らは気絶していく。
「これでオッケー、かな。」
「お疲れ。使えるようになったんだね。」
終わった頃、扉の方から掛かったルクスの声。
「い、いつからそこに?!」
「少し前から。」
慌てた様子のシフォンに冷静に返すルクス。
「まさかこうなることを知ってたの?」
ルクスを見て気持ちが落ち着いたのか、シフォンはルクスにそう訊いた。
「大体予想は出来た。」
解答に溜め息一つ。苦笑いして、
「全ては掌の上って感じか……」
と締めてみるシフォンだった。
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「そう言えば完成したの? 治安維持魔術。」
いつの間にそんな名前が付いたのだろうとルクスは思いつつこう答える。
「ああ。出来た。」
「だから今から張りに行く。」
「……何を?」
「魔術を。」
魔術を張るという新しく技術を聞いたが、シフォンは理解を拒まず受け入れることにした。
「張るってどういうこと?」
「まあ見ておけ。」
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※シフォンちゃんのフルネームは「シフォン・リマーブ」です。