14. 意外なヒント
聞いていた通り、とても広い。
区画に間仕切りがなく、床の色で区別されているようだ。
端から端まで見渡せることで更に広く感じるのだろう。
……が、それを台無しにできるほどに人で溢れていて、ルクスは吐き気を感じる。
「(あ、あかん、これ、死ぬッ)」
まあこれはあくまでそういう表現の類いであって、本当に死ぬことはないのだが。
そもそも、シフォンのような常識人からするとこの程度の人混みは大したことはないのだ。
それに今宿泊している宿の前の大通りの方が人は多く、そっちの方がダメだと思うのだがそれは……
「ねえルクス、宿の前の大通りの方が人通りが多くない? そっちは大丈夫なの?」
「あっちは、囲われていないからいいんだよ。」
なるほど。閉鎖空間にたくさんの他人と一緒にいるのがダメなんだ。
ルクスの不思議な生態が一つわかったところで水槽を見て回るとしよう。
両サイドにはそれぞれ区画ごとに種類分けされた海洋生物たちが大小様々な水槽に入れられていて、またそれらがどこに生息しているか、どんな生態なのかなどの説明が書かれた本が置いてある。
ルクスの生態も書いてあればいいのに。
「何か言った?」
いいえ、なんでも。
なんてことしているとシフォンがふらふらっとどこかへ行ってしまった。
困った。完全に迷子だ。
人混みも相俟ってもう互いの位置がさっぱりわからない。
シフォンを見つけるのは至難の技だろうし、そもそもルクスがこの人混みの中を歩くなど論外。
こうなったらこうするしかあるまい。
「『エリュート』」
『ここに。数日ぶりですね。』
ルクスがそう言うと、虚空から現れたのは緑色の半透明で小さな少女。
エリュート、いわゆる精霊だ。
呼び出して直ぐに悪いと少し思いつつ、エリュートにお願いをする。
「『早速だが、シフォンを探してくれないか? このままじゃ俺が迷子になる。』」
『承りました。』
毎度思うが本当にエリュートは従順だ。
┣■┫#14 意外なヒント┣□┫
少しして、エリュートが戻ってきた。
『見つけましたよ。』
「『お、そうか。』」
どうやら戻ってきたのはエリュートだけみたいだ。
さすがに連れてきてはくれないか。
元々エリュートはアルムには認識されにくいし、当然と言えば当然だ。
「『で、どこにいたんだ?』」
これで迷子は回避できそう――――
『忘れました。』
――――うん。知ってた。
こうなることは予想はしてたし、ルクスの頼み方にも問題はあった。
確かにエリュートはシフォンを探した。
ルクスがエリュートに頼んだ通りだ。
しかしルクスは「シフォンを連れてこい」とも「シフォンの場所を教えろ」とも言っていない。
従ってエリュートはこの人混みの中からシフォンを見つけて『あ、いた』と思って戻って来たのだろう。
命令に忠実な子には、適当な命令をしないとこうなる。
ルクスは溜め息を吐き今度は適当な指示を出す。
「『じゃあ俺をシフォンのところに連れていってくれ。』」
『承りました。』
┣□┫
見つけた。
建物内の一番大きな水槽を眺めていた。
「あ、ルクス、生きてたんだ。」
……会って早々それかよ。
「どういう意味だそれ。」
「いや、この前の仕返しも兼ねてこの状況にルクスを一人きりにしたらどうなるのかなーと。」
このアマ人をモルモットみたく扱いやがってッ……!
だがルクスは、まあいいと流し、会話を始める。
「一際大きな水槽だな。」
「うん。なんかコラユルトって言う島の周辺の海洋生物みたいよ?」
「コラユルトか。よくもまあそんなところまで調査に来るもんだ。」
確かに水槽に張られた札には【コラユルト周辺の海】と書かれている。
コラユルトは、ここから南に6000㎞のところにある、小さな島だ。
エルフ領、アルム領のどちらにも属さない無人島で、島の周辺は澄んだ青色をしているという。
コラユルトは未だ解明されていないことが多く、澄んだ青色の海域には、たくさんの未知の生物が棲んでいるとされる。
前々から魔術や精霊と何か関係がありそうだとルクスが目をつけている場所でもある。
「きれいだね。」
シフォンは陶酔するように言った。
その通りだ。他のものとは比べ物にならないほど幻想的で、美しい。
いつまでも眺めていられそうだ。
「そのうち行くことになりそうだけどな。」
ルクスが呟くと、シフォンは「はぇ?」と気の抜けた声を漏らすが、何でもないと誤魔化してしばらく眺めていることにした。
┣□┫
「ねえルクス、思いついたんだけどさ。」
水族館からの帰り道。
日は傾きかけ、だが人通りは朝とさほど変わらない。
シフォンは水族館に行ったことで、何か得るものがあったらしい。
さっきからずっと何かを考えているような素振りをしている。
「何を思いついたんだ?」
シフォンが何かを思いつくなんて珍しいな――――
「魚を復活させる方法。」
――――なに?!