8話 ボッチ 観察される2
私は、彼から50メートルくらい離れた位置まで近づくとスキルを使う。
「【隠密】」
風景と同化するように私の身体が薄くなっていく。
このスキルは姿を隠すのにうってつけで、プレイヤーが任意で解除するか、自分が攻撃を行う場合、被弾をしてしまったときなどに解除されてしまう。
【鷹の目】と【隠密】での観察なら彼に気付かれることはないでしょう。
【看破】や【気配察知】などのスキルがあれば別なのだけどね。
影法師の職業なら、たしかに覚えられるけどSPの消費が激しい彼がわざわざ最初に習得するとも思えない。
普通に考えれば、経験値を稼ぐためにも攻撃系スキルを取得すると思う。
それにしても彼はさっきから何をしているのだろうか?
とくにモンスターと戦うわけでもなく、ひたすら地面に落ちている木の枝を集めている。
私は特に意味はないのだけど彼が木の枝を拾うたびその数を確認していた。
彼は切りよく100本目でその行為をやめた。
それから辺りをきょろきょろ見渡し始める……どうやらモンスターを探しているようね。
私も【探知】を使って、辺りのモンスターを調べる。
ここから一番近いのは……LV1のスライムが一匹いるようね。
それから一分くらい歩いてると彼がスライムを見つけ、スライムの方も彼に気付いたみたいでお互いに戦闘状態になった。
そして、スライムが彼に突撃して攻撃を加える瞬間に彼は呟いた。
『さあ、いくぞ――パリィ!』
――私は自分の耳を疑った。
今なんて言った!? 聞き間違えじゃなければ、あのクソスキルと言われた【パリィ】を使ったの?
効果の受付け時間がシビアで且つ失敗すれば武器が壊れるマゾ仕様のあれを?
次の瞬間、彼の持っていた木の枝は壊れるとスライムに吹き飛ばされる。どうやら、スキルの発動を失敗したようだ。
それはそうよ、そんなに簡単に成功するほどそのスキルは甘くないわ。
彼は慌ててアイテムボックスを開くと半分になっている体力ゲージをアイテムを使って回復した。
彼はどうやらまだ諦めてないらしい、また手に木の枝を装備する。
もしかして彼は遊びでスキルを覚えたわけではなく本気で【パリィ】を習得するつもりなの?
だとしたら、さっき木の枝を百本近くも集めていたのも……!?
面白い! なら彼が諦めるその時まで私も観察させて貰うとしましょうか。
驚くことに彼は、だんだんと【パリィ】の精度をあげていき10回に一度は成功するようになってきていた。
それから彼が木の枝を50本消費したところで状況に変化が起こった。
【パリィ】に失敗して体力を回復しようとしたのだろう。アイテムボックスを開く彼は、どこか焦ったような動きをしていた。
まさか、回復アイテムが尽きたのかしら?
『ま、待ってくれスライムさん落ち着こう。ここは冷静に話し合いを――』
彼は、かなり動揺していたのか【パリィ】を使う余裕もなくスライムとぶつかると光のエフェクトが煌めいて消えてしまった。
――ふっふふふふ、彼には悪いけどスライム相手に必死に説得していた彼の奇行に思わず笑い声をあげてしまった。
さすがに、もうこれに懲りて諦めてしまうのではないかな? そう思いつつも、なぜか私の足は『はじまりの街』の門に向かっていた。
もし、戻ってくるなら必ず彼はそこを通らないといけないからね。
そう、少しずつ彼に興味を惹かれる自分に私は気付いていなかった……。
あれから、『はじまりの町』の門で10分ほど待っていると彼は戻ってきた。
どうやら諦めるつもりはないようね。
それでこそ、こちらも観察しがいがあるってものよ!
結局、彼はその日の内に残り50本の木の枝を何度も死に戻りしながら【パリィ】の練習を終えた。
明日はまた来るのだろうか?
いや、来るはずだわ。彼のあの執念深さは私が対象を観察するときに似ている気がする。どこか奇妙な親近感を抱いていた。
あれから三日間、彼は死に戻りを繰り返して毎日【パリィ】の練習を行っていた。
彼は同じ作業を何度も行っているが、その口元は笑っている。
どうやら、全く苦にも感じずに楽しんでいるようだ。
私も、飽きもせずに彼の後ろをそっと気付かれないようについていき、その様子を毎日観察していた。
少しずつ【パリィ】の成功率が高まっていき彼の努力が実ってきているのを感じた。
そして、四日目の朝、彼とスライムが対峙していた。
『師匠! 今日もご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します!』
スライム相手に姿勢を正すと、彼は頭を下げた。
それを見て思わず私は、また笑ってしまう。
彼はここのところ毎日一緒に【パリィ】の練習していたからなのか、スライムに特別な感情を抱いたのかしら?
それにしても奇妙な光景だと思うけどね?
『今日こそ、弟子が師匠を超えるときが来たようですね!』
その一言を皮切りにスライムと彼の戦闘が始まった。
『パリィ、パリィ、パリィ、パリィ、パリィ、パリィ、パリィ……』
信じられないことに、一度もミスをすることなくスライムの攻撃を全て弾いてく。
今までの彼の苦労を観察していたからか……その成果に私の涙腺が少し緩む。まるで、子供が成長したのを見守る母親の気持ちのようだ。
そして、スライムは大きく身体を沈ませて地面を弾くと彼に大振りの攻撃を行ってきた。
『パリィ――!』
その瞬間、スライムの身体はよろめいて僅かに硬直する。彼はその隙を突くとナイフでスライムを切りつけ、光のエフェクトが煌めき勝敗が決する。
彼のレベルは0から1と表示が切り替わりレベルアップを果たしていた。
――よく頑張ったね! すごかったよ! おめでとう。
そう言って彼に駆け寄りたかったけど観察者としての矜持がそれを踏みとどませた。
あくまで私は観察者……余計な干渉はしない。
それに、今までの行動を全部観察していたなんて言ったら正直に引かれてしまうだろう。
相変わらず、彼は目元が見えないように深くローブを被っているけど、その口元からは喜びの感情が如実に顕われている。
――ああ、なんて充実した観察だったのかしら。
こんなにも胸が高まったのは久しぶり。
次はどんな面白いことを私に観察させてくれるのだろうか?
彼はきっと私の度肝を抜くような面白いことをしてくれるに違いない。
――私の頭の中は彼のことでいっぱいになっていた。