6話 ボッチ 空を飛ぶ
あれから変なテンションのまま『はじまりの草原』を歩いていると練習にうってつけの場所を見つけた。そこは広く見渡すことができる、周りに障害物や遮るもののない空間。
これなら【カウンター<瞬空歩>】で、誤って木や岩にぶつかって死ぬなんて阿呆な真似をしなくてすみそうだ。
さあ、始めるとしよう!
まずは【エクスプロージョン】のスキルをしっかりと観察する。スキルを使用してから爆発するまでの時間、範囲、攻撃判定の有無、と調べなければいけないことは沢山ある。
「【エクスプロージョン】」
なるべく多くの情報が欲しいから、MP節約のため最小限の量を込める。
すると幾何学模様の魔法陣が目の前に現れ、そこから赤い光が浮き上がり、1メートルくらいの大きさに膨張して爆発した。
スキルを使用してから爆発するまでの時間は思いのほか短いようだ。あとは自ら爆発地点に飛び込み、ノックバックによる飛距離や攻撃判定がどの辺りまであるのか、など色々と検証しよう。
それから、MPが枯れ果てるまで【エクスプロージョン】を発動。時間経過によってMPが回復するまでの間、それらの結果を頭の中でまとめて考察するという流れを何度も繰り返した。
うんうん、だいぶ脳内でイメージが固まってきたな。
そろそろカウンタースキルを組み合わせながらの練習に移行するか。
「【エクスプロージョン】」
赤い光が爆発して自身を呑み込む瞬間、もう一つのスキルを叫ぶ。
「【カウンター<瞬空歩>】」
そのまま『初心者のナイフ』を振るうと、爆発の瞬間に攻撃を当てる……が、俺の身体は硬直して動けなくなった。
ということは、スキル発動に失敗したのか。力を込めるが指一つとて動かせない。
こちらも成功判定が結構シビアに設定されているようだ。【パリィ】と同様のタイミングでスキルを発動したが、この結果をみるに絶妙にタイミングがズラされているな。
とりあえず、スキルが成功するまで攻撃の速度とタイミングを微調整していく。一秒未満の判定を探り当てるのは、なかなかに骨が折れそうだ。
で、それから何度も身体を硬直させながら試行錯誤していると、ついに初めて成功したのだ。
「【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】
次の瞬間。
身体が宙に浮き、前方に弾き出される。俺の視界を通してみる景色が、ぐにゃりと歪んで高速で映り替わっていく。わけが分からないまま身を委ねていると、急にスピードが減速し、地面に激突した。
もろに頭からスライディングをかまして地面と濃厚なキスを味わったのだ。
「――うおぇぇええッ!」
俺は情けない声をあげるとともに、口内に侵入した土や草を吐出して不快感を露わにする。
だが、素晴らしい……圧倒的なまでの速さだった! これほどのものを掌握したならば、必ずや俺の戦闘力は向上するに違いない。
散々な目に遭ったが、スキル発動のタイミングは掴んだ。忘れないように反復して身体と脳にしっかりと覚えさせよう。
あとは、スキル発動後の高速で滞空する感覚を慣れさせる必要がある。それとスキルの効果が切れる瞬間も把握しておかないと、また地面とキスをするはめになりそうだ。
やらなくてはいけない課題は山ほどあるが、胸が高鳴る。これからのことを想像し、ワクワクしてドキドキした。
それから何度も練習して、地面に熱いキスを交わして、硬直を繰り返す。
「【エクプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】」
……また失敗したか。
意識すると、10秒間、動けないというのは体感でかなり長く感じられるな。
そんなことを考えていると、どこからか粘着性のものが跳ねる音が聞こえた。思わず、そちらに視線を向けると――師匠が居た。
瞬間、俺の健康的な顔色は即座に真っ青に移り変わる。
「やばい…………今の状態は非常にまずいッ!」
そう――カウンター失敗時には身体が10秒間硬直。そして硬直時には相手からの受けるダメージが2倍になりクリティカルが必ず発生する。
今、モンスターに襲われでもしたら……。
師匠は粘着性と弾力のあるボディーを、これでもかと震わせて、突撃してきた。
「師匠ッ! ま、待ってくださいお願いしますッ! な、何でもするから止まってくれぇぇええええッ――!」
俺の必死の説得は虚しく、師匠と身体が接触すると、淡い光のエフェクトが煌めいて死に戻りを果たした……。
……あれは悲しい事件でしたね。過去を振り返りながら感傷に浸る。
その後、同じ場所に戻ってきてから練習した結果、【カウンター<瞬空歩>】のタイミングを手中に収めた。
その成果を見せよう!
大事なのは具体的なイメージと集中力。呼吸を深く行い、吐き出す。
いくぞ!
「【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】」
赤く輝く光が膨張し、破裂する瞬間に想像するのは――師匠が飛び跳ねてくる姿。爆風と師匠の幻視が混じり合う刹那、銀色の刃が切り裂く。
すると、身体が宙を翔けて加速した。
あまりの速さに景色が歪むが……もう慣れた。今の俺には草木に止まる虫さえも識別することができる。
そして、完全に把握したスキル効果が切れて失速するであろうタイミングで、さらに呟く。
「【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】」
スキルの効果が切れる瞬間に、【エクスプロージョン】を設置しておき、【カウンター<瞬空歩>】を成功させると加速の勢いを殺すことなく、さらに宙を飛び続けられるのだ!
そのままある程度、空の散歩を楽しみ、スキルの効果が切れる瞬間に空中で着地姿勢を整えて、華麗に足から地面に着けると勢いを殺して無事に着地。
どうです? 完璧だろ! もう、土の味とオサラバだぜ!
テンションが最高に上がっている俺は、ある遊び心を思いついてしまった。
――前方に飛ぶのではなくて上に飛んだらどうなるんだろうかと? 善は急げと行動に移る!
「【エクスプロ―ジョン】」
今回は上に飛ぶために、俺の足下に魔法陣がくるようにセットしておく。赤く輝くと足下で爆発し、狙い通りに爆風の勢いで上に身体が吹き飛ぶ。
そして、爆風の勢いがなくなる瞬間に例のコンボを続ける。
「【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】
頭上に爆発が起きるように魔法陣を設置し、真上に向かってカウンターを行う。するとどうだろうか、俺の身体が宙に浮いたまま真上へと加速していく。
そこから同じ流れを続けていると地面がかなり低い位置に見えた。
俺は今、空を飛んでいるぞ! たーのーしいー!
まだだ、まだ俺は飛びつづけるぞ!
そう、俺はこのとき完全に調子に乗っていたのだ……これから起こる悲劇に気づかずに。
「【カウンター<瞬空歩>】
え!?
集中力が切れかけていた俺は、ついにやってしまたのだ――カウンタースキルの失敗を。
地面からかなり離れた上空で俺の身体は、完全に硬直する。そして、絶望した。
確信してしまった――これは死ぬと。
「いやぁぁぁぁああああああああ! 誰か助けてくれぇぇええええ――ッ!」
必死の形相で命乞いしながらも俺の身体は落下していく。
走馬燈が駆け巡り、時の流れが長く感じられ……頭から地面に吸い込まれるように衝突し、淡い光のエフェクトが煌めいて消えた。
目を覚ますと『はじまりの町』のゲートに居た。どうやら死に戻りをしたようだ。
いやー、迫力あったな!
あれだけの高所で身動き一つできずに落下していく恐怖は確かにあったが、やっぱり楽しかったという気持ちの方に大きく傾いてる。
また性懲りもなく、空を飛び続けるだろうという確信が俺の中には存在していた。
今回のボッチくんは悲惨でしたね。
地面にキスして、スライムに殺されて、最後は高所からの落下死!
彼はそれでもゲームを楽しむことを忘れない生粋の阿呆なのです。