59話 番外編 とある運営の苦悩2
情報管理部門の一室にて、一人の女性が腹部を押さえながら社員らに指示を出していた。
その女性の名は――霧崎響華。
心理的苦痛によって一時的に精神を病んでいたのだが、諭吉パワーにより復活を遂げていた。お金様は偉大である。
ただ、完全に元に戻ったとは言えなかった。精神に一時的なダメージを負ったことで、後遺症が僅かに残っている。
ストレスによる胃痛だ。
今現在も彼女はストレスと闘っていた。
件のプレイヤーが一人でイベントを攻略したという情報がSNSに拡散され、今や大きな注目を集めている。
中には面白半分に運営がチートを容認しているのではないかと、あらぬ情報が錯誤し運営への問い合わせが殺到していた。
公式サイトやSNSを経由してチート行為が確認されていないことは説明しているだが、一向にこの騒動が収まる様子は見られない。
電話窓口では、コールが常に鳴り響いていて社員が死にそうな顔で応対している。
上層部からは早く事態を収めろと急かされ、このままでは運営の信用が無くなりスポンサーが離れてしまうかもしれないという危機感もあった。
さらには、アイデア部門、システム開発部門の部下からは不満の声が上がっていた。
彼らはこのイベントの企画からシステムを開発するまでに、途方もない労力と時間を掛けていた。毎日残業は当たり前、苦楽を乗り越えながらも何とか完成させた自慢のイベントだったのだ。
それが蓋を開けば、たった一人によってイベントが攻略され、その攻略時間も信じられないような記録が刻まれていた。
直接作った側だからこそ、それはあり得ないと心の底から信じて疑っていなかったのだ。
自分達が作った作品がチートという汚物に汚染されたと激怒し、すぐさま上司である霧崎響華に情報提示の要求が叩きつけられた。
彼女は上と下から板挟み状態となってしまい、現在進行形で胃にダメージを蓄積させている。ここ数日、彼女は胃薬を服用しており、常に手放せない有り様となっていた。
これらの問題を一手に片付ける方法が一つだけある。
それは――動画化だ。
幸いなことに、件のプレイヤーは動画化拒否の項目を押していない。
彼女も社員達も最初は楽観的に構えていた。記録が保存されているデータを動画化して公開するだけ事態は収束する――はずだったのだ。
だが、件のプレイヤーの記録データを実際に開いて見れば、一同は唖然とした顔つきになっていた。
そこには、スタートと同時に一瞬で件のプレイヤーが消え去り、映像がそのままの状態で止まっていたのだ。
本来であれば、プレイヤーの視覚には見えない追跡タイプのドローンが、攻略する様を映像化して記録しているはずだった。
けれど、件のプレイヤーがあまりにも速すぎてドローンが対象を補足できず、その場で停止してしまっていたのだ。
この事実に一同は顔を青ざめさせていた。
これでは動画化することができない。そうすると、証拠を提示することができず今回の騒動は決して終わらない。
やがてあたりに叫び声が聞こえ、皆が一様に動揺を隠せずに混乱の渦に包まれていた。
そんな中で一人だけ冷静な人間が居た――霧崎響華である。
彼女は過度なストレスをここ数日経験したことによって、耐性ができていたのだ。
嘆いて現実逃避しても神様が手を差し伸べてくれるわけではない。自ら行動しなければ幸せは掴み取れないのだと、理解させられていた。
彼女は息を深く吸って吐出し、混乱を押さえるために大声で指示だ出す。
「皆、落ち着きなさいッ!! まだ諦めるには早いわ、ダンジョンに設置されている固定カメラの映像を今すぐ掻き集めなさい! それらを繋ぎ合わせて一つの動画にするのよ!」
「固定カメラって、一体いくつあると思って――」
「――うるさいわねッ! そう言う貴方は今回の騒動を収められるだけの具体的な案があるのかしら? 無いのなら黙っていなさい。時間は限られているのだから泣き言に付き合っている暇はないの! そんな暇があったら今すぐ作業に取りかかりなさいッ!」
一人の男性社員が非難の言葉を投げかけようとしたが、霧崎響華の剣幕に押されて黙り込む。
社員達全員が不安そうな顔つきをしていた。
各階層に設置されている固定カメラの数は膨大である。それらを一つ一つ確認するとなると、いったいどれだけの時間と労力が掛かるのか想像ができなかったのだ。
霧崎響華は、そんな社員達の不安を察して安心させるように柔らかい表情で優しく語りかける。
「どれだけ無茶なことを言っているのか理解しているわ。私のことを恨んでくれても構わない。でも、これだけは伝えたいの、私はこの仕事が――大好きよ。皆で好きなことに全力になって一つのものを作り上げる、それって素敵なことだと思うの。決して楽しいことばかりではないけれど、苦楽を乗り越えて達成感と充実感に笑顔を浮かべている皆の姿が好き。私は、この職場で皆と、これからもずっと一緒に働きたいの! だからどうか、私に――力を貸して下さいッ!」
そう言って彼女は頭を深く下げる。
一瞬の静寂。
そして、聞く者の心に少しずつに熱が燃え広がっていく。
「やってやろうじゃねえか! お陰さんで目が覚めたぜ! ウジウジ悩んでいるなんて俺らしくねえッ!」
「……私も、霧崎さんとまだまだ一緒にお仕事したいわ。もっと色々なことを教えて欲しいし、恩もまだ返せていないからね。私でよければ協力させて下さい」
「霧崎氏、頭上げて下され。編集のことなら拙者にお任せあれよ! 有名動画サイトに数々の神動画を生み出し、エロ神様とまで呼ばれた拙者の実力をご覧に入れようぞ!」
「……ふん、なに青春ドラマみたいな小っ恥ずかしいことしているんですかね。まあ少しだけ協力してあげてもいいですよ。勘違いしないで下さいよ、僕もこの年で路頭に迷いたくないだけですから――って、なんで生暖かい眼差しでこっちを見ているんですかね! 喧嘩なら買いますよッ!」
彼女の想いが社員らの心を動かした。
先までの不安で押し潰されそうな顔つきをしている者は一人も居ない。瞳には強い意志が感じられ、覚悟がそこにあった。
「皆…………ありがとう」
彼女は、やや吊り目がちの瞳を僅かに潤ませ、噛みしめるように感謝の念を示した。
こうして彼女と社員達の地獄の編集作業が始まったのだ。
◆
とある会議室にて、老若男女が集まっている。
円卓のテーブル椅子にそれぞれが腰を下ろし、その上座には霧崎響華が居た。
ここに居るのは、今回のイベントに関わったアイデア部門とシステム開発部門の主要人物達。
霧崎響華は、チート行為を疑い不満の声をあげる部下達に真実を見せるために足を運んだのだ。
「今回集まって貰ったのは言うまでもなく件のプレイヤーについてよ。チート行為は一切見られなかったわ。今日はその証拠を持ってきたの。……それと、先に貴方達に言っておくことあるわ――胃薬は一杯持ってきたから安心してね」
皆が一様に、その言葉の意味が理解できずに困惑の表情を浮かべる。
霧崎響華は、パソコンのキーボードを叩いて準備を始めた。
円卓のテーブルに、一人一つずつ置かれているパソコンに情報を同期させ、例の動画を映し出す。
始まってすぐに一同が唖然とした表情で固まり、しばらくして、やっと理解が追いついてきたあたりで悲痛な絶叫が会議室に響き渡った。
「おいいいいいいいいいいいいい! 俺がその罠部屋を作るのに一週間も掛かったんぞッ! やめて、やめてくれ、全部スルーするなんて鬼畜の所行だッ!!」
「ぼ、僕のゴーレムたんが瞬殺!? レーザービームの演出にどれだけの拘りと時間を費やしたと思っている!! 何もできないまま棒立ちで消えていくゴーレムたんが可哀想じゃないかッ!!」
「ああああああああああああ――私の王女姉妹ちゃん達が瞬殺!? 妹ちゃんの乳揺れ物理演算にどれだけ苦労したと思ってるのッ!! もっと味わって見なさいよ、あの尊大な乳揺れを軽視するなんてこのイベントの99%を損していると言っても過言ではないのよ!? 少しは変態紳士ギルドを見習いなさいよッ!」
こうして会議室は阿鼻叫喚の嵐に包まれていった。
この後、大量の胃薬が消えていったのは言うまでもない。
ちなみに、ミイラ妹ちゃんのとある一部の物理演算モデルは後輩ちゃんだったりします。
本編に書けなかったので、後輩ちゃんのスペックを紹介。
名前:メローナ
皆からは愛称でメロンちゃんと呼ばれている。
ある一部分も含めて、もう一つの意味でもメロンちゃんという名にふさわしいものを携えている。
金髪碧眼の見た目は外国人だけど、日本生まれの日本育ちのため日本語はぺらぺら。むしろ英語は苦手らしい。幼く見える見た目と初心な反応が庇護欲を掻き立てられ、男性、女性の社員からの人気も高くマスコットてき扱いを受けている。最近は先輩にあたる女性の一人にお熱。
続きを見たいと思った方!良ければ「評価ボタン」をポッチとしていってね!
そうすれば、
♪ ガンバレ! ♪
ミ ゛ミ ∧_∧ ミ゛ミ
ミ ミ ( ・∀・ )ミ゛ミ
゛゛ \ /゛゛
i⌒ヽ |
(_) ノ
∪
っていう気持ちが作者に伝わってやる気がモリモリ上がりますのでよろしくお願いします。