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47話 ボッチ 禁断症状

 さすがにもう遅い時間ということもあって、俺達は帰路を歩いていた。

 お互いの手には今回の戦果が抱えられている。


 こはるちゃんは、幸せそうにホーンラビットのモフモフを味わって楽しんでいた。

 ホーンラビットは、耳から尻尾の先まで丁寧に隈無く撫でられ、ときには強く、ときには優しく、絶妙な指捌きで刺激を与えられて目を細めながら気持ちよさそうにしている。


 撫でるの上手いな。

 なんかもう、指捌きが熟練した達人のそれである。ただ適当に撫でているのではなく、対象の仕草や反応を的確に読み取って行動しているのが傍から見ても分かった。


 俺はホーンラビットさんを盗み見る。瞳を閉じて完全にリラックスしているようだ。

 今なら俺が近づいて触ってもバレないか?

 そろり、そろり、とホーンラビットの方へ手を近づける。


 その瞬間、ホーンラビットは、ぱちりと目を覚まして全身の毛を逆立てると暴れ出す。俺の手から少しでも距離を空けようと必死だった。

 ああ……そこまで嫌がらなくても。


 無理強いはしたくないので諦めて手を引っ込める。

 なぜ気づかれたのだろうか? 気配は完全に消していたはずなのに。結構自信があったのだが、これが動物の本能というものなのか。 

 

 というか、本能レベルで恐れられていることに凹む。

 俺だってモフモフしたいですよ! いったいどんな感触がするんだろうか? この未知の気持ちを既知へと変えてみたい。


 一度触らしてさえくれれば、最高の快楽を与えられることを約束できるのに。なぜなら、こはるちゃんの先ほどの指捌きは、もう覚えた。

 俺は一度だけでも見さえすれば、その人の動きを再現することができる。そういう風に育てられてきた。


 武術の基本は模倣から始まる。例に武術は動物の動きなどがよく組み込まれていたりするのだ。

 親父の動きを覚えないと組手のときに死にかけることが何度もあって、本能レベルで刻まれているのが、なんとも言えない気持になる。


「お兄ちゃん……かわいそう」


 こはるちゃんが一連の流れを見て、こんな素晴らしいものに触れることができないなんて、なんて可哀想な人なんだろうといった憐憫の眼差しを向けてくるのが心に響く。

 やめて、そんな目で見ないで。


「べ、別に羨ましくない……ことはないけど、俺には師匠スライムがいるから大丈夫だよ」


 そうだ、そうだ。こっちには俺のことを恐れず、確率の壁を越えて仲間になってくれた素晴らしい存在がいるのだぞ。

 俺は徐ろに手元にいる師匠スライムを揉みしだく。


 ひんやりとしていて、弾力性のある柔らかな感触。少し力を加えると抵抗なく沈んでいき、俺の思うままに形を変えていく。そこから縦に伸ばしたり、横に引っ張ったりと様々な変化を与え、ひたすらに感触を楽しむ。


「――ねぇ、お兄ちゃん」


 だめだ、触るのをやめられない。

 離そうとしても、俺の意志に反して身体が勝手に師匠スライムのプルプルボディーを揉みしだこうと動いてしまう。


「――お兄ちゃん?」


 気づけば息を吸うのも忘れて、砂漠で水を求める遭難者のごとく、師匠スライムを求めていた。ああ、足りない。まだ足りない。とまらない。やめられない。


「――お兄ちゃんってばッ!!」


 ハッ! 俺は何をしていた?

 こはるちゃんの大きな声が聞こえ、夢現ゆめうつつの状態から意識を取り戻すことができた。


「……えっと、こはるちゃん、どうかしたの?」


「うー、さっきからお兄ちゃんに話しかけているのに、こはるのこと、むしするんだもんッ!」


 そう言って、こはるちゃんは頬を膨らませながら、怒ってますっといった目線を俺に送る。なにこれ可愛い。笑顔が一番似合っている彼女だけど、拗ねている顔も見ていて癒やされる。


 少しからかって意地悪してみたいという感情が湧いてきたが、理性をもって抑えつける。

 ここは謝罪を行なうべき場面だ。


「ごめんね、こはるちゃん。別に無視していたわけじゃなくて、師匠スライムの素晴らしい感触に夢中になって聞こえていなかったんだ。次から気をつけるから機嫌を直してくれないかな?」


「……わかったよ、お兄ちゃん。でも、そんなにスライムさん……きもちよかったの?」


「ああ! これは素晴らしいものだ。よかったら、こはるちゃんも触ってみる?」


「うん!」


 こはるちゃんは良い子なので直ぐに許してくれ、それからスライムへと視線を向けて触りたそうにウズウズしていたから名残惜しいけど師匠スライムを渡す。


 こはるちゃんは、ホーンラビットを自身の後頭部に乗っけて両手を空ける。その際にホーンラビットのウサ耳が、こはるちゃんの頭頂部から生えているように見えて笑ってしまった。


 師匠スライムを受け取った彼女は、恐る恐る触れて途端に表情が変化した。顔が緩みきって、笑顔が映える。好奇心が疼いたのか、俺と同じように伸ばしたり引っ張ったりして感触を味わっていた。


「こ、こはるちゃん。そろそろ師匠スライムを返してくれないかな?」


 俺は、ヤバい薬に手をつけてしまった中毒者のように手が震えていた。師匠スライム禁断症状による弊害だ。もう俺の身体は師匠スライムなくしては生きていけないくらいに毒されてしまっていた。

 ……ああ早く触りたい。


「いま、お兄ちゃんに返したら、こはるのこと……またわすれてしまいそうだから、いや!」


「そ、そんなことないって! ……たぶん。ど、どうすれば返してくれるのかな?」


「じゃあ、こはるのほっぺたをさわってくれたら、いいよ! お姉ちゃんが、こはるのほっぺたは、すごいっていってたから、スライムさんにだってまけないもん!」


 なぜか、こはるちゃんが師匠スライムに対して謎の対抗心を燃やしていた。瞳には強い意志を感じる。


「わ、わかった。ほっぺたを触ったら師匠スライムを返してくれるんだよね? じゃあ、触るよ?」


 そして、俺は彼女の頬へと手を伸ばして触る。

 ――なんだ、これは!?


 こうして俺の禁断症状が、また一つ増えてしまったのだった……。



 ◆



 ああ、昨日は友達と遊べて楽しかったな。俺は、昨日の出来事を思い浮かべて感傷に浸っていた。

 今日からまた1人で活動することに少し寂しさを覚えるが、彼女にもリアルの都合があるからしょうがない。


 うん? 運営からメールがきているな。

 さっそく、内容を確認してみる。


 ――『イベントのお知らせ』


 おおっ! ついに初のイベントがキター!!

 

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