46話 ボッチ 沼に挑む
「おかしい……オカシイ……なんで……ナンデ――――でないんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ――!!」
……俺は絶望の淵にいた。
何度も何度も何度も何度も師匠の従属化に挑戦したのだ。次こそ、次こそはでると希望を抱きながら数時間……もう百を超えた辺りから数えてはいない。
いくなんでも……これはオカシイ。
もしかして増殖したスライムは仲間にならないのではないかと思って、魔物使いの攻略サイトなんて調べてみたりもしたが、そんなことはなかった。
だとすれば考えられる可能性は一つだ。
俺の装備している防具の呪いの効果が関係しているかもれしれないということだ。
『悪神の呪縛黒衣』
欲深き者の望みを叶え、それ以外を全て奪う悪神の呪いが施された黒衣のローブ。と説明欄にあるが、この全っていうのは選択肢した一つのステータスを強化し、それ以外の大幅な弱体化だ。
もし仮に……幸運という隠しステータスがあるとしたら、何らかの弱体化をしている可能性が考えられる。
それは考えすぎだろうか?
けれど、それ以外では今のところ原因が思い浮かばないし、完全に否定できるだけの材料も存在しない。問題は例えそうだっととしても、どうやって解決すればいいかということ。
師匠を諦める?
それとも、悪神の装備を破壊する?
……どっちかを選ぶなんて俺にできるはずがない!
だったらやるしかないだろう。どっちも諦めない、俺自身が望む最高の選択を。そこにほんの僅かでも可能性があるならば死ぬ気で挑戦して道を切り開くしかないんだよ!
俺に足らないのは情熱、思想、信念、それと決して折れない鋼の心……。
そして何よりも――回転数が足りていない!
数百? 数千? 数万? 上等だッ、かかってこいや!
「――っせ、まわせっ! 回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ………」
俺は呪詛のように呟きながら、師匠達を大鎌で一心不乱に切り裂いていく。もう迷わない。恐れない。惑わされない。ただ愚直に真っ直ぐに突き進むのみ!
俺が一振りすれば分裂、増殖し、二振りすれば光の粒子が宙を舞う。【手加減】のスキルを交互に使い分けながら生命の誕生と破壊を繰り返す。
修羅に堕ちた俺は、もう何も感じなかった。怒りも憎しみも悲しみも苦痛も全てが。
終わりの見えない底なし沼。見えない何かが水底から這いずり上がって、俺の身体を沈ませようと引っ張っているような妄想が脳内を駆け巡る。
俺の耳元で掠れた声が、諦めろ……諦めろ諦めろっと何度も囁く声が聞こえる。
聞く耳持たぬ!
諦めないかぎり、心が折れないかぎり、例え偏りがあろうとも可能性はゼロじゃない。でるか、でないかの二択しかない――確率はきっと収束する。
それから更に数時間の作業を経て、状況に変化が見られた。
「え? お、おおッ! きたか、ついにやったのか!?」
今までは、倒されてしまえば光の粒子が宙に舞って消えていくだけだったが、その中で1匹だけ姿を保ったままの個体が現われたのだ。
他の邪魔なスライムは遠くに吹き飛ばして排除し、その個体に恐る恐る近づく。
敵意は全くというほど感じられず、愛嬌のあるつぶら瞳と目が合った。
スライムが仲間になりたそうにこちらをみている。
はい。
いいえ。
→はい。
スライムは、ぴょんぴょん跳ねながらこちらに近づいてくる。
「師匠、こっちです! さあ、こちらにいらして下さい」
俺は両手を広げて中腰になると、飛び跳ねてくる師匠を胸に抱いてキャッチする。そのまま立ち上がるとメリーゴーランドのように身体を回転させて喜びを噛みしめる。
「ははははははは、俺はやってやったぞ! 確率の壁を乗り越えたんだッ!!」
それから師匠を投げたり、縮めたり、伸ばしたりと興奮が収まるまで数十分ほど掛かってしまた。そして幾分か冷静になり、大事なことを忘れていたのに気がついて顔が青ざめる。
こはるちゃんと別れて、どれくらいの時間が過ぎた? 空を見上げると、いつのまにか夕日が映えていて辺りは茜色に染まっていた。
すぐ戻るといったのに、気づけばこのザマだ。
なにかあったらフレンドのアラームシステムを使って知らせるように言っておいたから、危険な目には遭っていないと思うが心配だ。
とりあえずメールを使って、こはるちゃんにすぐ戻るという旨を伝える。
それから、師匠を小脇に抱えて全力でカウンター移動を開始した。
◆
よかった……無事だった。
「あ、お兄ちゃん! おかえりなさい」
笑顔を浮かべながら、背中に何かを隠して俺を迎入れてくれる。
「こはるちゃん、遅くなってごめんなさい!」
俺は開口一番に土下座をした。ここは誠意を見せるべきだ。こんなことでせっかくできた友達に嫌われてしまうなんて耐えられない。許して貰えるまでこの頭を上げるつもりはない。
「えっ!? なに? えっと……どうしたの? と、とにかく頭をあげて?」
俺はゆっくりと頭を上げる。こはるちゃんは俺の行動に困惑しながらも心配そうにこちらを見つめていた。
「ごめんね、長い間……空けてしまって。1人でいる間、寂しくなかった?」
「ふふふふ、じつはねお兄ちゃん! じゃじゃーん! この子がいたから、ぜんぜんさびしくなかったよ! だからね、元気だして!」
そう言って、こはるちゃんは背中に隠していたものを取り出して俺に見せる。
それは――『ホーンラビット』だった。
こはるちゃんに抱きかかえられ、敵対しているときはあきらかに違う穏やかな瞳をしていた。
「え? こはるちゃん、捕まえたの?」
「うん! お兄ちゃんに言われたとおりにムチの練習していたら、ウサギさんのほうからあらわれたの! でね、お兄ちゃんに教わったとおりにたたかったら、なかまにすることができたんだー」
「はははははは、1回で、たった1回の従属化で、仲間になったのか……おめでとう。くッ……………これが、持つものと、持たざるものの差というのかッ!」
身体から全ての力が抜けて脱力する。俺とは違う、神に愛された幸運の差に打ちひしがれて地面に倒れ込む。こはるちゃんは、そんな俺を見て大慌てしていた。
それから俺の顔が地面について汚れないように膝枕をすると、落ち着くまでずっと優しく頭を撫でて慰めてくれたのだった……。
ガチャって沼に嵌まると抜け出せないから恐いよね。
(´・ω・`)