44話 ボッチ 友達を称える
あれから、指導を始めてから分かったことがある。
それは、こはるちゃんには天賦の才能があるかもしれないということだ。
やる気に満ちあふれた彼女は、凄まじかった。俺がやったことといえば、彼女の感性を尊重して伸ばすことに重点を置いたことくらいだ。
俺の動きを見てどれほどのものを読み取れたのか、試しに木の幹に向かって鞭を振らせてみたところ、一発で成功させてしまった。
まぐれかもしれないことを考えて10回ほど同様のことをさせてみたが、その全てを寸分違わずに正確に打ち抜く。
まだ身体の動きに荒さが目立つものの、今まで武術というものに触れたことがない彼女が、たった一度だけ俺の動きを見ただけで、これほどまでの成果を叩き出すとは予想外にもほどがある。
すぐさま俺は指導方針を変更することにした。
あれこれ指示を出すのではなく彼女に好きなようにやらせてみる。
彼女は目を閉じて先ほどの俺の動きを思い浮かべては、理想に近づけるように自身の動きとイメージを擦り合わせていく。
なぜならば彼女と俺では身長、体重、視線の高さ、腕や足の長さだって全然違うからだ。
そのため、ただイメージを真似るだけではどうしても動きにズレが発生する。大事なのは彼女自身に合う最適な動作の模索と発想の転換だ。
彼女はそういった才能が秀でているのか、スポンジが水を吸うかのように恐ろしい速度でメキメキと成長していく。
もう一つ大事なことがある。
それは彼女が褒められて伸びるタイプの人間であるということだ。
とにかく俺は彼女を褒めに褒めまくった。
彼女が自分自身でよく考えて工夫したであろう動きや、彼女自身が気がついていない細かな自然な良い動作など、俺は全てを注視して読み取っては一つ一つ褒め称えて頭を撫でる。
すると彼女は大喜びで、次ももっと褒められたいという気持が力になってか集中力がさらに増し、どんどん動きが洗練されていったのだ。
そんなのを見せられれば教える側も楽しいし、この数時間は本当に充実した時間だった。
その成果がこれだ――。
「よし、こはるちゃん準備はいい?」
「いつでもおーけーだよ、お兄ちゃん!」
俺は、その辺りに転がっていた小さめの石ころを拾い集めて近くに積み上げる。そこから一つまみすると、真正面にいる彼女に目掛けて軽く石ころを投げつけた。
彼女の動きは迅速だった。
初動から初擊に到るまでの行動を素早く滑らかに移り変わらせて、獲物に向かって解き放つ。鋭い風切り音を鳴り響かせながら鞭が生き物の様に、しなやかに曲がる。
見事に石ころを弾き返す様を眺めつつ、俺は次弾を間断なく投げ続ける。
時には速く、時には遅く、緩急をつけながらも高低差を加えて狙う。だが、その悉くは彼女の鞭捌きによって次々に弾き飛ばされていった。
だんだんと彼女の動きにキレが増していくのを感じる。
試しにもう一段階あげてみるか?
まずは正面に向かって石ころを遅く放ち、それとは別の石ころを高速で地面に叩き付けて反動を利用することで跳弾を繰り出す。
彼女は一度目に放った石ころから対処しようと行動に移る。が、俺が一度目に放った石ころが、二度目に放った跳弾とぶつかりあって軌道を大きく変化させた。
「――――ッ!?」
彼女の息を呑むような驚き混じりの声が口から漏れ出る。
狙いをつけていた獲物の変化に戸惑い、彼女の動きが大きく乱されてしまう。だけど、彼女は瞬時に冷静さを取り戻すと特殊な歩行を利用して体勢をすぐさま整えた。
その特殊な歩行の名は――「対歩」と呼ばれるものだ。
言い換えるなら、「寄せ足」「継ぎ足」等と言えば分かるだろうか?
踏み込んだ足の踵、そのすぐ後ろにもう一方の爪先を寄せるのである。注意点としては、足裏全体を地に着けてしまうと瞬発性が失われてしまうことだ。
寄せた足は後退させるための踏み出しに使っても良いし、方向転換または次の踏み出しのための軸とすることもできる。
こうすることで、その後の動きを素早く行うことができるのだ。
また、別の利点もあったりする。移動後の重心がより迫るため、攻撃時に突進の勢いをすべて乗せることができるのだ。
彼女のようなタイプには、この戦法が役立つと思って俺が仕込ませた。
もう彼女の瞳に戸惑いの感情は窺えない。
大きく変動した二つの石ころを視界に収めると、構えを取って素早く振り抜く。その鋭い一撃は縦一列に並んだ上下の石ころを同時に弾き飛ばすことに見事成功した。
「よし、そこまでー」
「はいッ!」
俺が訓練終了の合図を送ると、こはるちゃんが威勢の良い返事で答える。
それから乱れた呼吸を整えて、大きく深呼吸した。
「お兄ちゃんーー!」
こはるちゃんが、もの凄い笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
その表情は達成感と充実感に満ちていた。
「ねえ、どうだった? こはる、がんばったよ!」
そう言って、こはるちゃんは物欲しそうな表情を浮かべて俺の方へと頭を突き出すように近づける。
「よしよし、こはるちゃんは凄いなー! こんなにも教え甲斐がある弟子をもてて師匠として最高に幸せ者だよ!」
こはるちゃんの期待に応えるべく、俺は最大限の褒め言葉を贈る。それから、少し汗ばんで乱れてしまった彼女の髪の毛を整えるように優しく撫でる。
「えへへー」
そうすると、彼女はだらしなく頬を緩めて、ふにゃりと笑う。
完全にご機嫌モードに入った彼女の頭を撫で続けていると、ときおり鼻歌交じりの声が漏れていた。