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39話 死神ウォッチング(終)

 PK達は危機感を覚えたのか作戦会議を行ない、死神を毒で殺すという計画をしているのを【聞き耳】のスキルを使って僕は知った。

 これはさすがに死神がピンチな状況になるのではないかと、その内容を彼女に知らせる。


 だが彼女は、むしろ今にも笑いだしそうになるのを堪えるような表情で「問題ないわよ。まあ、見ていれば分かるわ」と言葉を残して観察に戻った。

 僕は頭に疑問符を浮かべながらも彼女の言うとおりにする。


 PK達が作戦会議をしている間、死神は暇だったのか赤モヒカン目掛けてスライムを飛ばして、ちょっかいをかけていた。

 赤モヒカンが倒れて奇声をあげる度に、死神はガッツポーズをとったり、笑い転げてお腹に手を当てていたりと、見ていて可哀想になるくらいに煽っていた。


 死神の見た目の印象もあってか、もっと冷徹な性格をしているとばかり思っていたけど、子供が悪戯をして、はしゃぐようなその光景を見て思い直す。意外とお茶目な性格なのかもしれないと。


 それからPK達が動き出した。縦一列に10人ものプレイヤーが等間隔に並び突進する。死神のスライム攻撃をスキルを上手く使って凌ぎながら徐々に近づく。

 最後に立っていた赤モヒカンが毒玉を死神に投げつけるも避けられる。


 だが、毒玉は地面に当たって割れると紫煙が辺りを覆い死神を包み込む。

 ……負けたのか?

 PK達全員が集まり、お互いの健闘を称え合っていた。僕は死神があっけなく負けてしまったことに呆然とその光景を眺めていた。


 え? いやでも御影さんは何も問題ないって言っていたはず……と確認するように紫煙を注視してみると黒い影が揺らめいているのを確認。

 霧が晴れると何事もなかったように死神が現われ、それを見たPK達がパニックを起こしていた。


 僕もこれには驚いて、全て知っているであろう彼女に問いかける。

 彼女は、耐えきれないとばかりにお腹に手を当てて笑いながら「あの防具は状態異常が一切効かないのよ」と疑問に答えてくれた。


 じゃあさっきまでPK達は、最初から破綻している計画を真剣に話し合って、倒したと勘違いして喜びあっていたのか……。やばい、想像していたらこっちまで恥ずかしくなってくるくらいに滑稽だ。

 ――こんなの笑ってしまうに決まっている。


 僕も真相が明らかになったことで彼女の笑い声に引き摺られるように、お腹を押さえて大笑いした。息が苦しい。こんなに笑ったのはいつ以来だろうか。


 彼女が死神の観察をしている気持ちが少し理解できた。あの死神を見ていると飽きがこない。次はどんなことをしでかすのかとワクワクしてしまう。

 まあ、彼女のように病的な観察意欲には遠く及ばないし、及びたくないけどね。


 ひとしきり大笑いした後、観察に戻る。あの毒玉の影響でスライムが全滅してしまったが、これからどうやって戦うのだろうか。

 PK達は、また距離を置かれて投擲されては敵わないとばかりに慌てて死神を囲う。


 傍から見たら絶体絶命と思える状況下で死神はとくに焦ることもなく悠然と構えていた。

 諦めたのか? と、一瞬頭によぎったが今までの破天荒な行動を目の当たりにしていたからか、それは違うと即座に判断した。


 さっきまでは遠距離から凄まじい投擲技術でPK達を近づけないように戦っていたから、てっきり近距離での多対一の状況になるのを避けていたとばかり思っていたが、違うのか?

 固唾を呑んで見守っていると、動きがあった。


 PK達が一斉に多方向から死神へと襲い掛かる。

 10人掛かりの数の暴力。たった1人で何ができるのだろうか、勝負はすぐに決着してしまうと誰しもが予想できてしまう。

 だが、次に目の当たりにした光景は異常だった。


 圧倒的な数の暴力の中を、死神は演武のように舞っていた。まるでPK達の攻撃が、自ら死神を避けるように動いているのかと錯覚するほどに擦りもしないのだ。

 素人の僕でも分かる。この異常な状況は死神がつくりだしているのだと。


 隣にいる御影ミカゲさんなんて、大興奮で『ボッチ観察日記11』を取り出して凄まじい勢いでメモしている。

 あれ? さっき観察日記10だったよね? もう埋まったの!?

 僕は彼女の奇行と死神に戦慄を隠せないでいた……。


 やがて痺れを切らした赤モヒカンが、仲間に指示を出す。それに従ってスキルを発動させた紫緑青黄色のモヒカンが四方から独楽のように回転しながら死神を襲う。

 

 万事休すかと思われる状況下で、その辺りにでも転がっていそうな変哲もない木の枝を取り出し、死神は一拍置くと前後左右に振るった。

 すると、時間が止まってしまったのかと錯覚するほどに、4人のPK達の動きがピタリと止まる。


 死神は武器を大鎌に切り替え、その場で螺旋を描く。次に僕が見た光景は、4つもの光のエフェクトが綺麗に散っていく瞬間だった。

 は? と思わず声が漏れる。なんだこの馬鹿げた火力はッ!


 どうやってPK達の動きを止めたのかも疑問だし、なにしろ怒濤の勢いで増えていく未知の情報量に頭が混乱してパンクしそうだ。

 けれど死神は、そんなこと知らんとばかりに次の行動に移っていた。


 例のカウンター移動を使い、一瞬で赤鎧の一人を制圧すると胸元辺りを足で踏みつけて動きを固定しながら、首元に大鎌の刃を添えていた。

 だが、そこで止めは刺さずに、「助けないのか?」とでも言わんばかりに他の赤鎧を見渡す。


 その挑発ともとれる行為は劇的な効果を生んだ。

 死神が下敷きにしている赤鎧は、チーム内でも中心人物だったらしく、激昂した他の赤鎧達は冷静さを失って愚直に猛進する。


 瞬く間に残り3人の赤鎧達は死神に制圧され、いつのまにか宙を舞っていた。

 死神の卓越した体捌き、魔法スキルの精密な操作技術に僕は舌を巻くばかりである。

 そこで、死神の口元が獰猛に歪むのを捉えた。


 赤鎧達が空中で身動きがとれずに藻掻く様を一瞥すると、大鎌を構えて投擲する。

 避けることなど到底無理な状況下で、死神は無慈悲な攻撃を三度放った。それにより上空から聞こえていた、甲高い声は消えうせて静寂が辺りを包み込む。


 そして、死神は下敷きにしている赤鎧を見下ろす。撒き餌としての役目を終えた獲物に、大鎌を首に宛がうと、そっと横に引く。

 抵抗する意志すら見せずに、死を受け入れると静かに消えていった。


 これでPKは残り1人。

 その人物である赤モヒカンは、これが現実に起こったことだとは信じられないとばかりに顔を引き攣らせ、死神を化け物と罵る。

 うん、それについては僕も同感だ。けっして口には出さないけど。


 赤モヒカンは自身に迫る死の臭いを感じとったのか、死神から背を向けて一心不乱に逃げ出す。

 その方角には、運が悪いことに女の子が居た。


 赤モヒカンは目敏く女の子を見つける。自暴自棄になったのか、逃げることを優先するよりも女の子へと駆けていった。

 理解しているのかもしれない。死神が、その気になれば一瞬で追いつかれることを。だからこそ最期に憂さ晴らしの捌け口を見つけ、必死に恐怖を誤魔化しているに違いない。


 理不尽な暴力が女の子へと襲い掛かろうとしていたが、僕は不思議と焦っていなかった。あの理不尽の権化みたいな死神なら、必ず間に合うであろうという確信があったからだ。

 ほら、動いた。


 僕は注視して見ていたにも関わらず、肉眼で捉えきれたのは黒い影が揺らめいて消えていく姿。気づけば、死神の大鎌が赤モヒカンの胴体を貫いて、光の粒子が舞っていた。


「はへぇー」


 思わず、感嘆の溜め息が僕の口から漏れる。

 圧倒的だった。10倍もの人数相手にだ。映画の世界でも見ているような濃密な時間だった。

 それにしても奈落を覗くかのように底が見えない。僕の本能が告げている。死神の実力は、まだまだこんなものではないと……。


 PK達では死神の力量を測るには力不足もいいところだった。

 もし過去の僕に、この出来事を話しても信じないだろう。現に僕は、未だに夢を見ているのだろうかと疑心暗鬼に陥ってしまっているからね。


 まあ……現実を素直に受け入れよう。女の子も無事だし、とりあえずこれで一安心といったところだ。

 そろそろ僕も本来の任務に戻らないといけないな。

 思わぬアクシデントで囮作戦も失敗してしまったことだし、今回のことを報告するために一度戻るとしよう。


 女の子なら彼女と死神に任せて大丈夫だろう。

 どれだけPK達が来ようとも赤子の手を捻るように鎮圧してしまうのが容易に想像できてしまう。ある意味で、あの2人の近くこそが一番安全な場所ともいえる。


「ええっと……御影ミカゲさん。いろいろ教えてくれてありがとうございました。そろそろ戻らないといけないので失礼します」


「……そう」


 彼女は死神から視線を外さずに、相変わらず素っ気なく返事をする。そんな彼女らしい反応に僕は苦笑を浮かべると踵を返した。

 その際、僕の視界の隅で彼女が『ボッチ観察日記12』を新たに取り出しているのが見えたけど、もう突っ込まないんだからねッ!


 それから僕は数歩踏み出したところで、後ろを振り返ると彼女にもう一度だけ呼びかける。


「あの……」


「はあー。まだ何か用があるのかしら?」


 彼女は溜め息をつきながら面倒臭そうに答える。


「もし……また機会があれば一緒に観察してもいいですか? そのときは是非、また色々と教えてくれると嬉しいです。なんだかんだで、この観察は本当に楽しい時間でした。今なら、少しだけ御影ミカゲさんの気持も理解できるような気がします」


「…………。…………私の観察の邪魔をしないなら別に構わないわ。ただし、もし邪魔になるようなら容赦なく切り捨てるから覚悟しなさいッ!」


「はいッ!」


 正直なところ断られるかと思っていたけど、意外にも了承を貰えた。


 もしかしたら……彼女は誰か自分の好きなものを共有して話し合える仲間が欲しかったのかもしれない。いや、さすがに……それはないか。

 死神のことを話しているときの彼女は、どこか楽しげに見えたから、そんな馬鹿げた考えを思いついたのかもしれないな。


 まあ、考えるだけ無駄か。

 それよりも、この死神による破天荒な出来事をどうやってギルドの皆に説明するか考えないと。説明しても信じて貰えるか心配だ。頭のオカシイ奴だと勘違いされなければいいんだけどね。


 こうして、頭を抱える問題に悩みつつも、いつか訪れるかもしれない機会を楽しみにして僕は帰路を歩んだ。


 

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