37話 死神ウォッチング2
僕は死神への不信感を拭えていなかったけど、二人で観察を始めてすぐに彼女が言っていた通り、それは杞憂に終わった。
死神は少女を安全な場所へと移動させて、PK達の方へと歩を進めたからだ。
それにしても一連の流れには驚いたものだ。死神が少女を片手で抱いて何かが爆発したかと思うと、一瞬にして消えたのだから。僕は混乱して唖然とした。
けれど確認のため隣にいる彼女へと振り向くが特に慌てた様子は見受けられなかったので僕も冷静になれた。
その彼女が見つめる場所へ視線を追うことで死神と少女の姿をやっと確認ができた。まさか……あの一瞬であんな遠くまで移動するとは思わなかったよ。
あれはスキルなのか?
だとしたら、あの利便性が高そうなスキルが噂になっていないのはおかしい。きっと何かしらの制限やデメリットがあるはずだ。
「御影さん……あれはいったい、どうやって移動したのですか?」
僕は知らず知らずのうちに死神へと興味が湧きあがってきて彼女へと疑問をぶつけていた。
彼女のことだから正直無視されるかと思ったけど、死神のことに興味を抱いて質問したのが幸いしたのか、表情にこそ出さなかったが少しだけ嬉しそうに答えてくれた。
「……そうね。あれは彼だからこそできる魔法とカウンタースキルを上手く組み合わせた――」
彼女が語るその詳細を聞いて僕は心底驚いた。というか、この死神は頭がオカシイのでないかと疑念を抱いてしまった。
スキルを成功させるまでの判定のシビアさもそうだけど、失敗時のデメリットが糞みたいな内容だった。
使用者の動きが数十秒も完全に停止される上に、その間は防御貫通に全身がクリティカル確定状態になるというゴミみたいなスキルだ。
そのスキルをPK達がいる目の前で堂々と使用できる胆力。もし失敗でもしたら今頃PK達に囲まれて身動きができないまま袋叩きにされていただろう。
「それだけじゃないわ、彼の素晴らしいところは卓越した技術力もそうだけど、なによりもその発想力が他者とは違っていて――」
仮に成功させたとしても常人の反射神経では、とうてい制御できるものではない。あれほどの高速移動中に姿勢制御や適切な状況を完全に把握した上でのスキル管理技術が要求されるらしい。
そこから更に発展して、あの死神は爆発魔法を自分自身にわざとぶつけて軌道操作しながら上下左右に飛び回ることができるらしい。
例えるならジェットコースターに乗ってシートベルトを外し、上下左右に宙で振り回される中を逆立しながら曲芸をやっているようなものだ。
彼女が語るには、それをあの死神はまるで息を吸うかのように移動中や戦闘時に常時使用しているらしい。
……うん、頭がオカシイよね。
「彼が遠方に移動するときは大変なのよね。見失わないように追いかけるのに苦労するから……」
僕は彼女の漏らした言葉を聞いて顔に出さないように細心の注意を払って驚いていた。
あれほど高速で移動する人物を捉えきれる洞察力に追随できるほどの敏捷力を持つ異常性。そして何よりも彼女の執念深さに僕は内心でドン引きしていたからだ。
何かが僕の中で閃いた。
どこかで聞いたことがある……白髪紅目で速さ特化の戦闘力と観察力を備えた人物といえば――『閃光の観察者』とは彼女のことに違いない!
まさか二つ名持ちのプレイヤーに出遭うとは思わなかった。
そういえば、うちのギルド長が彼女を欲しがっていたはず……。
なんでも彼女が熱心に観察をしている時にPK達に邪魔をされて、怒った彼女が5人ものPK達を一瞬で返り討ちにしたらしい。
その実力を見込んで彼女は破格の条件でPKKギルドに誘われたらしいのだが、素気なく断られてしまったと語っていた。
彼女にとってレアな武器も防具もお金も栄誉も権力もどうでもよい。ただ、面白いことを観察するのが彼女の生きがいであり、それ以上のものは何も望んでいない。
そんな彼女につけられた、もう一つの二つ名を思い出した。
――『永遠の追跡者』
彼女の標的にされた者は決して……逃げられない。
そんな彼女の瞳に映るのは禍々しい恰好をした死神。その瞳は宝石のように綺麗で血のように紅く、情熱的な熱い視線を向けていた。
とんでもない人物に興味を持たれた哀れな被害者……死神に、僕は心からの同情の念を抱いた。
◆ ◆ ◆ ◆
さて、彼女が熱を上げている注目の人物はいったいどんな戦いを僕に見せてくれるのだろうか?
知らず知らずの内に僕も彼女に触発されたのか、子供のような好奇心が疼いてしまっているのを感じた。
死神とPK達の距離はもう十分に縮まった。
赤髪のモヒカン男が大声で仲間達に指示を出したのを皮切りに戦いが始まり、PK達は四方に散開しながら死神へと強襲をしかける。
先手に出たのは赤モヒカンの男だ。
死神は何故か武器を仕舞うと、どこか独特な構え行いながら迎え打つ。
次の瞬間、赤モヒカンの大斧が空を切る。直線上にいた死神が消えたかと思うと側面に現われ、気づけば赤モヒカンを地面に沈めていたのだ。
あれも何かのスキルか? だけど、スキル発動時の兆候は見られなかった。だとすれば、死神自身が持つ技術なのだろう。
第三者の視点だからこそ分かる……回避からの攻撃に繋げるまでの洗練され研磨された動きは、芸術品のように美しかった。
そして地面に倒れ伏す赤モヒカンの顔に群がるのは大量のスライム。
なんで、こんなに大量のスライムが辺りにいるんだ!?
死神や彼女のインパクトが強すぎて忘れていたが、これはあきらかな異常だ。
赤モヒカンは必死の形相で暴れるが、そのお腹の上で逆立ちをしながら死神が両手で押さえつける。
酷いっ! あれではスライムの呪縛から赤モヒカンは逃れられない!
死神は赤モヒカンのお腹の上で、他のPK達の攻撃を両足で華麗に反らしつつ、腕立ての要領で攻撃を回避すると同時に反撃を行なっていた。
その様は、赤モヒカンのお腹の上でブレイクダンスでも踊っているかのようだ。
僕は、瞬き忘れてその光景を目に焼き付ける。呼吸も止めていたことに気がついて慌てて大きく息を吸うと少し冷静になれた。
気がつけば5人のモヒカンが地面に倒れ、大量のスライムがそれぞれの顔面を覆っている。
全員が藻掻きながら、顔面の粘着物を剥がそうと躍起になっていた。
……ものすごくシュールな光景です。
隣の様子が少しおかしいので気になって覗きみると、彼女はぶつぶつと何かを呟いていた。
「……やっぱり、ね。彼の様々なスキルに対する技術力や適応性はおかしいと思っていたのよね。何かしらの下地があってこそだと睨んでいたのよ。彼は現実世界では武術の達人か何かなのかしら? ああ、もう……いったいどんな日常を送っているかしら、知りたい知りたい知りたいなー。やっぱり彼に接触を試みてその辺りのことを詳しく知りたいわね。ふふふ、叶うことならゲーム世界でも現実でも、ずっと、ずっと彼の隣で飽きることなくその全てを一日中眺めていたい。考えただけでもゾクゾクするわね……でもダメ、焦って迂闊な行動にでれば彼に嫌われてしまうかもしれないわよ。慎重に慎重に彼のことをもっと詳しく知ってから接触しないとね。そのためにも今まで以上に彼への観察を怠らないように綿密な計画を立てて――」
彼女はアイテムボックスから手帳を取り出すと羽根ペンを握り、一心不乱に何かを書き記している。『ボッチ観察日記9』と書かれていたその手帳は文字で埋め尽くされて真っ黒に染まっていた。
丁度、最後のページまで書いてしまったのか、新しい手帳を取り出して『ボッチ観察日記10』とタイトルをつけると続きを書き始める。
うわぁ…………。
僕は思わず声が出そうになる口を両手で必死に押さえつけ、隣でドン引きしていた。