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35話 ボッチ はじめてのお友達

 ……どうしよう。


 目の前の怯えている少女へと安心させてあげられる言葉が上手く見つからない。そんなコミュニケーション能力があれば………そもそもボッチになっていなかったかもしれない。

 

 俺が人見知りをするのは、人と接するのが怖いからだ。

 俺の容姿は人を怖がらせてしまう。


 生まれつきの鋭い眼光は他者を威圧してしまう。額から右目にかけて三本切り傷があり、傍から見ると危ないやつだと勘違いされている。


 周りからはヤクザとの抗争で負った傷なんじゃないかと思われているが、それは酷い誤解だ。

 この三本傷は、俺が武術の武も知らない小さな子供の頃、親父に無人島に連れて行かれて熊と戦った時に負った傷だ。

 けっしてそんな物騒な話ではない。


 他にも色々と噂に尾ひれがつき、俺は周囲から避けられていた。もちろん、勇気を出して他の人にも話しかけたことはあった。だけど反応は皆同じで、その表情には怯えがあった。

 

 俺は何度もその表情を目にする度に、人に怯えられる事がトラウマになってしまった。それから見知らぬ人と話そうとすると声がつまり、心臓が早鐘を打つ。

 今も心臓の音が外に聞こえてしまうのでは? と思うほどにうるさい。


 これがPK相手なら仲良くする必要もないから、嫌われようがどうでもいい。けど、こんな小さな女の子に怯えられて泣かれでもしたら流石に傷つく。


 ……落ち着け、まずは深呼吸。

 さっきもPK達に話しかけたとき、緊張して変な誤解を受けてしまったからな。ゆっくり、焦らずに慎重に話しかけるべきだ。


「…………だ、大丈夫? 立てるか?」


 なるべく低い声にならないように意識して尻餅をついている少女へと手を差し伸べる。

 よし、これは上手くできたのではないだろうか?

 ………俺は期待を込めて女の子の反応を待つ。


「!? ――きゃあっ」


 女の子はビクリと体を震わせ。俺が差し伸べた手は、攻撃されると勘違いされたのか、両手を頭に乗せて守るように体を縮こまらせる。

 両目を、ぎゅっと閉じると瞳の端から涙が零れ落ちていた。


 ――――ぐはっ!?

 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。

 これ以上怯えている少女に話しかけるのは俺のメンタルが崩壊する。


 よく考えたら、そもそもの前提から間違っていたのかもしれない。今の俺はフードで顔が見えないとはいえ、この恰好は死神のように禍々しいのだから。

 俺が逆の立場でも警戒するわ!


 本音を言えば、ほんの少しは期待していたのかもしれない。

 人を助ければ『ありがとう』という感謝の言葉を………怯えた瞳ではなく、こんな俺にも暖かい瞳を向けてくれるのではないかと。


 くるりと後ろに方向転換。

 これ以上は女の子が可哀想だし、俺もトラウマが刺激されて心が痛いから、お互いに避けるのが正しい選択のはずだ。


 けど、ここで女の子を一人にするのは危険だ。

 もしかしたら、まだPKの残党がいる可能性がある。せめて少女が安全なところに着けるまでは、こっそりと後を追って守ってあげないと。


 本当は女の子の隣に並んで安全な『はじまりの町』まで送ってあげたかったのだが、しかたない。

 俺は肩を落として、しょんぼりと歩き始める。


「あ、あの――――」


 すこしばかり寂しさを胸に抱きながら、歩き出すと……女の子の声が聞こえた。

 まさか女の子のほうから話しかけられるとは思っていなかったから、思わず、ビクリと体を震わせて動きを停止させる。 


 俺は、恐る恐る後ろを――ゆっくりと振り返った。



 ◆ ◆ ◆ ◆ 



 おかしな髪型をした怖いお兄さんが、怖い表情で怒りながら走りよってきた。

 逃げようと体を動かそうとするけど、追いかけ回された恐怖が頭に浮かびあがって、足が震えてしまい上手く立ちあがれない。


 そうこうしているうちに銀色の刃物が上から迫り、わたしは悲鳴をあげることしかできなかった。世界の流れがゆっくりと感じられて、その光景を呆然と受け入れてしまう。


 ――え!?


 だけど次の瞬間、おかしな髪型をしたお兄さんが、とつぜん消えて居なくなってしまったの。

 目の前で白い光がはじけると、その色とは正反対の黒い光が現われた。


 ――――死神さん!?


 わたしはとっても混乱していた。

 色んなことが同時に起きて、めまぐるしい変化に頭がついていけない。危機を乗り越えたかと思ったら、より恐ろしい危機が目の前に現われたのだから。


 わたしは、尻餅をついたまま死神さんを見上げて、呼吸の仕方を忘れたかのように息を止める。

 その、あまりにも異様な姿を見て小さな心の器にたっぷりと恐怖を満たされてしまう。体全体が震えて、動悸が治まらない。


 死神さんが持っている大鎌の刃が、太陽の光に反射してギラリと光る。それを見て、唾液を飲み込み喉をゴクリと動かす。


 怖かった。

 今すぐ逃げたいのに体はピクリとも動かない。怖いのに目の前の死神さんから目が離せなかった。

 しばらくの間……わたしは、死神さんと見つめ合ってお互いに停止する。


 けれど、止まった時間は動き始めた。死神さんが、ついに動きだしたの。

 そして、こちらへと手を伸ばしてきた。思わず、叩かれると思って、少しでも恐怖から逃れるために、両目を閉じて頭に両手を乗せる。


 しばらくの間そうしていたけど、いっこうに何も起きなかったの。不思議に思って、恐る恐る両目を……ゆっくりと開くと驚く光景があった。 

 死神さんが背を向けて肩を落としながら、しょんぼりと歩いていたの。


 あまりにも人間らしい仕草に目を瞠って、恐怖が吹き飛んでしまうくらいに驚いてしまった。

 その後ろ姿は、恐ろしい見た目とは思えないほど弱々しくて……とても悲しげに見えたの。


 なんでだろう? と思って、原因を考えてみる。

 そういえば、死神さんが手を伸ばしてきたとき何か言っていたような?

 怖くて、怖くて、あのときは頭の中で理解ができていなかったけど、冷静になった今なら思い出せる。


 ――――『…………だ、大丈夫? 立てるか?』

 

 あっ、もしかして……わたしのことを心配してくれていたの?

 そうだ、よくよく考えてみれば死神さんは一度だって、わたしに危害を加えようとはしていなかった。むしろ助けて貰っていたの。


 死神さんに抱えられたときは、安全な場所まで運んで降ろしてくれた。おかしな髪型をしたお兄さんに襲われそうになったときも死神さんが助けてくれたの!


 だとしたら、わたしは死神さんに酷いことをしてしまった。死神さんは助けた相手に怖がられて、とても傷ついたのかもしれない。

 死神さんの悲しそうな後ろ姿を見て、わたしの胸が痛くなり罪悪感が湧いてきた。


 どうしたらいいの? どうすれば死神さんは元気になるのかな?

 考えて、考えていると、お母さんが言っていた言葉を思いだした。


 ――――助けてくれた相手には、きちんと感謝の言葉を伝えるのよ。そして……もし、その人が困っていたら、次は、あなたが助けてあげるの。そうすれば巡り巡って、あなたが困っているときに、その人が助けてくれる。そういう関係って……とても暖かくて素晴らしいことだと思わない?


 そうだ! お礼、お礼を言わないと!


 さっきまで動かなかった体が嘘のように動きだして、使命感に満ちあふれていた。慌てて立ち上がったせいか、前に倒れそうになるけれど何とか踏みとどまる。

 そして、死神さんを追いかけて走り出した。


 急いで走ったから躓いて何度も転げそうになったけど、何とか死神さんに追いつくことができた。乱れた呼吸を息を吸って整えると、勇気をだして緊張しながらも声をかける。


「あ、あの――――」


 すると、死神さんが体をビクリと震わせて恐る恐るこちらを振り返った。わたしは、とても緊張していたけれど、その見た目とは裏腹な小動物のような動きを見て、肩の力が抜けるのを感じた。


「た、助けてくれて――――ありがとうっ!!」


 怖がっていないことをアピールするように、心からの満面の笑みを浮かべて一生懸命に頭を下げる。


 しばらくの間、頭を下げていたのだけど反応がなかったので、不安になってきた。やっぱり、わたしが怖がって死神さんを傷つけてしまったから怒っているのかな。

 内心でおっかなびっくりしていると、ふと近くに人の気配を感じた。


 頭を下げていたから気づかなかったけど、多分、死神さんが近くまで寄ってきたのかもしれない。怒られるのかな? と不安に思った。

 でも、悪いのは助けてくれたのに怖がってしまった、わたしがいけないんだ! きちんと受け入れるもん!


「…………頭をあげてくれないか?」


 上から聞こえた声は想像していた怒声ではなくて、穏やかな声だった。わたしは少しだけ逡巡したけど、頭をそっと上げる。死神さんは傷つきやすい人だから、今度は絶対に怖がらないと覚悟を決めて。


 真剣な面持ちで死神さんの方へと顔を向ける。死神さんの顔は見えないからフードの奥を見つめるように。

 少しの間、そうして見つめ合っていたけど、


「………………ありがとう」


 死神さんが優しい声色で、そう話しかけてきた。

 

 なんで助けてくれた死神さんの方が、わたしに感謝の言葉を伝えてきたのかわからなかった。だけど、しょんぼりしていた死神さんが元気になったのが嬉しくて、わたしは満面の笑みで頷いた。


 

 ◆ ◆ ◆ ◆



 それから死神さんが『町まで送ってあげる』と言ってきた。

 わたしを襲ってきた怖いお兄さん達の仲間がまだいるかもしれないことと、レベルが低い内はこの辺りのモンスターを相手にするのは危険だからと教えてくれたの。


 やっぱり死神さんは優しい人なんだと改めて思った。


 それから死神さんへと他愛のない話をしながら『はじまりの町』まで歩いていく。

 お姉ちゃんを探して、このゲームの世界に来たこと。大好きなお母さん、お父さん、お姉ちゃんのこと。小学校での些細な出来事などを話した。


 死神さんは話を聞きながら、わたしの方を向いて一生懸命に頷いてくれていた。それがとても嬉しくて、嬉しくて、わたしも死神さんの方を見つめて歩きながら話していると何度も転びそうになった。

 その度に、転びそうな体を死神さんが優しく支えてくれたの。


 ありがとうと何度もお礼を言って、疑問に思ったことを質問してみた。

 なんで死神さんは、こっちを向きながら歩いてても転びそうにならないの?

 すると死神さんは苦笑しながらも答えてくれた。


 武術の修行をしているからと言った。

 武術? と首を傾げていると、少しかみ砕いて教えてくれる。

 武術とは弱者が強者に立ち向かうために編み出した戦うための技術だと。


 なんでも死神さんは武術を覚えるために色んな修行をしたらしいの。転ばないのも、切り立った崖どうしに繋がれたロープの上を目隠しして渡らされたからと答えた。バランス感覚……自身の重心を把握して操るのは武術家において重要なことだと言っていた。


 難しくてよくわからなかったけど、死神さんは、やっぱり凄い人なんだと強く思ったの。

 死神さんは、しゃべるのがあまり上手ではなくて、つまりながらも修行の出来事を色々と話してくれた。


 無人島に放置されて、泥水を啜って草木を食らって生き延びたこと。死神さんが小さな子供の頃に熊と命がけの死闘を行なったこと。数百人にも及ぶ武器を持った大人達と喧嘩して生き残ったこと。


 どれもこれも普通では体験できないようなドキドキする冒険話を聞いているみたいで、わたしは興奮しながらも相槌を打っていた。

 危ないときは心配になってオロオロしてしまって、逆転劇を迎えたときは、わたしは自分のことのように嬉しくなって手を叩いて喜んだ。


 だけど、そんな楽しい時間も終わりをつげるときがきた………『はじまりの町』に到着してしまったの。

 死神さんが、わたしの肩を軽く叩いて町の方を指さしている。

 だけど、わたしは動かなかった。

 

 そんな、わたしの行動を疑問に思ってか、死神さんが首を傾げてこちらを見つめてくる。

 ここで別れたら、もう死神さんと会えないと思うと悲しくなったの。


 この優しい死神さんのことを、もっともっと知りたくて、もっともっと心躍る楽しいお話を聞きたくて、お別れしたくなかった。それに……わたしは、助けてもらっただけで、まだ死神さんにお返しがきちんとできていないのだから。


 どうすれば死神さんとの関係を続けられるのか、頭を捻って一生懸命に考えた。すると、わたしの頭の中に、ある名案が浮かんだ。

 でもでも、もし断られたらどうしようかと不安になってしまう。


 だけど勇気をだして、思いの丈を吐き出した。


「……あ、あの………その、もしよかったら………わたしと――――お友達になってください!」


 勢いに乗って言ってみたけど、迷惑だったらどうしよう、断られたらどうしようと頭の中をグルグルと思考が回ってしまう。


 そうこうしていると、いつのまにか死神さんが至近距離に居た。膝を地面につけて視線の高さを、わたしに合わせてくれると、真剣な声色で語りかけてきた。


「本当に……俺なんかと友達になってくれる?」


 わたしは、一切の躊躇もせずに、満面の笑みで頷いた。


 だけど次の瞬間、死神さんが、わたしの両手を包みこむように優しく握ると涙を流し始めて、とても驚いたの。わたしは何か悪いことをしてしまったのかと不安になってオロオロしてしまった。

 

 なんとか事情を聴いてみると、嬉し涙ということが分かって、とても安心したの。

 聞けば、死神さんは今まで友達がいなかったらしい。

 

 それはとても悲しいことだと思う。きっと死神さんは見た目のせいで誤解を受けてしまっているの。だって死神さんはこんなにも優しい人なのだから。


「……ありがとう。本当に嬉しいよ。これからよろしくね」


 死神さんの嬉しそうな声を聴いて、わたしの心の中がポカポカと暖かくなる。

 そして、わたしはある決意を胸に誓った。


 例え、どんなことがあっても、周りから避けられたとしても、わたしだけは死神さんのお友達であり続けようと………。



 

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