33話 ボッチ VS PK(4)
作者「睡眠時間を犠牲に、更新魔法発動! そろそろMPが足りなくなりそうだぜ!」
――なんだ、煙幕か?!
俺は相手からの攻撃に身構えて【探知】を発動する。こういう視覚を阻害されて【鷹の目】が上手く機能しなくなること考慮して、習得しておいてよかった。
このスキルは遠くのもの、視界外を探るときはソナーのようにマップに点で表示されて、プレイヤーの視界を通してみる場合は赤外線センサーや暗視ゴーグルのように視認すことができる。
これにより、上空から【鷹の目】で360度視界を確保しつつ、その視界が障害物や煙幕などに阻害されても【探知】で補助することによって、隙をなくせる素晴らしい組み合わせだ。
しばらくの間、警戒して構えていたのだが攻撃がくることはなかった。それどころか煙幕の外側ではPK達が全員集まり、喜色に富んだ声が聞こえてくる。
「はは、やってやったぞこの野郎、ザマァみやがれってんだ! 俺に喧嘩を売ったことを後悔しやがれ!」
「流石は兄貴! あんな化け物を倒しちまうなんて俺らのリーダーは最高だぜ!」
「はん! おまえらが、頑張って最後に俺へと繋いでくれたからさ……。 それと紅蠍……今回は協力してくれて助かったぜ。俺じゃあ思いつけない良い作戦だった、礼を言わせてくれ」
「……ああ」
最初のようなギスギスした雰囲気はなくなり、戦場で戦友へと握手を求めるように赤モヒカンが赤鎧へと手を差し出した。それに赤鎧が返事をするよう答える。
そんな明るい雰囲気の中、紫色の煙が消え去り視界が綺麗に晴れ渡った。
そんな中を、俺は何事もなかったように現われてしまって、少しだけ居たたまれない気持ちになった。
さっきまでの明るい雰囲気は一瞬にして崩壊し、辺りは凍りつく。
赤モヒカンが口をパクパクと開閉させて、こちらに指を指して叫んだ。
「な、なんで生きてやがるんだっ! 確かに俺は毒の煙がアイツを包むのを確認したんだぞ……なにがどうなってやがるんだ!」
……ああ、そういうことか。
あの煙は毒の効果があるアイテムだったということね。残念ながら俺の装備は、呪いや状態異常を無効にできる代物なんだ。でなければ、こんなデメリットの数々を背負ってまで装備することはないさ。
うん? 毒………はっ! 師匠はどうなったんだ!
俺が背後を振り向くと、先ほどまで元気にぽよんと跳ねていた師匠達は一匹残らず消え去っていた。
……あいつら、なんて非道なことをしやがる!
師匠で遊んでいた過去の記憶が脳内にフラッシュバックする。
師匠……必ず俺が、あなたたちの敵を討ってきます。どうか見守っていて下さい。
決意を新たにするとPK達に向かって歩を進める……全員、生きて帰れると思うなよ。
「クソっ! だけどあいつにはもう厄介なスライムがいない。10人全員で囲んでボコればお終いだ、いくぞてめーら!」
あっという間に囲まれて、あらゆる方向から斬擊が打撃が刺突が嵐となって襲い掛かってきた。
だが俺は、それに動じることはない。【鷹の目】で全ての攻撃を視界内に収めると最適の行動を脳内に描いて行動した。
攻撃を避ける――避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける……。
攻撃が素直すぎるし、動きが単調だ。虚実のない攻撃なんて小さな子供が出鱈目に暴れているのと、なんら変らない。
「クソがっ、これだけ人数がいて何でカスりもしないんだぁ! ふざけんじゃねぇぞっ!」
攻撃が当たらないのは、俺が3つの武術を使い、相手の思考を誤らせて攻撃を誘導しているからだ。
一つは中国武術。
始めに赤モヒカンに使った歩法で、扣歩・擺歩<こうほ・はいほ>だ。
上体をギリギリまで残し、独特な足捌きで一気に側面に滑り込むことで相手の視界からは消えたかのように錯覚させる方法。
二つ目は古流空手のひとつで<ガマク>を利用した方法だ。
脇腹の普段使わない箇所の筋肉、これを通称<ガマク>と呼ばれている。
上半身と下半身は平行に何事もなく正位置に残しながら、体の重心のみを自在に操る。これを使えば、前に進むとみせて後ろに進めることができ、右にいくとみせかけて、左に避けるなど応用が利く。
空手家は重心を操作し、時間と空間を捻じまげる。俺はこれによってPKどもに間違った動きを読ましているのだ。
三つ目は古流柔術による移動方法だ。
元来、古流柔術は対刀用に作られ相手の懐に潜りこむ技術がずば抜けている。
敵に動きや重心を錯覚させる独特な膝の使い方が特徴的で、それを隠すために袴を穿いているらしい。
俺も現在、膝と足下は黒いローブによって隠されているから見破るのは困難だろう。
これらの三つの武術を状況によって臨機応変に使い分けることで、相手は俺がいない方向へと遅れて攻撃をしてしまう。
攻撃の嵐の中にできる隙間に体を滑り込ませて余裕を持って対応する。
温い、温すぎる。俺が、どれだけ親父の修行に地獄を見せられて死の淵で武術を学んだのか分かるまい。
それから数分の間、攻防が続いたのだが赤モヒカンが焦れて、取り巻きのモヒカンどもに指示を出す。
「おまえらスキルを使え、圧倒的な面攻撃で押し潰してやるんだ!」
「へい、兄貴! ――【旋風斧刃】」
俺の前後左右に回ったモヒカンどもが、体を独楽のように回転させて押しつぶすように迫ってくる。
あれは、さきほど見たスーパーアーマーつきのスキルか!
これじゃあ当て身を当てて、よろめかせることもできない……なら動きを止めてやればいい。
――大技っていうのは状況を一変させる切り札であると同時に大きな弱点にもなるんだぜ。
俺は、アイテムボックスから二つの『木の枝』を取り出すと両手に装備する。
空気を切り裂き轟音を響かせて迫ってくる四つの人間独楽を冷静に観察し、大斧が直撃するタイミングを脳内で描く。
目を閉じ深く呼吸をして集中力を高めると、両腕を動かす。
正面へと鋭い一撃を振るい、後ろは振り向きもせず、そっと添えるように置く。
「パリィッ――!」
前後の人間独楽が、回転運動の余韻すら残さずピタリと停止。そこから流れるように体を反転させて、左右の攻撃も両腕を振るって同様に停止させる。
さて、ここに動けなくなった哀れな4つの置物があります――やることは一つしかないよな?
硬直時間が切れる前に、直ぐさま【クイックチェンジ】で武器に切り替えると、片方の足を軸にして大鎌を振るいながら一回転する。
死を刈り取るその一撃は、触れたものから順に声をあげる暇も与えず、光のエフェクトが煌めくと儚く散った。
気持が良い………これだからロマン火力はやめられない。
「………は?! え? ………なにがおきやがったっ!?」
赤モヒカンが呆然としながら動揺に瞳を揺らすと情けない声で叫ぶ。
他の生き残った赤鎧達も動揺のあまり動きを停止させていた。まあ無理もない、一瞬にして四人が消しとんでしまったら驚くよな。
今まで【パリィ】を一度も使用しなかったのは、最高に気持良い場面を生み出すための機会を窺っていたからだ。
さて、残りも一気に片付けるとするか。
「【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】、もういっちょ【エクスプロージョン】」
狙いを定めた赤鎧の一人をカウンター移動で横を通り過ぎるが、あらかじめセットしておいた魔法陣を起動させ、爆風を自分にぶつけることで方向転換して背後から襲い掛かる。
背後から赤鎧の膝裏を蹴っ飛ばし、バランスを崩すと仰向けに倒れさせる。その上から起き上がれないように片足で踏みつけて地面に固定し、首に大鎌を宛てがう。
だけど、まだこの大鎌は引きはしない。こいつは他の獲物を釣るための餌だ。
「姉さまから離れろおおおおおおおおおおおおおお!」
――ほーら、上手に釣れました。