28話 ボッチ 参上!
『はじまりの草原』
それは、この世界にやってきたプレイヤーが一度は必ず通る道であり、未熟な者が知識や基礎を会得できる場所だ。
今日もまた一人、可愛らしい初心者が訪れ、それを歓迎するかのように優しい風が草木を揺らした。
その人物は辺りをきょろきょろ見渡して、表情をコロコロ変えながら楽しそうに微笑む。
140cmに僅かに届かないくらいの小柄な背丈をしている少女で、見るものを和ませるような愛嬌のある顔立ちをしている。
腰まである二つに結ばれた眩い金色の髪の毛を元気いっぱい左右に揺らして、透き通るような海を彷彿とさせる青い瞳は好奇心を浮かべて輝いていた。
少女は革製の軽装な防具を身につけており、動きが阻害されないつくりになっている。
腰のベルトには<魔物使い>である証の鞭が束ねられていて、背中の肩甲骨あたりには二つのスリットがあり、そこから小さな翼が生えていた。
ホットパンツと膝上まで足を覆う革製のブーツの隙間には白磁のような染みひとつない綺麗な肌が覗いていた。
「うわー、すごい! これって本当にげぇーむの世界なの? ふふふ、お姉ちゃんも同じ景色を見たのかな?」
現実と見間違うほどのリアルな光景に目を奪われ、少女は辺りを見渡すように小柄な身体を元気よく回転させると、金色のツインテールが後を追うように揺れる。
勢いが強かったためか、少女は目を回すとバランスを崩して背中からゆっくり倒れるが……草の絨毯が優しく受け止めた。
しばらくの間、少女は大自然のベットに身を委ねて酔いの回復に努めていると草木を揺らす音が聞こえて視線を向ける。
「あっ、ウサギさんだ!」
少女の目線の先には純白の柔らかい体毛に、ピンッと立った二つの耳を生やし、つぶらな瞳をした小型の獣がいた。
ここまでならば少女が呟いたように普通の兎に思えるが、決定的に違うのは頭部に生えた大きな角が自己主張していることだ。
その正体は『ホーンラビット』と呼ばれるモンスターである。
「まって、ウサギさん! どこにいくの?」
幸い、少女には気がつかなかったため戦闘にはならず、草原の奥へと跳躍していった。
少女は、まるで誘惑するようにフリフリと揺れる柔らかそうな尻尾に視線が釘付けになり、ある感情が胸に一杯に膨らむ。
――思いっきりモフモフしたい! という、とても理性には抗えない強い感情だ。
少女は慌てて起き上がると、瞳を輝かせながら自身の欲求を満たすために草原の奥へと歩を進めた。
◆ ◆ ◆ ◆
「見つけた……」
それから数分すると、少女は目的の獲物……モフモフ尻尾を発見した。
まだ、こちらには気がついていない。逸る気持ちを抑えて慎重に距離を縮めていく。
もう、すでに少女の瞳には目の前の獲物しか映っていない。
そして、自身の10本の指を小刻みに動かしながら、小柄な身体を弾ませて獲物に跳びかかる。
その手にモフモフ尻尾が触れようとした瞬間、頭上から銀色の閃光が走り――目の前のウサギが真っ二つに両断された。
「………えっ?!」
少女は目の前で何が起きたのか理解できず、混乱と驚愕の混じった言葉が形の良い小さな唇から零れた。
ウサギを両断した、その正体は……銀色の大斧だった。
それは中心部分の柄から幅のひろい反った刃が両側に生えている代物。
それが、ウサギの頭部から尻尾にかけて押し潰すように切り裂き、跳びかかっていた少女の眼前に振り下ろされたのだ。
「うわぁー!」
やっと少女の理解が追いつき、自身の顔と数十cmしかない距離に大斧があることに驚いて、後ろに飛び跳ねると尻餅をつく。
「お嬢ちゃん、あぶないところだったな。そいつは『ホーンラビット』っていうモンスターだ。序盤にしてはレベルが高くてなぁ、素早い動きをするから初心者殺しって呼ばれてるんだぜ」
手に大斧を持った人物が少女へと話しかける。頭部を赤い色に染めたモヒカンヘアーの男だ。
その後ろから同じように、黄色、青、緑、紫といったカラフルなモヒカンヘアーの男達がぞろぞろと現われた。
「えっと……助けてくれたの? その、ありがとうございます」
純粋無垢な少女は悪意に疎く、モヒカン男の言葉を聞いて、襲われそうなところを助けてくれた親切な人だと思い、姿勢を正すと感謝の言葉を述べる。
「へっへへ、いやいや気にすんなよ。俺達の獲物が目の前で襲われるところだったんだ、お互い様さ」
「……獲物?」
少女は、こてんと可愛らしく首を横に傾げると、疑問の声をあげる。辺りには他にモンスターなどおらず、獲物らしきものなど見当たらなかったのだ。
「ああ、とびっきりの可愛らしい獲物さ。それは――――」
男が、手に持っている大斧を持ち上げると、少女の頭に当たるギリギリの位置に両手で振り下ろした。
「――お嬢ちゃんのことだよっ! へっへへ、いい声で泣いてくれよなぁ」
びっくりした少女は、腰が抜けて再び地面に尻餅をつく。
このとき、悪意に疎い少女もその言葉の意味に気がついた。眼前の大斧が視界に入り、先ほどの両断されたウサギのイメージが頭の端をよぎってしまう。
「いやっ! こ、こないでよぉー! 」
少女は震える声を出して、男達から必死に距離をあけようと尻餅をついたまま後ろへと後ずさる。
「おい、てめぇーら、逃げられないように囲え!」
赤髪モヒカンの男が指示を出すと、男達が少女を取り囲む。
少女は瞳に涙を堪えて絶望に染まった表情をする。
「おうおう、いい表情になってきたじゃねぇか。このままキルしてやってもいいが、それだけじゃあー、つまらないよな? そうだ、お嬢ちゃんにチャンスをやろう。今から3分間お兄さん達と鬼ごっこをして、無事に逃げ切ったら見逃してやろうじゃないか」
赤髪のモヒカン男が、下卑た笑みを浮かべて少女へと提案を持ちかける。
「ほ、ほんとぅ?」
「ああ、もちろんさ。今から10秒やるからさっさと逃げるんだな。 いくぞ、1、2、3――」
少女は男の言葉を信じて、その場でよろよろと起き上がると一目散に走って逃げ出す。
男達はそんな少女の後ろ姿を見送り、ゲラゲラと笑いだす。
……はじめから少女に勝ち目などないのだから。
そう……これはただのお遊び。
必死に生へと縋って、逃げまどう獲物を狩るための茶番だ。
「――10。 さあ、狩りの始まりだ!」
◆ ◆ ◆ ◆
怖かった。
手足が震えて、上手く走れない。
涙で霞んで前もよく見えない。
それでも少女は全力で走った。
限界を絞りつくすように本気でだ。
すぐ後ろに迫りくる脅威に心臓がバクバクと鼓動をあげて悲鳴をあげる。
今まで少女は、お母さん、お父さん、お姉ちゃんという家族全員に愛情をたくさん注がれて大事に守られて育てられてきた。
それ故に、人の悪意という負の感情を直接向けられることに慣れていなかったのだ。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、助けてぇよーー!」
必死に自分の大切な家族に助けを求めるが、その声は届かなかった。
何かに躓くと、少女は頭から地面にぶつかる。
「おいおい、大丈夫かお嬢ちゃん?」
赤髪のモヒカン男が、追いついた少女に足払いをかけて転かしたのだ。
「早く逃げなくていいのか? 早くしないと――おっと手が滑った」
男がわざとらしく声を上げると、再び、少女の顔数十cm近くに大斧が突き刺さる。
少女はパニックで頭が真っ白になりつつも泣きながら立ち上がると、再び走り出す。
そんな少女の後ろから、男達はわざと武器を振り回したり、怒号をあげて脅したりと精神的に追い詰めていく。
逃げるときに何度も、何度も、足払いをかけられ、転がされて、少女の綺麗な金色の髪は泥でくすんで、身につけている防具もボロボロだ。
心身ともに限界が訪れ、少女は最後の力を振り絞って叫んだ。
「だれ、かっ、たすけてぇーーっ!!」
家族はここにはいない。
……だから知らない誰かに助けを求めた。
「――0秒。はい、ゲームオーバーッ! いやー楽しかったぜ、お嬢ちゃん。今、楽にしてやるからよ
!」
恐怖で動けない少女に銀色の大斧が振り下ろされたその瞬間――赤髪モヒカンの男の顔面に謎の青い塊がぶつかると後ろへ吹き飛んだ。
わけがわからず、赤髪モヒカンの男は起き上がると自身の顔にひっついてる謎の青い塊を引きはがす。
「ああ? なんでスライムが!? どっから現われやがった!」
そして、獲物を逃すまいと慌てて少女へと視線を向けると、異様な光景がそこにあった。
何かが、少女の前に立ち塞がるように立っていたのだ。
仲間達も、それに視線が釘付けとなり、動けなくなっていた。
PK達の目線が向かう先には黒衣のローブを身に纏った人の形をしたなにかがいた。
その者は、フードを被り影で隠れているため顔こそ窺えないが、その奥からは二つの瞳の形をした不気味な赤い光が爛々と輝き零れていた。
また、身に纏っている黒衣のローブからは瘴気のような黒い靄が漏れ出し、時折それが髑髏の形へと変っていき……生者への嫉妬、憤怒や悲壮といった負の感情を、綯い交ぜたような醜悪な表情をしてカタカタと口を上下に動かす。
ローブの袖から覗く手には、一風変った形状の身の丈ほどもある不気味な大鎌が握られていた。
穂先は槍の様な鋭い刃があり、その少し下の柄の部分から横に曲線を描いた大きな刃が生えており、まるで槍と大鎌が組み合わさった形状である。
……その大鎌が、心臓の血管のようにドクドクと脈打ち赤いオーラを撒き散らしていた。
そして、その者の禍々しい雰囲気とは場違いに周囲を青い水滴状の塊が暢気にポヨヨンと飛び跳ねている。
頭上に視線を向ければ2mほどある幾何学模様の魔法陣が展開され、その中央には大きな紅い単眼の紋様があった。
その単眼はギョロリと辺りを見渡すように忙しなく視線を彷徨わせた後、PK達に視線を向けるとピタリと止めた。
――その瞬間、PK達の背筋にゾワリと悪寒が走る。
……見られている。
まるで本能が死の気配を感じとったのか……言いしれぬ不安が胸を締めつける。
重く緊迫した雰囲気の中、誰かが震えた声でそっと呟いた。
「………………死神」
目の前に映るその光景は――大量のスライムを引き連れた禍々しい死神だった。
あれ? おかしいな? ピンチのヒロインを主人公が颯爽と現われて助けるシーンを書いてたはずなのに、これではまるで……いやなんでもないです。(目を反らしつつ)
うん、読者さんにもきっと、どっこからどうみても正義の味方に見えるてるはずだよね!