26話 ボッチ 声を聞く
二匹に分裂した師匠を観察してみる。
俺が攻撃した師匠はHP1だが、もう片方の分裂した師匠はHPが満タンの状態だった。
そう、師匠の種族特性は<増殖>なのだ。
が、この情報は他のプレイヤーにあまり周知されていない。
なぜかと言うと、師匠が分裂するには条件を満たす必要がある。
それはプレイヤーの攻撃を受け、師匠のHPが一割以下であれば分裂するというものだ。
条件自体は難しくないように見えるが、師匠は、この世界において最弱の名を欲しいままにしていて、現在確認されている全モンスター中、一番脆い。
どれほど脆いかと言うと、攻撃や魔攻にFPを一切振らなくても、初心者が初期装備の武器で適当に殴るだけで即死亡してしまうほど脆い。
なので多くのプレイヤーは師匠の種族特性を見ることもなく、気づかずに次へ進んでしまう。
俺がこの情報を手に入れたのは【手加減】のスキルについて調べている時に知った。
本来このスキルは<魔物使い>と呼ばれる職業が取得できるスキルだ。
文字通り<魔物使い>はモンスターを使役して戦う職業。
この【手加減】本来の使い方は、モンスターを捕まえるときに倒してしまわないように体力を減らしつつ捕獲率を上げるためや、使役モンスターの体力をあえて減らすことで、種族特性による強力な技を使用させたりと<魔物使い>にとっては有用なスキルになっている。
で、とある<魔物使い>がスライムを捕獲してみようと試みたところ、初めて種族特性が判明した。
ただ、分裂したスライムを倒しても経験値は入らないし、ドロップするアイテムはゴミのように安い値段で、プレイヤーに有益な情報でもないのであまり周知されていない。
俺も攻略サイトの片隅にひっそりと記載されているのを発見して初めて知ったほどだ。
今回の修行は、この種族特性を利用させて貰うわけだ。
やっと戦闘できるレベルまでに【鷹の目】を扱えるようになったし、そろそろその本領を発揮するための状況をつくる。
そう、360度敵だらけの状況下を再現するには師匠はうってつけなのだよ。
もう、やりたいことはわかるよな?
俺は分裂したHPが満タンの師匠に【手加減】を発動して大鎌で切りつける。
その瞬間、同様にHP1の師匠とHP満タンの師匠に分裂…………後はこれを繰り返すだけだ。
もちろん分裂した師匠達が大人しくしているわけもなく、次々と襲いかかってくるので体の軸をずらして躱したり、【パリィ】で攻撃を弾きながらHP満タンの師匠のみを狙い攻撃する。
そんな攻防を続けていると師匠達がどんどん増えていき、気づけばその数……10匹程になっていた。
おお、こうしてみるとすごい光景だな。
俺の周りは青い水滴状の塊に囲まれて、その塊は弾力性のあるボディーを地面に叩き付けながら宙を飛び交っている。
まるで大量のスーパーボールを地面に叩きつけて跳ねさせたときの様な光景だ。
10匹か……某ドラゴンなゲームみたいに合体したりしないよな? それはそれで見てみたい気もするけど。
おっとと、つい面白い光景に思考が逸れてしまった。
――来るっ、攻撃に備えろ。
右から左から前から後ろから、そして上からも青い水滴状の塊が俺を襲ってくる。
今の俺は【鷹の目】を発動して全方位丸見えだ。
左右から同時に攻撃してきた師匠達を後ろへと一歩下がり回避。
後ろから飛び跳ねてくる師匠に、全く後ろを振り返ることすらせずに左手の木の枝を使い【パリィ】で弾く。
前から突撃してきた師匠を右手の木の枝を使い【パリィ】で上に弾く。
そして、上方向に弾かれた師匠は上から攻撃してきた師匠とぶつかる。
前に出来たスペースに一歩踏み出し師匠達の包囲網から抜けた。
が、その先にも新たな師匠達が待ち構えており、すぐに囲まれてしまった。
そこから先は生きることに全力を注いだ。
師匠達による攻撃の嵐を見極めて空いた僅かなスペースに身体を滑り込ませつつ、避けられないものは左右の木の枝を振るい【パリィ】で弾く。
その様は師匠達と一緒に演武をしているようだ。
俺はその光景を【鷹の目】で上空から見下ろし、コントローラーでゲームキャラを操るように冷静に対処する。
どの攻撃を受けるか、どこに避けるか、どのタイミングでスキルを使うか、優先順位を決めて一挙手一投足に気を配る。
そうすることで感覚を徐々に尖らせていき、いつしか時間も忘れて没頭していた……。
「いつのまにか真っ暗じゃないか!? ええ……もう12時間も経過しているのかよ」
どうやら集中しすぎて、時間を忘れてしまったらしい。
流石に今日のところはこのあたりでやめようか。
さてと、流石にこの数の師匠を放置したら遭遇した初心者さん達が悲惨な目にあいそうなので倒しておこう。
俺は、師匠達の包囲網から抜けると【エクスプロージョン】を発動して上に逃れる。
そこでアイテムボックスからあるアイテムを取り出す。
それを、下にいる大量の師匠達に向かって放り投げ……地面にぶつかった瞬間に紫色の霧が発生し、呑み込んだ。
そのアイテムは以前、樹海の森で毒霧茸を倒した時に大量ドロップした『毒胞子袋』だ。
衝撃を与えると爆発し、周囲に毒霧を発生させて範囲内の敵を毒<小>の状態にできる。
数秒すると辺りを覆っていた煙が晴れ、そこには紫色をした師匠達がいた。
そして、俺の攻撃でHP1しかない師匠達はあっという間に毒で死んだ。
辺りに10匹分の光が舞い、幻想的な雰囲気がそこにはあった。
――師匠、ありがとうございました……明日も来ます。
俺は師匠に感謝の念を抱き、その日はログアウトした。
■
次の日の朝も、10匹の師匠達と修行をしているときに事件が起こった。
少し離れた場所から、大量の足音と金属製のものが擦れる音、男達の怒号が辺りに響き渡ったのだ。
よく聞いてみるとその怒号の中から、どこか幼く震える様な――
「だれ、かっ、たすけてぇーーっ!!」
――必死に誰かに助けを求める声が聞こえた。