10話 ボッチ 観察される4
「そこの貴方たち、この先に何の用かしら?」
私は男達の前に立つと自身に注意を引きつけるように声をかける。
私に気付いた男達が、にやついた笑みを浮かべながら歩いてくる。
五人の内の一人が私に話しかけてきた。
そいつは赤髪のモヒカン頭の男で、まるで蛮族がそのまま物語から飛び出してきたような格好をしている。
「俺達が何しに来たって? そんなの決まっているだろ!」
男は自身の頭上にあるレッドネームを指さすと、皮肉げな笑みを浮かべて私の質問に答える。
「これを見れば分かるだろ? 俺達がやるのは狩りだ! まだ右も左も分からない初心者ちゃん達に世の中のきびしさを教えてあげてるのさ。ちょっと嬲ってやれば涙に濡れた情けない表情、怨嗟にみちた黒い表情……どいつもこいつも顔を醜く歪めて面白すぎる。これだから弱いものをいたぶる快感はやめられねぇ」
「そう。それで貴方たちはこの先に進むの? 私は今、忙しいからこの場で引き返すなら見逃してあげてもいいけど?」
「ああん? おいおいおい、少しだけ俺達よりレベルが高いからって随分と嘗めた口きいてくれるじゃねぇか? こっちは五人だぜぇ? 俺はなぁーおまえみたいな美人やイケメン達が綺麗な顔を醜く歪めるが大好きなんだよ! おい、おまえ達、こいつを囲んでしめるぞ」
「兄貴を怒らせるなんて、ついてないなおまえ!」
「おまえに、トラウマを生みつけてやるよ、一生もんのなぁ」
「へぇ~随分と整った顔してるじゃねぇか。 歪んだ表情はさぞ面白いんだろうな?」
「調子乗ってぇんじゃねぇぞ! ぜひ、俺のことを踏んで下さいお願いします!!」
赤髪のモヒカン頭が指示を出すと、青、緑、黄色、紫のモヒカン頭の男達が順番に声をあげる。
うん? 最後のやつ変なこと言ってなかった?
いや、どうでもいい……今は戦闘に集中しよう。
私は、姿勢を低くするといっきに加速した。
まずは一番近くにいる青髪モヒカンを先に狙う。
ほんの僅かの間に、目の前に現れた私に驚いたのか動揺が見てとれた。
速さに特化した私の動きに対応するのは初見では厳しいだろう。
私に振り下ろそうとしていた斧の攻撃を搔い潜ると首に向けて隼の剣で切りつける。
急所である首に攻撃が当たり、クリティカルダメージが入る――それも二回もだ。
そして、青髪モヒカンがよろめいた隙に私は姿勢を深く下げると膝裏に向けて蹴りを放つ。
バランスを崩された青髪モヒカンは仰向けに倒れる。
私はそこで地面を蹴って二回ジャンプした。
十分な高さまでいくと宙で前転しながら十分に勢いをつけると踵を落とした――男性にしか存在しない急所へ……。
その攻撃がクリティカルヒットすると青髪モヒカンは光に包まれ消えた。
私の攻撃が二回ダメージを与えたのは隼の剣の能力で、宙を二回飛んだのも風神のローブの能力。
とある試練をクリアした時に貰える貴重な武具だ。
「ヒェッー! あいつ何てえげつねぇことしやがるんだ! 男の象徴を潰すなんて悪魔かよ!」
「長い白髪に赤の瞳。そして、べらぼうに速いこの動きは……もしかして、おまえは『閃光の観察者』なのか!?」
「まじかよっ! あの『永遠の追跡者』がなんでこんなところにいるんだよ!」
「う、羨ましすぎる! 早く、俺も踏んでくれぇ!!」
赤、黄色、緑、紫のモヒカンの順で何やら喧しく叫んでいた。
よくわからないが、動揺しているのならこちらから仕掛けさせて貰おう。
私は姿勢を低くすると、両足に力を込めて残り四人に向かって駆けていく。
「ヒィー! 来たぞ――おまえら落ち着け! 数の利点を生かすんだ。イエローモヒカンはあいつの足を狙え。グリーンモヒカンはあいつの上半身を狙って挟み撃ちだ! 俺とパープルモヒカンは正面と後ろからであいつを囲うぞ!」
私に向かって左右を挟み込むように上半身と足に狙って振り下ろされる斧。
私はその間にできた僅かな空間に地面を蹴って宙に飛ぶと横軸に身を捻り躱す。
そして、正面にいる赤髪モヒカンに接近すると胸に向かって隼の剣で突き刺す。
赤髪モヒカンはクリティカルが二回発生すると光に包まれ消えた。
――これで後三人。
「おい、兄貴がやられたぞ!」
「こいつ、動きがやばすぎる。戦闘慣れしてやがる……」
そして緑と黄色のモヒカン頭が動揺した声をあげながら私を左右から狙ってくる。
私は地面に両手をつけて逆立ちすると体を捻り両足で相手の攻撃に対応する。
右から振りかぶってくる緑モヒカンの腕と左から振りかぶってくる黄色モヒカンの腕を蹴り上げる。
すると、私を狙って攻撃していた軌道がズレると、お互いの頭へ斧が吸い込まれるようにヒットした。
頭部へのダメージも急所扱いのため、クリティカルが発生すると、黄色と緑のモヒカン頭は光りに包まれ消えた。
――残りは後一人。
残り一人の紫モヒカンだが、なぜか赤モヒカンの指示を無視していたし戦闘には一切参加してこなかった。
何が目的なの? 私が奇妙な行動を訝しんでいると……紫モヒカンが話かけてきた。
「これで、邪魔者はいなくなりましたね。二人っきりになれるのを待っていましたよ」
よほど戦闘に自信があるのだろうか、わざわざ戦力が減るのを待っていたの?
それに、なぜか服装は紳士服に替わっているし、言葉遣いが丁寧になっている。
私は警戒すると、いつでも攻撃に対応できるように身構える。
すると紫髪モヒカンは何故か、土下座に近い形の姿勢を取りながら頭から私の足へとスライディングしてきた。
私は思わず、丁度いい位置にきたその頭をスキル【疾風脚】を使って吹き飛ばしてしまう。
「ありがとうございますぅぅうううう!」
スキルによって強化された脚力で蹴られ、紫髪モヒカンの男は宙を回転しながら吹き飛ぶ。
どこか、満足げな声で叫びながら地面にぶつかると光に包まれて消えた。
あ、あの人……結局、なにがしたかったの?
――まあ……いいか。早く彼がいる草原へと戻らないと。
私が彼のいる草原に戻ってくると、異様な雰囲気に包まれていた。
目の前にいるのは、硬直して身動きができない彼。
その彼の近くには一匹のスライムが……。
『やばい、今の状態はまずい!』
目元は見えないが、口と頬が引き攣っている様子から、かなり動揺しているようだ。
するとスライムが、ぽよっんと跳ねて、彼に襲いかかる。
『師匠! ま、待って下さいお願いします! な、何でもしますので止まってえええええええええ!』
そして、彼は光に包まれ消えた……。
ええ!? 私が邪魔なPK達を倒した意味は?!
そこには脱力して膝を抱える私と粘着質の体をぷるんと震わせている一匹がいた。
あれから、しばらく待っていると彼は戻ってきた。
それから何度も練習を重ねることで、ついにカウンターのタイミングをものにしていた。
『【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】』
二つのスキルを上手く組み合わせて成功させると、宙に浮き前方に加速する。
そして、スキルの効果がなくなる瞬間にまた――
『【エクスプロージョン】【カウンター<瞬空歩>】』
同じ流れを繰り返すことで宙を飛び続けていた。
――ああ、なんて心が揺さぶられる光景なのだろうか?
鼓動が高まり、呼吸も荒くなる。
今、この瞬間を目撃して観察しているのは私だけ……それは、なんて贅沢なのだろうか。
私はあれからその光景をずっと眺めていたのだが、彼は十分に楽しんだのかスキルの効果が切れる瞬間、綺麗に足から着地した。
どこか、彼の表情からは達成感を感じ取れる。
そして、また何か思いついたのか口元を吊り上げていた。
彼は自分の足下に向けて【エクスプロージョン】を放つと爆風の勢いに乗って上へと飛ばされる。
勢いがなくなると【エクスプロージョン】と【カウンター<瞬空歩>】を上手く使って更に上へと飛んでいく。
それから同じことを繰り返していき彼は今、地上からかなり離れた位置にいる。
私は、その光景を見逃さないように【鷹の目】を発動すると、様子を窺う。
彼の口元は笑っていた、本当に楽しそうに。
私は彼に羨望の念を抱く。
私は、誰かを通して観察することでその過程や結果を楽しんでいた。
けど……私自身で何かを達成して、それを心から楽しんだことはあっただろうか?
私もその気持ちを味わいたいと強く思ってしまった。
初めて……自分の心にたいして興味を持てた気がする。
そして、私が心の内で葛藤していたときに、事件が起きた。
『いやあああああああああああああああー誰か助けてくれええええええええええ!!』
情けない命乞いが辺りに響き、スキル失敗により動けない彼は地面にぶつかると光に包まれ消えてしまったのだ。
ちょっと! 人が感傷に浸っている時にわ、笑わさないでよ……お、お腹痛い。
私は地面に転がりながらお腹を押さえて笑いが止まるのを待つ。
あー、悩んでるのも馬鹿らしくなってしまった。
今はこんなにも面白い観察対象がいるのだ、楽しまないと損だよね。
それに彼を観察していれば、いつか……さっき抱いた感情がなんなのか分かる気がする。
だが、そのまえに片付けなければいけない問題がある。
観察の邪魔をされて、つい、カッとなってPKを倒してしまったのだけど……情報ギルドになんて言い訳すればいいのかしら?
――私は、風に靡く草原で静かに頭を抱えるのだった。
最初の設定では彼女は男でモブキャラの設定で1話で終わらすつもりでした。けど、いつのまに書いていると設定が増えていってこのような形に。