蛇の目を粋に広げて
エントランスの殺風景な壁。白い塗装が施されている。築20年のオフィスビルである。いたるところに経年劣化が見られ、そろそろリニューアルをしようということになった…。
ところで話は変わるが、和紙と言って最初に思い出すのは襖紙や障子紙。そして、半氏。それから千代紙、和傘等々。お相撲さんが浴衣姿で和傘をさしている姿などは粋だ。
また、年末の風物詩として障子紙の貼り替えがある。このときだけは大手を振って障子紙を破くことが出来る。子供心にワクワクしながら指に唾を付けて穴を開けたり、こぶしで突き破ったり…。逆に普段、障子紙に穴を開けようものなら、こっぴどく怒られた。
最近の住宅には和室が少なくなった。こんな楽しみを味わえない今の子供たちはある意味、可哀想だ。
さて、話を戻しそう。
この度のリニューアルでは企業イメージを一新させるべく、まずは建物の外観を変えようということになった。無機質なアルミパネル張りだった外壁を重厚な御影石張りにした。経年に伴い、古びて光を失い、くすんだアルミのパネルをピカピカに磨かれた御影石がモダンな外観に変えてくれた。
玄関ドアは野暮ったい鉄製で何度も塗装を繰り返し、塗膜の肉厚で開閉がきつくなっていた。これを鏡面仕上げと言って、鏡のようにピカピカのステンレス製の扉に変えた。一昔前の古臭いイメージの外観が近代的でモダンな外観に変わった。
建物の中に入ると、白いペンキで塗られただけの壁がエントランスからエレベーターホールまで連なっていた。建物に入った時に「この会社は魅力的な会社だ」とか「なんかワクワクさせられる会社だ」などと思えることもない、暗く重苦しい雑居ビルそのものだった。訪れた者は、事務的に用事だけを済ませれば「とっとと帰ってしまおう」そんなふうに思ったかも知れない。
外壁に御影石を使った。建物の顔ともいえる玄関ドアをステンレス製にした。そして、玄関を入ったところに風徐室を設けた。風徐室も外壁と同じ御影石を使った。しかし、こちらはバーナー仕上げという表面をざらざらに仕上げたものと磨いた石を長細くボーダー状にカッとしたものとを組み合わせた。同じ石でも磨いたものとバーナーとでは色調に濃淡が出る。これに内部のイメージとのギャップを和らげるクッションの役割を担わせた。
エントランスを抜けるとエレベーターを待つエレベーターホール。そこは外とは違った落ち着いたイメージを持たせたい。壁装材に選んだのは大理石。殺風景だった壁に温かみとやさしが生まれた。しかし、もう一工夫したい。そこで思いついたのが…。
自分の家を建てる時、和室を設けた。床の間があり、押し入れには襖、窓には障子を入れた。障子から差し込む日差しの柔らかさはどんなカーテンやブラインドでも表現することは出来ない。それは日本人の心を育んできた柔和な日差しだ。
妻が猫を飼い始めた。襖紙に爪を立てる。子供が生まれた。紙が破けるくらいならまだいい。障子の桟につかまって登って遊ぶ。へし折れる…。それ以来、諦めた。障子は取り外して箪笥の脇の隙間に押し込んだ。
子供が大きくなったら、桟を直し、障子紙を貼り、あるべき姿に戻してやろう…。
和のテイストが欲しい。
エントランスからエレベーターホールへ続く壁の一部に数ヶ所スリット状にスペースを設け、そこにガラスをはめ込んだ。使用したガラスはペアガラス。二枚のガラスを貼り合わせたものだ。そのガラスとガラスの間に和紙をはさみ込んだ。そう、障子をイメージしたものだ。ガラスの内側に白熱球を仕込んだ。自然の明かりにはほど遠いが、そこには確かになごみが生まれた。日本人の心を育んだ光がそこに再現された。
子供が家を出て、久しぶりに妻と二人で出掛けることになった。あいにくの雨だった。しかし、意気揚々と家を出た。蛇の目を粋に広げて。