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その2 考察と検査開始

年齢も中年、何か引っかかるかもしれないとは思っていたが。ガン疑いがある卵巣腫瘍(?)で、手術確定(つまり入院確定)か……。


 14歳のときから重い月経痛(疑似陣痛をおこしてしまうホルモン異常によるもので身動きが取れないほどの激痛を起こす)に悩まされ、35歳ごろからそれがなくなったと思ったらPMS(Premenstrual Syndrome)に変わった。めまいに頭痛、排卵後から月経まで2週間続くときに唸るほどの下腹部痛。妊娠も出産も未経験なのに、陣痛だけは経験済みという謎仕様。


 ……どれだけ悩まされるのかと、自分のサガが嫌になるね。


 私は10数年前に叔母と叔父、そして数年前に父をガンで亡している。3人とも病気の発覚時は末期であり、数か月から1年以内に亡くなった。しかも、3人とも発覚まで、あるいは発覚後も亡くなる1―3か月前までほぼ重い自覚症状はなしだったのだ。


(うーん 疑いとはいえ、もしかすると末期の可能性も視野に入れないとだな……)


 病院を後にして昼下がりの駅まで歩く。ショックはなかったけれど、何とも言えない虚無感と寂寥感が沸き起こり、一瞬涙が滲む。


 普通ならここで鬱に陥ったり、パニックになる方が多い。


 だが、私の場合は現在進行形で自分に不快症状がない場合はあまり大きな感情の揺れがない。子供のころのPTSDが原因の離人症状―自分自身が夢とうつつの間にいるように感じられる―を起こすため、多少感情の揺れはあるものの、通常時は第三者に起きたことのような反応となってしまう。いいのか悪いのか。


 もちろん何も感じないわけではない。不安だし嫌である。絶望感もある。でもそれが一瞬引き起こされても、波が収まれば無感情な感じになってしまうのだ。


(……でも、即入院にならず、猶予があるということは、おそらく悪性でも初期の可能性は高いよね)


 帰宅して高齢の母に一応病気のことを告げた。あらそう、といった反応だ。診断はされていないが、昔からの言動などから自閉症スペクトラムのおそらく重めのASDがあると思しき母。彼女は最近、生活に支障が出るレベルではないが、軽い健忘も出ている。これらのことと、元看護士ということもあり、病気などへの反応はいつも薄い。


「……とりあえず6月14日は検査だからいないよ。通院や話を聞いたり、検査は一人で行くから。

 お母さんは来なくていい」

「今日の晩御飯どうする?」

「お母さんの分はお寿司買ってきたから。あたしはいいよ、いらない」

「あら、そう? ありがとう」


日常的な会話のまま2階に上がり、シャワーを浴びた。上がってすぐPCをつけ、卵巣腫瘍とガンについて検索する。


(サイズ的にも、手術は開腹一択だね。  ……ホスピス併設の病院は最寄りはここか。

 ……今度検査に行くとこじゃないか)


終末期医療を自宅で、というのは、亡くなった父のケースで、家族の負担の大きさを身をもってわかっている。なので、一応ホスピスの料金や対応などもざっと下調べをした。


(あ、そうだ、仕事……)


 私は業務委託で在宅の仕事をしている。一人でやる仕事のため、今度の件が片付くまでは仕事を入れられない。急に捻転など起こして緊急入院になったりしたら委託元に大迷惑をかけてしまう。委託元の担当の方は、とても心配してくださり、かえって恐縮してしまった。


 それと私の家には17-8歳になる小鳥がいる。彼女のことも考えなくてはならない。最悪の場合里子に出さないといけなくなる可能性もある。小鳥関連の掲示板でそのあたりも調べておいた。


(まあ、あとは検査だなー)


 ここ数年、電車に乗っていない。患っている病の一つ、パニック障害―私の場合は過呼吸発作―は電車などの『逃げられない場所』で起こしやすい。(ほかに嘔吐恐怖と血液恐怖、社会性不安障害もあるのだが)

 そして、次回の検査先は、一駅先だがローカル線の電車に乗らねばならない。


(こっちがストレスだな……)


もう一本の線より、圧倒的に乗車する人が少ない。これだけが救いかな。数十年服薬している抗うつ剤と安定剤の効果が頼りだが、安定剤の効きがよくない体質なので、そこも不安要因ではある。


 かくて14日。朝から暴風雨のため、迷ったがタクシーで行くことにした。前述の各種神経症のため、乗り物酔いしやすい(揺れよりシートなどの匂いが苦手なのだ)自分は外出時は一切の飲食を断つ。

 私はどういう由来か熱だけなら普通に動け、かつ相当長時間水分を取らずとも脱水症をおこさない体質なので、そちらの心配はない。(決して真似をしてはいけません。普通の人は確実に脱水症と熱射病で倒れます)


 K病院は比較的大きい病院で、一般診療も行っているが、現在は終末期医療に力を入れているため、総合受付には高齢の方が多かった。予約を告げると、直接放射線検査エリアにと案内される。


「ここでお待ちください」


 周囲には私も含めた中高年の人が数人、それとベッドに寝たまま検査を待つ、明らかに終末期と思われる男性がいた。彼は亡くなる前の父のように、半眼のまま点滴に繋がれていた。時折弱弱しく片手をあげ、布団をめくる。付き添いの男性がそれを直す、というのを繰り返している。ぼんやりと暑いのかもしれないな、と思う。


 放射線検査エリアの雰囲気は、昼前なのになぜか夕暮れのように感じられる。どこか時が止まったような奇妙な感覚。


 1時間ほど待ち、ようやく自分の番が来た。まずは上半身と腹部のレントゲン検査とマンモグラフィー、MRIである。検査着に着替えて指示通りにレントゲンを撮る。


 マンモグラフィーは初体験だ。


「この位置に立ってくださいね。そして少し痛いですが、ちょっと我慢してくださいね」


若い放射線技師の女性はにこやかにいい、バストを機械で挟む。痛いとは聞いていたが、これは確かに激痛というほどではないが痛い。バストを胸筋から引きはがして撮影できるよう、上下から万力のようなもので挟み、他の組織が映らないようにぎゅーーっと平たく押しつぶして撮影するのだ。


 次いでMRI。全身が入る筒のような機械に、自動で動くシートに横たわりベルトで固定されたまま吸い込まれる。磁気での検査のため、非常にうるさい。が、私はこの音は気にならないため、耳栓を貸しましょうかと言われたが断った。筒の中はは非常に狭く、頭部まで完全に入る。普通の人でもそこはかとない圧迫感を伴うため、閉所恐怖症の人は受けられない。(ちゃんと案内に書かれている)


『ヴ……ヴ……ヴ……ヴ……ヴ……ヴ……ガガガガガガガガ……ゴリゴリ……ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン』


ドラム缶に詰められて、外からガンガン叩かれているような音と振動が断続的に続く。じりじりとシートが頭の方にわずかずつだが動き、体の断面を磁気的にスライスしているのがわかる。


「お疲れ様でした、ご気分は大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「では、このまま会計にどうぞ」


 検査室を出た。さっきのベッドの男性が看護師と付き添いの男性に伴われて検査エリアを出てゆく。

 不意に空気が変わった。夕方のような雰囲気が消え、昼下がりに戻る。


(……ああ。そうか、あの気配はあの男性のものだったんだ……)


 雨の上がった外を駅に向かって歩きながら、終末期医療の現場は、切ない夕暮れの時間なのだと想った。

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