○雑貨屋『デイジー』 後編
2020/05/28修正
王宮全体を巻き込んでの調査の結果が届けられてから、さらに一週間後。
私は馬車の中にいました。
定休日にあわせ、デイジーに訪問することになったのです。
王妃様からお店のことを任されたことへの挨拶と、先日の調査結果を持っていくためです。
調査結果を元に、今後のお店の商品への参考にしてもらうためです。
馬車にはメアリとサイラス様。
そして、何故かエドワード様もご一緒です。
サイラス様は理解できます。
私がこの仕事に就く以前はサイラス様がデイジーに多少関わっていたそうなので。
王妃様の使いとして訪問する時は、目立たないように馬車で裏通りを通り、裏口から入るとか、訪問中は馬車は近くの宿屋で待機をするとか、そういった事をサイラス様が教えてくださいました。
あと、私達の護衛も兼ねているとかで。
私の疑問に気付いたのか、サイラス様が、
「デイジーの店主は元々王妃様がご結婚される前からのお付きの侍女で、幼少期のエドワードの世話係でもあったんだ」
と、説明してくださいました。
その方がお勤めされていた頃のお話を聞いているうちに、お店に到着したようです。
裏通りは表通りより道幅は狭いのですが、商品を運ぶ荷馬車が通行できる広さはありました。
道を挟んだ反対側は、職人さん達の工房が多くある区画になっているそうです。
裏口のドアも表と同じ緑色でしたが、飾り窓のない普通のドアでした。そのドアの前に、品の良い老齢のご婦人が立っていらっしゃいました。
「エドワード様、お久しぶりです。まさか本当にいらっしゃるとは思いませんでした」
この方がエドワード様の元お世話係をされていた方のようです。
「リーリア様よりご連絡頂いたときは驚きましたが、皆様、ようこそお越しくださいました。中へご案内いたします」
玄関を入ると、右側には二階へと上がる階段がありました。
左側の手前のドアは台所、次のドアが応接室兼事務所として使用している部屋とのことでした。
部屋の中には、ダークブラウンのテーブルと緑の布が張られたソファの他に、書類棚と事務机が置かれていました。
薄い黄色のドアが二ヶ所あり、台所とお店のカウンター裏へと行けるようになっているそうです。
二階はアンナさんの生活スペースと作業場になっているとのことでした。
応接室には、緊張した面持ちの二人の女性。先日、お店を訪れたときに接客をしていた若い女性と、会計をされていた中年の女性がいらっしゃいました。
「紹介しますね。息子の嫁のラナと孫のクララです。息子は、商工会の集まりに行っておりますので、本日は留守です」
紹介された二人は、丁寧にお辞儀をしてきた。さすが、アンナさんの身内の方。王宮の侍女としても通用すると思います。
「エドワード。お前がいると、二人が緊張して仕事の話ができないから、アンナに店を案内してもらえ」
「そうですわね。エドワード様がおみえになると知ってから、ずっと緊張していたようですし。エドワード様、こちらにどうぞ」
アンナさんはカウンター裏に続くドアを開け、そちらにエドワード様を案内した。
「それでは、サイラス様、ローズマリー様。後程」
アンナさんは微笑まれて、ドアの向こうへと姿を消して行った。
「二人とも、楽にしていいよ」
顔をあげた二人からは緊張した表情が消えていた。
「緊張した~。まさか本当にエドワード殿下がいらっしゃるとは思わなかった・・・」
緊張が解けて安心したのか、クララさんが呟いた。
「どうしても『行きたい』って言ってね。今回だけだから。安心して」
サイラス様が彼女の呟きに普通に返していた。
「よかったです。毎回、こう緊張していたら身体が持たないです。あっ、え~と・・・」
「紹介がまだだったな。今回から俺の代わりにこの店のことを任されることになったローズマリー・ヴェニディウム伯爵令嬢。彼女も俺と同じで、そこまで畏まらなくても大丈夫な人物だ」
「よろしくおねがいしますね。クララさん」
「はい!」
「早速だが、店について話をしようか」
サイラス様に促され、ソファに腰を下ろしました。初め、メアリは私達の後ろに立っていたが、
「メアリもマリーの使いとしてこの店に関わることになるから座るといい」
と、サイラス様に言われ、私のとなりに座りました。そのため、私はサイラス様とメアリに挟まれる形となりました。ソファが大きいので狭くはないですが、少し落ち着きません。
クララさんのお母様のラナさんは、「お茶の用意をしてきますね」と、言って台所へと消えて行かれました。
まずは、サイラス様からの仕事の引き継ぎです。
月毎の収支報告書は王宮にも送られてくるのですが、お店に訪問したときは売上台帳や仕入れ台帳等の確認をするそうです。
「この、『フェスタリス出版』からの収入は?」
「これは、恋愛小説の出版社です。お店のスペースの一部を貸し出す形で毎月賃料をいただくことになりました。それとは別に、本の売り上げの一割を販売手数料としていただくことになっています」
サイラス様とクララさんのやり取りを聞きながら、大学時代に少しだけ学んだ経営について復習しようと心に決めました。教科書は実家の私室の本棚だったかしら?
「では、今回の訪問の本題に入ろうか。メアリ、資料を」
サイラス様の合図で、メアリが王宮での調査資料をクララさんに渡しました。
「マリー、説明を」
「あ、はい。え~とですね、先日、私達がこちらのお店を訪ねたときのことなのですが・・・」
クララさんとラナさんに、耳に入ってきた会話と、その後の王宮に勤めている人々に行った調査について説明しました。
「その調査の結果がこちらです」
お二人が資料を真剣に読んでいます。
「今まで気にも止めていなかったけど、たしかに、友人が『彼へのプレゼント、何にしようか迷う』って言ってたわ。この資料を参考にして、商品を揃えればあちこちお店を回る必要もなくなるわね」
「商品の仕入れ先はお父さんが帰ってきてから相談しましょう」
この場にはいないクララさんのお父様に伝手があるようです。
「ローズマリー様、素敵な提案ありがとうございます。早速、検討しますね。
その後、お茶を飲みながら歓談していると、エドワード様達が戻ってきた。
お店を一通り見たあとは、二階のアンナさんの作業場でお茶を飲みながら話していたそうだ。
「エドワードの用事も済んだことだし、戻ろうか」
サイラス様が私に言いました。
その言葉を聞いて、エドワード様の登場で再び緊張していたクララさん達の表情が少し穏やかになりました。
後日、王妃様のお部屋でアンナさんより届いたデイジーの報告書をいただきました。
それによると、皮製品と木工細工の仕入れ先が決まったとのことでした。
近くの工房のお弟子さんの作品を仕入れるそうです。お弟子さんの作品は、今までは月に一回開催される市でお弟子さん自身が売っていたそうですが、デイジーで販売することで製作の時間が増えると喜ばれたそうです。
「売上がどれくらい伸びるかたのしみだわぁ~。伸びたらマリーに給金とは別に特別手当を支給しますからね」
王妃様の部屋から王宮内の自分の部屋に戻る途中、エドワード様と遭遇しました。
「ちょうどよかった。マリーに渡したいものがあって。手を出して」
「こうですか?」
両手のひらを上にするように差し出すと、見覚えのある布製の小さな袋がのせられました。
この袋は、デイジーでアクセサリーを買ったときに商品を入れてくれるものだったと思います。
「開けてもよろしいですか?」
エドワード様の許可をいただき袋を開けると、中からブレスレットが出てきました。
そのブレスレットをエドワード様が私の手から取ると、そのまま私の左手首へと着けてくださいました。
ツルバラをイメージしたのでしょうか?濃淡の違う緑のビーズが手首を一周し、所々に葉っぱの形に細工されたビーズが配置されています。そして、花はきれいなピンク色のビーズが使われています。
「頂いてよろしいのですか?」
「ああ。マリーが頑張って仕事をこなしてくれているお陰で、私の仕事もはかどっている。その、ちょっとしたお礼だ・・・」
家族以外の男性から物を贈られるのは初めてのことです。
それも仕事の頑張りを認めてもらって贈られた物なのです。
「エドワード様、ありがとうございます!一生大切にします」
「え?」
深々とお礼のお辞儀をした私の頭上から、エドワード様の疑問形の言葉が聞こえてきました。
「それでは、エドワード様。私、コテージに戻ります。庭園にもいらしてくださいね」
「あ、ああ・・・。そのうち・・・」
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「エドワード、やっと戻ってきたか。いったいどこ行って・・・って、顔が赤いけどどうしたんだ?」
「いや、なんでもない・・・」