秋のバラ園
「マリー、協力してほしいことがあるんだけれど・・・」
真剣な顔をしたサイラス様が、お一人でコテージにいらっしゃいました。真剣なお顔も、お一人でいらっしゃるのも珍しいことです。よほど、重要なことなのでしょうか?
「昨日話したガーデンパーティーについてなのだが・・・」
一週間後、ちょうど見頃を迎える秋のバラを楽しむために開催されるパーティです。
以前は、宮殿より離れた場所にあったバラ園を、数年前に宮殿近くの庭園に移設したのをきっかけに、この季節に行われるようになったと聞きました。
王宮の料理人特製の、秋の新作菓子が楽しめるそうです。
「表向きは、バラの花と菓子を楽しむパーティとなっているが、本当の目的は、エドワードのお妃候補を見つけるためなんだ・・・」
サイラス様は、言葉を選びながらお話されているようです。
「エドワードが『自分の妃は自分で決める』と、宣言したのだが、公務で忙しかったり、夜会嫌いだし。なかなか出会うきっかけが無いと言うか、本人がまだその気が無いのか・・・。心配した王妃様が、バラ園のお披露目を理由に数年前から始めたことで・・・」
「そう・・・なんですか・・・。肝心のエドワード様はどうなのですか?」
次期国王ですから、王妃様が心配してしまうのは当然でしょう。
「夜会と違って、踊る必要が無いからか、一応、真面目に出席はしている」
「それで、わたしに協力してほしいこととは・・・?」
しばらく、沈黙がありました。
「当日、エドワードに見つからないようにして欲しい・・・。エドワードがマリーとだけ会話をするのを避ける為には必要なことなんだ・・・」
わたしがいると、他の方とお話しない可能性があるわけですか・・・。
「分かりました・・・。それでしたら、わたしは欠席したほうが良いのでは?」
わたしの提案に、サイラス様は驚いています。
「いや、そこまでする必要はないよ。新作菓子は楽しみたいだろう?」
「それはそうですね」
サイラス様が笑顔になりました。
「うん。菓子は絶品だよ。逃すともったいないよ」
「では、お菓子を楽しんだら戻ることにします。でも、どこで頂けばよいでしょうか?」
「バラ園の中にもテーブルは用意するから、そこなら大丈夫だと思うよ。毎年、バラ園の方までは行かずに終わってしまうからね」
「では、表向きの趣旨どおり、バラとお菓子を楽しむことにします」
「それじゃあ、俺とロジャーでエドワードをバラ園に向かわせないようにするから。それから・・・、様子を見に行くから・・・」
「心配されなくても大丈夫ですよ。一人で過ごすのは慣れていますから・・・」
夜会では、エドワード様やサイラス様、ロジャー兄様やギルバート様が相手をして下さっていましたが、今回は相手をして下さる方がいらっしゃいません。
大学進学のために、高等科時代は図書室に篭っていたこともあって、親しい友人がほとんどいないんですよね。手紙の遣り取りをする方はいらっしゃいますが、今回のパーティに出席するか分かりませんし・・・。
「いや、そのような心配ではないんだが・・・。まあ、いいか・・・」
サイラス様は、謎の言葉を残して帰っていきました。
ガーデンパーティ当日は、とても良い天気でした。
ここ数日、あまり良く眠れていないので、秋の日差しが眩しいです。
宮殿側に近い場所には、多くの人が集まっています。あの中心は、エドワード様なのでしょう。人の多さに眩暈がしました。
対して、バラ園に近い側は人が少ないです。
男性の方がほとんどで、その所為でしょうか?こちら側のテーブルは新作菓子は勿論ですが、サンドイッチなどの軽食類も多く用意されています。
人が少ない分、ゆっくりと新作菓子を選ぶことが出来ます。
ただ、あまりゆっくりしていると、エドワード様に見つかってしまうので、とりあえず全種類、バラ園の中のテーブルまで運んでもらうことにしました。
「マリー?ローズマリー?」
名前を呼ばれたので振り向くと、見覚えのある女性が立っていました。
「クリスティーヌ?」
「やっぱり、マリーなのね。高等科卒業以来じゃない」
高等科時代の数少ない友人、ホフマニー伯爵家の令嬢クリスティーヌでした。
手紙の遣り取りはありますが、会うのは久しぶりです。
クリスティーヌの側には、三人のご令嬢がいらっしゃいます。
「私達もバラ園の中でお茶を頂こうと思っていたところなの。良ければ、ご一緒しない?」
「わたしは構わないけれど、皆様は宜しかったのですか?」
チラッと、人だかりが出来ている方に視線を遣ります。
「ああ、エドワード様?・・・あの人だかりの中に入るのはちょっと・・・私達は無理ね。お話出来れば嬉しいとは思うけれど・・・、お顔を拝見できただけで十分満足よ」
クリスティーヌの言葉に、他の令嬢方も頷きます。
皆さん、エドワード様とお話したいのですね・・・。
バラ園の一角に、香りの良いつるバラを絡ませたパーゴラがあり、わたし達五人がお茶をするのにちょうど良い、テーブルとベンチが置かれていました。
わたし達は、ここでお茶をすることに決めました。
侍女二人が、わたし達のお菓子とお茶をテーブルの上にセッティングし、その後、わたし達からちょっと離れた場所に控えました。
クリスティーヌの仲介で、三人のご令嬢と自己紹介し合いました。
セブリナ伯爵家のエリザベート様、セレベス子爵家のコゼット様、チェルニー子爵家のマルグリット様。
「私の読書友達なの」
読書好きのご婦人のお茶会で知り合ったそうです。
「今日は、王宮の新作菓子を楽しみながら、恋愛小説について語り合うために来たの。エリーゼ・リンデンって作家、ご存知?」
エリーゼ・リンデンは、テレサさんの筆名です。
「ええ。侍女の間で人気のようですね」
ロゼッタさんから頂いた本は、なかなか読む時間が無くて、使用人専用の休憩室の本棚に置いています。皆さん、喜んでくれているようです。
「マリーは?読んだことあるのかしら?」
「えーと、一月半ほど前かしら・・・」
捻挫をした時に読みました。
「では、先日発売された新作は、まだ読んでいないのね。残念。今度のお話も良いのよ・・・」
クリスティーヌを中心に、四人が語り始めました。
女主人公に想いを寄せる男性が素敵らしく、「〇〇家の〇〇様に雰囲気が似ている」と一人が言えば、「いいえ、私は・・・」と、それぞれの心象に合った男性の名前を挙げていました。わたしの知らない方ばかりです。
「女主人公の髪飾り、注文されました?」
コゼット様がクリスティーヌ達に尋ねました。
オーガンジーやシルクで作られたバラの花と蕾の髪飾りだそうです。
「いえ、何色にしようか迷ってしまって・・・・・・。女主人公と同じ『乙女のピンク』にするつもりですが、『情熱の赤』も気になりますし・・・」
花と蕾の色によって名称があって、花びらに縫い止められるビーズも違うそうです。ピンクならローズクオーツだとか。
「私は『神秘的な紫』かしら・・・」
「『太陽の黄色』も捨てがたいし・・・」
ピンク、赤、紫、オレンジ、黄色、白と六種類あるそうです。
「いっそのこと、完全注文品を作って頂こうかしら・・・」
「お楽しみのところ失礼。私も混ぜてもらえませんか?」
わたしは、背後から聞こえてきた声に固まってしまいました。
わたしの後方のパーゴラの支柱の影から現れた人物に、クリスティーヌ達も驚いて固まっています。
そこに立っていたのは、エドワード様でした。
話しに夢中になっていて、いらしたことに気付いていなかったのです。
エドワード様は、わたしの横にさりげなく腰を下ろします。
そして、クリスティーヌ達から見えない位置で、何故かわたしの手を握られています。
「探したよ・・・」
エドワード様がわたしにしか聞こえない、小さな声でおっしゃいました。少し怒っているような声です。
『エドワード様とお話出来れば・・・』と、クリスティーヌ達は言っていました。
今が、その機会ですが、緊張のためか言葉が出ないようです。
ここは、わたしが話すきっかけを作って、話が弾んだところでこの場を抜け出すことにしようと思います。
「ここのバラ園は素敵ですね・・・。わたし達、バラを楽しんでましたの・・・」
わたしの言葉に、四人が頷きます。
「そうですか。庭師達が丹精こめて手入れをしている、自慢の庭です。何か気に入った花はありますか?」
エドワード様の言葉に、クリスティーヌ達がそれぞれ答えていきます。
それを聞いたエドワード様は、控えていた侍女を呼び、何か指示をしています。
侍女は、その場を離れ、しばらくしてデニスさんと戻ってきました。
エドワード様が、デニスさんに指示をすると、デニスさんがバラの花を切って持って来ました。クリスティーヌ達が答えていた花です。
「わたし、あちらに気になる花があったので、近くで見てまいります!」
クリスティーヌ達にバラを手渡すため、エドワード様の手がわたしの手から離れた隙に、急いで立ち上がり、入口に急ぎ足で向かって行きます。
「マリー!エドワードは?」
入口の、バラのアーチの所でサイラス様とロジャー兄様に会うことが出来ました。
エドワード様を探しに来たようです。
「あちらの、パーゴラの所に、わたしの友人達といらっしゃいます」
後ろを振り向かないように答えます。
「顔色が悪いようだが、大丈夫か?」
サイラス様が心配そうに尋ねてきました。
「大丈夫・・・と、言いたいところですが、無理そうです・・・」
倒れそうになったわたしを、ロジャー兄様が支えてくれました。
「僕はマリーを連れて帰る。サイラスはエドワードを頼む」
「すみません。お兄様。心配かけまして・・・」
実家に戻る馬車の中、わたしはロジャー兄様の肩にもたれかかっています。
「いや・・・。気にしなくていい・・・。しばらく実家で静養するといい・・・」
兄様が、頭を優しくなでてくれました。
その日、わたしは、久しぶりに熱を出してしまいました。




