○王宮勤め ~庭師編~
2018/4/17 サブタイトル変更
本文、加筆・修正しました。
王宮から、『全ての準備が整った』との連絡がきたのは、お母様の特訓が10日ほど続いた頃でした。
それから数日後、王宮の職員としての初出仕の日。
王宮で働く女性の文官の方は、ドレスより裾が少し短い、くるぶしが隠れる程度のワンピースを着て仕事をしているとロージャー兄様から聞いていたので、手持ちのドレスの中では落ち着いたデザインの外出用のものを着てきたのですが・・・。お茶会用のドレスを着て来ればよかったと、後悔しています。
王妃様の下にご挨拶に伺ったのですが、そのまま王妃様に強引に連れて行かれた先は、国王陛下の執務室でした。
現在、私は国王陛下の執務室のソファに座っているのでした。隣には満面の笑みを湛える王妃様、目の前には国王陛下と宰相で王妃様の実の兄のサザランディー公爵様、そして王太子殿下のエドワード様と殿下のサポート役のモントブレチア公爵家のサイラス様。
「緊張しなくてもいいのよ」
王妃様の言葉に頷くことしか出来ません。
「本題に入りたいのだが・・・」
サザランディー公爵様が口を開きました。
「王立大学を卒業した貴族令嬢は、ローズマリー嬢が初めてのことだったので、どのような待遇にするか決まってなかったというか、担当者が決めるのを先送りにしてしまったというのが本当のところで・・・」
宰相様がため息をつかれました。
「私も、ダスティ学長に言われて初めて知ったのだよ」
陛下も困ったようにおっしゃいました。
学長は昔、陛下の家庭教師をされていたそうです。
「当時の担当者は数ヶ月の減給と解任。新たな担当者には、参考までに今までの卒業生の就職先や待遇などを調べてもらっている。今後のためにも、“正式な待遇”を決定したいのだが、もうしばらく時間がかかりそうなので、当分の間は大変だろうがリーリアに仕えてもらいたい。表向きは文官として」
王妃様から与えられた仕事は主に、“専門知識を生かして、王妃様専用の庭園のリフォーム”なので、職種としては“庭師”が正しいかと。
ですが、一応、私は伯爵令嬢でもありますので、“王妃様付きの文官”としたほうが体裁は良いです。実際、文官としての仕事もすることになるとは聞いていますし。
「あら?マリーの優秀さは学長から聞いていますから、私の仕事が大変と感じることは無いと思うけど・・・?ねえ、サイラス?」
王妃様に話を振られたサイラス様は苦笑されています。
「しばらくは庭園の仕事を中心に、王宮での生活に慣れてきた頃に貴方達に任せている仕事の一部をマリーにお願いしようと思っているのだけれど・・・。エドワード、それで宜しいかしら?」
王妃様が王太子殿下に尋ねました。
この部屋に入ってきたときから、殿下に観察されているように感じます。
やはり、このドレスが地味すぎたのかしら?この季節、女性の文官さんが来ているワンピースの色が薄い緑と聞いていたので、若草色を選んだのですが・・・。
視線を合わせるのがつらいので、私は斜め前の陛下のティーカップを見つめています。
「今後、どうなるかは分かりませんが、今はそれが最善かと」
少し低めの、落ち着いた声で答えられました。
「マリー、しばらくは様子見って事でいいかしら?」
「はい。まだ、何も解らないので」
コテージで暮らしながら、庭師さん達から情報を得ようと思います。
「では、エドワード。庭園のことは貴方に任せます。私よりは自由に庭園に見に行けるでしょう?マリーも、必要な物があれば遠慮なく言うのよ。その為に庭園に行かせるのだから」
「ハイ。そのようにします・・・」
コテージには、昼食前に行くことが出来ました。
庭師のお姉さんたち(三人ともわたしより年上なので)と侍女のメアリが軽食を用意して待っていました。
ダイニングで軽食をいただきながらこれからのことについて話し合います。
先ずは、共同生活をしていく上での役割分担について話合います。
メアリには、私たちが庭園の仕事をしている間の掃除や洗濯などの家事をお願いすることになりました。
食事は、朝食と昼食は当番制で、夕食は皆で作ることになりました。
「マリー様、料理できるんですか?」
「寮で友人に教えてもらったので、簡単なものは出来ます」
主に煮込み料理ですが。
続いて、庭園の仕事についてです。
庭園は、王妃様が幼いエドワード様が思う存分走り回れるようにと考えて造られたため、コテージと温室の間は芝生の広場となっています。遮るものがありません。庭園を囲む生垣沿いに広くはない花壇が有るぐらいです。
「庭園の中に、庭を造りたいと思います」
コテージを囲む様に低い塀を造って、コテージ用の庭を造るのです。
コテージの前にパーゴラを立てて、その下でお茶が出来るようなテラスを造るのです。
パーゴラにはつるバラを仕立てます。
それから、ハーブガーデンと菜園を造るのです。
私は、簡単な図面を描いて彼女達に説明します。
「この程度の作業でしたら、親方達で出来そうですね」
“親方”とは、庭師長のデニスさんのことです。庭師さん達の間では“親方”と呼んでいるそうです。
「じゃあ、ちょっと相談してきますね」
リズさんが早速、聞きに行ってくれました。
数十分後、『明日の午後、測りにくる』との返事を貰って帰ってきました。
翌日、午前中は温室の仕事をすることにしました。
温室は屋内庭園となっていました。
温室のガラスは特殊で、強い日差しを和らげ、室温は年中一定に保つことが出来るとか。何でも製造過程で魔法による加工がされるらしいです。
「日焼けも防げるんですよ」
庭師のリズさんが教えてくれました。
夏の暑い日は温室中心で作業することにしました。
温室内の植物を全て確認し終わったのは、昼食前でした。
今日は、メアリが一人でサンドイッチを用意してくれていました。
話題はハーブガーデンと菜園に植える苗のことでした。
それぞれ好みの野菜があるので、昼食の間に決まったのはサラダに定番の野菜だけでした。
それ以外については、それぞれ植えたい野菜やハーブの一覧を作り、デニスさんも交えて決定することになりました。
午後の約束の時間に、デニスさんが数人の男性の庭師を連れてやってきました。
リズさんが昨日のうちに簡単に説明してくれていたらしく、
「まずはテラスや菜園などの場所と広さを決めて測りますか。それによって塀の位置が決まりますからね。塀はどうしますか?生垣よりは、木製にしてつる性の植物を絡ませた方が華やかですかね」
効率のいい作業手順を考えてくれました。
デニスさんと共に場所と広さを決めると、男性の庭師さん達が広さを測ってくれました。
ついでに、菜園とハーブ園を杭とロープで囲って、その内側の芝生撤去と土の掘り起こしまでやってくれました。
デニスさんとパーゴラの形や塀の高さなどを相談しているところに、エドワード様とサイラス様がいらっしゃいました。
「ああ、殿下。丁度よいところに・・・」
デニスさんがエドワード様に今回の改装について説明しています。
「解った。資材の手配などは全て任せた。見積もりなどの書類さえ出してもらえれば、必要な物が出来たときはその都度注文して構わない」
デニスさんにも、庭園の事はエドワード様に話しをするようにと伝わっていたようで、必要な物をデニスさんを通してですが、伝えることが出来ました。
ここで、ふと疑問に思ったことがあります。
資材とかの購入費用はどうなっているのでしょう?
「ああ、王妃個人の資産からだ。管理は私が任されている」
エドワード様に尋ねると、そんな答えが返ってきました。
「予算の上限とかどうなんでしょう?」
「今聞いた計画ぐらいだったら、そうたいしたことは無いだろう。その点はデニスがよくわかっているから、彼に任せるか、相談しながらやっていけばいい」
庭園は広く、一度にするのは大変なので、まずはコテージ前と温室を同時進行でリフォームします。
その他の場所はコテージの庭が完成した後にゆっくり考えていく予定です。
デニスさんには相談することが徐徐に増えていくことでしょう。
エドワード様とサイラス様が帰っていく後ろ姿を見ながら、
「やはり、あのお二人は素敵ですねぇ」
後ろに控えていたリズさん、エミリーさん、ローラさんがため息混じりにつぶやきます。
エドワード様もサイラス様も長身で、鍛えられた体つきをされてます。
エドワード様は国王陛下譲りの黒髪で王妃様譲りの整った顔立ち。頼りになる男性といった雰囲気です。
サイラス様は茶色のちょっと癖のある髪に、薄茶色の瞳。笑顔が素敵な爽やか美形です。
さすが、王宮侍女さん達が選ぶ“王宮内で働いている素敵な男性ランキング”の上位の方達です。
そのランキングのトップ10の中にうちの長兄・次兄も入っていたのは驚きでした。今度会ったときに教えてあげましょう。
「夜会でも、さぞ素敵なことでしょうね?マリー様」
そう、ローラさんに問いかけられて、考えました。エドワード様とサイラス様の夜会での姿・・・?
「・・・・・・知らないです。よく考えたら、高等科卒業して大学に入学するまでの間に一回しか行ったことがありません。その時の事もあまり覚えていないし・・・・・・」
「「「ええ~~~~!!そうなんですか~~~~?」」」
盛大に驚かれてしまいました。
「大学卒業するのに一生懸命だったから~」
「それもそうですね。でも、これからは機会があるんじゃないですか?」
「そういうの苦手だから、出来れば遠慮したいんですけどね。仕事のほうが面白いですし」
「「「もったいない」」」
だって興味ないもの。とは言えず、とりあえず笑ってごまかします。
たとえ招待状が来たとしても、理由を付けて断るつもりです。
この考えが甘かったと知るのは、数日後のことでした。