黄色いたまご亭跡取り息子の驚愕
一年以上更新停止中にも関わらず、そんな中でも来て頂いた方々、ありがとうございました。
不定期更新ですが、少しずつ更新していきます。
取り敢えずは目標の今月更新、ギリギリでしたが間に合いました。ヽ(;▽;)ノ
ある日、家に帰ったら母ちゃんが住み込みのバイトが見つかったと言った時は、やっと見つかったのかと正直ホッとした。
だって母ちゃんってば、出産が近いのにバリバリ働くんだぜ?ガラの悪いおっさんたちを蹴飛ばしたり、でっかい酒瓶何本も担いだり。何かあったらって、俺も父ちゃんもハラハラしてたから決まって良かったんだけど……は?記憶喪失でついでに貴族かもしれない?何ソレ?
そして初めて会ったファム姉ちゃんの第一印象は、綺麗な女の人だった。
日に焼けてない真っ白な肌やツヤツヤの赤い髪と若葉みたいな大きな緑色の目。雰囲気も穏やかにベットの上で申し訳なさげに微笑む姿は絵本に出て来たお姫みたいで、とても可愛かったんだ。
だけどその時の俺は母ちゃん以上にハラハラするとは思ってなかった。
おっさんたちを見て悲鳴を上げ、料理をぶちまけ、ネズミを見て悲鳴を上げ、滑って頭を打ち、客同士の言い争う声で悲鳴を上げ、机の角にぶつかって悶え、最終的には気絶するんだもん。
しかも無自覚の人誑しだ。
厳ついおっさんたちが持って来たマカロンの前で涙目になりつつ、それでも食べたかったのかビクビクしながら餌付けされている姿を見ると、野生のリスが怯えながらカリカリ木の実を食べる姿とダブるんだよね。
段々と餌付け、、ううん。慣れていく様子は、普段から子供に泣かれる顔面凶器なおっさんたちにとって何よりの癒しなんだって。
本人たち曰く。俺たちはガラスハートなんだとか。なんだそれ?
まぁ、怯える顔も可愛いよね。
それに最近、何となくファム姉ちゃんもラウドのおっさんもお互いが気になってるみたいだけど、俺が大人になったらファム姉ちゃんをお嫁さんに貰うから、教えてやらないんだ。
そんなファム姉ちゃんが何を思ったのか、モンスターに向かって叫んだんだ。
何で自分から目立つ真似すんだよっ!
人型の鱗を持ったモンスターがファム姉ちゃんに向かって来た。
皆んなが止めようと助けようと動いた。
でも、遠くて。
近くにいるのに遠くて。
あの時は、多分みんな最悪のことを想像したと思う。
でも、想像通りにはならなかったんだ。
音もなく切り飛ばされた半魚人の首。
いつの間にかファム姉ちゃんは武器を持っていた。
一体どこにそんな武器があったのだろうと首を傾げるほどの大きな曲がった刃、これって鎌?物語にしか出てこない様な大きな鎌は、全体が真っ赤で持ち手が銀色の蔦が絡まりあったフォルムが特徴的で、上に伸びた銀の蔦は刃の手前まで覆っている。
ファム姉ちゃんは自分の身長ほどもある大きな赤い鎌を軽々と握っていたんだ。
光を弾いて反り返る大きな刃は、素人の俺が見ても普通の武器じゃない事ぐらいは分かる。
いつも結んでいたリボンが解けて、風になびく長い緩やかにうねる髪、目はぼんやりと何処か遠くを見ているようだった。
誰もファム姉ちゃんに声をかけることが出来ないでいる。
何だろ。神殿の中にある神様の像の前にいるみたいな神聖な雰囲気で、なんか近寄り難いのにでも目が離せない。それにファム姉ちゃんみたいな女性には不似合いな筈の大鎌を持つ姿が、とてもとても綺麗だと思った。
「…赫い死神…」
誰かがそう呟いた。
普通なら笑い話にもならないよ、って言ってるとこだけど、今のファム姉ちゃんになら納得してしまいそうだ。
ああそうだ。ラウドのおっさんが言っていたじゃないか。
真っ赤な髪と赫い大鎌を持って敵を瞬殺するって。
………えっ、と。ええええっ!?それじゃあファム姉ちゃんは拝人様なのか?
でも拝人様って皆んな強くて凄い人たちなんだろ?ファム姉ちゃん全然強く無いじゃないか。…あれ?じゃあファム姉ちゃんが倒れて気絶していたのも、おっさんたちに怯えて悲鳴を上げていたのも、全部嘘だったのか……?
「…………ほぇ…」
何が嘘か本当なのかグルグル考えていた俺の前にいるファム姉ちゃんは小さく呟くと、何処か遠くを見ているかのようだった目に、だんだん光が戻って来る。視線の先にはさっき真っ二つになった半魚人の死骸。モンスターは時間が経つと一定の確率でドロップ品を残して消えるんだけど、つまりは一定の時間を置かないと死骸はそのまま。血も出てない見事な首をぼうっと見ていたファム姉ちゃんの新緑みたいな綺麗な目に戻ると同時に、
「ーー☆◆な□〆カ刄△に¥○5ーー$ー!!?!」
悲鳴にならない悲鳴を上げた。
ーーあ、ファム姉ちゃんだ。
俺の知っているいつものファム姉ちゃんだ。
何となくホッとした。多分だけど騙されていた訳じゃなかった、、って、えええ!?
ちょっ!?ファム姉ちゃんっ!?
大パニックになったファム姉ちゃんがブンブン大鎌を振り回してる!、って危ない!怖い怖いってばぁーーっ!
お、落ち着いてええええっ!! ーーへ…?
「…あ、あれ?な、何でモンスターだけ真っ二つなんだ?」
ブンブン大鎌を振り回していたファム姉ちゃんの斜め向こうにいたモンスターが、突然胴体が上下にスパーンッて切れたんだけど、そのモンスターと戦っていた冒険者には傷一つ付いてない?何が起こったの?
「多分鎌鼬だな。鎌鼬は刃武器スキルの一つで真空の刃、まぁ見えない空気の刃が飛んで来るんだ。あの大鎌から繰り出される目に見えない攻撃なんて凶悪すぎ。その辺のモンスター等ひとたまりもないだろうな」
俺の疑問に冒険者のおっさんがファム姉ちゃんから視線を逸らさずに言った。
へえ、薙ぎ払いや剣圧と同じ武器スキルなんだ。
「でもあの冒険者の人は何で無事だよ?何でモンスターだけ殺られるんだ?」
「…おそらくだけど、人間は攻撃対象に入っていないのだと思う」
「ええっ?人間だけ別にって、そんな事が出来るの?」
「俺の知る限り、神級遺物なら可能だ」
アーティファクトってプレイヤーの中でも拝人様たちが持っていたっていう、伝説の武器や道具のこと?
確か前に授業で、どっかの国に保管されてあるとか何とか聞いた気がする。
じゃあやっぱりファム姉ちゃんは拝人様なんだ。
多分きっとおそらく拝人様だと思うファム姉ちゃんの悲鳴と共に、モンスターが気の毒になるぐらいスッパンスッパン、切られている。
おっさんたちがも手出しが出来なくて、ファム姉ちゃんの体力が尽きたら回収しようぜ、とのんびり言っている。
父ちゃんの腕も元どおりだし、母ちゃんや常連のおっさんたちも無事だし、ほっとしたら何か気が抜けた。
ファム姉ちゃんの方も、ぶんぶん鎌を振り回す元気はあるから大丈夫なんじゃないかな?
「お嬢っ!」
「…え………ラ、ラウドさん…?、、うっ、うっきゃあああっ!?」
いつの間に来たのか、ラウドのおっさんがファム姉ちゃんを背後から抱き締めて止めていた。…むっ。なんか悔しい。
今は無理だけど俺だって大きくなったらあのぐらい出来るんだからなっ。軽々と持ち上げてファム姉ちゃんを守ってやるんだ!
って言うか、ファム姉ちゃん!いくら驚いたと言っても、武器を放り出すなよ。
もうっ、危ないな。
後でファム姉ちゃんに説教しなくちゃと、落ちた大鎌を拾おうと足を向けた先。
それは建物の影からゆっくりと姿を現した。
周囲に緊張が走る。
「なっ!まさかキングレッドキャップかっ」
誰かが驚いた声を上げた。
これがキングレッドキャップ?レッドキャップの進化系って聞いたことがあったけど初めて見た。
普通レッドキャップは、こいつの三分の一くらいの大きさで、目のつり上がったシワシワの爺さん顔に頭には名前の由来である赤い帽子をかぶっているモンスターだ。性格は残忍で凶暴。素早い動きと集団で襲うのが特徴のモンスターだ。
前に冒険者のおっさんが新人の度胸試しに丁度いいと言ってたんだけど……こんなのが集団で襲って来たら普通は泣くか気絶すると思う。
俺の目の前にいるのは、通常のレッドキャップとはふた回り程違う大きな体。
そいつが、足元に落ちている大鎌をゆっくりとした動作で持つと、こっちを見てニタ〜〜ッとシワシワの顔で嫌らしく笑い、ゆっくりと手を振り上げーー。
「…グッ?ガッ!?、、ガギャアアアアッッ!!」
絶命した。
ーー……は?
多分だけど、あのレッドキャップは前からこちらの様子を伺ってたんだと思う。だってファム姉ちゃんみたいに鎌を振り上げて鎌鼬?真空の刃を出そうとしてたんだぜ。
そうして振り上げたら、急に苦しみ出して倒れたままピクリとも動かなくなった。
なぜなにどうして??
皆んな戦闘状態のまま、訳が分からない状況に呆然とする中でただ一人、ファム姉ちゃんの呑気な声が聞こえる。
「………あ。もしかしてPK防止機能です?」
何ソレ?