表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

侵略の始まり、、ムカつくです

シャングリラはゲームのクオリティの高さは元より、イベントの多さでも有名だったのです。

季節イベントや週一イベントが開催され、レアや隠しイベントも合わせると、それはもうかなりの数。

そして数あるイベントの中でも一番多かったのが『侵略』なのです。


侵略とはモンスターが村や大森林、時には国を襲うイベントで種類や強さ、出現するモンスター数もレベルも様々。


しかも突発的イベントの為に、ダンジョン攻略でHPを減らし、アイテム調達や回復の為に村に来たパーティーや、始めたばかりのピカピカ初心者が問答無用で巻き込まれたり、侵略で出現するモンスターと自分のアバターとのレベルが違い過ぎて瞬殺される、何て事もざらにあった、数多くのプレイヤーたちの怨嗟の声も何のその、で行われていたある意味鬼畜なイベントなのですよ。







「ファム姉ちゃん、こっちだ!」


逃げる人の波に押されながらゲームと現実世界の迫力ちがいに怯え混乱し、半ば放心していた私の手をトム君が掴み駆け出したです。

…そうです。今は混乱している場合ではないのですよ。

セイタさんやリズさん、お店のお客様も心配です。特にリズさんは赤ちゃんがいるので思うように動けないはずなのです。早くお店に戻らないと!



トム君に手を引かれ大通りを背後に細い裏路地に入れば、じっとり纏わりつく湿気と、ゴミとカビの臭い。奥が見えず周囲がぼんやりと薄暗い道は、後ろから聞こえる悲鳴や怒号と相まってホラー映画のようで背筋がゾッとするです。

ぬかるんだ道をヌチャヌチャ音を立て走りながらトム君はそのまま更にその先、大人では通れない様な細い道に入りました。

後から続くわたしも、イヤん☆胸がつっかえて通れな〜い的なお色気イベントも起こらず(泣)そのまま何とか体を横にし、ずりずりと体を擦りながら通り抜け、壁が一部崩れている穴を潜り抜け、人様のお庭を駆け抜け門から出た先には見覚えのあるお店に続く道。



そこも混乱の真っ最中だったのです。




こ、こんな短時間門からで海側までモンスターが侵入してきたですか?まだ早過ぎるのですよ。

でも倒されていたモンスターを見て感違いに気付き、次いで顔からサッと血の気が引いたのが自分でも分かったです。


目の前には1メートル程の大きさの魚にひょろ長い手足が生えているモンスター、魚人フィッシュマンの死骸。

動きはのっそりとして早くは無いものの、一番厄介なのは口からの高圧水流、つまり水鉄砲での攻撃。通常なら青痣ぐらいなのですが、レベルが高いと壁や鎧も簡単に貫通するです。


先ほど裏路地に入る前に半竜人リザードマンが出たと聞こえました。つまりこれは陸と海からの同時侵略。空からが無いだけまだマシなのか何なのか。

でも早く行かないと海に近いお店も危険なのですよっ!








……どうしてですか?



リズさんとトム君の悲鳴に似た泣き声が、掠れた思考にぼんやりと響くです。

店の近くには夥しい数の魚人フィッシュマン半魚人マーマンの死骸。

次から次にやって来るモンスターと戦う人々。


……何で



壁際にもたれ掛かり怪我の手当てをする人たちの中。


何で、


セイタさんの左腕が無いのですか。



いつも美味しい料理を作る手。

力持ちで重たい荷物も軽々と持つ手。

少しだけ遠慮がちにわたしの頭をポンポンと叩いてくれる優しい手。

それが、どうして無いのです?

リズさんが泣きながら意識の無いセイタさんに必死に呼び掛け、トム君が無駄だと分かっているのに千切れた腕をつけようと布を巻き付けながら泣いているです。


何であんなに優しい人たちが泣いているですか?


血が流れて過ぎて、白い顔色。

港の方から次々と上陸してくるモンスター。

側に落ちている欠けた斧。

遠くで上がる悲鳴。

真っ赤に染まった服。

右目を抑えている手の隙間から血が流れてる人。

舗装された道を人の赤い血とモンスターの青い血が染め上げ。

お腹を大きく斬られたのか包帯から血が滲み出ている人。

崩れた壁と赤い血飛沫の後。

傷だらけで意識がなく、グッタリとしている人。

他にも大勢の人が死んで、傷付けられて。



……………………ムカつく、ですっ!




震えて動けずにいた筈の体が、カッ!と体から沸き起こる熱に突き動かされるままに、ズンズンとセイタさんの方に歩くと側で誰かに戸惑う声で呼ばれた気がするですが、今は無視なのです。

大量出血のために青ざめ、血と煤で汚れた顔のセイタさんを見てぼやける目にキッ、と力を入れて膝をつき口元に手を当て……良かった、まだ生きてるです。大丈夫。



この世界に来て、マップも緊急コールボタンもフレンドコールボタンも無くなっていましたが、もう一つ。

蘇生系アイテムが全て無くなっていたのです。わたしはスキルが無かったので元々使えないのですが、多分リザレクション等の蘇生系魔法も。


まるで、この世界は現実だと、命は一つだと言わんばかりに。



でもいま生きているならわたしにも出来ることはあるのですよ。

倉庫から赤い液体の入った硝子の瓶を二本取り出すと、キュッと蓋を開ければ僅かに漏れ出す爽やかな香り。

規則的にカッティングされた気泡一つない透明な硝子は既に美術品であり、その緻密さと美しさに好事家が大枚をはたいてでも欲しいと思わせる品なのです。


「トム君、退くです」

「ぐすっ、、…フ、ファム姉ちゃん?……わっ!なに?」


トム君を押し退け、ズボッと無造作にエリクサーをセイタさんの口に突っ込みリザさんにこのまま飲ませるように指示を出すと、慌ててリザさんが瓶を支え気管に入ら無いよう傾けるです。任せたのです。

そして残ったもう一本のエリクサーを頭からドボドボ。布が巻かれた腕の辺りは特にドボドボと…え?

腕の周りの空間がぼんやりと捻じ曲がるように霞んだかと思った瞬間、布の隙間から見えたセイタさんの腕が傷跡もなく腕がくっついているです。



……………………ほぇ?


わたしはただ、切られた腕の出血が止まれば、と思っていただけですよ?ポーションが効くか分からなかったので、絶対に効果がありそうなエリクサーを使ったのですけれど。

シャングリラの回復アイテムの中でもエリクサーはお値段も効果も一番です。HPMP全回復は元より、解毒や石化などほぼ全ての異常状態も回復する、正に万能ポーション。

ゲームではダメージは数値化され、実際には防具が破壊されたり血が出たりと言ったグラフィック的なものは無かったのですが、ここは現実世界。

ダメージが数値化される訳ではなく、怪我をすれば痛みや出血は当然なのです。が……骨とか細胞とか血とか、何処から補充したのです?…腕が正常な状態の時まで時間が巻き戻った、とか?…うーーっ。…分からないものは分からないです。今はこれで良し!モーマンタイなのですよ。


飲み終えたセイタさんの頬に赤みが戻っていりのを確認し、ホッと胸を撫で下ろしたのです。どうやら怪我の治療だけで無く、体内の血液も無事再生されたようで安心したですよ。人間は血を流し過ぎても死亡するのですから。



あと何本あったでしょうと考えていると、トム君が震える声で問いかけてきます。リズさんも目を見開いてわたしを見てますが、何か顔に付いてるですか?



「フ、ファム姉ちゃん。これってナニ?普通ポーションって傷を多少塞ぐだけだろ?」

「ただのエリクサーです」


「「「……………………エリクサー?……」」」


「もう大丈夫です。きっと時期に目を覚ます筈ですよ」


エリクサーエリクサー、と譫言みたいに呟く人たちを背後に、今度は痛みに呻く他の怪我をした人たちに向かい、蓋を開けたエリクサーの中身をドボドボバシャバシャ盛大に振りかけるのですよっ。

そっおっれ〜!!エリクサー祭りなのですよっ!



「うわあっ!?」

「冷たっ、、」

「ちょっ!ファムちゃん……あれ?痛みが無くなった」

「……目が見える」

「傷だけじゃねぇ。カラカラだった魔力が戻ってるぜ」

「ポーションって浅い傷が治る程度だろ?……はぁ!?エリクサー?…あれって確か何十年か前にSランク指定ダンジョン、古竜の座の地下50階から一本だけ見つかったと聞いたことが…………これ何本使ったんだ?」



呆然とわたしを見る目に気づかずに、10本目を空にしたところで、ぽいっと投げ捨てた時に見えたモンスターに、一度収まっていた熱がふつふつと湧き上がってくるのです。




……絶っっ対許さないのです!!


踵を返した視界の端にギョッとしたトム君たちの表情から、きっと今のわたしは親の仇を見るかの様な険しい顔なのでしょう。

マグマみたいなドロドロしたのが身体中を駆け巡ってるです。

病気のベッドの上では分からない生の感情。




どうして。どうしてどうしてっ!


……侵略の、モンスターの所為です。

……セイタさんや皆さんが死にそうになったのも、トム君やリズさんが泣いたのも!


みんなみんな!こいつらが原因なのです!!



………こ……この、……


「こんんのっっ、馬鹿者共ぉぉっ!!覚悟するのですよォーーっ!!!」



感情に任せ怒りのままにモンスターに向けて喉が痛くなるほど大声で叫べば、近くにいた半魚人マーマンが三又の矛を構え突進してきたのです。



「ファム姉ちゃん!!逃げろっ!」

「ファムちゃん!!」

「馬鹿野郎っ!行くんじゃねえっ!!」



みんなは、


みんなは、



わたしが守るです!






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ