Aランク冒険者の憂鬱
ラウド視点です。
最低でも一ヶ月以内更新するぜ!目標が早くも崩れました。
。・゜・(ノД`)・゜・。
(サブタイトルの閑話の文字を消しました)
「ふふふ」
「急になんだミランダ。思い出し笑いか?」
俺の問いかけにミランダは堪らず、といった態度で絡めていた腕を外し、道のど真ん中で体をくの字に曲げ大笑いを始めた。
…なんだ一体?彼女は元々陽気な性格だが大笑いする程面白い事があったか?
「あ、あんた今、自分がどんなに情けない顔してるか分かる?…ぷ、はははっ!浮気を奥さんに見つかって、どうやって家に帰ろうかって思案中の旦那のようよ?…ぷっあはははっ」
「取り敢えず落ち着け、そして医者に行け」
「アッハハ、あ、あら自覚なし?ぷぷっ。それとも分かっていて気付いていないフリをしてるのかしら?」
「何のことか分かんねぇな」
ーー分かんねぇことにしといてくれ。
お嬢を見つけたのは本当に偶然だった。
その日ゴブリンキングの討伐を終えた俺はグリフォンに乗り空から帰還する途中、ふっと思い立ち手綱を引気き旋回する。近くにある聖地の上空を通過して行くことにしたのだ。
多少迂回するが通り道だ。無論あの場所には結界があり入れないが、あの広大な大地は一見の価値がある。
神なんて信じちゃいないが聖地を見ると厳かな気持ちになるのは何故だろうか。
遥か昔、人々を助けいつの間にか消えた聖女と守護者達。そして残された芽吹くこともない眠る大地。
いつか帰る豊穣の聖女を待ち続けている聖なる地。
……なんだ?
ゆっくりと上空を通過していた俺の視界に映る茶色い土色の中にある異色の赤。…人か!?
降下中、一瞬だけこの地に張られた結界の事が頭を過ぎったが、杞憂に終わりすんなりと地面へ着地する。疑問は残るが今は人命救助が先だ。
急いでグリフォンから飛び降り、大丈夫かと声をかけながら体を起こし俺はそのままの体勢で固まった。
起こされた振動で、肩に掛かっていた鮮やかな夕焼けを連想する髪色を編んだお下げがダラリと下に落ちた。長い睫毛の下にある瞳は閉じられているが顔はそこらではお目にかかれない程整った美少女だった。シミひとつ無い白い肌、少女から大人になる寸前のしなやかで柔らかな身体。可憐という言葉が此れ程似合う少女もいないだろう。
しかし顔色は青白く熱中症か貧血、又は何らかの病気も考えられる。外部からの確認では怪我はなさそうだが困った。身体検査をした後で変態と罵られる事だけは回避したい。
悩んだ俺は、緊急性はないと判断し取り敢えず宿屋件食堂を兼ねた黄色いたまご亭に向かう事にした。
ふざけた名前ではあるが飯は美味いし知り合いが経営者なので何かと融通が利き俺の長期滞在宿となっている。そこの主人のセイタと嫁のリズは元Bランクの冒険者で腕は確かな奴らだ。何よりリズは一児の母でもあるし、同じ女性なら心強い。この少女が何者かは分からないが大抵の事ならばあの二人は大丈夫だろう。
ーー軽いな。
少女になるべく負担を掛けない様抱き上げテスコへとグリフォンを急がせる。
今回特別に遠方から借りた乗獣だが、スピードはかなりのものだ。これなら後数時間といったところか。
この時の俺は、連れ帰った美少女を見たセイタとリズに誘拐犯扱いをされ一悶着ある事をまだ知るよしもなかった。
若干疑いが残っているものの、誘拐犯の疑いは(多分)解けたが精神的に疲れた。だが偶々店に来ていた婆さんが居たのはありがたい。
今でこそ落ち着いているが、昔は襲ってくる海賊船に単身で乗り込み全身を返り血で染め上げ、また時には攻め込んできた他領の軍を撃退した女傑、テスコのクラーケンとして恐れられていた。
今でも町の治安を一手に引き受けている。
俺たちは少女の目覚めを待った。
少女の名前はファム。
周りを知らない大人ばかりに囲まれ、普通の娘なら叫び出し逃げ惑うだろう。しかし彼女は新緑色の瞳を大きく見開いた後は騒ぎもせず、自分の状況を知ろうと必死で理解に努める姿に好感が持てた。
しかしこの落ち着いた態度。見た目と精神年齢が一致しない。もしかして見た目は人間だがハーフエルフかハーフビーストなのか?
ひとしきり状況を説明した後、不安に呆然とした手を婆さんがそっと握り質問をする。
一見優しい婆さんが娘の手を握りしめ、励ましているだけに見えるが、あの婆さん手首で脈拍を確かめてやがる。人は動揺すると心臓の鼓動が早まり脈拍数が早くなる。
嘘も見破りやすくなるが、婆さんの雰囲気からどうやら嘘は無いらしいな。
少女は記憶喪失状態だった。何故あの場所に居たのかも分からないとの事だが、あの聖地は自分の家だと言う。どうやら記憶も混乱しているようだ。
ーー厄介だな。
少女は労働とは無縁の白く滑らかな手、桜色の爪は綺麗に整えられている。飲み方も優雅で、礼儀正しく知性を感じる会話。性格も裏表が無い素直な様だ。大事に育てられたのが見て取れる。
婆さんが会話の中に混ぜた計算も考える素振りも見せず答えていた。
着ている服も普段着に見せているが何らかの魔法を織り込んでいる高級品。少なくともこの辺りじゃ買えねぇ代物だ。
何らかの事件に巻き込まれた、何処かの高位貴族令嬢と言うのが濃厚な線だろう。
本人の意向もありセイタ達の元、住み込みで働く傍ら、その間婆さんが少女の調査する事が決まった。
最後の別れ際に少女が頬を真っ赤にしながら
「お、おお婆ちゃん、ありがとうございましたぁーー!」
目の覚める様な可愛らしい美少女が一生懸命自分に礼を言う愛らしい姿に、婆さんの背後に稲妻が落ちたのが見えた。
効果はばつぐんだ。
クラーケンと呼ばれてきた猛者がデロデロに孫を甘やかす孫馬鹿になった瞬間だった。
後日、足腰の悪い婆さんの為にと笑顔で手作りクッションを贈られた時には、無数の落雷と共に婆さんは這い上がるのは不可能な深淵へとガラガラ落ちていく幻影が見えた。
今ではあたしの孫だよーっ!と声高々に、店に来るたびに菓子やら洋服に靴など孫に貢ぐ下僕に成り果てていやがる。
昔から婆さんを知る奴らはドン引きしている。
勿論お嬢は婆さんだけ贔屓してる訳じゃない。
手を怪我した奴には片手で食いやすいものや肉を一口サイズに切って持って行く。熱中症になりかけている奴には塩入りのレモン水と氷を包んだタオルを、体調が悪い奴には暖かなスープと膝掛けを。誰に言われずとも自然に行動が出来るそんな少女だ。性格も良くて顔も良い。
結果、ファンクラブが出来た。
【可愛いは正義。天使よ洗礼を】と、訳のわからん合言葉と共に着々と人数を増やしている。
鼻の下を伸ばしストーカー行為ギリギリで買い物に出るお嬢の後ろを付いて行く奴らを見ると思わずぶん殴りたくなるが、お嬢の身の安全にも繋がるので黙認している。
無論万が一にも問題を起こした日には叩き潰すのは会長も了承済みだ。
こいつら、お嬢が料理をぶち撒けても良い笑顔。寧ろ奴らには洗礼であり、ご褒美ありがとうございますっ!なんだとか。周囲も羨ましそうな顔すんな!こいつらキメェ。
昼間っから呑んだくれ喧嘩ばかりしていた奴等がこの店では一切問題を起こさない。…ああ?真面目に見えるかって?お前らが七三分けしても似合わねえよ!…っておい、マジで泣くな!ああ似合う似合う。
たまに新参者が店で騒ぎを起こしそうになるが、お嬢の視界に入る事なくタコ殴りにされ店の外に放り出される。Aランクの俺が絶句する程の連携プレーだ。
こいつら能力の無駄遣いだな。
お嬢は元々体が弱いのか支給の仕事でよく気絶する。
おまけに体力も無い。おかげで暫くすると店の隅でゼーゼーと疲労を滲ませている始末だ。
疲れているならまだしも皿洗いの途中、掃除の途中、何度気絶したか数え切れない程だ。
保護者の責任でいつも通り抱きかかえたんだが…意識がある時に抱えるのは初めてだったか?
顔を真っ赤にしてパニックになっている姿に少し愉快になる。少しは俺を意識している証だからな。
……意識?……俺は一体何考えてんだ。
そう、あれだ。妹を心配する兄の心境だ。決して疚しい気持ちじゃない。
昨日具合いを悪くしたお嬢の見舞いにフルワールのマカロンを購入する事にする。
以前お嬢が店で、ここのマカロンがいかに美味いかを力説していたのを思い出したからだが…こ、この女性の列に並ぶのか?なかなか勇気がいるな。正直単身ワイバーンに挑んだ方がまだマシかも知れない。
待つ間も頭の軽い女にナンパされ(並んでいるのが分かんねぇのか)列に並んでいる女性にはチラチラ見られ(俺が食べるんじゃねえよ。つーか、男が甘いもん食ったら可笑しいのかよ)一時間も並び、やっと買えた俺を待っていたのはリザの仁王立ちの姿だった。
「あんたもマカロンかい!?全くどいつもこいつもバカのひとつ覚えみたいに、マカロンマカロンマカロンと!町中でマカロンの大安売りでもあったのかい!?
誰か一人ぐらい花束でも持ってくる気の利いた男もいないなんてっ。だからアンタ達はモテないんだよっ!」
店中の男共が呻き、胸を押さえ涙を流した。
つーかお前らも買ったのか。
俺も心が折れそうだ。
「リ、リズさん、わたしマカロン大好きですから嬉しいですよ!
ラウドさんも皆さんもお菓子、ありがとうございますです。大事に食べますね」
慌てたお嬢が仲裁に入り菓子の箱を受け取り、中身を見てほわんと幸せそうな笑顔になる。
娼婦の艶を含んだ笑みとも、町娘の媚を含んだ笑みとも違う優しい微笑み。
思わず片手で口を覆った。顔が赤くなるのが自分でも分かる。
くそっ、なんだ一体?
俺は馬鹿か?なに十以上年下に振り回されてやがる。情けねぇ。
内心の動揺を抑えお嬢に笑いかけ席に着く。大丈夫だ、いつも通りだ。
俺はお嬢の保護者なんだ。だからこんな感情は要らないんだよ。
また一人マカロンを持って来やがった。
…こいつらと同類にされるのは流石に凹むぞ。
……そう思っていたんだがなぁ。
ミランダが絡めていた腕を見たお嬢の悲しそうな瞳がまだ焼きついている。
それを振り払うように前髪を掻き分けるが、それで片付く訳もなく胸の澱は溜まる一方だ。
お嬢と俺は別に付き合っている訳でも無い。
俺が罪悪感やらなんやらを持つのは可笑しいのだが、整理しきれない感情を持て余している。
ミランダに散々ネタにされ、精神的に疲労していた俺の背後から切り裂くような、悲鳴。
俺は瞬時に意識を切り替える。笑い転げていたミランダも左手がいつでも対応出来るよう、腰のレイピアに添えられている。
そして思い出す。
混乱と悲鳴は侵略の開始合図
二人はどっちに行った?
ーーギルドだ。
ーー今まさに悲鳴と怒号が飛び交っている方角だ。
ゾクリと背筋が凍りつく。
頭が理解する前に身体が動き出した。
「お嬢!トム!」
背後から何かを言っているミランダを残し、俺は人ごみを掻き分け元来た道を走り始める。
くそッ!無事でいてくれよ。