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異世界に迷い込んだ俺と彼女の冒険譚  作者: 沢村茜
第一章 魔法のある世界
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新しい町へ

 彼女は祭壇の前で、両手を縛った状態で座っている。頭に布が巻かれているので目隠しでもされているのだろうか。そのわきに三人の男の姿がある。


 出口から小野のいる神殿まで、通路があるだけで俺の姿を隠すものは何もない。だが、できるだけ気付かれるのを避けたかったため、足音を忍ばせ、その細い道を渡ることにした。半分ほど渡った時、男の一人が不意に振り返り、声を出す。


「くそっ」


 俺は舌うちをすると、その細い道を一気に渡ろうとした。だが、もう少しで祭壇に到着するというときに男に阻まれたのだ。その男は俺に炎をぶつけようとした男だ。


 モンスターのように一定数ダメージを負わせれば魔が抜けるという設定なら話は簡単だ。攻撃してしまえばいい。だが、彼らの目が赤く光ることはない。彼らの行動は常軌を逸しているが紛れもなく人間だ。


 戸惑う俺とは逆に、男は背後から何かを取り出す。ハンマーのように先端に金属がついているのだ。

 それで男は俺に殴り掛かってきた。

 俺は後方によけるが、男はそのまま地面を叩きつけた。土づくりの橋が揺らめき、石の破片がはらはらと橋の上から舞い降りる。下は石造りの平地になっているようだが、ここから落ちるとただではすまないだろう。俺はバランスを崩し、その場に座り込んだのだ。


 男は目を血走らせ、俺に歩み寄ってくる。

 このまま後方に逃げることはできなくもない。だが、そうしたら小野がどうなるかは分からない。


 彼らの目的は悪い魔法使いを倒すこと。要はそれを他の誰かが成し遂げるのなら、こんな無意味なことをやめてくれるかもしれない。ゲームの世界に入ったといっても本当にこれがゲームの世界なのかも分からないし、小野の弟がここにいるとは限らない。小野の弟がいるなら、この世界で悪とされている魔法使いを倒すより、小野の弟を探したいという気持ちはある。ただ、そうしようと思うのはぶっちゃけ小野のためだ。だが、肝心の小野がここで殺されたらもとも子もない。死ねば元の世界に戻れるなら、別だが、そんな確証もない。


 そのためにこうした行動に出る彼らを抑える方法は一つだけだろう。


「お前たちの目的はエメリヒを殺すことだよな。そのために生贄をささげようとしているんだろう? そんなことをしてもあいつは死なないよ」


 男は顔をゆがませた。


「俺がエメリヒを倒す。だから、小野には手を出すな」


 だが、勇気を込めた叫び声を目の前の男は一蹴した。


「お前ごときにエメリヒを倒せるはずがない。今度こそ、うまくいくんだ。彼女は予言の書に書かれていた娘と似ているのだから」

「予言の書?」

「お前には関係ない」


 俺は男の目を見て、ぞっと血の気が引くのが分かった。狂気。彼らにあるのはそれだ。

 エメリヒに対する恐怖なのか、別の感情があるのかは分からない。だが、彼らはまともでない。

 動物たちが魔力に操られていたのとは違い、自らの意志で彼らはこうした行動を起こしているのだ。


 男はハンマーで俺に殴り掛かってきた。

 俺は後方に退き、ハンマーを避けた。

 また男は俺との距離を詰めてくる。


 らちが明かない。

 人を殺すわけにはいかないし、俺も人殺しにはなりたくない。

 だが、男の背後に目隠しをされた小野が見える。

 大ぶりの男を橋の下に突き落とせば、俺も小野も助かる。

 だが、人を殺すことに躊躇がないわけがない。


 俺の手がおのずと震えるのが分かった。


「池上君? わたしはいいから、逃げて」


 頼りない声で彼女はそう叫んだ。そう言った彼女の体を男が押さえつける。

 話し合いが通じるならば、もっと早い段階で通じているだろう。

 自分が人殺しになるより、小野がここで死ぬ方がもっと嫌だ。きっと小野が死ねば、俺は一生後悔するだろう。彼らを殺してでも止めなかったことを。後々後悔するなら、今ここで行動を起こしたほうがいいに決まっている。


 覚悟を決め、深呼吸をする。そして、さっき洞窟内で使った氷魔法を目の前の巨体目がけて放った。

 男の体が一瞬で凍りつき、身動きがとれなくなる。

 やってしまったのかもしれない。だが、後悔はしていない。


「お前、人を殺したのか?」


 祭壇にいる二人の男が顔を引きつらせ、俺を見ている。

 小野をそんな目に遭わせておいてよく言うよ。


「お前たちはそうじゃないのかよ。小野を生贄にしようとしているんだろう」


 俺は氷ついた男の脇を通り、逆走した道を歩いて戻っていく。炎の男が小野の躰を強引に起こし、彼女の首筋にナイフを当てる。


「これは神様に捧げる神聖な儀式だ。人殺しとは違う」

「それって結局お前たちも人殺しになるってことじゃないのか? だいたい少女を生贄にしたら魔法使いが死ぬってどういう理論だよ」

「理論なんて知らねえよ。ただ、今の世界を変えられる可能性があるなら、その方法を試したいと思うのは当然だろう。それに予言の書にだって書いてある」

「そのために小野を殺すのか? そもそも予言の書ってなんだよ」


「仕方ないだろう。多くの命がかかっているんだ」

「なぜ、自分達で直接エメリヒに戦いを挑めばいい。それこそ世界を変える簡単な方法じゃないか」

「むざむざやられにいってどうするんだよ」

「だから自分より弱い人間を殺して、自分は精一杯やっているって言い訳をしているのか」


 その言葉に男が俺を睨む。


「お前ごときにエメリヒをたおせるわけがない」

「でも、倒そうとしないお前たちより倒せる確率は高いよ。それが一パーセントに満たないとしてもな。俺にとってはお前たち十人や百人の命より小野のほうが大事だ。小野を殺したら、この場でお前たちも殺す」


 俺は呪文を唱えると、大きな氷の塊を出現させ、彼らを睨む。

 男たちは後退すると、俺を見据えた。


 はったりではない。もう殺してしまったのだから、今更臆する気はない。


「さっき言ったことは本当なのか? エメリヒを倒すと」


 俺は眉根を寄せた。


「そうしないといけないならそうするよ。だが、ここでお前たちが小野を殺すなら、俺はこれから先どんなに人が死のうとエメリヒを倒そうとは思わない」


 男が小野にかけていたナイフを離す。


「行けよ。早くエメリヒを倒してくれ」


 その時、何かが壊れる音が響いた。

 あの大男を覆っていた氷魔法が解けたのだ。

 男たちは顔を見合わせ、その大男に駆け寄る。俺は小野に駆け寄ると、彼女の目隠しを解いた。小野が俺を見て、何度も瞬きする。


「大丈夫か?」

「大丈夫。何かごめんね」

「小野のせいじゃないよ。そもそも小野を生贄にしようとした奴らが悪いんだしさ。まずは外に出よう」

「生きてる。まずはこっちに運ぼう」


 男を祭壇に運ぶのを待ち、小野の手を引き歩こうとしたが、彼女の足がおぼつかない。

 あの石の道で倒れたらどうしょうもない。

 仕方ないな。


「じっとしていて」


 俺は小野を横抱きにした。


「池上君?」

「あの石の道は危ないから、身動きしないでくれると助かる」


 小野は「分かった」というと大人しくなった。

 俺はさっきの石づくりの道を歩く。


「重くない? 自分で歩けるよ」

「これくらい大丈夫だよ」


 心なしか小野の顔が赤くなっている気がしたが、今の状況が気恥ずかしかったのだろう。

 これ以上彼女に無理をさせたくはなかった。

 見知らぬ男三人に拉致されて、こんなところに連れてこられたなんて誰だって怖いに違いない。

 その道を渡り切り、そして階段を上がる。小野は辺りを不思議そうに見つめている。

 そして、階段を上りきると、そこで小野に許可を得て、彼女を下した。扉に触れると、鈍い音を立て、扉が開く。


「こういうからくりになっているんだね」


 小野は感心したように壁を見つめている。

 あとはここの入口に戻り、そこから町の外に出るだけだ。

 小野の顔色がかなり悪い。

 あの村に戻るまいとは思ったが、小野を少しは休ませようと決めた。


 俺たちは洞窟の入り口まで戻ると、来た道を戻ろうとした。

 そんな俺を寄ってきたブルーノが制する。


「一番近い出口から出て、ユルゲンのほうに行きましょう。この期に及んで待ち伏せをしているとは思いませんが、念のために」

「でも、小野を少しは休ませないと」


 確かに彼の言葉には一理ある。小野を誘拐したのは三人だが、実際は多くの賛同者がいるのだ。だが、小野がこんな状況で旅ができるわけがない。


「わたしは大丈夫だよ」


 小野は疲れをにじませた笑みを浮かべる。

 これ以上顔を合わせないことが物事をスマートに終わらせる方法なのかもしれない。

 最悪、小野がきつそうだったら、彼女をおぶってでもユルゲンに行こう。


 俺たちは光の差し込む場所を探す。そして、その蓋の下に来ると、ブルーノが呪文を詠唱して蓋をあけてくれた。その蓋のそばに置いてあるはしごをよじ登り、外に出たのだ。辺りはもう夜が明けるどころか、淡い光が辺りを包み込んでいたのだ。モンスターを討伐して、一日近くが経過したのだろう。


「ユルゲンに行こうか」


 振り返るとまだあの塔が視界に映る。ユルゲンまではまだかなりの距離がある。だが、そのうちつくだろうと言い聞かせると、俺たちは地図を頼りにユルゲンに向かって歩き出した。



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