神殿に通じる道
塔の近くに来たころには、すでに夜が明けかけていた。あれから五度ほどモンスターに遭遇したが、難なく倒すことができた。
俺は太陽の光で照らされ始めていた塔を仰ぎ見る。
塔の周囲は森が生い茂りその外側には木製の柵が敷かれている。柵の高さは三メートルほど。
運動はそこそこできるほうだと思うが、正直飛び越えるには高すぎる。
「ここからどうするんだよ。飛び越えて中に入るとか?」
「彼らが塔の入口を見張っている可能性も十二分にあるし、あからさまに戻れば問題になる可能性があるので控えましょう。それより、他の道を探すほうがいいと思います」
「他の道ってどこに?」
「さすがにこの塔からあの洞窟までは距離がかなりありますよね。だから、何か所か外と繋がる道があるのではないかと思います。何かトラブルが起こった時の脱出口のようなものです。そこから洞窟の中に侵入しましょう」
「成程」
確かに言われてみればそうだ。その通路が人の手により作られたとしたら尚更だ。
俺は廃れた人気のない地下街のようなものをイメージしていた。たとえば大雨が降って何時間も抜け出せないような構造になっていたら危ないから、脱出口がある。彼はそういいたいのだろう。問題はあの場所に行くよりも時間がかからなければ良いのだが。
俺たちは地図を確認しながら、洞窟への直線距離を進んでいく。
辺りに何かないか神経を尖らせながら。
俺の少し前を進んでいたブルーノが茂みのところで動きを止める。
「ここからわずかに風の流れがします」
彼に促され、土を手で払う。すると金属製の蓋が現れた。そこにはブルーノが言ったように人が通れる程の大きさの蓋だ。
「お前、すごいな」
「わたしですから」
その返しの意味は良く分からないが、とりあえず金属の蓋に手をかけ、もちあげた。何度かの試みで、やっと金属蓋があき、中には空洞の世界が広がっている。出入りするには、出入り口にかけられている梯子を活用するようだ。穴の先が見えないことと、その梯子自体が目に見えて古かったため、折れたらどうしようかという別の不安が脳裏を過ぎるが、小野のことを考えるとそういうことで臆している場合ではないだろう。
俺はその梯子に足をかけ、踏み外さないようにして降りていく。だが、頭がすっぽりとはまってから、思わず天を仰いだ。空には星が無数に瞬いている。
俺は手を伸ばすが、力が足りずに閉められない。
「このままだと俺がここから入り込んだのがばれるよな」
後から入ってきたブルーノが俺の顔の近くで動きを止める。
「あなたがわたしをブルーノ様というなら、閉めてあげましょう」
「お前には無理だろう。たかだか蝙蝠だし。その手でどうやってしめるんだよ」
「失礼な」
彼は何か呪文を唱える。すると、目の前の蓋がすっぽりと閉まる。
魔法って何でもできるんだな。今の俺だと凍らせることしかできないようだが。
まあ、結果よければすべてよしってね。
俺はブルーノに対して満面の笑みを浮かべる。
「サンキュー」
「しまった。まあ、今回だけですよ」
彼は偉そうなところはあるが、実は結構いい奴なのかもしれない。
こうして小野探しにもついてきてくれているし、力も貸してくれているような気がする。
時折足を止め、洞窟内に他の足音が響かないか確認するが、俺の耳には届かなかった。
暗い道だが、随所から明るい光が差し込んできていた。その灯りを頼りに奥へと進む。
こうした閉鎖空間ではあるが、風通しが良く作られているのか、時折心地よい風が頬を撫でていく。
だが、その道も終わりを告げる。
石の壁が目の前に現れたのだ。
「どこかにスイッチがあるはずなので探してみてください」
俺はわずかな灯りを頼りに視線を走らせる。そして、その突き当りの右隅の足元に小さなでっぱりがあるのに気付いた。そこにあるレバーを引くと、石の扉が辺りの大地を震わせながらゆっくりと開く。こんなに大きな音だと、小野を誘拐した奴らに気付かれてしまうのではないかと不安になるほどだ。
だが、もう後戻りはできない。洞窟内に入ると、俺は洞窟側のレバーを探す。そして、その扉を開けたのと逆側にレバーを発見し、それを引いた。今度はゆっくりと扉が閉まり出す。
あとはこの洞窟にある神殿を探すだけだ。
今日中であれば小野は無事なはずだ。
前方を確認すると、そこは三本道に分かれていた。
どうするべきだろうか。
一番細い道に入ってみるが、何も音は聞こえない。
その道を引き換えし、中くらいの道に入ってみる。
だが、何も見えないし、聞こえない。
再び分かれ道に戻ると、あごに手を当てた。
「どうですか? 決まりましたか?」
ブルーノの問いかけに俺は首を横に振る。
行き止まりならいいが、罠があったりすると厄介だ。
何か人が入ったという形跡があればいいが、それらしいものは何もない。
「どこがいいと思う?」
「わたしには決めかねますね」
自分で選ばないといけないということだろう。
もっとしっかり見ようと視線を走らせたとき、中くらいの道に曲がった草が映る。草自体は青々としてかれた様子はない。細い道、一番大きな道を見比べるが、他にはそれらしい形跡はない。
俺は覚悟を決める。
「この道を進むよ」
そう宣言をすると、真ん中の道に入ってみる。
辺りに注意を促しながら奥へと進むが、俺の目の前には行き止まりが映る。
間違った道を歩んだのだろうか。それともゲームなどであるように隠し扉や落とし穴のようなものに落ちると目的地にたどり着けるのだろうか。
様々な可能性が頭を過ぎるが、その答えがすぐには分からない。
俺は自分の見た草を信じ、行き止まりの壁を叩いてみることにした。
だが、反応がない。
もう一度、より強い力で叩く。
今度は強すぎたのか、手がじんじんと痛む。
「何やっているんですか? 頭でもおかしくなっちゃいました?」
丁寧な言葉なのに、言葉が悪いと感じさせるのは相当のことだと思う。
「隠し通路があるんじゃないかと思ったんだよ」
「なぜ?」
「理由を聞かれても分からないが」
ゲームの中ではそうやって打開することが多いからといえば、何をばかげたことをと思われるか、そもそも俺の話自体理解してもらえないだろう。ゲームという言葉が通じるか自体が微妙だ。
どんなものでもいい。ヒントを探そうとしたとき、わずかに色の違う土が落ちているのに気付いた。
若干明るい土だ。
なぜ色が違うのだろうか。その色は壁の色によく似ている気がする。
そして、俺はその土が散らばっている場所まで行くと深呼吸した。そして、その壁を右手で押す。
地鳴りが辺りに響いた後、その壁の奥に別の道が現れた。その先はどうやら階段になっているようだ。
「こんなものをいつの間に」
ブルーノは驚きを露わに、出現した道を凝視している。
「行こうか。ここにいるのかは分からないが」
俺とブルーノはその中に入り、階段を降りる。ちょうど三段ほど下がった時、階段で妙な感触がある。その感触の理由を確かめる前に、俺の入ってきた扉が音を立ててしまった。それに驚く俺とは逆にブルーノは涼しい顔をしている。
「要は仕掛け扉ですよ。入り口付近にも似たようなものがあるので、驚くべきことではありません」
「お前、蝙蝠なのに物知りだよな。というか、入り口の隠し扉にどうやって気づいたんだ?」
「わたしが博識だからですよ。それに蝙蝠だから無知とは誰が決めたんですか?」
そう当たり前だと言わんばかりの切り返しをされ、確かにそうだとうなずいてしまっていた。
階段を降りると、鉄製の扉がある。今度はご丁寧にノブがついているので、俺は深呼吸するとドアノブを回す。
鍵がかかっていなかった。俺の視界にはその先には細長い道が広がる。道と行っても先程までのように四方を壁で囲まれているのではない。その逆で細い道の脇には何も体を守ってくれそうなものはないのだ。
だが、俺はその先にいる白い布を被せられた一人の少女に釘付けになる。それは紛れもなく小野だったのだ。