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異世界に迷い込んだ俺と彼女の冒険譚  作者: 沢村茜
第一章 魔法のある世界
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言葉を話す蝙蝠

「よかったのかな」


 あっという間の出来事で、俺たちはその犬を止めることもできなかった。

 その時、俺の出した氷が解け、青い球のようなものが二つ残る。それが俺の足首に飛び込んだ。小野も小さな悲鳴をあげた。他にも金貨のようなものが三つ転がっていた。


「何?」

「青い球はあなたが魔物の魔法を解いたご褒美と言いますか、経験値です。そうやって魔物と呼ばれるようになった生物を開放していくことで、レベルが上がり、あなたはもっと強くなります。金貨はこの世界で使われているお金で、アイテムなどを購入できます」


 そういったのは小野でも俺でもない。

 別の、よく通る子供のような澄んだ声。


「わたしですよ」


 さっきの蝙蝠がいつの間にか俺の目の前に現れ、二歩程離れたところで動きを止めると、羽をばたつかせ饒舌に語っていたのだ。


「わたしはブルーノと申します。わたしを助けて下ってありがとうございました」

「ブルーノ? というより言葉が」


 俺の言葉に、彼は首を縦に振る。


「この世界の動物は言葉を話せるものも少なからずいますよ。名前があることは別に驚くべきことではないと思います」


 その上、かなり言葉遣いが丁寧だ。蝙蝠っぽいといっても本当に蝙蝠なのかから疑問だが。

 俺も小野も予想外の展開にその蝙蝠をじっと見つめる。


「助けるってさっきの動物に追われていたの?」


 小野の問いかけに、彼は首をわずかに動かした。


「そうです。村人の飼っていた犬が魔に取りつかれ、わたしに襲い掛かってきたんです。ただ、魔法によりあやつられたものは、あなたがしてくれたように体にダメージを受けると、あのようにして解放されるのです」


 話の流れはだいたい理解出来た。どうやら動物が魔法によりあやつられ、魔物として人間からは見なされている。ということはあの犬は無事に飼い主のもとに戻ったんだろうか。


「この奥にいるらしい魔物も、操られているの?」


 小野の問いかけに、ブルーノは頷いた。


「もともとは優しいスライムだったのですが、急に狂暴化して人間を食べるようになりました」

「だいたい誰がそんなことを」

「動物達をあやつっているのはエメリヒという魔法使いです。彼を倒すまではわたし達は何度でもこうして魔物に変わる可能性を秘めています。もちろん、あなたたち人間も魔に取りつかれれば魔物、魔人といったほうがいいのでしょうか。それになってしまいます」


 あの動物の様子を思い出し、ぞっとする。

 凶暴化するなんてもってのほかだ。


「なら、そのエメリヒを倒しに行けばいいのか?」

「今のあなたでは勝ち目がありません。きっとあっという間に殺されてしまうでしょう。こうしてコツコツと魔法に操られた動物を開放していけば、いずれ倒せるのではないでしょうか」


 俺が小野を見ると、彼女は頷きながらもしっくりこないという表情を浮かべている。


「とりあえず、そのスライムのところまで行こうと思うけどいい?」


 俺の問いかけに、彼女はふっと我に返ったような表情を浮かべると、なんども頷いていた。


「ブルーノはスライムの居所を知っている? 俺たちはそのスライムを退治しにきたんだ。村長の依頼を受けてさ。良ければ近くまで案内してくれないか?」


 その蝙蝠は高く舞う。


「分かりましたが、わたしは戦いませんのであしからず」

「分かっているよ」

「ではついてきてください」

「ちょっと待って」


 歩き出そうとした俺と蝙蝠を小野が呼び止めた。

 小野は俺の腕をつかむ。

 突然のことに胸を高鳴らせていると、彼女がニコリと笑う。


「怪我、治さないとね」


 小野は俺の腕に手を当てると、呪文の詠唱を始めた。

 みるみるうちに傷が塞がっていく。痛みもすぐに感じなくなったのだ。


「ありがとう。助かった」

「うんん。でも、狂犬病とか大丈夫なのかな。怪我を治せても」

「大丈夫だと思うよ」


 正直そこまで考えたくはない。そのときはそのときだと思う。


 俺たちは奥へと進むことにした。

 その太い道を抜けると、小さな道が五本に別れている。そして、最も右手の道を選ぶ。そこは細く、人ひとりがやっと通れる程の道だ。


「大丈夫だよね。蝙蝠さんがわたし達を騙していたりとかしないかな」


 そんな声で言えば、前を行く蝙蝠に聞こえてしまうのではないかと思うが、彼は気にした様子もなく、前へと進む。


「大丈夫だと思うし、その時はその時だよ」


 この迷路のような洞窟であれば間違いなく迷っていただろう。奥地に連れて行かれて騙されるなら、それはそれだと割り切ったほうがいい気がした。それに俺はその蝙蝠にどこかであった気がしたのだ。どこでと言われても困るが。


 細い道の先に光が開ける。俺が外に出ると、そこには湖がある。


「では、わたしは洞窟の中に隠れています」


 そう言うと蝙蝠は小野が出てくるのを待ち、通って来た道に身をひそめた。

 大きな湖の傍には人の通れる通用口が三つほどある。その一つは人の通りやすそうな道だが、これは村側からは通じていないのだろうか。


 俺が道について尋ねる前に、静かだった水面にしぶきが起こる。その波の間から大きな生物が顔を覗かせた。


「お前は誰だ?」


 その生物は底光りする赤い目で俺を見据えた。あの犬と同じ目だ。


「お前を退治しに来た」

「そうか。なら、こっちも本気で行かせてもらう」


 その生物は巨大な手を伸ばし、地面を叩いた。大地が揺れ、天井から土の破片が落ちてきて、俺の顔にぶつかった。


「池上君」


 小野が飛び出して来ようとするのを制した。

 俺はともかく、彼女を危険な目に遭わせたくなかったのだ。


「小野はどこかに隠れていろ」

「大丈夫。わたしも戦うよ」


 彼女はそう前を見据えるが、その生物に一瞥されると、体をすぼめ怯えた表情を浮かべていた。

 無理もないとは思う。こんなのを見て、好戦的に戦いだしても逆に怖い気がする。

 とりあえず決着をつけないといけない。

 俺は呪文を唱え、さっきの犬と同じようにその体を氷で固めようとした。あっという間に粘性のある体が氷つく。


「倒したの?」


 だが、あの犬を倒した時のような眩い光は現れない。代わりにその生物を覆った氷の塊に亀裂が入る。そして、氷の破片が周囲に飛び散った。そして、あの生物が先程と変わらない様子で姿を現したのだ。


「少し下がって。わたしが倒してみる」

「でも、危ない」

「大丈夫」


 彼女は何か呪文のようなものを唱え始める。その巨大な生物の腹部に切れ目が入り、うめき声を上げる。

 風の魔法だろうか。全く目に見えなかった。

 だが、その生物の手が小野目がけて振り下ろされるが、小野は魔法を使った疲労感からか全く対応できていない。


 俺は思わず反射的に彼女の腕をつかみ、後方によける。

 俺と小野の数歩手前でその手が地面に直撃した。

 どうやら難は逃れたようだ。


 あの犬を追い払ったときとは何が違うのだろう。


「水の生物に氷魔法なんて効くどころか体力を回復させてしまいますよ。風魔法はそもそもこいつにはききません。強い炎の力で蒸発させるか、雷を打ち込むかの二択ですね」


 蝙蝠が俺の傍に来ると、そう囁いた。


「雷?」


 あの蝙蝠がいわばから姿をわずかに表し、そう告げる。


「あとはそうですね。この洞窟自体を潰してしまえばいいかもしれません。それだったらあなたの風魔法でも可能でしょう」


 何かとんでもないことを言いだしたが、最後の選択肢はとりあえず却下だ。村長から頼まれたのは、通り道の邪魔になっている魔物の討伐だ。


 そもそも氷の魔法を使えるようになったのも奇妙な声が聞こえたためで、どうやって使えるようになったのかもよくわからない。きっと小野も同じような感じだったのだろう。


「雷や火の魔法なんて使えないと思う」


 小野の言葉に俺も頷いた。

 気配を感じ、俺は小野の手を引き、岩陰に隠れる。俺たちのいた場所をスライムの巨大な手がたたきつけたのだ。


「このままじゃ、どうしょうもない」


 自らの浅はかさを恥じたとき、一緒に避難してきていたブルーノが俺の額に羽を当てる。


「まだ水魔法の初期の初期しか使えないんですか。こいつを倒せる魔法を一時的にあなたにお貸ししたら、何をくれますか?」

「何って。そもそも魔法って貸せるものなのか?」


 そう答えた時、小野が俺の手を引く。さっき、俺の立っていた場所をあの生物が叩きつけたのだ。

 危ない。あと数秒遅れていたら、あの手の餌食になるところだった。


「悪いな」


 小野は俺の言葉に頷いた。


「わたしくらいの腕があれば可能です」


 蝙蝠に言われるとものすごく微妙な気分だが、そういうならそうなんだろうとしか思えない。

 日本の常識なんて通用しないどころか、蝙蝠が高名な生物なのかもしれないのだから。


「あなたが村長からもらう報酬の半分でいいですよ」

「それくらいなら、いいか?」


 念のため小野に聞くと、彼女は頷いた。



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