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フラッシュバック 1

 世界が、終わったのかと思った。


 躰がうまく動かない。

 何が起きたのだろう。

 僕は――どうなったのだろう。

 数瞬前のことが、うまく思い出せない。助手席に腰掛けて外の風景を眺めていた筈なのに……耳をつんざく摩擦音があったかと思うと、瞬く間に視界が回転、暗転し、貫くような激痛が全身を襲い――それから、どうなった?

 意識を総動員して身を起こそうとするのだけど、腰に、腕に、背中に鋭痛が走り、断念する。首を動かすと、さっきまで自分が乗っていた車が、路肩で横転し、もうもうと黒い煙を上げて炎上している。

 何だ。 

 何だこれは。

 冷たいアスファルトに頬を押し寄せ、愕然とする。……どうやら、派手な事故を起こしたらしい。真正面に位置するフロントガラスが、大破している。僕はあそこから放り出されたのか……。よくよく見ると、躰のあちこちに大小無数の破片が突き刺さっている。脇腹から、腿から、どくどくと血が溢れ出し、どす黒い血溜まりができる。


 僕は、死ぬのだろうか。


 こんなところで。

 こんなことで。

 理不尽すぎて、涙も出ない。


 ――と、重大なことに思い当たり、僕は今度こそ戦慄した。


「オ……オカア、サン……」


 その名を呼ぶ。

 さっきまで車を運転してた、お母さんはどうした? どこに行った? 僕と同じように、どこかに飛ばされているのか? だったら、早く救急車を呼ばないと。公衆電話を探して、助けを呼ばないと。

 早くしないと――死んでしまう。

 焦って起き上がろうとするものの、全身を駆け抜ける痛みが邪魔をする。バランスを崩した僕は、自分でこしらえた血溜まりに鼻先を突っ込み――必死の思いで、躰をひねる。

 ――何をやってるんだ、僕は……。

 この期に及んで、こんな状況に陥って、それでも尚――母親の心配を、するなんて。

 馬鹿げている。

 全く、馬鹿げている。


 僕は今まで、母親に支配されて生きてきた。一番になれ、恥を晒すな、立派な人間になれ――そう言われ続けて、僕はその期待に応えたくて、愛されたくて、認められたくて、頑張り続けて。

 ――なのに、どれだけ頑張ろうと、お母さんは僕を愛してなどくれなかった。たまに機嫌のいい時だけ、優しくしてくれたけど――結局、そんなのは全部気まぐれで。

 今日だってそうだ。

 いつもの気まぐれでドライブに駆り出されて、危なっかしい運転を注意することもできず、ただただ早く終わることを祈って――その祈りは天に届かず、こんな有様になって。

 挙げ句、僕は死にかけで。

 自分は運転席で炎に包まれて。

 

 ゆっくりついた溜息が、白くなって虚空を舞う。

 何だかどうでもよくなって、空を見上げた。


 綺麗な満月が、そこに浮かんでいた。


(月 ● 了)

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