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DIARY 1993   【ある少女の日記からの抜粋】

7月8日


 わたし、うまくやれてんのかな。

 うわ、日記の1行目がこれってどうなんだろ。我ながら暗いカンジ。じゃあオマエ明るいのかよ、って言われたらちょっと言い返せないんだけど。

 高校入って、変わるって決めた。わたしはもう、中学までの町田梢じゃない。がんばって勉強して望月高校入って、バラ色、はちょっと言いすぎだけど、いっぱいともだち作って、楽しい高校生活おくるんだって、そう決めた。

 そのために、バスケ部にも入った。バスケやってれば、背が伸びるかと思って。この前、ジュンに「バスケやったって背伸びないよ。あれは元から背高い人がやるスポーツだから」って言われてものすごいショックだったけど、でも別にいいんです。正直言えば、中2の身体測定で、うすうす感づいてたし! 成長止まったって、わたしの身長ここまでだって、突き付けられたし! ははーん、てなもんですよ! だから別に今さらショックじゃないし! と言うか、人は身長じゃないし! 別に150センチでも生きてけるし!

 あれ、何の話だったっけ。あ、そうか。高校生活の話。

 わたし、うまくやれてんのかな。

 教室でも部活でも、精一杯明るくふるまってるけど。おかげで、ともだちもできたし、キャプテンの椎名センパイにも優しくしてもらってるけど。やっぱり、わたしトロいし。中学でバスケやってなかったってのもあるけど、どう考えても1年の中でわたしがぶっちぎりでへたくそだし。こんなんでいいのかな。わたし、こんなんでいいのかな。そりゃ、中学のころに比べれば、今の境遭(原文ママ)で満足すべきだろ、って気はしてるんだけど。もっと、がんばったほうがいいきがする。そうだ。そうだよ。もっと、がんばらないと。明日からは、がんばる。

 

7月9日


 ピンチです。梢さんピンチです。どうしよう。うまくやってくって、がんばるって、昨日決めたばっかなのに。なんか、めんどうなことに巻きこまれてしまいました。

 ジュンが、峰岸センパイのことを好きらしい。ジュンは入学して最初に出来たともだちだし、いい子だし、わたしにできるかぎりのことはしたいって思ってるけど。けど。わたしがバスケ部だからって、キューピット役とか、わたしには荷が重いっす。峰岸センパイなんて、わたし話したこともないし。どうしろって言うんだよお。

 そりゃ、ジュンの気持ちも分かるよ。峰岸センパイ、カッコイイもんね。頭もいいし、優しそうだし、いつもニコニコしてるし。でも、あの人はみんなのヒーローだからなあ。倍率高すぎっしょ。男子ならほかにもいっぱいいる、って言っても、たいしたやつがいるわけじゃないけど。

 うわ。なんかわたし、ものすごく偉そうかな。そんな、わたしごときが、こんなちんちくりんが、人を選べる立場じゃないのに。

 でも、彼氏かあ。いいな。恋愛なんてわたしには無縁だと思ってたけど、もし彼氏なんかできたら、楽しくなるんだろな。

 好きな人もいないくせに、よく言うよ。


7月10日


 がんばりました。梢、がんばりました。ちょっとした勇気、出してみました。3年の教室ってものすごい緊張するなー。知ってる人がすぐ見つかってよかった。青山センパイ。男子バスケ部のマネージャーの人。何かいつもにぎやかで、テキパキ仕事してて、すごいなって思う。あの人いつも長そでだけど、熱く(原文ママ)ないのかな。聞いたら、長そで好きなんだって。好きならしょうがない。

 峰岸センパイは青山センパイが呼び出してくれた。そばで見る峰岸センパイは、背が高くてカッコよくて、なんか別世界の住人って感じ。ジュンのこと話したら笑顔で「いいよ」って言ってくれた。放課後、図書室で勉強教えてくれるって。いい人だ。とりあえず、わたしの仕事はこれで終了。あとはジュンのがんばりしだい。

 ともだちの役に立てたのはうれしいけど、わたしは、これでいいのかな。人の恋愛オウエンして、わたしは、わたし自身のことはどうなんだろう。わたしだって、彼氏ほしいよ。わたしだって恋したい。だけど、恋愛するために好きな人つくるってのも、ちがう気がするし。それって相手にも失礼だし、なんか、ほんとの恋じゃない気がする。だけど、だけど、だけど。

 わたしは、どうしたいんだろう。

 自分で自分のことがよくわからない。


7月11日


 学校の帰りにネコを見つけた。王子駅の近くで、わたしが呼んだらよってきた。かわいい。首輪してないから、ノラかな。昼に残したパンあげたら、よろこんで食べてくれた。かわいいな。飼いたいな。だけどうちの親、動物きらいだし、無理かもしれない。わたしは好きなのに。頼んでも、ダメかな。ダメだろうな。お父さんこわいし。だったら、帰りにごはんあげるだけでもいいかな。犬は家について、ネコは人につく、って聞いたことがある。ごはんあげるだけなら、だれかに断る必要なんてないもんね。

 名前はどうしよう。かってにつけちゃっていいかな。いいよね。ノラだし。でも、「タマ」とか「シロ」とか、ふつうの名前じゃつまんないな。どうしよう。王子駅の近くにいたから、「王子」がいいかな。あ、カッコイイ。うん、「王子」にしよう。決定です。あの子は今から「王子」。あ、男の子だったっけ。もし女の子だったら、「王子」は変かな。まあいいや。どっちでもいいよね。

 学校生活に楽しみがふえた。今度は写るんですで写真とろうかな。明日もいるといいな。



7月13日


 やっぱりダメだ。バスケ部に入ったのは失敗だったんだ。なんでだろう。なんでわたしは、うまくやれないんだろう。これでも一生けん命やってるのに。やってる、つもりなのに。やっぱり、どんなにがんばってもダメなのはダメなのかな。努力したって、元々才能ある人とか、元々要両(原文ママ)のいい人には勝てないのかな。

 今日、センパイに怒られた。わたしがトロトロしてるから、ボールぶつかっちゃって。痛かったけど、それより、センパイに言われたことの方がショックだった。わたしがトロトロしてるから、わたしがちっちゃいから。昔からそうだった。わたしは人をイラつかせる才能があるらしい。そんな才能、いらないのに。

 高校ではうまくやってくつもりだった。今日までは、うまくやれてると思ってた。クラスではうまくやってる。友達もできた。部活でも、がんばってるつもりだった。椎名センパイや青山センパイみたいな、優しい人もいっぱいいる。だけど、それも終わりかもしれない。東条センパイがこわい。何しても怒られる。ボールぶつかった後も、わたしがうまく仕事できないせいで、いっぱい怒られた。わたしは、ダメなんだ。わたしみたいな女が、バスケ部なんて入っちゃいけなかったんだ。いつまでたってもドリブルすらできないし、仕事は遅いし、なんの役にも立たないし。

 わたしは、どうしたらいいんだろう。


7月14日


 ダメだ。ダメだ。ダメなんだ。わたしはダメな女なんだ。どれだけがんばったってムダなんだ。ダメな人間にはムダなんだ。高校では、変わるって決めたのに。変われるって思ったのに。やっぱりダメなんだ。人間は変われないんだ。ダメな人間は、どこまでいってもダメなままなんだ。

 今日練習に行こうと思ったら、体育館シューズがなくなってた。教室や更衣室もさがしたけど見つからない。しかたなくて下履きで体育館入ったら、やっぱり東条センパイに怒られた。靴下で練習はじめたら、すべってころんで、また怒られた。ボールぶつけられた。なんか、いろんなこと言われた。トロいとか、死ねとか。でも、男にこび売ってるって、どういう意味だろう。わたし、そんな風に見えるのかな。そんなつもりないのに。男の人なんて、クラスの男子以外は峰岸センパイとか青山センパイくらいしか、話もしたことないのに。なんでそんなこと言われるんだろう。

 こわい。こわいよ。東条センパイがこわい。高木センパイも、ほかのひとたちもこわい。思い出したくないのに、忘れるつもりだったのに、中学のときのことを思い出しちゃう。こわい。どんどん暗い気持ちになる。なみだがとまらない。

 椎名センパイだけは、今でも優しくしてくれる。それでなんとかやっていける。わたしがはだしで練習してたら、どうしたのって聞かれて、シューズをなくしたって言ったら、くつも貸してくれた。うれしい。くつはブカブカでヒモでぎゅっと結ばないといけなかったけど、うれしかった。シューズなら購買で売ってるから、明日買ってきなって、教えてくれた。椎名センパイは、わたしの味方なんだ。だけど、それが逆につらい。センパイが優しくしてくれなければ、すぐにやめてやるのに。でもそしたらセンパイを裏切る気がして、それもできない。センパイに、言った方がいいのかな。キャプテンだし、みんなに注意してくれるかもしれない。だけど、それがばれたら、もっといじめられる。わかるんだ。前もそうだった。先生とかに言っても意味ないんだ。もっとひどくなるだけなんだ。やっぱり、やめた方がいいのかも。

 あー、ダメだダメだ。どんどんひどい方に考えてる。ダメだと思うからダメなんだ。もっとがんばらなきゃダメなんだ。このくらい、中学の時にくらべれば、まだマシな方だし。もうちょとだけ、がんばる。そう、前向きに、ポジティブにならなきゃ。わたしは変わるんだ。ダメな自分は、卒業するんだ。そう、決めたんだ。


7月15日


 今日はいろんなことがあって、なんか、混乱してる。

 昨日がんばるって決めたばっかだったけど、練習行ったらどんどんひどくなってて、早くも座折(原文ママ)しそうになる。気持ちが、ずーんと重くなる。すごいひさしぶりに、顔が固まった。限界まで落ち込むと、顔が固まって重くなる。表情が動かなくなる。笑うって、どうやるんだっけ。わからなくなる。

 いろんなことをされた。いろんなことを言われた。いろんな仕事をさせられた。がんばってるのに。こんなにがんばってるのに。なんでみんな、あんなひどいこと言うんだろう。なんで椎名センパイは気がつかないの。こんなに落ち込んで、こんなに暗い顔してるのに。わたしの味方じゃなかったのかな。優しいふりして、やっぱり東条たちと同じなのかな。分かんないよ、もう。

 練習が終わったあと、一人でずっとボールみがいてた。やれって言われたから。だからせめてピカピカにして、わたしのがんばりを見てもらおうって、そう思ってがんばった。暗い器具庫で一人でがんばってたら、またどんどん暗くなって、ただでさえトロいのに体の動きが遅くなって、わかってるのにどうしようもできなくて、困った。前向きにならなきゃって頭ではわかってんのに、どうしようもできない。逃げたい、死にたいなって、一瞬だけど思っちゃった。

 そしたら、青山センパイが来て、いっしょにやってくれた。なんかいっぱい優しいこと言ってくれた。わたしはもっと自信を持った方がいいって、がんばってるねって、そう言ってくれた。すごいうれしかった。ちゃんと見てくれてる人がいるって分かって、なんか救われた気がした。青山センパイ、わたしの味方だって言ってくれた。なんか、一気に光が見えた気がした。つらいけど、たえられないけど、青山センパイや椎名センパイみたいな人がいるなら、がんばれる。これなら、がんばれるって思った。

 すごいうれしかったのに、急に泣きそうになって、困った。でもがんばったよ。学校出るまでは、がんばった。だけど駅の近くで王子にパンあげてたら、我慢できなくなって、王子の前でものすごい泣いちゃった。うれしいのに。すごいうれしいのに。救われたって、思ったのに。でも、なんか泣いたらスッキリした。そうか、もっと早く泣けばよかったんだ。泣くことも、忘れてたよ。


7月16日


 今日の練習でもいろいろされた。物を隠されたり、わざとボールぶつけられたり。体が痛いのはガマンできるけど、なんか、心にくるのは、ダメ。やっぱり沈んでくる。だけど、わたしは負けない。絶対に、負けない。決めたんだ。変わるって、決めたんだ。

 わたしは一人じゃない。青山センパイや椎名センパイって、味方がいる。二人とも違うやり方だけど、わたしを支えてくれる。だから負けない。だからがんばれる。青山センパイは、練習中は男女で分かれてるし、わたしが何かやられてても直接守ってくれるわけじゃないけど、その代わり、あとではげましてくれる。大丈夫、ガマンできるって、心配してくれる。それだけでわたしはたくさんがんばれる。

 椎名センパイはいつもと同じように優しいけど、でも東条たちのことにはまだ気がついてないみたい。東条や高木は、センパイの見てないところでコソコソ何かやってくるからいやだ。椎名センパイも青山センパイみたいに心配して気をつかってくれるけど、青山センパイとちがって、いじめのことに気がついていない。キャプテンなんだから、気がついたらこんなの終わりにできるかもしれないのに。でもやっぱり、わたしが言うのも、こわいし。青山センパイが言ってくれればいいのに、って思うけど、そこまではしてくれないみたい。

 うーん、ここまで書いて、なんかわたし、センパイたちに甘えすぎてるような気がしてきた。味方だけど、支えてくれてるけど、だからって甘えすぎるのも違うと思う。わたしはわたしでがんばらないといけないのに。だけど、わたしに何ができるだろう。力もない、バスケも下手っぴな1年生が、3年生何人も相手にして勝てるわけがない。やっぱり、椎名センパイがこのことに早く気づいてくれたらな、って思う。

 だったら、わたしから行動するべきかな。ちょっと、いい考えが生まれたかもしれない。東条たちは椎名センパイに隠れてやってるから気づかないわけで、だったら、わたしが気づかせればいい。わたしが椎名センパイの前で、誰かに何かされたってかんじにすれば、センパイも、きっと黙ってない。おー、我ながらいいアイデアだ。町田梢はかしこさが上がりましたよ。

 待ってるだけじゃ、ダメなんだ。自分から行動しなきゃ。何かされると気分が沈むから、落ちこむと何もできなくなっちゃうから、行動は早い方がいい。さっそく、明日にでもなんかやってやろう。


7月17日


 やってやりました。町田梢、一生一代(原文ママ)の大しばいです。椎名センパイが更衣室から出てくるのを待ち伏せて、トイレで水かぶってやりました! センパイにもうまいかんじに見つかって、これでやっと気づいてもらえたかもしれない。もう夏だけど、水道の水はつめたかったなあ。演技なんてわたしにはできないけど、なんか自然にふるえちゃったし。

 椎名センパイ、すごい怒ってた。あの人、怒るとあんなふうになるんだって、のんきに思ったりして。青山センパイまでいたのは予想外だったかな。センパイは、すごい心配してた。2人とも、わたしのことをすごい思ってくれてる。うまくいってうれしいんだけど、罪悪感も、ちょっとあって。わたしは2人をだました。2人に嘘ついた。別にだれかが傷ついたわけじゃないけど。誰かが損をしたわけでもないけど。嘘ついてだましたのは、事実。間違ってるのはわかってる。こんなの、しちゃいけないこと。だけどわたしにはどうしようもない。わたしには2人のセンパイしか、たよる人がいないんだもん。家族や先生に言ったって、どうにもならないことぐらい、わたしだって学習してるし。悪いのは、東条たちの方だし。

 そう言えば、変な話を聞いた。末永って人がわたしのことを好きだとか、なんとか。末永って、あの男子バスケの、頭茶色い人だよね? ああいう、いかにも遊んでるかんじの人は、苦手。っていうか、こわい。ああいう人はわたしみたいな女、相手にしないと思うんだけどな。どうしてそんなうわさが流れるんだろう。って思ってたら、もう新しい彼女ができたらしい。何それ。意味がわからない。うわさが適当なのか、あの末永って人が適当なのか。別にどっちでもいい。今のわたしは、恋愛どころじゃないんだし。

 なんか、また暗い方に行っちゃってる。今日は楽しい気分で終わるはずだったのに。やっぱりつかれてるのかな。最近、落ちこんだり考えたりばっかりで、気が休まらない。なんかたのしいこと、ないかな。


7月18日


 今日は色んなことがありすぎて、混乱モードです。舞い上がったり沈んだりで、すごいつかれた。いろいろ考えすぎてうまくまとまんないけど、いつもそうかもしれないけど、覚えている限り書いておく。今日のことは忘れたくないから。

 雨が降るのは分かってたから、傘は忘れなかった。前にお父さんが使ってた、りっぱなやつ。全然かわいくないんだけど、大きいからぬれなくていいんだよね。傘が大きいんじゃなくて、わたしが小さいとか言うな。

 でも、なんか隠されたっぽくて。そこまでするか。靴隠されたり、教科書に落書きされたりってのは慣れてるけど、傘ははじめてのパターン。わたしに風邪ひけってことかな。いいかげんにしてほしい。

 げた箱で傘をさがしてたら、青山センパイがやってきた。センパイの傘でいっしょに帰ろうって、さそわれた。なんでこの人、いつもこんなタイミングで、わたしが弱ってる時にばっかり来るんだろう。うれしいけど。すっごいうれしいけど。こっちの心の準備ができていない。1つの傘で、2人で帰った。あいあい傘。センパイが横にいるのに、キンチョウして言葉がうまくでてこない。顔が、見れない。なんか、変なこといっぱい言った気がする。どうしよう。せっかく、センパイがすぐ横にいるのに。こんなに近くにいるのに。顔が熱い。

 と言うかわたし、ものすごい意識してる? あれ? そりゃ、青山センパイはわたしの味方だし、わたしを支えてくれる人だし。わたしの大事な人だけど。なんか、椎名センパイとは違うかんじ。なんだろう。自分で自分がよくわからない。

 センパイはいつもわたしを心配してくれてる。なんか、いろんなことを教えてくれた。末永ってひとのこと。タチバナって人のこと。何だろう。こわいよ。わたし何もしてないのに。なんでそんな、わたしばっかりねらわれるの。まわりは敵ばっかりだ。わたしの味方は、青山センパイと椎名センパイしかいない。

「死のうと思ったことある?」って、聞かれた。そこまで心配してくれてるんだ。すごい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そりゃ、ここ最近はつらいことばっかりだし、昔のこと思い出して落ちこむことも多いけど。今のわたしは、1人じゃない。心配して、守ってくれる人がいる。それってものすごく大事なことだと思う。支えてくれる人がいるなら、わたしは絶望も個独(原文ママ)も感じない。一人じゃないなら、イジメや嫌がらせになんか、絶対に負けない。わたしは中学の時の町田梢じゃない。弱いわたしは卒業するんだ。そう決めたんだ。

 青山センパイ、わたしのことばっかり気にしてるけど、なんか疲れてるみたいに見える。逆に心配になるよ。いつもみたいに、明るく冗談言って、笑ってほしい。センパイが暗い顔してると、こっちも暗い気持ちになる。

 雨だからムリかな、って思ってたけど、今日も王子に会えた。センパイにも紹介したけど、あの子こわがって逃げちゃった。人見知りなんだね、きっと。

 駅に着いて、そこでお別れ。いつもは長く感じられる駅までの道が、今日はあっという間だった。帰りの電車の中、青山センパイから聞いた話や、青山センパイのこと思い出して、なんか頭の中がぐるぐるになる。と言うか、今でもぐるぐるしてる。短い間にいろんなことが起きすぎて、わたしの頭がおっつかない。何だろう。何がおきてんだろう。わたしはどうすればいいんだろう。こわくて不安で、体がふるえる。落ちつこうと思って青山センパイの顔を思いだすけど、やっぱり落ちつかなくて。何だこれ。わたしはどうすればいいの。わたしに何がおきてるの。今日は眠れないかもしれない。



7月20日


 青山センパイの言う通りだった。なんか、どんどん変なことになってる。部活はあいかわらずで、東条たちも同じ。急に怒ったり、嫌がらせしたり、目の前で悪口言ったり。そういうの、慣れはしないけど、ガマンすることはできる。中学3年の1年間ガマンできたんだもん。このくらいは平気だよ。イジメって言っても、練習中の2、3時間のことだし。心を強くもっていれば、大丈夫。

 だけど、最近は何か変。末永って人が、わたしに話しかけようとしている。こわいから顔が見えたらすぐ逃げちゃうんだけど、今さらわたしになんの用だろう。わたしのこともどうにかしようとしてるのかな。すごいヤだ。バカにしないでよ。

 あと、タチバナって人も、わたしに会おうとしてるみたい。こっちはまだ姿を見てないけど、教室の近くとか、体育館の辺で見たって人がいて。こわいよ。何するつもりなの。これ以上わたしに何をするって言うの。もうやめてほしい。みんなでよってたかって。意味がわかんないのがこわい。不安すぎて押しつぶされそうだよ。青山センパイ、椎名センパイ、たすけて。このままじゃわたし、どうにかなっちゃいそうだよ。


7月21日


 終わった。終わったよ。やっと終わった。椎名センパイがやってくれた。東条と高木にビンタして、全部終わらせてくれた。もうあの2人は練習に来ない! やった! やっぱり椎名センパイはカッコイイ! 世界一カッコイイよ!

 でも、青山センパイもカッコよかった! 2人にびしっと言ってくれたもん。すごくうれしくて、なんか感動した。そう言えば、椎名センパイにはお礼言えたけど、青山センパイには言いそびれた。今度会ったら、ちゃんとお礼言わなくちゃ。

 あー、でも、今日はほんとにうれしい。なんか色んな不安が一気にふっとんだ感じ。やっとわたしにも運がむいてきたかな。もうすぐ夏休みだし、楽しいこといっぱいしたいな。最近はいろいろありすぎて、友達と遊んだりするのもできなかったし。ひさしぶりにジュンとかと遊びたい。高校生になったんだもん。学校生活を楽しまなきゃ、ダメだよね。

 明日から、楽しみだ。


7月22日


 今日から夏休みだ。なんか今年の夏はあんまり暑くなくて、いまいち実感がわかない。8月になったら暑くなるのかな。

 夏休みって言っても、ほとんどは練習でつぶれるっぽい。でもそれはそれでいいかな。もう東条たちもいないし、雑用も1年の当番制にしてくれた。これでやっと練習に集中できる。女子バスケは男子みたいにうまい人が集まってるわけじゃないから、これからがんばればレギュラーになれるかもしれない。ムリかな。ムリでもやるんです。前向きに前向きに。

 何日か前までウロチョロしてた末永センパイとかも、最近は顔を見ない。やっとあきらめてくれたのかな。うれしいけど。ちょっと前までこわくて不安でパニックになってたのがバカみたい。これからは、明るく楽しくすごすのです。そう決めたんだから。

 でも椎名センパイは相変わらず心配してるみたいで、練習が終わったあともずっと、駅まで送ってくれる。センパイは自転車なのに、わたしにあわせていっしょに歩いてくれる。すごい優しい。

 今まで知らなかったけど、センパイ、練習が終わって2人きりになると、すごい元気になる。明るいというか陽気というか、とにかくテンションが高い。部活の時はずっとマジメで、わたしがイジメられてる時もずっと真剣な顔してたから、なんか意外な感じ。でも面白い。センパイも、わたしといっしょにいるのがうれしいみたい。今まで友達は何人もいたけど、年上の人とこんなふうに付きあうのははじめて。それにわたしのことすごい思ってくれて、なんか頼れるお姉ちゃんってかんじ。センパイは今年で卒業だけど、ずっと仲よくしていけたらいいな。



7月24日


 今日はわたしが片付け当番の日だった。ちょっと前までわたしがずっとやってたのに、ほかの子より仕事が遅いのはどういうわけだろう。ほんと要両(原文ママ)悪いな、わたし。どうにかしたい。

 片づけをしていると、青山センパイが来てくれた。この前までは疲れたかんじだったけど、なんか明るくなったみたい。センパイも、色んな問題が解決して浮かれてるのかな。冗談とか言いあえてうれしい。

 青山センパイ、なんか話がしたいみたいだったけど、椎名センパイが来てうやむやになる。椎名センパイのテンション見て、青山センパイおどろいてた。そりゃおどろくよね。ちょっとおかしい。2人の会話はなんか慢才(原文ママ)みたいで、聞いてて面白い。わたしはあのまま3人で帰ってもよかったんだけど、椎名センパイは2人っきりがいいんだって。わたしを一人じめしたいんだって言ってた。誰かに聞かれたら誤解されそうなセリフ。わたしもセンパイのこと好きだし、いっしょにいるの楽しいからいいんだけど。

 でも、青山センパイともいっしょに帰りたいな、とも思う。今度はあんな暗い話じゃなくて、もっと楽しい話がしたい。センパイのことも、たくさん話してほしい。わたし、センパイのこと何にも知らないし。話すだけじゃなく、いっしょにご飯食べたり、いっしょにカラオケに行けたら楽しいな。練習が休みの日に、2人でどこかに出かけるのもいい。買い物に行ったり、海に行ったり。その時は、どんな話をしよう。どんな服着てこう。センパイは、どんな感じが好きなのかな。

 わたしは、何を考えてるんだろう。ここまで書いて、自分ではずかしくなってきた。うわ、ほんとに何を書いてるんだろう。そんな予定なんてないのに。さそわれてもいないのに。

 なんかわたし、変だ。いくらなんでも、うかれすぎ。今日は早くねよう。


7月25日


 今日は青山センパイ、休みだった。大丈夫かな。マネージャーの仕事、大変なのかな。練習中にぼおっと考えちゃって、何度か2年のセンパイにおこられた。これは完壁(原文ママ)にわたしが悪いんだから、おこられるのはしょうがないけど。

 お見舞いに行こうかな。でもそれはさすがに図々しいかも。だいいち、センパイの家知らないし。椎名センパイに相談したら、心配するのはいいけど、家に行くのはやめた方がいいって言われた。なんかフクザツな家庭らしくて、青山センパイが家に人来るの、嫌がるんだって。あんなに明るい人なのに、ちょっと意外。両親の仲が悪いのかな。でもセンパイが嫌がるならやめた方がいいよね。たぶん明日にはよくなってるだろうし。


7月26日


 ええと、何から書いたら、何をどう書いたらいいんだろう。梢さん、ひさしぶりの根乱(原文ママ)モードです。それも、今までとはちょっと違うかんじの、こわいとか不安とかじゃなくて、ただビックリ、というか、困惑、というか、動謡(原文ママ)、というか。わたしどうしたらいいの、っていうか。

 自分を落ちつかせるために、順をおって書いていきます。昨日は休みだった青山センパイ、今日は練習に参加してた。ものすごく明るくて、よくしゃべって、みんなを笑わせてた。すごい元気で、わたしはうれしい。だけど、じゃあなんで昨日は休んだんだろう。1日休んで完全回腹(原文ママ)したのかな。それとも、べつに病気とかじゃなくて、何か用事があっただけなのかな。でも大会前の大事なときに、まじめなセンパイがずる休みするとも思えないし。

 よく分かんなくて、帰り道で椎名センパイに聞いてみた。そしたら、「梢、最近青山君の話ばかりだね」って言われて。その時はそうかなーって感じだったんだけど、「私といっしょにいるんだから、もっと私を見てよ」って、「私のことだけ見て」って、けっこう真険(原文ママ)な感じで言われて、この時点で「ん?」とは思ったんだけど。

 そしたら、ほかに人のいない道ばたで、急にがっ!って抱きしめられて、「梢は私のことどう思ってるの!」って。

 えええええ? って、梢さんパニックですよ。言ってる意味がわかりません。どう思ってるって、そりゃ、頼りになるいいセンパイだと思ってますけど。そう言ったら、「それじゃヤなの! センパイとかじゃなく、1人の人間として見てよ!」って、「私が梢を好きだって気持ち、どうして分かんないの!」って。

 えええええええええー! パニック第2弾です。ちょっと侍(原文ママ)ってください。ちょっと侍(原文ママ)ってください。そんな。わたし女だし。センパイも女だし。女同志(原文ママ)だし。そりゃ、好きは好きだけど、それはセンパイとしてであって、お姉ちゃんみたいな感じで好きってことで、そんな変愛(原文ママ)対象とか、そんな風に見たことない、って、え!? センパイってそういう人!? いや、考えてみれば、確かにそういう兆候はあったけど! だけどいきなりそんなこと言われても。

「私じゃ、ダメなの?」とセンパイは言う。困ります。困ります。わたしにはついてけない世界です。

 でも、センパイは傷つけたくない。ビックリしたけど、その気持ちにはこたえられないけど、わたしの大事なセンパイであることには変わりないわけだし。これからも、センパイとは仲よくしていきたいし。

 うまい言葉がでてこなかったけど、必死になってセンパイを落ち着けて、わたしの考えをしゃべったら、なんとか分かってくれたみたいだった。椎名センパイはまだ何か言いたいみたいだったけど、それから駅までずっと無言。気まずい。

 明日からセンパイにどう接すればいいんだろう。


7月27日


 昨日のことで頭がいっぱいで、まともに椎名センパイの顔を見れない。センパイもセンパイで、ほかの人に対してはいつも通りで、わたしにもいつも通り、熱心に教えてくれるんだけど、どっかよそよそしい感じ。嫌われたのかな。休けい中も話しかけてくれなかったし。なんだか切ない気持ちになる。センパイのこと大事にしたいのに。センパイのこと、失いたくないのに。こんなことなら、昨日センパイに告白されたとき、OKしておけばよかったのかな。だけど、やっぱりわたしは女のひとを恋愛対象として見ることなんてできないし、そんな気持ちでセンパイの気持ちを受け入れるのは、相手に失礼だと思うし。

 男子バスケの方では、今日も青山センパイがみんなを盛り上げてる。練習はハードで、マネージャーの青山センパイも大変そうなのに、疲れた顔ひとつ見せないのはすごいと思う。青山センパイが明るくしてるのはすごいうれしいし、わたしもがんばらなきゃと思うけど、椎名センパイのことを思い出して、また切なくなる。青山センパイに相談してみようかな。この前からちゃんと話すこともなかったし、ひさしぶりに青山センパイとゆっくり話がしたい。だけど、センパイも忙しいだろうし、相談する内容が内容だし、きっと迷惑になる。椎名センパイにさけられるだけでも辛いのに、青山センパイにまで嫌われたら、わたしはきっと生きていけない。今のわたしがあるのは、2人がいてくれたからで。2人がいなきゃ、わたしなんてとっくに負けて押しつぶされて、死んでいたかもしれないわけで。わたしは弱い人間だ。自覚はある。たしかに中学のころに比べれば、強くなった。東条たちのイジメや、末永センパイとかとのイザコザにも、負けなかった。だけど、それは2人がわたしを守って、支えてくれたからで。わたしは1人じゃ生きていけない、弱い人間だ。また1人に逆戻りなんて、ぜったいにやだ。椎名センパイと仲直りしたい。で、できれば青山センパイとも、もっと仲よくなりたい。だけどそれは待ってるだけじゃダメで、わたしから行動を起こさないとダメで。

 勇気を出して、練習のあと、椎名センパイに話しかけた。わたしは女の人を恋愛対象に見ることはできないけど、センパイとはこれまでと同じように仲よくしたいです、わたしを嫌いにならないでくださいって、お願いした。そしたらセンパイ、そんなの当たり前だよ、って言ってくれた。昨日は変なこと言って梢を困らせたけど、私はいつまでも梢の味方だよ、嫌いになったりするわけないじゃん、って言ってくれた。センパイ、泣いてた。安心したのかな。そんなセンパイの顔見てたら、わたしも泣けてきた。で、2人で泣きべそかきながら帰った。すれ違ったひとたちはみんな変な目で見てたけど、わたしには気にならない。だって、うれしかったんだもん。


7月28日


 一難去ってまた一難。いや、べつに悪いことじゃないんだけど、災難じゃないんだけど。

 椎名センパイとのことが解決したばっかなのに、次から次へ新しいことが起きる。そのたびにわたしは混乱ばかり。しかも今日のは今まで1番の波壊力(原文ママ)。どう受け止めて、どう整理すればいいんだろう。ちょっと長くなるかもだけど、忘れないためと、気持ちを整理するために、しっかり書きます。

 椎名センパイと仲直りして、やっと練習に集中できる、そう思ったんだけど。なんかふとした拍子に、青山センパイを目で追ってる自分がいるのに気がつく。今日もセンパイは友達と大はしゃぎ。センパイがいるだけでまわりが明るくなる。ちょっとでいいから話がしたいと思うんだけど、男子と女子では休けい時間が違うから、話しかけるタイミングがつかめない。もしそんなチャンスがあっても、センパイは友達と話してたり、なんか忙しそうに仕事してたりで、迷惑になるかもと思って近づけない。それでもわたしは満足だった。椎名センパイがいて、青山センパイがいて、それだけでわたしは満足だった。満足だった、のに。

 今日もいつものように椎名センパイといっしょに帰ろうと思って、更衣室の前で待ち合わせる。そしたら、そこに峰岸センパイがやって来て、町田を貸してくれないか、って言われて。わたしも椎名センパイもビックリした。峰岸センパイなんて、ジュンのためにお願いしに行ったきり、話もしたことなかったのに。あ、そう言えば日記には書いてなかったけど、ジュンは結局、峰岸センパイのことはあきらめたみたい。と言うか、やんわりと断れたんだって。かわいそうなジュン。いや、今はそんな話はどうでもよくて。

 椎名センパイ、峰岸センパイの目的が分からない、って言ってたけど、結局、「峰岸君の考えることはいつも分からないもんね」って言って、わたしを峰岸センパイに差し出した。「別に梢は私の所有物じゃないんだけど」って言ったのは、おとといのことをまだ引きずってるからなのかな。

 峰岸センパイは、わたしといっしょに中庭のベンチに座って、いきなりパンをむしゃむしゃ食べ始めた。5、6個は食べたかな。すごい食欲。練習の後はお腹すいて倒れそうだから、いつもここでパン食べるんだって、言ってた。それはいいんだけど、わたしは何のために連れてこられたんだろう。用がないなら帰ろうかな、と思ってたんだけど、「町田は、青山のことどう思ってるの?」なんて聞かれて、なんか本当に何でもないかんじで聞いてくるから、わたしはそのとき飲んでたジュースをふき出しそうになった。「どうって、いいセンパイだと思ってますけど」「それだけ?」って、そこでわたしの目をのぞきこんできて、基本笑顔なのにものすごいプレッシャーで、わたしは何も言うことができなくて。「好きなんじゃないの?」って、ええええええ、急に何をおっしゃるんですか。何を根拠にそんなことを! 「見てれば分かるよ」って、そんな。「もっとも、青山本人はそのことに気づいてないみたいだけど」って、それを聞いてちょっと安心。青山センパイにも気づかれてるんだったら、わたしは恥ずかしくて生きていけない。って、なんでわたしは青山センパイが好きだって認めてるんだ。そんなんじゃない。そんなんじゃなくて。「じゃあ、何なの?」と峰岸センパイ。何って、青山センパイはいつだってわたしの味方で、わたしをいつも心配してくれて、わたしの大事な人で、って、この言い方だと誤解をまねくかな。「誤解じゃないんじゃないかなー」って、だから、なんでそんな、涼しい顔をして言うんですか。「そろそろ、自分の気持ちに素直になるころじゃない? 人が人を好きになるってのは、別に恥ずかしい事じゃないんだよ」とか、どっか遠いところを見ながら言わないでください。

 でも、だったら実際のところ、わたしは青山センパイのことをどう思ってるんだろう。青山センパイ、いつも優しくて、明るくて、わたしが落ちこんだとき、ピンチなときにいつもそばにいてくれて。練習中は、気がつくといつもセンパイのことを目で追っている。センパイのことをもっと知りたい、センパイともっと話したい、センパイともっと仲よくしたいって思う自分がいて。「それを、人は恋って呼ぶんじゃないの?」って、ちょっと待って! 結論を急がないで! わたしはわたしのペースでいきたいんだから!

「自分に嘘をついたって、何もいいことはないと思うんだけどなー」って、峰岸センパイ、さっきからわたしに何を言わせたいんですか。と言うか、センパイの目的は何ですか。「それは話が一段落してから話すよ。今は町田の気持ちを確認するのが先決でしょ?」なんて、ニッコリ笑いながら言わないで。センパイの整った顔が、今はなんだかむしょうに憎たらしい。「どうだろう。そろそろ、自分の気持ちに気づいたころだと思うけど」なんて言いますけど、でも、わたしが青山センパイのことが好きでも、向こうにも選ぶ権利はあるし。わたしみたいな、子どもっぽい女に好きとか言われても、迷惑なだけだと思うし。

 人が自分の考えを真剣に語ってると言うのに、峰岸センパイ、横でクスクス笑ってる。もう、ほんとに何なの、この人。「いや、2人とも、似たもの同士なんだな、と思って」って、意味が分かりませんよ。「2人とも、なかなか自分の気持ちに素直にならない。相手のいいところは認めるくせに、自己評価が低いばっかりに気持ちを伝えられないでいる。はたで見ている人間としては、笑わずにはいられないよ」なんですか、それ。「さっき、町田の気持ちに青山本人だけが気づかないって言ったでしょう? それと同じなんだよね。青山の気持ちに、町田本人だけが気づかないでいる」ちょっと、言ってる意味が分からないんですけど。「青山は優しい、いつも自分を心配してくれる、ってさっき言ってたけど、興味もない人間に、そんなことすると思う?」えええ。何を言い出すんですか、この人は。「青山は、町田のことが好きなんだよ」えええええ。そんな。そんなことありえない。こんな、チビでトロくて子どもっぽくて、自分1人じゃ何もできないようなダメな女を、誰が好きになるものか。「青山はそうは思ってない。いつもまっすぐで、一生けん命でがんばり屋で、守ってあげたくなるカワイイ子だと思ってる」そんな。わたしはそんな人間じゃない。ほんとは、億病(原文ママ)でネクラで、いつも人の顔色をうかがってるような、ヒキョウな人間なのに。中学のときもイジメられてて、高校に入ってからはそんな自分を卒業したくて、ムリして何とかまわりに合わせているだけで。

「そんなとこまで似たもの同士なんだね」って、どういう意味ですか。いつも明るくて優しくて、いつもみんなを笑わせてる青山センパイが、わたしみたいな女に似ているわけがないし。

 言ってて自分で悲しくなってくるけど、ほんとのことだからしょうがない。なんだか泣きそうになるけど、ここだけはゆずれない。そうだよ。わたしと青山センパイが似てるなんて、適当なことを言わないでほしい。わたしがあんまり必死だったからか、今までニコニコしてた峰岸センパイ、急に難しい顔になって、「これは別に話さなくていいことだったんだけど、町田がそこまで言うなら、耳に入れておく必要があるみたいだ」なんて前置きをして、峰岸センパイは青山センパイの過去のことを話してくれた。

 青山センパイ、今はバスケ部のマネージャーで、成績も下から数えた方が早いくらいだけど、2年の途中までは学年で何番目かの優等生だったんだって。勉強もできて、バスケ部でもエース級の選手だったとか。だけど、2年の秋にお母さんの運転する車で大きな事故にあって、お母さんを亡くして、それで変わっちゃったみたいで。レギュラー選手を外されたのは仕方ないとしても、勉強に身が入らなくなって、あっという間に成績が悪くなって。性格も少し変わっちゃったみたいで、前まではそんなことなかったのに、やたらヒクツになって、ムリして明るくふるまうようになって、人に心を開くということがなくなって。いつでも人の顔色を気にして、ちょっとした一言で傷ついたり、1人で思い悩むことが多くなったって。ウソをつくことが、多くなったって。

 峰岸センパイは真剣な顔で話してるけど、やっぱりそんなの、わたしには信じられない。あんなに明るくて、あんなに優しい青山センパイ。でも、あれは全部演技だったの? あれは全部、ウソだったってこと? だったら、わたしは何なの? わたしは何を信じて、何を支えにしてがんばってきたの?

「いや、それは違うよ」絶望するわたしに、峰岸センパイが優しく語りかける。「町田に対する青山は、全て本物だ。町田に言ったことにウソはないはずだ」って、その峰岸センパイの言葉がウソじゃない証拠はどこにあるんですか。わたしを安心させるためにそう言ってるんじゃないんですか。「信じる信じないは町田の自由だよ。だけど、青山のことは信じてあげてほしい。アイツはずっと1人で、個独(原文ママ)と絶望に苦しんでいた。そんなアイツが、たぶん始めて(原文ママ)人を好きになったんだ。町田は、アイツにとっての希望なんだよ」わたしが、希望?「町田が青山に救われたように、青山も町田に救われてるんだよ。色々あって、最近青山と話すことがよくあるんだけど、アイツは今、希望に生きるかどうかの、大事なところにいるんだ。町田は、そのカギをにぎっている。このままハッピーエンドに向かうかどうかは、町田にかかってるんだ」わたしにそんなこと言われても。「くり返し言うけど、青山の、町田に対する気持ちは本物で本当だ。だから、町田も自分の気持ちに素直になってほしい。いつか青山から気持ちを告げられる場面があるかもしれないけど、その時は、アイツの気持ちを素直に受け止めてほしい」って、え? なんかこの人、ものすごいことをサラリと言わなかった? と言うか、なんでそこに峰岸センパイが関わるの? 話を聞いたかんじでは、峰岸センパイは関係ないような気がするんだけど。「オウエンするって、約束したんだ」また遠いとこ見てるし。「俺は青山の恋をオウエンしてる。だけど2人とも不器用だから、ほんとは両思いなのにうまくいかないんじゃないかって不安になってさ。町田にも話を通しておく必要があると思った。それで、俺は今ここにいる」峰岸センパイの言うことはいちいち論理的で、説特力(原文ママ)があって、わたしは何を言っていいか分からなくなる。

「ごめんね、時間とらせて。俺の話はこれで終わりだから」言いたいことだけ言って、その場を立ち去る峰岸センパイ。マイペースすぎだよ。言われたいだけ言われて、信じられないことの連続で、頭と気持ちが追いつかないわたしは、一体どうすればいいの? 家に帰ってからも、センパイに言われたことが頭の中をぐるぐる回り続けて、混乱しっぱなしで。わたしの気持ちのこと、青山センパイのきもちのこと、青山センパイの過去のこと、これからのこと。

 久しぶりのぐるぐるだよ。日記に書けば整理できるかと思ったけど、全然ダメだ。考えることが多すぎて、でもほんとは結論なんて最初から出てて。わたしは青山センパイが好きで、センパイもわたしのことが好きで。わたしもセンパイもつらい過去があって、今でもそのことを引きずっていて、だけど、お互いに素直になれば、ハッピーエンドになるかもしれなくて。どうすればいいかなんて、最初から分かってる。別に、青山センパイの告白を待ってなくたって、わたしから告白するんでもいい。だけど、そんなのゼッタイにできなくて。考えるだけで胸がドキドキして、顔が熱くなる。

 明日から、どんな顔してセンパイに接すればいいんだろう。


7月29日


 今日、青山センパイは休みだった。夏カゼらしい。ちょっと、安心してる自分がいる。昨日の峰岸センパイの話はまだわたしの中で整理できてなくて、練習にも集中できなくて。あれ、わたし、練習に集中できてる時の方が少ないんじゃない? これじゃいつまでたっても上手にならないよ。「梢は下手なのがカワイイんだよー」って、椎名センパイは言ってくれるけど。と言うか、センパイの口から「カワイイ」とか言われると、別の意味で不安になります。この前、仲直りしたばっかだけど、なんかまだわたしのことあきらめてないんじゃないかって、最近そんな気がしてる。

 峰岸センパイは、わたしが青山センパイが好きなこと、みんな気づいてるとか言ってた。今になって考えると、あれもこれも、わたしの気持ちを引き出すためのウソだったんじゃないかって気がしてるんだけど、でも、もしあれがほんとだったら。椎名センパイは、わたしの気持ちに気づいてるのかな。そのうえで、わたしに告白したのかな。帰り道、名前は出さないで、あくまでイッパンロンとして、椎名センパイに聞いてみる。例えば好きな人がいるとして、その人が別の人を好きだって分かっていても、それでも告白するか、みたいなかんじで。そしたら「するんじゃないかな。相手の気持ちがどうであれ、例え自分の気持ちが受け入れられないって分かっていても、自分の気持ちにはウソをつけないわけだし」って言われた。「だから私も、梢が青山君のこと好きだって分かってたけど、自分の気持ちを伝えずにはいられなかった」って、うわあ! 全部バレてるし! 「心配しなくていいよ。もう、梢をどうこうしようなんて、思ってない。私は梢が幸せなら、それで満足。だから青山君を敵とも思ってないし」なんか晴れ晴れとした顔で、すごい立派なこと言ってる。こんなこと本人に言ったら怒られるかもだけど、なんかオトコマエだ。

「梢、がんばってね」って、別れぎわに言われた。がんばれって言われても。わたしは、どうすればいいの。わたしはセンパイみたいに、オトコマエにはなれないよ?

 それはそうと、青山センパイ、心配だな。カゼ、早くよくなるといいな。ふとした瞬間にセンパイの顔を思い出して、胸が苦しくなる。昨日峰岸センパイから聞いた話を思い出して、青山センパイがずっと苦しんでたことを考えて、切なくなる。わたしを救って、わたしの支えになってくれたセンパイ。そのセンパイをわたしが逆に救ってあげられるなら、そんなにすばらしいことはないんだけど。

 ぐるぐる考えるばっかりで、行動につながらない。

 早く、楽になりたい。


7月30日


 せっかく平和になったと思ったのに。せっかく救われたと思ったのに。なんでこうなるんだろう。なんで、わたしばっかり。わたしはそういう星の下に生まれたのかな。わたしはゼッタイに幸せになれないのかな。急に高いところから突き落とされたみたいで、またネガティブな気持ちになる。

 いきなり屋上に呼び出されて、ものすごいキンチョウした。ついに来たかって、ドキドキして心臓が口から飛び出そうになる。まともにセンパイの顔を見られない。顔が赤くなるのを止められない。告白されたら、なんて返事しよう。どんな反応をしよう。青山センパイに呼び出されてから屋上に行くまで、頭の中がぐるぐるして、なんかフワフワして、キンチョウしすぎで気持ち悪くなったりして。

 屋上へのドアはカギがかかってて、横の小さな窓をくぐって入らないきゃいけなかった。落ちつくために、最初は屋上のフェンスとか、どうでもいい話をしたりして。確かに1か所だけフェンスが低くて、それは危ないなって思ったけど。

「屋上のカギがかかってるおかげで、梢ちゃんに秘密の話ができるんだよね」なんて言われて、わたしのキンチョウは最大になる。秘密の話って。

 だけど、「梢ちゃんにとっては悪い話かもしれない」って言われて、フワフワしてた気持ちが一気に冷えていった。ああ、またなんだ。また、誰かがわたしをねらってるんだって、センパイが何も言わないうちから、絶望的な気持ちになったりして。でも、わたしは負けない。わたしには頼りになるセンパイが2人もいるんだもん。何が来たって負けないよ。そうやって覚悟を決めて、センパイの話を聞く。

 だけど聞いた話は思った以上にひどくて、こわくなる。タチバナって人は想像以上に危ない人らしくって。もうそんなの、とっくに終わった話だと思ってたのに。なんで今さら。なんでわたしを。こわい。こわいよ。センパイ、「タチバナはいつも鈴を持ち歩いてるから、近くに来たらすぐに分かる」って言ってた。だけど、夜1人で歩いてる時に鈴の音が聞こえたら、駅までは椎名センパイがいっしょだからいいけど、もし1人の時に来られたら、どうしよう。センパイがいるから大丈夫と思う一方で、もしもの時を考えて不安におしつぶされそうになる。大丈夫。大丈夫。大丈夫。自分に言い聞かせる。せっかく、久しぶりにセンパイと話ができたのに。やっと幸せになれるんだって、期待してたのに、こんなのってないよ。わたしは、こうやって一生何かにおびえて生きていくのかな。

 ダメだ。考えたって不安になるだけだ。もっと、いいことを考えなきゃ。いいことだけを考えて、生きていかなきゃ。今日はそれどころじゃなかったけど、このことが終わったら、また平和になったら、センパイにわたしの気持ちを伝えよう。そうだ。今、決めた。幸せな結末を想像して、今日は寝よう。

 

7月31日


 昨日の青山センパイの話は、いつのまにか椎名センパイに伝わっていたらしくて、ものすごく心配してくれた。あと、ものすごく怒ってた。「わざわざ梢を不安にさせるようなこと言わなくてもいいのに!」って、青山センパイのこと、怒ってた。やだな。2人には仲よくしてもらいたい。わたしの好きな、わたしのことを好きな、いつもわたしを守ってくれる、わたしを支えてくれる2人が、わたしのことでケンカするなんて、そんなの悲しすぎる。

 だけど、椎名センパイは口ではぶちぶち言いながら、青山センパイの行動に納得してるみたいだった。タチバナって人がどういう行動を起こすか分からない。だからわたし自身もケイカイしておく必要がある。そんな風に青山センパイに言われて、たしかにそれはその通りだなって。

 椎名センパイは、わたしを守りぬくって、言ってくれた。もちろん、青山センパイもそのつもりだって。しかもなんと、今回は峰岸センパイまで協力してくれるみたいで。なに考えてるか分からないし、優しそうに見えてヨウシャないし、わたしは正直言って苦手な人だけど、ただ、頭がものすごくいいのは、話していても分かる。ちょっと変わってるけど、悪い人ではないみたいだし。あの人も、わたしを、そして青山センパイを心配している。あの人が味方になってくれるなら、相当に心強い。

 だけど、やっぱりこわいものはこわい。なにをしてくるのか分からないのがこわい。不安でしょうがない。ずっと、誰かがそばにいてくれたらいいのに、って思う。青山センパイが、ずっとそばにいてくれたらって。

 危ない危ない。梢さん、また暴走モードになっています。モウソウして浮かれているような状況じゃないのに。

 椎名センパイといっしょに帰って、どうでもいい話いっぱいして、駅の近くで待ってる王子をかわいがって、なんとか不安を忘れようとする。だけど、家に帰ってくると、もうどうしようもない。1人は、ものすごくこわい。青山センパイが、椎名センパイがここにいないのが、とてもこわい。あの2人がいてくれるなら、それに峰岸センパイも加わったなら、たぶん大丈夫なんだろうけど。

 ああ、早く全部終わればいいのにな。



8月1日


 こわい。こわい。こわい。なんであんな。あんなひどいこと。信じられない。ひどい。最悪。信じられない。こわい。なんで。わけがわからない。あの子に罪はないのに。王子は大丈夫かな。不安になる。こわい。なんで。意味が分からない。こわい。こわい。こわい。助けて。


8月2日


 練習がない日はヒマだ。でも、体がだるいのは確かだし。やっぱり昨日のショックが大きすぎて、今はバスケどころじゃないってかんじ。昨日のこと。できれば、思い出したくない。この1か月、いろんなことがありすぎて、落ちこんだり浮かれたり、ショックだったり不安になったりで忙しかったけど、昨日のはひどすぎた。落ちついた今になっても、全然意味が分からない。

 ネコを殺すなんて、最悪だよ。わたしが憎いのなら、わたしに攻撃すればいい。何の罪もないネコを殺すなんて、ゼッタイに許せない。わたしがかわいがってる王子じゃなくてよかったなんて、そんなことはゼッタイに思わない。ひどいよ。ひどすぎる。人間のすることじゃないよ。牛とかブタとか、食べるものはしょうがないにしても、それ以外で、完壁(原文ママ)に人間の都合で動物を殺していい理由があるわけがない。昨日はものすごいショックで、訳の分からない日記になっちゃったけど、落ちついた今となっては、ただ怒れてしょうがない。

 あの、タチバナって人がやったのかな。嫌がらせのために。わたしに、精神的な攻撃をあたえるためだけに、何の関係もないネコを。だとしたら、ゼッタイに許せない。椎名センパイ、昨日電話したけど、とりついでもらえなかったって言ってた。だったら、わたしが直接家まで行こうかな。直接対決ですよ。普段のわたしだったらこわくてできないことだけど、今はそれができるぐらいに怒ってる。ほんとに、信じられない。

 ちょっと落ちつこうかな。昨日のことを考えると、自分を見失ってしまう。ヒマなのもいけないのかもしれない。今日は昼すぎまでずっと寝てて、起きてからもテレビとか見てぼおっとしてて、何もやることがなかった。だからいつもは寝る前に書く日記を、まだ夕方なのに書き始めたりして。これで体が元気なら、ジュンとか誘って遊びに行くんだけど、残念なことに体もだるくて。夏になってから、友達と全然遊んでない。付き合いの悪いやつだって思われてないかな。せっかくできた友達、大事にしたいんだけど。

 だけど正直、今はセンパイたちの方が大事。

 青山センパイ。辛い過去があって、ムリして明るくふるまって、いつもわたしを心配してくれる、わたしの大事な人。わたしの好きな、わたしのことを好きな、世界で一番大事な人。ゼッタイに失いたくない。

 椎名センパイ。いつも強くて、カッコよくて、わたしを守ってくれる、わたしの大事な人。なんか女の人が好きみたいだけど、ちょっと困ったけど、わたしには、もうそんなの関係ない。ゼッタイに失いたくない。

 あと、ついでに峰岸センパイ。美形で頭よくていつもニコニコしてるけど、頭がよすぎて、わたしなんかじゃ振り回されるばっかり。だけど、いい人だ。わたしと青山センパイを本気で心配してくれてる。わたしたちの恋を、本気でオウエンしてくれてる。わたしたちの味方。ゼッタイ、ではないけど、失いたくない人。

 わたしは幸せだ。つらいことも多いけど、ってか辛いことばっかだけど、だけど、わたしはたくさんのセンパイに守られて、支えられている。あの人たちがいるから、今のわたしがいる。誰か1人でも失ったら、わたしはきっと、生きていけない。1人になったら、わたしは生きていけない。考えるだけで、こわい。

 いつまでも甘えてちゃいけないって、分かってはいるけど。だけど、わたしにはあの人たちが必要なんだ。椎名センパイは、わたしの大事な大事なセンパイとして。峰岸センパイは、この状況を終わらせる大事な大事な頭脳として。青山センパイは、わたしの大事な大事な人として。

 センパイ、わたしはあなたが好きです。

 そういう風に言えたら、どれだけ救われるんだろう。どれだけ、幸せになれるんだろう。なんで、今この場所にセンパイがいないんだろう。なんか色々考えて、ますます胸が苦しくなる。

 センパイ。センパイ。青山センパイ。


 電話がかかってきた。何と、青山センパイからだ。こんな時間になんだろう。なんか、大事な話があるから学校に来いって言われた。なんだろう。とにかく、急がなきゃいけないから、続きは帰った後で書こう。

 いいことが書ければいいんだけどな。


(以下、空白)

  




















































































 




 

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