第四章 the fourth moon 21
眠れない。
ひどく疲れている筈なのに。
たくさんの人間に会って、たくさんの話をして、たくさんの嘘を吐いて――心身共に極限まで疲弊している筈なのに。ベッドの上の僕は徒に寝返りを打つばかりで、一向に眠気が襲ってこない。
時計はすでに午前二時を指している。明日からまた練習が再開されると言うのに――どうしたことだろう。
どうしてこんなに、苦しいのだろう。
不意に、梢の顔を思い出す。
彼女はいつも笑っていた。
彼女はいつも泣いていた。
いつでも真っ直ぐ前向きで。
いつでも何かに怯えていて。
いつでも誰かに支えられていて。
いつでも――一人で。
そんな彼女に恋をして。
そんな彼女に、殺意を覚えて。
彼女が死んで、僕は満足できる筈だった。彼女が死んで、僕は報われる筈だった。なのに。なのに。なのに。
ひょっとして――僕は、後悔しているのか?
振り向いてもらいたくて、彼女を罠にはめた。
裏切り行為が許せなくて、彼女を罠にはめた。
どちらに転んでも彼女は僕に追い詰められて、心を打ち砕かれて、それで、それで、それで――。
僕は、間違っていたんだろうか。
――否、そんな訳がない。
情報を操作して、行動を制御して、人を操って嘘で弄んで――そ
うしている間は、本当に楽しくて。皆が僕の手中にあって、皆が僕の支配下に置かれていて――僕は多分、生まれて始めて生きていると実感できて。それら全てが間違いだったというのなら――だったら、僕は何だと言うんだ。
今生きている僕自身が、否定されてしまうのか。
やはり、生まれてきたのが間違いだったと――そう言うのか。
自己主張は許されず、発言権は与えられず、ただ愛される――そのためだけに必死になって努力して、片手で抱きしめられても、もう一方の手で拒絶されて、どうやったって報われなくて、どうやったって満たされなくて……。
こんなことなら、あの時に死んでいればよかった。
路地裏で手首を切った時――否、それよりずっと前――。
嗚呼。
嗚呼。
嗚呼。
……そうか。
重苦しさを感じる頭が、高速回転を始める。無意識に封印していた今までが、意識の上に急浮上してくる。
僕は――まだ、依存してるんだ。
まだ、支配されたままなんだ。
忘れていた訳ではない。忘れる訳がない。ただ、認めたくなかっただけだ。無意識に、認識するのを避けてただけ。
カーテンの隙間から、月明かりが零れている。
ほんの少し欠けた月。
そう言えば、あの日も――満月だった。
僕は冷たいアスファルトの上で――血溜まりの中で――満月を見上げていた。それからだ、月を極端に嫌悪するようになったのは。きっと僕は、天高くから僕を見下ろす月に、彼女の姿を投影していたのだ。
僕はずっと――彼女の影に怯えていたんだ。
●
胃がキリキリと、締め付けられるように痛む。ふらつく足取りで一階へ降り、トイレへ駆け込んだ。
胃袋が捲れ上がる感覚。食道を震わせながら、激しく嘔吐く。だけど出てくるのは胃液ばかりで――そう言えば、今日はハンバーガーしか口にしていない――口の端から、僅かばかりの胃の内容物が唾液と混じり合って糸を引いている。頭が割れるように痛い。
「ふふ……はは……」
引き攣った口角から、意味不明な笑いが漏れる。
――そうか。
やっと気付いた。
僕は、とっくの昔に壊されていたんだ。
壊れた人間が真っ当なふりをして、怯えて厭って諂って、ギリギリのところで世界と折り合いをつけて――だけどやっぱり上手くいかなくて。主体性がないから、僅かなことで揺れ動く。芯が通ってないから、些細なことで折れ曲がる。挙げ句、破綻して――この様だ。
僕は今すぐにでも、死んだ方がいいのだろうか。
間違ったステップで無様なダンスを踊るくらいなら、さっさと舞台から降りた方がいいのだろうか。
否。
この世界が、悪意と偽物の善意に満ちていると言うのなら――こんな、壊れた人間でどうにかなるような世の中ならば――こんな僕にだって、生きていく資格はある筈だ。この世界は、存在している価値がある筈だ。僕はもう、支配する側に回った筈で。この世界の全てが偽物でまやかしならば、こんな偽物の、壊れた僕にも存在価値はある筈で――。
むしろ今の僕には、他人を支配し、他人を操作することにしか、存在意義を見いだせないのかもしれない。
この嘘で。
この演技で。
他者を支配し――他者を操作する。
想像するだけで、身が震えた。
こんな、どうしようもない僕でも、生きていく道がある。
こんな、愚鈍で幼稚で浅薄で臆病で卑怯で脆弱で、性根が腐った、根性が曲がった、根本的に壊れた人間でも――生きていくことができる。
便器に頭を突っ込みながら、僕はようやく、光を見いだしていた。
今までは、劣等感と疎外感に苦しんでいた。だけどこれからは違う。こんな僕でも優越感に浸ることができる。こんな僕でも、『支配する』という形で、皆の輪に加わることができる。
そうすることで――生きていることが、許される。
何て素晴らしいんだろう。真夜中にも関わらず、興奮状態に陥る。ようやく、光を――希望を、見いだせたのだ。興奮せずにいられる訳がない。
不意に、峰岸の顔を思い出す。
奴はいつも優しかった。
奴はいつも厳しかった。
いつでも全ての事を見透していて。
いつでも全てを許そうとしていて。
死と殺意を極端に嫌悪していて。
そのくせ、異常な程に人の感情を蔑ろにして。
そんな奴を信頼して。
そんな奴に失望して。
奴を壊して、僕は満たされる筈だった。
だけど、今は分かる。
全てのベクトルにおいて完璧に見えるアイツを支配することで――僕は、真に満たされるのだと。頭脳明晰で抜け目のない奴を支配下におくなんて、サバンナのライオンに素手で挑むようなものだ。だけど、今の――目の前で恋人の死を目撃し、壊れたしまった奴が相手なら、それは児戯に等しい。どん底に陥った奴に手を差し伸べて、引き上げ、峰岸秀典の人格、個性、存在そのものを僕の手中に収める――想像するだけで、興奮する。先程までの痛みも苦しみも銀河の彼方へ吹き飛ぼうってもんだ。
明日、会いに行こう。
そう決めた。
そう決めただけで、何だかひどく安心する。僕という人間は、もうそういう生き方しかできないのだと、再認識する。
自室に戻り、ベッドに潜り込みながら、明日峰岸にかけるべき台詞を構築する。ひどく心が浮き立って――いつの間にか、僕は眠りに落ちていた。
●
「……あれ以来、何も食べようとしないんですよ……」
とんでもない美人が、そこにいた。
翌日、適当な理由で練習を休んだ僕は、朝一番で峰岸家へと向かった。橘の一件で部室から持ち出した住所録が、こんなところで役に立つなんて。市街図と照らし合わせれば、奴の家に辿り着くのに苦労はしなかった。
突然の訪問に応対した人物は、峰岸に瓜二つの――少し髪を伸ばして、少し柔らかくした感じの――二十歳前後の女性だった。橘の母親も娘によく似ていたけど、今目の前にいるのはその比ではない。正直――一瞬だけではあるけど――峰岸が女装しているのかと、疑ったほどだ。
彼女は、峰岸の姉と名乗った。奴が『姉さんが、姉さんが』と連呼していたのを今さらながらに思い出す。両親が共に亡くなった今となっては、彼女が奴の親代わりなのだろう。
「あの日以来、ずっと部屋に籠もりっぱなしで……。話しかけても何も喋ろうとしないし、ご飯も食べようとしないし……。無理に食べさせるとすぐに戻しちゃうし……」
悲愴な表情で、彼女は弟の窮状を訴える。
「本当は、よく喋るし、よく笑うし、よく食べる子だったんですよ? それが、急にこんな……」
それは僕もよく知っている。ここ数週間に限定すれば、多分このお姉さんよりもよく知っているくらいじゃないだろうか。
峰岸をあんなにしたのは、僕だ。
僕が、奴を壊したのだ。
「このままじゃ……あの子、死んじゃいます」
そう語る彼女の声には、多分に懇願する響きが込められていて。
「あの子を――救ってください」
頼む相手を間違えてます。
僕は今から、貴女の弟を支配下に置こうとしているんですよ?
そのために、僕は来たのだから。
「できるだけ……頑張ってみます」
だけれど、僕の口から出たのは内心とは百八十度違う台詞だった。いつものことだけれど。
「ヒデ――お友達が来てるよ」
突き当たりの扉の前で、彼女が扉に語りかける。奇遇なことに、彼女の弟に対する呼称は僕のそれと同じモノだった。だから何だと言われても困るのだけれど。
「――入るね」
返事がないのはいつものことなのだろう。あまり躊躇せず、扉を開ける。
六畳ほどの、ひどく殺風景な部屋。
廃人が、そこにいた。
椅子に座るでもなく、ベッドに横たわるでもなく、部屋の隅――光を避けるようにカーテンを閉め切り、三角座りをして視線を俯ける峰岸――外界から避けるように、現実から逃げるように、彼はそこに鎮座していて――僕は、ただ、言葉を失う。頬は極端に痩けていて、ろくに寝ていないのか、目の下には濃い隈が縁取れている。目は虚ろで――工業用インクを垂らしたかのように、昏い色をしていて。かつての溌剌さは見る影もなく、出来損ないのオブジェのように、ただ、その場に存在しているだけ。人は、たった二日でここまで変わってしまうものだろうか。
……いや、食事を抜いただけで、ここまで変貌するとは考えづらい。やはり、精神的なショックが大きすぎたのかもしれない。自分のすぐ目の前で、恋人が肉塊に変わる瞬間を目撃して――それから、自分の殻に籠もって、一切の栄養を拒否して……。
これが、あの峰岸秀典だろうか。
級友に『完璧超人』と謳われ、数々のトラブルを解決し、僕を救い、そして僕を突き落とした、あの――。
「――ヒデ……?」
声をかけたものの、その後が続かない。峰岸の受けたダメージがここまでだとは、想定外だった。勿論、この男をこんなにしたのはこの僕で――その立場からすれば、あまりに計画通りに行きすぎて、祝杯の一つでもあげたいところではある。なのに、素直に喜べない。何故だろう? 僕は、この男の精神を破壊するために、計画を進めていたと言うのに。
「どうしたんだよ……みんな、心配してるよ?」
内心の迷いなど微塵も出さず、表層の僕は、薄くて軽い言葉で、峰岸を心配しているふりをする。
「ショックなのは分かるけど――だからって、部屋に閉じ籠もって、何も食べないでいたって、しょうがないじゃん。ほら、お姉さんだって、こんなに心配してるんだし……」
返事がない。まるで――屍のようだ。否、実際、屍なのだろう。心が完全に死んでいる。そして、今後も断食を続けるならば、肉体の方も衰弱してしまう。その後に待っているのは――死、のみだ。
さて、どうするか。
「……お姉さん、ちょっと、二人きりにしてもらっていいですか」
彼女を部屋から追い出し、思案する。
当初は、別に峰岸が死んでも構わないと思っていた。人の感情を蔑ろにするような人間は、死んで然るべきだと――そう考えていた。
だけど、事情が変わった。
僕はもう、二度と本物の世界では生きられない。嘘と演技がなければ、まともに息をすることもできない。情報を操り、人をコントロールすることでのみ、満ち足り、安心することができる――僕はすでに、そういう存在になっていた。
今までは、支配され、従属し依存するだけの人間だった。彼女の顔色を気にして、彼女の望む回答をして、彼女に愛され、認められて――それだけを考え、今まで生きていた。だけど、その彼女はもういない。僕はもう、支配から解放されたのだ。解放された、筈だった。なのに、何故か上手くいかない。人に触れ、社会と接し、世界と折り合いをつけるという、当たり前のことが、僕にはできない。どうしても、できない。できないのなら、無理にする必要はない。発想の転換というヤツだ。支配されるのが厭で、中庸も無理ならば――今度は、支配する側に回ればいい。簡単な論理だ。
もし、峰岸秀典を支配下に置くことができたなら――容姿も能力も、あらゆるベクトルで突出している、この男を飼い慣らすことができたなら。それは、どんなに幸せなことだろう。想像するだけで心が浮き出す。
今ここで、この男に死なれては困るのだ。支配とか依存とか以前の問題だ。今この男を失ったら、僕はきっと、死ぬまで空虚な洞窟を彷徨う羽目にあるだろう。真っ暗で、手探りで進んでは躓き、転倒し、あちこちから血を流して、奥へ奥へと入りこんで――とてもじゃないが、耐えられそうにない。耐えられる訳がない。
僕には、峰岸秀典が必要なのだ。
「――ね、ヒデが好きだって言ってた、谷口屋のメロンパン、買ってきたんだ」
ここで初めて、右手に持っていた紙袋を持ち上げて見せる。
「来る途中に寄ってきたんだけど――いやぁ、平日なのに行列作っててさ。危うく売り切れになるとこだったよ」
努めて明るい声で世間話などしてみたが、廃人相手じゃ意味がない。暖簾に腕押し、糠に釘だ。
「ね……食べなよ」
峰岸の前に紙袋を置く。中から特大のメロンパンを取り出し――にわかに甘い香りが部屋に充満する――鼻先に掲げる。
「――ショックなのは、分かるよ。と言うか、ショックを受けてるのはヒデだけじゃない。ご家族の方々はもちろん、椎名だってそうだし、バスケ部のみんなだって――あの、末永や橘ですら、梢の死を悲しんでいた。もちろん、僕だってそうだ。悲しいし、悔しいし――やるせない。僕たちがもっとちゃんとしてれば、あの娘を救うことだってできた筈なのに……」
言葉を紡ぎながら、クレッシェンドで感情を込めていく。窓を閉め切った部屋はひどく蒸し暑く、汗がとめどなく溢れ出してくる。
「でもさ……今のヒデは、やっぱり違うと思うんだ。みんなに心配かけて、何も口にしないで、さ――このままじゃ、ヒデも死んじゃうよ? ね、食べようよ。大会なんて出なくてもいいし、練習にも参加しなくていい。辛いなら、外に出なくたって、誰とも喋らなくても構わない。だけど――人間は、食べなきゃ死んじゃうんだよ? ね、食べようよ……食べてよ……食べろよ!」
激昂した僕は、メロンパンを峰岸の顔面にぶつけ、立ち上がる。
「お前、このまま家で餓死するつもりかよ! もう平成だぞ? 高校生が自室で餓死なんて――意味が分かンねェだろ!
こんなの――自殺と変わンねェじゃねかよ!」
何という迫真の演技だろう。アカデミー賞は無理でも、ブルーリボン賞くらいはもらえるかもしれない。
――と、唐突に――峰岸と目が合った。
膝を抱え、俯いた姿勢のまま、眼球だけをこちらに向けている。『ちらり』とか、『ギロリ』とか、そんな余計なオノマトペが一切つかないような粘性の低さで、視線を移動させて――僕のことを、見ている。
これは、脈があると考えていいのだろうか。
「あの時――ヒデ、言ったよね? 人の『死』は毒と一緒なんだって。悲しみとなり、憎しみとなり、周囲の人々を蝕んでいくんだって。自殺や殺人なんてのは、如何なる理由があれ、許されざるべき『愚行』で『悪』なんだって……。僕、あの台詞に感動してたんだよ? あの頃の僕は、世の中の全てが怖くて、憎くて、羨ましくて――ずっと、死にたかった。
……もう、あれこれ誤魔化すの面倒だから全部言っちゃうけど、『偽の遺書』を作って、ある人間を殺そうとしていたのだって――全部、僕の臆病さからきてたんだ。僕は、臆病で、卑怯で、幼稚で、身勝手で――おまけに、とてつもなく弱い。自尊心が低いくせに自己愛だけは誰よりも強くて……ちょっとしたことで、すぐに暴走する。たぶんあのまま行ってたら、僕は人殺しになってたかもしれない。
だけど――そんな僕を、ヒデは救ってくれたんだ。
ヒデがいなきゃ、今の僕はいない。自殺か、殺人か……どちらか分からないけど、きっと最悪の『愚行』を犯していたに違いないんだ。本当に感謝してる」
これは嘘と言えるのだろうか。梢のことがなければ、今でも『本音』として吐き出すことができたんだろうけど……まぁ、僕に本音なんて似合わないのだから、別にいいのだけれども。
「それなのに……何、してンだよ……。こんな……遠回りな自殺みたいな真似して……。自ら死に向かうなんて、最大の『悪』で『愚行』なんじゃなかったのかよ……。真っ直ぐな目で、僕に生きる希望を諭した峰岸秀典は、どこに行ったんだよ……」
語りながら、自然と涙が流れてくる。伽藍堂の瞳から流れる涙は、いつも透明で無味無臭。演技の一部なのだから、当たり前だ。……なのに、何故こんなに苦しいのだろう。全部、嘘なのに。全部、演技なのに。
「ね……お願いだから、食べてよ。梢ちゃんが死んだだけでも辛いのに、これでヒデまでいなくなったら、僕はどうしていいか分からないよ……。さっきは、『みんなが心配してる』みたいな言い方したけど――本当は、僕が心配してるんだ! 僕が辛いんだよ! ヒデが死んだら、他の誰より、僕が悲しいんだ! だから……お願いだから……食べようよ……」
涙声で語る僕を、奴は相変わらずの昏い瞳で見つめている。目の奥は、透明から限りなく遠い黒。きっと、ブラックホールはこんな色をしているに違いない。太陽の五十倍ほどの質量を有するその瞳に、僕は吸い込まれる。
「……明日、また来るね」
僕は気力を総動員して、視線を峰岸の瞳から引き剥がした。
「その次の日も来る。その次の日も、その次も――ヒデがちゃんと食べてくれるようになるまで、僕は毎日来るから」
涙を長袖で拭い、扉に手をかける。後ろは振り向かない。もし万が一、彼がこちらを見ていたら、僕はきっと、二度とこの部屋から出られない――そんな気が、したから。
家に帰り、リビングのソファに身を沈める。相変わらず、家には誰もいない。父親は今日も遅いようだ。
――ひどく、疲れた。明日以降もこんなことを繰り返さないといけないと考えるだけで、気が重くなる。だけど、やらない訳にはいかない。峰岸秀典を手駒にするためだ。そのくらいの苦労を厭ってどうする。精神的疲労は、自覚していた以上だったらしい。僕はソファに身を投げた姿勢のまま、眠りに落ちていった……。
電話の音で、目を覚ました。
時計を見ると、帰ってきてから三十分くらいしか経っていない。この短時間に、夢も見ないほど深く眠っていたらしい。変な姿勢で寝たせいか、躰がだるく、節々が痛い。重い肢体を引きずるようにして歩き、受話器を取り上げる。
「……もしもし……」
「あ、青山さんですか! 峰岸です! 秀典の姉です!」
意外な人物から意外なテンションで電話がかかってきたものだ。怪訝に思うと同時に、彼女の声の明るさから、僕は電話の主がこの先に何を言うかを、半ば予想できていた。
「ありがとうございます! あの子、食べました! 青山さんが置いていったメロンパン、食べてくれたんです!」