三章 ネズミの国とは関係ない
第三話
「で、まずは何処から周りましょうかね」
入園して、すぐ。
風葉はBグループの班員にそう言った。
いつの間にか風葉がリーダーっぽい扱いになってるな。
まぁ、良いか。
自分でやるのは面倒臭いし。
「お化け屋敷」
「お土産屋」
「ベンチ」
順番に、あああああ、佳奈夜、俺の台詞だった。
全員が綺麗に順番に言った。
誰も被らずに、だ。
被ると言えば、何でアニメや漫画や特撮の中の人間は、同時に喋る事が無いのだろう。
特にバトル漫画だ。
主人公と敵が戦っている時に、主人公の仲間が順番に状況を説明していく。
打ち合わせでもしていない限り、普通はごちゃごちゃと発言が被るだろう。
流石ご都合主義、とでも言うべきなのだろうか。
「見事にバラバラですね……。と言うか、佳奈夜さんはもうお土産屋に?」
風葉が苦笑いをしながらそう言った。
俺も脳内トークに夢中で忘れていたが、俺もツッコミを入れておきたかった。
佳奈夜が早速帰ろうとしている事に。
「ちょっと見たい物が……」
へぇ。
佳奈夜に見たい物、ねぇ。
何か意外だ。
意外と言える程佳奈夜の事を知っている訳でも無いが、何となくイメージに合わない。
「まーまー。荷物持ってたら遊園地周り辛いし、後でにしない?」
一先ず、あああああのその台詞によって、佳奈夜のお土産屋行きが後回しになった。
「……じゃあ、まずはお化け屋敷にしますか」
俺の意見はいつの間にかカットされていた。
「いかにも『お化け屋敷』って感じのお化け屋敷ね」
数分の徒歩移動の後、到着。
お化け屋敷を前にした佳奈夜がそう呟いた。
結構小さい声だったが、隣に居た俺の耳には結構はっきり届いた。
滑舌が良いからかもしれない。
「じゃあ、早速並びましょうかね」
風葉がそう言い、お化け屋敷入り口に向かった。
並ぶ、とは言っても、まだ開園したばかりで、俺らの前には少ししか客が居ない。
「待ち時間五分、か」
入り口に建てられた時計の下に、その事を示す表示があった。
……そう言えば。
「あああああ、何でさっきから無言なん……」
言いながらあああああの方法を見ると、そこには。
「……」
真っ青に近い顔で虚空を見つめる、あああああが居た。
「あああああ……?」
気のせいかも知れないが、歯がカチカチ鳴る音も聞こえてきている気がする。
「愛川さん? どうかしたんですかね?」
「……お化け屋敷が怖い、とか?」
佳奈夜がそう言った瞬間。
「ッ!」
あああああが体を強張らせた。
「……あああああ?」
漫画みたいに、汗があああああの顔をダラダラを流れていく。
「ななななな何よ? 何心配そうな顔してんのよ?」
……今の台詞、自爆した様な物だろ。
「所で夢霧村さん。何故愛川さんの事を『あああああ』と呼ぶのですかね?」
あああああの強がりを見てかは知らないが、風葉が話題を逸らした。
「その方が呼びやすいから、だな」
例えあああああが『愛川綾香』なんて名前でも、コイツの名前は『あああああ』だ。
そう言う風に登録したから、『あああああ』が本名で『愛川綾香』があだ名みたいな物の筈なんだが。
……そう言えば、あああああが居たあのゲーム、何処に置いてたっけ?
「そりゃあ、大抵の名前よりは言い易いでしょうけどね……」
「そんな事話してる暇があるなら、とっとと入りなさいよ」
そんな佳奈夜の声で気付いたが、係員が俺達の入場を急かしていた。
その顔は明らかに不快そうだった。
「じゃあ、入るか」
「……」
「そうですね」
「眠い」
お化け屋敷、なんて物には、最近は色々とパターンがある。
が、大体の物は、建物の中を参加者が歩く、なんて物だろう。
このお化け屋敷もその例に漏れず、俺達は薄暗い通路を出口に向かって歩いていく。
勿論、平常心で通路を歩いていける訳では無い。
このお化け屋敷では、心を不安定にするBGMは流れる。
消えたり灯ったりを不安定に繰り返す照明も頭上にぶら下がっている。
通路の壁からはお化けや妖怪の姿をした機械が飛び出してくる。
そうして恐怖を味わうのが、お化け屋敷だろう。
このお化け屋敷は、最近ではよくある事だが、モチーフは廃病院だ。
だが別に、廃病院を改装してお化け屋敷にした、と言う訳では無い。
ブームに乗っかってお化け屋敷のモチーフを廃病院にした、と言う所だろう。
このお化け屋敷は、病院の玄関からスタートし、二階、三階を通過し、反対側の一階玄関まで辿り着く。
客が迷わない様に、うっかり迷ってしまいそうな通路には瓦礫か何かを設置して通行止めにしている。
この瓦礫も、『天井が崩壊してきました』と言うシチュエーションで設置されている。
らしい。
「ムムムぅ……。そんな解説してる暇があったら、早く出口まで行ってよぉ……」
そして今、俺とあああああは二階を歩いている。
「そんな震えた声出してる癖に、人の心を読む余裕はあるのかよ」
俺、あああああ、風葉、佳奈夜の四人は、行列の最先端から実際に建物に入るまでの僅かな時間に(主にあああああの意見により)、二人一組で行動する事になった。
わざわざ、怖いくせに、同時に行動する人数を減らす提案を、あああああはした。
「こ、怖がってないし!」
……そして、それに二つ返事で承諾したのが風葉。
やりたきゃやれば? 何て言ったのが佳奈夜。
そんな佳奈夜とほぼ同じ事を言ったのが俺。
そうして、ジャンケンで二人一組に別れ、行動する事にした。
「だから誰に説明してんのよムムムはぁ……」
「せっ、説明なんてしてねぇよ」
その結果、俺とあああああのグループ、風葉と佳奈夜がグループの二人一組で行動する事になった。
風葉・佳奈夜グループは恐らく、未だに一階を歩いている事だろう。
「こ、ここ、こんな所に来ないとエンディングを迎えられないキャラクターは、かか、可哀想ねぇ……」
無茶苦茶震えた声で、あああああは他のキャラクターを攻撃していた。
……あああああがどの当たりまで自分の居たゲームの、『School Utpia』のストーリーを知っているか、なんて事を俺は知
らない。
その答えが仮に『詳しく知らない』だとして。
……コイツが歩むルートがこんなルートだったら、どうする気なんだろう。
「そそそそ、そんな訳ないでしょ? もしそんなイベントがあるんだったら、私はそんなルートを選ばなきゃ良いじゃない! どんなイケメンのルートだったとしても!」
大体、あああああは二次元から来た奴なんだろ?
それなら、あああああだって三次元から見たら妖怪みたいな物なんじゃないか?
「変な事言わないでよ!」
お化け屋敷に入ってから初めて、あああああの声が震えていなかった気がした。
それ程怒ったのだろうか。
……よし。
ならば。
「それにしてもアレだよなー。ギャルゲーだとお化け屋敷で怯える奴って可愛いけど、三次元だと別だよなー。相手が二次元から来た奴でも、ここは三次元だしなー」
ぴく。
「やっぱ無理なのかー。普段の性格の裏の可愛さ、なんて物はさー」
ぴくぴく。
「ゲームの主人公、なんて言っても、やっぱり無敵じゃないんだし、恐怖には打ち勝てないかー」
ぴくぴくぴく。
「まぁ、しょうがないよなー。やっぱり人間なんだ」
ぴくぴくぴくぴく。
「し「うっさあああああああああああああああああああああああああああああっい!」」
あああああが、吠えた。
「何よ黙ってれば横でぺらぺらと! 何? まるで私がこんなお化け屋敷を怖がっているみたいに! 私が、この程度を……ッ」
そこで、あああああと俺は歩みを止めて。
「恐れる訳無いでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
そして、あああああは、駆けた。
薄気味悪いBGMも、不安定に点滅を繰り返す照明も、通路の壁から出てくる機械も。
そんな恐怖を与えてくるお化け屋敷も恐れずに、あああああは、駆けた。
「怒らせれば元気出ると思ってんだけど……、やり過ぎたか?」
俺は一人、不安定なBGMを背景に呟いた。
後ろからは、佳奈夜の怒鳴り声と風葉の苦笑いが聞こえてきた。
その後、俺がのんびりと雰囲気を楽しみながら三階へ上がり、別の階段で二階に降り、一階に降り。
俺が出口に辿り着いた時、あああああは不機嫌そうな顔で、紙コップ片手にパンフレットを読んでいた。
少しして風葉と佳奈夜も脱出して、あああああがパンフレットを畳んで鞄に入れて。
「あーっ! つっかれたー!」
と、あああああが伸びをしながら言った時。
俺は、ふいに思い出した。
『で、まずは何処から周りましょうかね』
なんて風葉の台詞。
『お化け屋敷』
『お土産屋』
『ベンチ』
そして、あああああ、佳奈夜、俺の意見。
つまり。
この流れで、『お化け屋敷』を提案したのは、紛れも無く、あああああだった。
「あれ……?」
それっておかしく無いか?
あああああは、わざわざ自分から、自分の不得意なジャンルを選んだのか?
『何よ黙ってれば横でぺらぺらと! 何? まるで私がこんなお化け屋敷を怖がっているみたいに! 私が、この程度を……ッ』
……もしかして。
もしかして、だ。
あああああは。
『まるで私がこんなお化け屋敷を怖がっているみたいに! 私が、この程度を……ッ』
最初から、お化け屋敷を怖がってなんて。
『まるで私がこんなお化け屋敷を怖がっているみたいに!』
『私が、この程度を……ッ』
いなかったのか?
「さっきの愛川さんの叫び声、僕達にも聞こえていましたからね?」
「建築素材の関係かは知らないけど、相当声が響いてたわよ」
そう言えば、こんな有名な言葉がある。
吊り橋効果。
危険な状況を共にした男女の間には恋愛感情が芽生えるんだか何だか。
まさかあああああは、それを狙う為にわざと怖いフリを?
その為に二人一組になる様に?
そして、例の勝負で有利になる様に、みたいな。
「考えすぎか」
そんなご都合主義で自己中心的で自信過剰な考えは捨てるべきだな。
またの名を、『中高生によくある《あれ? アイツ俺の事好きなんじゃね?》理論』と言う理論は捨てるべきだ。名前は今考えた。
「……それじゃあ、次に向かいましょうかね。何処が良いですかね?」
俺の先程の意見は話題に上がる事すら無く、佳奈夜の意見(お土産屋)は荷物が重くなるから、と言う理由で後回し。
あああああの意見(お化け屋敷)は今さっき通ったから良いとして。
次は、風葉が望んだ所に行く事にした。
「やはり遊園地と言えば、と言う気がしましてね」
と、目を輝かせながら風葉が語っている。
コイツ、ジェットコースターが好きだったのか。
意外だ。
意外と言える程風葉の事を知っている訳でも無いが、何となくイメージに合わない。
「別に、先にお土産屋に行ったって良いじゃない」
と、佳奈夜が呟いていた。
……もしかして、拗ねてる?
もしそうだとしたら、少しは可愛げがあるじゃないか。
普段厳しい奴の拗ね。何だよ萌えるじゃないか。
「かもねー」
あああああがつまらなさそうに言った。
だから心を読むなって。
某鼠の国にある奴みたいな、ジェットコースターと滝を合わせた様な、アレ。
それが今、俺達の前に君臨している。
若い男女の絶叫と、タイヤがレールと擦れる轟音。
そこに大量の水が勢い良く流れる音が合わさり、かなりの騒音になっている。
今からそれに乗り込むと言うのだから、風葉の気がしれない。
……ジェットコースターなんて危ない物、昔の人は何故造り出したんだろう。
訳が分からない。
「ムムムに嫌がらせがしたかったんじゃないのー?」
開園時間から結構時間も経って、ジェットコースター前にはそこそこの長さの行列が出来ていた。
そこに並んでいた俺(とあああああと風葉と佳奈夜)。
折角長ったらしい独り言を(脳内で)していたら、あああああの今の台詞だ。
はぁ。
「何度も言うが、人の心を読むんじゃねぇ」
俺はあああああにだけ聞こえる音量で囁いた。
……つーか、何でコイツは俺の心を読めるんだ?
いや、《主人公補正》の力だって事は分かってる。
けど、《主人公補正》が読心術になる理由が分からない。
「恋愛ゲームの主人公はさ、他のキャラクターのモノローグを読めるじゃん? その上で選択肢を選べる。だから、他の人のモノローグを読むのが《主人公補正》の応用方の内の一つ」
何か、読心術じゃなくて一方的なテレパシーの気分だ。
「まぁ実際は、モノローグを読んでるのは主人公じゃなくてプレイヤーだけどさ」
補足までされた。
が、どんなに補足を重ねても時間はそれほど経たず、まだまだ列は続く。
後十分位だろうか。
「日常では中々味わえない遠心力を簡単に……」
「はぁ」
……因みに、風葉は佳奈夜にジェットコースターの素晴らしさが云々と語っている。
対する佳奈夜は呆れ顔。
ご愁傷様。
「……っつーか、ムムムってジェットコースター苦手なの?」
「そんな訳無いだろ? あんな子供騙し!」
即答した。
変に考えを巡らせると真相がバレるし。
「『真相がバレる』とか言ってる時点でアウトよね」
あ。
「主人公に不可能は無いのよ」
「いや、それは流石に無いだろ」
DEAD・ENDを迎える主人公だって世の中には居るんだし。
寧ろ最終回で死ぬ主人公が昔より増えてきている気はする。
「じゃあ死んでみる?」
「嫌だ!」
そりゃあいつかは死ぬけどさ、今はまだ遠慮しておきたい。
ああ言う主人公は世界を救ったりした後に死ぬから称えられるんだよ!
「……いつから死に方の話になってたんだ?」
「あれ?」
ジェットコースターがレールの上を走る音が聞こえた。
「「……」」
だが、あああああと俺の間には沈黙。
「……この話、やめようか」
「だな」
ジェットコースターの方から悲鳴が聞こえた。
「横に四人が並ぶ、と言うのは不可能な様ですね」
もうすぐで俺達の番、と言う所で、風葉が他三人にそう言った。
もうすぐで俺達の番、と言える程行列の前に来ていれば、横に何人座れるか、とかは正確に把握出来る。
風葉の言う通り、横に四人は並べない。
並べるのは二人までだった。
「と、言う事は……」
俺は嫌な予感を肩に感じながら呟いた。
「今度はどうやって組み合わせ決める?」
このチート能力持ちが、嫌がらせをしてくるって事じゃないか。
「またジャンケン、と言うのも良いのですがね。……それだと味気無いですし、指名式にでもしてみますかね?」
空間が凍り付いた。勿論、空間が実際に凍り付いた訳では無い。
「「指名?」」
女子二人がドスの利いた声で言った。
それにしても、キレイにハモったな。
「……もしかして、僕、不味い事言っちゃいましたかね?」
言った。
語尾を疑問系にする必要性は皆無だ。
コイツは、山田風葉は、不味い事を言った。
「面白いじゃない。誰を血祭りに上げるかを自分で選べるんでしょ?」
「お前は今から何に乗り込む気なんだ? 佳奈夜?」
その台詞が相応しい場所はさっき終わったぞ?
まぁ、つまりはお化け屋敷の事なんだが。
「簡単に言うと、合法的にムムムを殺れる、と言う訳?」
「合法的に人を殺る手段は安楽死とかしか無い筈だ」
それすら今はやって良いのか悪いのかがよく分からないし。
俺があまりニュースを見ないだけかもしれないが。
「確かに、夢霧村君と乗ると何だか楽しそうですよね」
「……お前が言うと何となく怖いからやめてくれるか?」
何だか一瞬、寒気がした。
主に貞操的な意味で。
いや、狙って言ったんじゃないだろうけど。
待てよ? この場合、狙わないで言われる方が怖くないか?
……これ以上は考えないようにしよう。
「ですけど、夢霧村君を希望する人が三人も居ますと、どうやって隣の人を決定しましょうかね?」
「ムムムが選べば良いんじゃない?」
沈黙。
六つの眼球から放たれる三人の視線。
それらが全て、俺に注がれていた。
「……ジャンケンでもして決めてくれ」
俺に出来たのは、こんな無責任発言をする事位だった。
「僕、ジャンケン弱いんですよね」
「そりゃあ、最初にパーしか出さなかったら負けるでしょ」
「そう言う佳奈夜もチョキしか最初は出してないけどな」
と、こんな感じで。
俺の隣にはあああああが座る事になった。
相手が一般人である以上、チート乱用は良くないと思う。
とか思ったその時。あああああがこちらを向き、口パクでこう言った。
「さっきの借りを返す」
と。
安全バーを下ろして下さい、と言うアナウンスが流れた。
だが、安全バーがあっても俺の命の保障はされない。
右隣に居る存在がチートでバグな奴、あああああの所為で。
「ムムムに地獄を拝ませてやる!」
「お前は俺を殺す気か!」
コースターが動き出した。
ゆっくりと動き出したコースターは、少しずつ加速し、カーブに差し掛かる。
「ムムムー? 楽しんでるー?」
「タノシンデルニキマッテルダロ?」
そしてガタゴトと俺達を揺らしながら、コースターは斜め上に上ってゆく。
「……ッ」
ふと下を見ると、高い。
そりゃあそうだろう。これはジェットコースターで。
そして、もうすぐスタート地点に戻るのだから。
ジェットコースターがスタート地点に戻る前。
そこには、一番の山場が存在する。
文字通り、山の様に上がり、山の様に下がる、山場が。
「あーゆーれでぃー?」
隣のあああああが、おどけた口調で言ってきた。
それに対する返事は一言。
ノー、だ。
口に出しては居ないが、どうせ今の脳内返事も《主人公補正》で読まれているのだろう。
ガタ、と。
ジェットコースターが一度、停止した。
「いっつぁしょーたーいむ!」
あああああのそんな声と共に。
世界が、一瞬で下落した。
気絶しそうになった俺を、顔にかかる水が起こした。
「きゃははっ! さっきの借りは返せた♪」
あああああの嬉しそうな声が響いた。
「確かに、夢霧村君のあの絶叫は凄かったですね。笑っちゃったせいで水、飲んじゃいましてね。驚きましたよ」
「……まぁ、ジェットコースターで叫ぶのは良いと思うけど、流石にあれは酷い」
あああああの嘲笑、風葉の苦笑い、佳奈夜の殺人光線(弱)。
それらを順番に食らいながら、俺は飯を食べていた。
ここは遊園地内のレストラン。
周りには前述の三人。
そこで割高な料理を前に駄弁っていた。
「『割高』って、思っても言っちゃいけないんじゃないの?」
いや、言ってないんだが。
思っただけだ。
「まぁ、割高だとしても、その分楽しみはあるんですし、良いんじゃないですかね?」
「……確かに高い」
佳奈夜が何故か暗い顔で呟いた。
「お土産屋に行く前に、まだ何かに乗れそうですよね」
食後。
風葉がハンカチで口元を拭いながらそう言った。
「じゃあ遂に俺の案『ベンチ』が!」
「「却下」」
「却下ですね」
「ひでぇ!」
即答三連打。
少しは考慮してくれよぉ。
「となると、定番は観覧車?」
「まだ昼だぞ」
あああああに対しては常にツッコめる。
それが俺だ。
「確かに、観覧車に乗る空色じゃあ無いわね」
「なら何に乗りますかね?」
「ベ「「他」」かな」
遂に最後まで言わせて貰えなくなった。
「いっその事、先にお土産見ますかね? 荷物は増えますけどね」
佳奈夜の視線に負けたのか、そんな風に掌を返す風葉。
「じゃあ二人一組で『一箇所だけ』別行動でもする?」
あああああの提案に、全員が沈黙した。
今までの展開的に、俺とあああああ、佳名夜と風葉の組が出来る事になるだろうし。
それじゃあつまらない。
マンネリ化する。
「またくじ引きにすると、同じ結末が出る様な気しかしないんですよね……」
風葉が腕を組みながら、そう言った。
よく見たら、佳奈夜も頷いている。
小さく、だが。
「……じゃあ今度は私と山田、佳奈夜とムムムで行く?」
「「「え」」」
今までと違う組み合わせを提案したあああああに、三人の視線が刺さった。
コイツなら夢霧村正加と組む(そして嫌がらせをする)。
誰もがそう思っていた。
筈だ。
「私と佳奈夜、山田とムムムの組み合わせでも良いんだけど?」
「遠慮したい」
「……少しは傷付きますね」
あああああと風葉が何処かに行って。
俺と佳奈夜がこの場に取り残された。
「……どうする?」
佳奈夜の方を向き、こう言ったら。
「……………………………………………………………………………………………………」
佳奈夜は、凄まじい形相で自分の財布を、正確に言うとその中身を、睨んでいた。
「……佳奈夜?」
顔を覗き込んでみても、特に反応も無い。
「……え?」
やっと佳奈夜がこっちを向いた。
「「……」」
顔を覗き込んでいる俺と、そんな俺の方を向いた佳奈夜。
必然的に、二人の顔は物凄い近距離に存在する事になる。
「離れろッ!」
まぁ、そんな距離は、佳奈夜の鉄拳が俺の腹に食い込む事で、強制的に離される事になる訳だが。
「ぐばっ!」
遊園地の中心で悲鳴を叫ぶ(そして同時に転倒する)。
売れる気配が欠片も無い一文だった。
「さり気無く近寄ろうとするな」
凄まじい目つきで睨まれた。
この殺人光線、久々に浴びた気がする。
あくまで『気がする』だが。
「そ、そんなつもりは、皆無、なんだ、が」
未だに腹が痛む。
「……ごめん。つい癖で、反射的に」
佳奈夜の奴、反射的にどんな一撃かましてるんだよ。
……俺が油断していた、と言うのもあるんだが。
だからって、癖ってどんな癖だよ。
「今の詫びに何か奢ってくれても良いんだけど?」
その声色と視線には、『奢れ』と刻まれていた。
これは『筈』とか『気がする』とかを語尾に付ける必要すら無い。
断言して良いレベルだ。
「……食うか? 乗るか? 買うか?」
つまり、黙って(喋ってるけど)従わないと、リアルに命の危険がある。
「買う」
どんだけお土産買いたいんだよ。
その一文を口にするのはやめておいた。
「つーか、佳奈夜はそこまでして何を買いたいんだ?」
お土産屋に歩きながら、俺はこんな事を言っていた。
さっき心の中に封印した一文に内容が似ている気がする。
つまり、向こうの逆鱗に触れる可能性が大、と言う事。
なのだが。
「え、えっと……」
佳奈夜から殺人光線は放たれなかった。
重ねて言う。
佳奈夜から殺人光線は放たれなかった。
「?」
具合でも悪いんだろうか。
「や、やっぱり、奢ってもらうのが悪い気がして……」
断定しよう。
佳奈夜は今、体調がかなり悪い。
そうでもなきゃ、佳奈夜が俺を気遣う訳が無い。
「……何となく、今、失礼な事を思われた気がする」
バレた。
「そそそそそそんな訳ないじゃないか」
「何でわざわざ『正解です』って言ってる様な言い方するの?」
重ねてバレた。
「……まぁ、自分で自分の感じの悪さは理解しているつもりだけど」
へぇ。
「それを夢霧村に指摘されるとムカつく」
……へぇ。
「だからやっぱり奢ってもらう事にする」
……。
まぁ良いんだけどね。
「で、話を戻すが、何を買うんだ?」
何だかんだで話を逸らされていた事に今気付いた。
「……気付かれたか」
しかも狙ってやってたのかよ。
「どうせ馬鹿にされるし」
そんな拗ねた風に言っても、何故か可愛く思えない。
いや、何か、アレだ。
食虫植物みたいな。
誘って殺す、みたいな雰囲気が漂ってきている気がするんだ。
「殺すわよ」
またもやバレた。
「すみませんでした」
即答した。
そんなこんな語っている間に、もうお土産屋は目の前にあった。
「ぬいぐるみ、ねぇ……」
「……悪い?」
「いや、悪くないし、良いと思うんだが、意外だ」
お土産屋にて。
佳奈夜が俺に奢らせる物は、この遊園地のマスコットキャラのぬいぐるみだった。
全長十五センチ位の、小さいけど高いぬいぐるみだ。
本当、こう言う所のお土産って高いんだよなぁ。
値段の何分の一が制作費なのだろう。
知ったら消される気はするが。
「これで良いのか?」
値札を財布を交互に確認しながら言っておいた。
うん。ここでぬいぐるみを買っても夏休みまで生きていけそうだ。
そこまで生きていければ、後は短期集中バイトなり何なりで何とかなる。
「う、うん」
……?
何だか歯切れが悪い。
てっきり『速攻でレジに行け』位は言いそうだと思っていたのだが。
不思議に思い佳奈夜の方を見ると、視線の先には。
「……」
俺がレジに持って行こうとしているぬいぐるみとほぼ同じサイズで。
質はそれよりかなり良さそうな、値段が数倍のぬいぐるみがあった。
……なるほど。
「そっちが欲しいと?」
「!」
佳奈夜の体が何センチか飛び上がった(気がした)。
「そ、そんな訳無いでしょ」
そして、強張った顔で言われた。
「こんな、大きさも見た目も同じで、違うのが材質だけ、なんて物、わざわざ大金を出して買う訳が無いでしょ?」
とか俺に向かって言いながらも、チラチラとその良質ぬいぐるみを見ている。
「どうせ金出すの俺だし、そっちでも良いんだが?」
財布的にはキツいが、自分の寿命を延ばす為だ。仕方ない。
「い、要らない」
ほぅ。
なら。
「え?」
佳奈夜の声を無視して、俺は良質ぬいぐるみも手に取った。
そして、そのままレジに行った。
いや、行こうとした。
腕を佳奈夜に捕まれた所為で失敗したが。
「要らない、って言わなかった?」
凄い顔で睨まれた。
「誰がいつ、これをお前に奢るって言った?」
佳奈夜が唖然とした。
「ただ俺が欲しいから買うんだが?」
俺は出来るだけ格好を付けてそう言ってみた。
格好を付ければ『何ふざけてるの死ね』みたいな事を言われ『馬鹿な事を言った詫びにこれを買え』となるだろう。
「……あっそ」
だが目論見は外れ、腕は離され、暴言は飛んでこなかった。
だから俺は、何かを言われる前にレジへと向かった。
行列の最中で振り向くと、ポニーテールを揺らしつつ他の商品を手に取り見る佳奈夜。
可愛らしい商品ばかり手に取り見る佳奈夜は、いつもより可愛らしい表情をしていた。
「ほい」
「え?」
お土産屋を出て。
俺はレジで貰ったビニール袋から、ぬいぐるみを二つだし、佳奈夜に渡した。
「……夢霧村が欲しいから買ったんじゃなかったの?」
怒りが篭った声で言われた。
「あれー? そんな事言ってたっけー?」
俺はおどけた調子で口を開く。
「そう言えば佳奈夜ってこの前誕生日だったんだよな?」
何が『そう言えば』なのかは自分でもサッパリだが、俺はそんな台詞を吐いた。
入学時の自己紹介で、そんな事を言っていた気がする。
「!」
「そう言う訳で、誕生日おめっとさん」
佳奈夜の鞄に、ぬいぐるみを二つ(勝手に)入れた。
「さーて、そろそろ合流するか」
佳奈夜は何も言わなかった。
「もう時間ですかね」
「結局、観覧車には乗らなかったねー」
「ベンチ……」
「しつこい」
風葉・あああああ組と合流して。
結局、こんな結末を迎える事になった。
「まぁ、また今度、観覧車の為に来ても良いですしね」
「「「それは無い」」」
「……そうですかね?」
俺達は遊園地を離脱した。
「なぁ、あああああ」
どうしても気になる事を一つ、言っておいた。
「何?」
「お前、風葉と何処行ってたんだ?」
「……さぁ?」
不機嫌そうにそう言った後、あああああが足を踏んできた。
痛かった。