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一章 たぶんきっとバグだらけ

 俺が近所の中学校を卒業してから、三週間が経った。

 宿題も課題も予習も復習も何も無い、春休みと言う期間。

 その中に、今、俺は居る。

「グッジョブだ春休みっ!」

 俺は他に誰も居ない自室にそう叫んでいた。

 ……まぁ、最後の二つはやった方が良いんだがな。

 俺の知った事では無い。知りたくもない。

 そして、そんな心休まるナイスな期間も、今日が最終日。

 つまり、明日は高校の入学式なのだ。

 実家から歩いて十分程の所にある私立高校。俺は明日からそこに通う事になっている。

 そして、義務教育終了と言う一つの節目を切っ掛けに、俺は独り暮らしを始めた。

 いや、正確に言うと、独り暮らしを強要された。

 元々、俺は姉、父、母で四人暮らしをしていた。

 だが、母は沖縄でバカンスを三年程。父は何処かに放浪したまま約二年。

 よって、暫くの間、俺は姉と二人で暮らしていた。

 ……のだが、俺の中学校卒業式の日。

 悪友と駄弁った後に帰宅した俺に、姉は言った。

『男子高校生、なんて性欲の塊と一つ屋根の下、なんて、許されるのは画面の向こうの世界だけなのよ。……って事で、この春から独り暮らし始めて』

 と。

 勿論拒否した。

 当たり前だろう。独り人暮らしなんて金がかかるにも程がある。

 が。

『あっそ。じゃ、沖縄に居るお母さんに電話するね。アタシがアンタに襲われた、って』

 等と言う脅迫を受け、俺は泣く泣く独り暮らしをする事になった。

 因みにその金は親の仕送り(生活費兼小遣い)から出されている。

 折角食費を削ってゲーム買おうと思っていたのに。畜生。

「いや、これはどうでも良いか」

 話を戻そう。

 学校から歩いて徒歩五分の所にあるボロいアパート。

 その102号室に、今、俺は住んでいる。

 六畳の狭い和室。トイレ(洋式)あり。風呂無し。台所あり。

 そんな部屋に、今、俺は住んでいる。

 ……『歩いて徒歩五分』って何だよ。意味被ってるじゃん。

 で、十数分前。

 そんな絶賛独り暮らし中な俺の所に、一つの小包が届いた。

「……」

 お中元とかでハムとか入れてそうな大きさの小包が、俺の姉から。

「……怪しい」

 怪しい。

 無茶苦茶怪しい。

 数年前のある一件から、俺は姉に色々されてきた。

 貰ったばかりのお年玉を六割方取られたり。

 貰ったばかりのお小遣いを七割方取られたり。

 俺が買った新発売のゲームを俺がやる前にクリアされたり。

 サスペンスドラマの犯人が誰なのかをネタバレされたり。

 俺の誕生日にショートケーキの上の苺を取られたり。

 当時の俺は苺が嫌いだったから、最後のだけは良い事だが。

 そんな姉が、俺に贈り物?

 怪しまない方がおかしいだろう。

「うーん……」

 そして今、俺は、その小包を前に胡坐をかいている。

 大体十分前から俺は動いていない。何だか足が痺れてきた。

「とりあえず、開けてみるか……?」

 あの姉から送られてきた物だ。

 開けないで放置、と言うのが一番安全な気がする。

 が、もし中身が食べ物だったらどうする?

 数週間後、俺が室内に満ちる謎の異臭の原因を探して箱を空けたら、その中には謎のグロテスクな物体が……、とかは、是非とも遠慮したい展開だ。

「ま、『開けたらいきなり爆発』とかはないだろうしな」

 あの姉でも、流石にそんな事はしないだろう。

 理由は『無関係の人を巻き込む危険があるから』。

 決して、俺を心配した結果では無い。

「えい」

 俺は小包のテープを一気に剥がした。

 剥がれたテープを適当に投げ、恐る恐る箱を開け。

「……?」

 果たして、中には一つのゲームカセットと一通の手紙。

 そして、一枚の写真が入っていた。

 とある有名携帯ゲーム機に入る大きさ・形状のカセットが一つ。

 ラベル部分には何も書かれていない、全くの無地のカセットが。

 ……カセット、せめてケースに入れれば良いのに。

 いや、そこはどうでも良い。

「あの姉が、俺に手紙……?」

 俺は一緒に箱に入っていた手紙を開いた。

 なんだろー不幸の手紙かなやだなー、とか考えながら開いた。

 が、特にそんな事は無く。

 そこには、女子高校生特有の丸い字(完全に姉の字だ)で、こう書かれていた。

『このゲームから幽霊が出るんです。マジで。主人公の幽霊が。本当にマジで。

 供養してあげて? アタシ、流石に幽霊に喧嘩を売る気は無いから。

 あの馬鹿親父の言う事を素直に聞いたアタシが馬鹿だった。

 次に会った時はマジでラリアットだな。あの親父には!』

 と。

「……はぁ」

 そして、同封されし写真には、ゲームキャラみたいな美少女が写っていた。

 まるで合成写真の様に、三次元の背景に二次元の人物が立っていた。 

 三次元の何処を探しても存在しないであろう、二次元チックな美少女が。

 俺は思わず、声を漏らしていた。

「馬鹿か」

 と。

 こんな合成写真が幽霊の証拠写真?

 幾らあの馬鹿親父が送ってきたゲームと言えど、流石にそれは無い。

 俺の親父は世界を放浪している。これはさっきも言った。

 が、その放浪の理由までは言っていない。

 その、物凄くふざけた放浪理由は。

 俺の父の放浪理由。それは『二次元の人物を三次元に召喚する』事。

 大の大人が子供の様な事を言っているのだ。普通は引く。

 が、俺の親父は、大真面目にそんな事を言いやがっている。

 そして遂には、研究所も立ててしまった(らしい)。

 何故『らしい』なのか。

 その理由は簡単。『立てたか否か』は知ってても、『何処にあるか』は知らないのだ。

 親父もそこは教えてくれなかった。

 教えてくれなくて結構だが。

「金の無駄遣いだよなぁ。ホント、研究所なんて」

 そんな親父は時々、面白いと思った市販のゲームを俺か姉に送りつけてくる。

 理由は『子供の感想が知りたい』だとか。

 今回もまた、そんな理由で送られてきたゲームなのだろう。

 まぁ、ラベルが貼られていないゲームが送られてきたのは初めてだが。

「ま、やってみるしかあるまい」

 モニター料と称して、金も貰えるしね。

 俺は写真をその辺に投げ捨て、無造作に積んである段ボール箱の内の一つを開け。

 そして、携帯ゲーム機を一つ取り出した。

 このゲーム機はリメイクする毎に軽さ・薄さが良くなっていくのだが、俺の持っている物は初期型。

 このシリーズの中でも最も重く、最も厚いタイプの物だ。

 俺は電源を入れ、挿入しっ放しになっていたゲームカセットを取り出し、代わりに姉から送られてきたカセットを入れた。

 機械は数秒間唸り、やがてゲームが始まった。

 と言うか、ゲームのオープニングが始まった。

 画面には一人の美少年が現れる。

 そのバックには学校の校舎らしき物。

 その美少年が消えたかと思うと、また別のタイプの美少年が現れる。

 ……と言った事が六人分続いた。

「……」

 うん。三人目辺りで確信していた。これって。

「乙女ゲーじゃねぇかッ!」

 俺は思わず携帯ゲーム機を放り投げた。

 投げてから後悔したが、運良く、畳んで放置してあった敷き布団の上に落下した。

 ぽすっ、と言う音が布団から。

 良い子は真似するな。悪い子と普通の子は自己責任でどうぞ。

「……親父、今度は乙女ゲーかよ」

 乙女ゲー。

 まぁ、分かりやすく言えば、女子向けのギャルゲー。

 男が女を攻略するのがギャルゲーなら、女が男を攻略するのが乙女ゲー。

 だろう。多分きっと。俺はやった事が無いからよく分からないけれど。

 俺は布団の上の携帯ゲーム機を回収しながら、そう解説してみた。

 タイトル画面なのだろう。そこにはやたらと格好付けたフォントで、こんな英文が書かれていた。

『School Utopia』

 と。

「……」

 その文字の背景には、先ほどの六人の美少年。……男女が逆ならなぁ。

 と言うか、聞いた事が無いタイトルだ。

 タイトル下には、今年に作られたソフトである事を示す四桁の数字。

 つまり、今年の年数が。

 この俺が、今年発売したゲームのタイトルを知らないだと?

 ジャンルに関わらず、タイトルだけはチェックしていたのに。

「ま、良いか」

 俺だって人間だ。チェックミス位普通にあるさ。

 俺は『はじめから』にカーソルを合わせて、ゲームを始めた。

「貴方の名前を入力して下さい」

 果たして。

 いかにもイケメンって感じの声で、携帯ゲーム機がそう言った。

 画面を見ると、そこには『苗字』と言う文字の下に三つ分の空きスペース。

 そして、『名前』と言う文字の下に三つ分の空きスペースがあった。

「ぬ」

 そうか。こういう類のゲームはたまに、主人公の名前を自分で決められるんだったな。

 その方が感情移入しやすいから、だっけ?

 だが、感情移入がどうとかは関係無い。

 俺には、昔から決めている事がある。

 そして、今まで俺がソレを破った事は一度も無い。

 まぁ、決めている事は幾つかあるのだが。

 その内の一つが、これだ。

「『あああ』『ああ』、っと」

 キャラクターの名前を自分で決められるタイプのゲームでは、名前を決められるキャラの名前を全て『あああああ』にする。

 俺の、俺への誓いだ。

 まぁ、今回は文字を苗字と名前に分けなければならないので、苗字を『あああ』、名前を『ああ』にした。

 何で片方三文字までなんだよ畜生。

「まぁ、しょうがないか」

 そこに文句を言っていても話は進まないし、無事あああああを入力出来たのだから。

「さて、決て「押すなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」

 俺が『決定』にカーソルを合わせた瞬間。

 突然。

 俺の鼓膜が震えた。

 いや、部屋が震えた気がした。

 いや、アパートも震えた気がした。

「うるさっ!」

 俺は思わず、両手で耳を塞ぎながらそう言った。

 がしゃん。

 支える物を失ったゲーム機が落下する。

 ……この部屋には他に誰も居ないハズ。

 なのに、俺は叫ばれた。

 誰にか、なんて知らない。

 ただ、叫ばれた。

「決定しました」

 携帯ゲーム機から、美少年の声が聞こえてきた。

 俺はその男声も無視し、怒号のした方向を見た。

 つまり、真後ろを見た。

「……」

 そこに立っていたのは、一人の美少女。

 どこかで見覚えのある様な、と言うか。

 さっき、誰かさんが送ってきた写真で見た様な美少女が。

 今、目の前に居た。

「……」

 例え『ハーフです♪』と言い張っても通用しないであろう、鮮やかな髪色。

 そんな派手な色の髪の毛を結って作られた、鮮やかなポニーテール。

 その髪を結わえるのは、やたらと自己主張の激しい髪飾り。

 それらが化学反応を起こし、美少女の頭部はやたらと派手になっていた。

「……」

 が、派手なのは髪だけでない。

 その髪の派手さに負けない様な、綺麗に整えられた顔。

 派手さに負けない、と言っても、別にギャルっぽい訳では無い。

 恐らく化粧などはしていないであろう、白き肌。

 気が強そう、と言う印象をこちらに与える目。

 不機嫌そうに歪められた唇。

 それらも合わさり、そこに居るのは。

 非の付け所の無い、美少女だった。

「……」

 そしてその美少女は、何処かの学校の制服っぽい服に身を包んでいた。

 だがその制服も、現実にはまず無いであろう、凝ったデザインだった。

 派手な色で彩られたセーラー服。

 やたらと胸のサイズが分かりやすい謎仕様。

 そのお陰かは知らないか、その美少女は中々の巨乳に見えた。

「……」

 その制服から伸びる、細長い四肢。

 漫画とかで肌の事を『陶磁器の様』とか言ったりするが、これがまさしくそうだろう。

 そしてその細長い左腕には、凝ったデザインの腕時計が巻かれている。

「……」

 俺が脳内で長ったらしく解説をしている間も、互いに無言。

 だけど、こっちは驚きから来る無言で。

 向こうは、怒りから来る無言。

 そんな気がした。

「一つ、聞きたいんだけど」

 先に沈黙を破ったのは向こうだった。

 いかにも『美少女』って感じの声。

 こう言う声って、アニメ声、って言うんだっけ?

 苦々しさが滲み出てさえいなければ、聞き惚れてしまいそうな声だ。

「……何?」

 とりあえず相槌を打っておく。

 向こうが何者か分からない以上、いきなり喧嘩腰、と言うのも良くないし。

 でも頭を下げすぎるのも良くない気がする。調子に乗られると面倒だ。

 まぁ、いざと言う時は、ポケットに入れてある携帯電話で助けを求めるさ。

「アンタ、今、名前を何て入力しようとした?」

「『あああああ』」

 即答した。

 だって真実だし。

 嘘を吐く必要も無いし。

「……馬鹿なの?」

 いきなり罵倒された。

 たった四文字でシンプルに罵倒された。

「何で、どうして、この私にそんな手抜き全開な名前を付けるのよ?」

 と、胸に手を置きながら宣言する美少女。

 ……さらっと言ったな。コイツ。

「『私に』、か」

 まぁ、そうでしょうね。

 さっきの写真に写っている美少女と。

 ゲームの画面に映っている美少女と。

 今俺の目の前に立っている美少女は、瓜二つ(いや、この場合は瓜三つ、か?)。

 ここまで来て『ただのソックリさんです』は流石に無いだろう。

「あ、言っちゃった」

 口に片手を当てて言う美少女。

 いや、あああああ(仮)。

「言っちゃいけない事なのかよ」

 もし言っちゃいけないのだとしたら、それを『あ、お醤油買ってくるの忘れちゃった』みたいなノリの『あ、言っちゃった』で済ませて良いのか?

「……馬鹿はお前の方なんじゃ無いの?」

 俺は冷静にツッコミを入れていた。

 こんな時に冷静で居られるか居られないかが、非常時に助かるかを左右するらしい。

 そして、その『非常時』は今だ。

「いや、別に良いんだけど」

 良いのかよ。

「……まぁ、そこはどうでも良いか」

 それが言って良い事だろうと良くない事だろうと、俺には関係が無い。

 こっちには聞きたい事が山盛りだ。さっさと話を先に進めたい。

 これ以上無駄会話が続くのならスキップボタンを押すぞ? 何処にあるかは知らない。

「おま「で、どうして私にそんなアホな名前を?」よ」

 思いっ切り話を遮られた。

 お陰で言いたい事が完全にスルーされていた。

「俺の中のルールだからですが何か?」

 ……話を妨害されてもキレちゃいけないと思うんだ。

 だから、俺はきちんと質問に答えた。

 今、妨害されて無茶苦茶キレたいけど、そこは我慢だ。

 我慢しきれず、口調に苦々しさが滲み出ていた気がするが、気のせいだ。

「どんなふざけたルールよ!」

 物凄く怒鳴られた。

 美少女って、怒る時も可愛いんですね。知りませんでしたよ。

 だからっていきなり怒鳴るなよ。

 美少女に怒鳴られて喜ぶ性癖なんて、生憎俺は持ち合わせちゃいないんだ。

「いやいや。一見ふざけた名前でも、実はその奥にはちゃんと意味があるんだよ」

 最近は。キラキラネーム、だっけ? 無茶苦茶な名前を付ける親が居るらしいが。

 それだって一応、子供の事を思って付けられた名前なんだ。多分。

「もっともらしい事言ったって、ふざけた名前である事には変わらないでしょ!」

 ……ここ、一応アパートなんだけど。

 って事は、他にも住人は居る訳で。

 って事は、あまり大声で叫ばないで欲しいと言うか。

「後、人間を名前で判断するな」

 俺は言った。

 その声に怒りを込めて。

「……何よ、いきなり怒って」

 あああああは、少し驚いたらしい。

 俺がいきなり、怒りを見せた事で。

「人間、大事なのは名前じゃなくて内面だ」

 どんなに持っている名前が立派でも、馬鹿な奴は馬鹿だ。

 どんなに持っている名前が貧相でも、良い人は良い人だ。

「……例え名前が人と『違って』も、良い奴は良い奴なんだ」

 そんな、名前なんかが人を決めてたまるか、っての。

「いや、何か良い話っぽく纏めたけどさ。そうは言っても『常識』って物があるよね」

 言われるとキツい所を突かれました。

 ……確かに、常識って物はある。

 さっきのキラキラネームの例で言えば、『そんな名前を付けるなんて非常識』とか世間の一般論だ。

 だから、コイツが『あああああ』と言う名前を付けられた事を嫌がる気持ちも分かる。

 けれど、『非常識が悪い』と決め付けるのは、間違っている。と思う。

「……そう言えば、アンタの名前は?」

 俺の無言を怒りと思ったか、あああああが話題を逸らしてきた。

「……夢霧村正加むむむら まさか

 まぁ、俺自身もこんなふざけた名前だしな。

 何だよ『むむむ』って。唸ってるの?

 でも、苗字だからしょうがないじゃないか。

 ……念の為に言うと、さっきの怒りの理由は、そんな事では無い。

「ふーん。『む』が三回も」

 まぁ、言うでしょうね。誰だって。

 ここでそれを言わない奴なんて、殆ど居ないだろう。

 殆ど、居ない。

「で、そっちは?」

 無視して、俺もあああああの名前を聞いてやった。

 俺、苗字の事弄られるの、嫌いなんだよね。

 だから、仕返しだ。

「え? ま、愛川綾香まながわ あやか

 愛川綾香、か。

 何処かで聞いた事がある様な無い様な名前だ。

 何処で聞いたんだっけ? ……まぁ、どうでも良いか。

「分かった。あああああ、な」

 これが言いたかっただけで、俺は名前を聞き返した。

 だって反応が気になるし、さ。

「聞いてきた癖に無視?」

 いや、ただ礼儀、って言うか社交辞令で聞いただけですよ?

 決して、嫌がらせとかじゃ無いんですよ?

「アンタ今、脳内で言い訳考えたでしょ!」

「何で分かったんだ!」

 と、俺が叫んだ数秒後。

 大家が部屋に怒鳴り込んできた。

 そして二人して土下座する羽目になった。

 ……当然か。


「……で、今は元の世界に帰れない、と」

「うん」

 あああああの出現から約二時間。

 とりあえず、俺はあああああの事情を聞いていた。

 腐っても美少女。あああああは(黙っていれば)可愛い。

 因みに、今の『腐ってる』は、言葉そのままの意味ですよ?

 決して、あああああにそう言う趣味がある訳では無いですよ?

 ……いや、知らないけどね。

 あああああにそう言う趣味が無い、と言い切る事は出来ません。

「……モノローグだからって、やたら『あああああ』って言わないでくれる?」

「嫌だ」

 って言うか、何でコイツはモノローグを読めるんだ。

「……あっそ」

 先の台詞の通り、あああああは今、ゲームの中の世界に帰る事が出来ないらしい。

 ゲームの中の世界、とは言ったが、平たく言えば二次元だ。

 どうして自分は二次元から出てこれるのか。

 どうして自分は二次元へと戻れないのか

 そう言った事は分からないらしい。

 あああああに分からない事は俺にも分かる訳が無い。

「こんな事なら出てこなきゃ良かった」

 どうやら、あああああは俺の時に限らず、暇になったらこっちに出てきていた様だ。

 で、毎回、幽霊と間違えられて手放されてきた。

 姉から俺に渡ってきた時もそうだ。

 何だかんだとたらい回しにされてきたらしい。

 ……って事は、今まで俺の所に回ってきたソフトは全部、赤の他人も触った物なのか。

 知らなかった。

「……あの親父、面倒なシステム作りやがって」

 確かに、親父の研究成果としては、素晴らしい物なんだろうけどさ。

 結果的に、親父の発明は成功したって事なんだから。

「何か言った?」

「何も」

 だが、こっちの身にもなってみやがれ。

「……まぁ、一応、私の任意で二次元に帰れないだけで、強制帰還させる方法はあるんだけどね。一応」

 一応、って二回言ったな。

 と言うか。

「そんな方法があるなら早く言えよ!」

 さっさと実行したいのに!

 そして明日に備えて早く休みたいのに!

「さっき思い出したんだからしょうがないじゃない!」

 そんな大事な事を忘れるな。

 ……まぁ良いや。これで俺は平穏を取り戻せる。

「で? その内容は?」

 これで楽勝な事だったら笑ってやる。大笑いしてやる。

「『私以外の誰かが、そのゲームをクリアする事』」

 ……。

 え?

「もう一度、言って貰えますか?」

 聞き間違いだよね?

 そんな鬼畜な条件、聞き間違いだよね?

「何で敬語? ……まぁ良いや。『私以外の誰かが、そのゲームをクリアする事』」

 ……。

 聞き間違いだ聞き間違いだ聞き間違いだ聞き間違いだ聞き間違いだ聞き間違いだ。

「聞き間違いじゃ無いけど?」

「いいや聞き間違いだ!」

 俺はそう信じる! 英語で言ったらビリーヴ!

「……で、二回も言った事だけど、誰かがそのゲームをクリアしないと帰れないのよ」

 聞きたく無い言葉を並べるあああああ。

「だ・か・ら、今すぐ名前変更して私に美少年とのスクールライフを送らせて欲しいの」

 一撃必殺レベルの大技を、簡単に吐いてくるあああああ。

「何回言えば分かるの?」

 もう俺のメンタルは限界だ。

 だから、叫んでも仕方あるまい!

「だから何度も言わせるな。俺はこの名前を変える気は無い」

 それが俺のポリシーだからな!

 って言うか、別に名前でゲーム内容が変わる訳でも無いんだし。

「そのままの名前で美少年と過ごせば良いだろ。俺以外の人間の手によって、な」

 俺が『あああああ』以外の名前をゲームで使用する事は無い。

 しかも、乙女ゲーを最後まで心を折らずに続けられる自信なんて無い。

 いやむしろ、最後まで続けられない自信がある。

「考えても見なさいよ! 例えば『好きだよ、あああああ』とか言われてアナタは嬉しいの? アンタ側は画面に表示されるから良いけど、こっちは言われるのよ実際に!」

「乙」

「漢字一文字で慰めるな! 慰めになってないから!」

 あああああの咆哮を聞き流しながら、俺は悩んでいた。

 つまり、俺は今、二択を迫られている。

 乙女ゲーをクリアするか、コイツの面倒を見るか。

 俺は男に興味なんて無い。

 なのに、乙女ゲーをやらないとコイツが居座る事になる。

 美少女と一つ屋根の下、と言えば聞こえは良いが、相手は親父のみたいなものだ。

 そんなのと一緒に暮らしていたら、姉との二人暮し期間と大して変わらないじゃないか。

 苦渋の選択、ってヤツだ。

「っつーか、本当に名前変える気無いのね……」

 コイツは、母体となっている乙女ゲーをクリアしなければ消えない。

 誰のルートでも良いらしいが、トゥルーエンドを迎える事が条件らしい。

 それまでは、こうして三次元に出現し続けるそうだ。

 逆に、トゥルーエンドさえ迎えてしまえば、二度と出てこれないとか。

「大体、俺は積んでいるギャルゲを崩すので忙しいんだ。乙女ゲーなぞやる暇は無い」

 人から借りた物や、自分で買った物や、人から借りた物。

 とにかく、未プレイのギャルゲが多すぎる。

「……ギャルゲも乙女ゲーも対して変わらないでしょ?」

「変わる。凄く変わる」

 ……ぬ?

 大事な事をスルーしていた気がする。

「そう言えば、お前、俺にゲームをクリアして欲しいんだよな?」

「? うん」

 って事は。

「お前、こっちに出てきたくないのか?」

 もし出てきたいのなら、俺にゲームを終わらせて欲しくない筈だ。

 ゲームを終わらせて欲しい、って事は、やはり、出てきたくないのか。

「うん? 出てきたいよ?」

 ……。

「……は?」

 それっておかしく無いか?

「『は?』って何よ『は?』って」

「……お前、出てきたいのにゲームを終わらせて欲しいのか?」

 矛盾してやがる。

 だって、クリアしたら出て来れないんだぞ?

 なのに、クリアして欲しいって?

 ……やっぱり、矛盾している。

「暇潰しみたいな物だし、面白そうな隠しルートがあるかもしれないし」

 ……あっそ。

 残念ながら、現実はゲームみたいに面白くは無いんだがな。

「その暇潰しに俺を巻き込むなよ」

 俺が、何の気無しにそう言った時だった。

「えっ……」

 あああああの表情が、凍りついた。

「どう言う、事……」

「え?」

 いきなり、なんだ?

「また、捨てるの?」

 悲しみに溢れた声だった。

「また、出てこれるから……。ただのプログラムじゃないから、なの?」

「は……?」

 え、俺、何かしたか?

「物珍しさで引き取られて、期待して出てみたら気味悪がられて……。どうして……」

 青菜に塩を大量にかけたかの様に、あああああは元気を無くしていく。

 その様から察するに、俺は何かしてしまった様だ。

 何がきっかけかは分からないが、他に誰も居ない以上、犯人は俺だろう。

 幾ら相手が馬鹿でも、女子を泣かせるのはあまり気分が良い物じゃない。

 まだ泣いてはいないけれど。

 しかも、相手は(一応)美少女だ。

「あ、あああああ……?」

 やっぱり、泣かせて気持ち良い物では無い。

「……うん。ゲーム機からカセット抜けば、とりあえず、私の事は見えなくなるから」

「……」

 何か、一気にテンションを奪い去ってしまった様だ。

 ここは励まさないと、男として、いや、人として終わりだ。

「いや、別に、捨てるって言った訳じゃ……」

「じゃあどんな意味よ!」

 悲しげな声で叫ぶあああああ。

 ここが正念場、かな?

 ゲームの中だと大抵そうだ。

 しかも、向こうは実際にゲームの中の女子。

「『巻き込むな』だ。……こっちが巻き込んでやる」

 全然そんな事思ってないのだが、相手は美少女。

 俺は美少女に嫌われる趣味は無い。

「……」

 何か黙られた。

「……」

 だから、俺も黙るしか無かった。

「……何格好つけてるの?」

 うん。まぁそうなるよね。

 だってここは三次元だもの。


「……そう言えば、お前ってさ」

「何?」

 あああああは床に寝そべりながら、俺のゲーム機で(勝手に)ゲームをしていた(念の為に注釈。そのゲーム機は『School Utopia』が入っていた物では無い)。

 雰囲気から察するに、きっとボス戦か何かだったんだろうが、構わず話しかけた。

 案の定、あああああは返事はした物の、目線はゲーム機の画面に注がれたままだ。

「お前って、飯食うの?」

「食べない訳が無いじゃない」

「即答かよ」

 コイツが出てきて、まだ二十四時間も経過していない。

 大体、『幾ら何でも、非常時に対する適応力高すぎるだろうお前』とか言われそうなのは十分承知している。

 が、さっきの流れの後、証明の為に色々と『普通の人間には出来る訳が無い芸当』をされてしまったせいで、まぁ、信じざるを得ない状況に置かれてしまった。

 そもそも、あああああの出現時自体が非現実的だったしな。

 窓は閉まっていたから、不法侵入でも無いだろうし。

「食事をしない生物が居るとでもムムムは思っていたの?」

「何がムムムだ!」

 ついうっかり叫んでしまった。

 いや、何故そんな呼ばれ方をされたのかは分かるのだが。

 アレか。俺があああああの事をあああああって呼んでるからか。

 まぁ良いか。俺は『あああああ』呼びをやめる気は無い。

「お前の事を生物としてカウントして良いのか?」

「当たり前でしょ」

 即答かよ。こいつ即答多いな。

 メッセージスキップでもやってるのか、って位の早さだ。

「まぁ良いや。……夕飯どうする?」

「簡単に食べれる奴」

 あああああは足をぱたぱたさせながら答えた。

 そのお陰で、スカートの中の布が見えそうだった。見えないけど。

「簡単な奴、って……。まぁ、カレーとかで良いか」

「あ、カレーは甘口ね」

「注文多ッ!」

 幸い、近所のスーパーで安売りしていたカレールーの中に、甘口が幾つかあった。

 良かった。安いから、って買っておいて良かった。

 俺は床に置いてあったビニール袋の中からその甘口ルーを取り出し、封を開けた。

「ねぇ、ムムム?」

「その名前で固定なのかよ! ……まぁ良いや。何?」

 コイツが俺の事を『ムムム』と呼ぶ限り、俺はコイツの事を『あああああ』と呼ぶんだろうな。多分だが。

 俺はカレーを作りながら話をする事にした。

「アンタ、本当にアレ、やる気無いの?」

 と、ゲームをしながら顎で部屋の隅を指した。

 そこには、コンセントに繋がった携帯ゲーム機(充電中)があった。

 何でも、携帯ゲーム機のバッテリー残量が、あああああの残りのHPらしい。

 どんだけ適当な設定なんだか。

「あぁ。無い」

 誰が好き好んで乙女ゲーなんてやるんだか。

 訳が分からない。

「大体、そんなにクリアして欲しいなら、自分でやれば良いんじゃないのか?」

「さっき、何か格好付けた台詞言ってたのは誰だっけ?」

 ぐ。

「あんな事言ってたクセに、協力しないなんておかしくない?」

 ですよね。

 あの台詞の流れから言ったら、俺はあああああの為に何かをする事になるだろうし。

「って言うか、自分でクリアしても帰れないし」

 うん。俺は完全に台詞の選択肢を間違えていた様だ。

 あまり良くないルートっぽいな。コレ。

「いや、まぁ、こっちの世界であああああと居たいなー、みたいなー……」

 とりあえず、あまりフォローになってないフォローをしておいた。

 と言うか、冷静に思い返してみると、俺は『(暇潰しに)巻き込むな。こっちから巻き込む』みたいな事を言っていた様な気がする。

 巻き込む気なんてさらさら無いんだけど?

「……フン」

 あああああのゲーム機から、ボス戦に勝利した時に流れるBGMが聞こえてきた。

 その音を合図にしたかの様に、あああああはゲーム機を手放し、体を起こした。

「……分かったわよ」

 あああああは、怒りを込めた声で語りだした。

「勝負しない?」

「……は?」

 勝負?

 俺はあああああの方を向いた。

 カレー作りは中断だ。

「勝負よ勝負」

「……何の勝負だよ」

 何となく、だが。

 嫌な予感を感じざるを得ないのだが。

「私がアンタに勝ったら、アンタはあのゲームをクリアしなさい」

「……俺が勝ったら?」

「アンタはあのゲームをクリアしなさい」

「横暴だッ!」

 何だよそのデッド・オア・ダイ。

 銃殺と斬殺、どっちが良い? とか聞かれた気分だよ。

 ……だったら斬殺の方が良いかなぁ。ごめん嘘。

「冗談よ。……そうね。アンタに私を攻略させてあげるわよ」

「その権利は幾らで売れるんだ?」

 千円位かな。

「速攻で要らない事をアピールしなくても良いじゃない! 後、その値段設定は安すぎない? せめて五千とか言いなさいよ!」

 いや、だって。

 こんなにうるさい奴を攻略しろ、って言ってもねぇ。

 って言うか、コイツはまたもや俺の考えを当てやがった。

 どうなってんだ? エスパーか? サイキッカーか?

 因みに、サイキッカーって英語は無い。らしい。

「そもそもお前は攻略『する』側だろ? ……それより、勝負内容は何なんだよ」

 一番大事な事がまだ決まってないじゃないか。

 明らかにコイツの方が有利なルールなら呑む。

 俺が不利になりそうなルールなら呑まない。

 勝負ってのはそう言う物だ。

「だったら、私がアンタを攻略する!」

「……スマン。全く意味が分からない」

 後ろで湯が沸騰する音がした。

 後ろ手に火を止めておいた。……良い子は真似しちゃいけません。

「私は仮にも恋愛ゲームの主人公よ? しかも乙女ゲーの」

「そうだな」

 仮、なのか?

 仮じゃなくて主人公だった気がするんだが。

「だったら、男の一人や二人、攻略するなんて簡単な事よ!」

「二人かよ」

 同時攻略はやめておいた方が良いと思うが?

 逆ハーレム王でも目指しているのだろうか。コイツは。

 ……ありそうだなぁ。

「だから、私がアンタに告白させたら私の勝ち。アンタが告白しなかったら私の負け」

「なるほど」

 何だ。勝負とか言うから、もっと熱い展開を想像していたのに、そんな事は無かった。

 これなら俺が負ける事は無い。

 まぁ、あああああに攻略される気なぞ毛頭無い。

 額は少なくても良いから、この権利を現金と交換して貰う事にしよう。

「……アンタはモノローグで失礼な事を言いまくる癖でもあるの?」

「だから何でお前は脳内を透視出来るんだよ!」

 おちおち変な事も考えられないじゃないか。

 まぁ、そんな事考えないが。

「で、乗るの? 反るの?」

「乗った」

 俺は即答した。

 やたら上から目線で話してくるコイツを黙らせる良い機会かもしれない。

 後、ここで勝てば、俺が乙女ゲーをやらない理由が出来る。

 まぁ、さっき、カセットを抜けば姿は見えなくなるとか言っていたから、そうするのも手かもしれない。

 が、『姿が見えなくなる』であって『居なくなる』じゃないのが不安だ。

 声は聞こえる、普通に動ける、とかだったら困る。

 ポルターガイストじゃないか。そんなの。

「じゃ、決まりね」

 あああああは不敵に笑った。

「勝負開始ね。英語で言ったらデュ……じゃなくてバトルか」

 今、絶対わざと間違えただろ。

「……まぁ良いや。俺が負ける訳が無いしな!」

「どうかしらね!」

 ……と言う罵り合いが数十分続き、疲れてきた頃にカレー作りを再開させた。

 そこからは互いに沈黙を貫き、カレーの完成を待っていた。

 こんなに疲れたカレー作りは初めてだ。


 翌朝。

「……新学期か」

 俺の目覚め後の第一声がコレだった。

 寝ぼけ眼で見たデジタル時計は、今日が高校の入学式の日である事を示していた。

 今日から、新しい連中と勉学に勤しむ日々が始まるのか。

 まぁ、入学してから暫くは、オリエンテーションだか何だかで授業は無いのだが。

「……あ、そうか」

 今日から学校、って事は。

「殆どあああああと会わないじゃん」

 あんな勝負をする事になった物の、会うのは朝と夜だけ。

 会う回数がそんなに少なかったら、立つフラグも立たなくなるだろう。

「……」

 視界の隅に肌色が映ったからそっちを見てみたら、そこには、寝ているあああああ。

 いつ着替えたのか知らないし、何処に隠してたのかも知らないが、その服装は制服姿では無くパジャマ姿だった。

「つーか、いつ俺の布団に入り込んできた?」

 しかも、狙ったかの様に、そのパジャマは猫模様だった。都合良くへそも見えてるし。

「……あぁ、なるほど」

 これはあああああの作戦か。

 こう言う無防備な所を見せて、俺を誘惑する作戦か。

 なるほど。ラブコメらしいテンプレートな展開だ。

 だが俺も、そんなシチュエーションには慣れている。

 最近のライトノベルや漫画では、PTAが何て言うか分かった物じゃない程、如何わしいシーンがあったりするからな。結構頻繁に。

 そう言った類の物を沢山見てきた俺が、今更へそ程度で誘惑される筈が無い。

「……甘かったな」

 俺は布団を出て、学校へ行く支度をした。

 俺は食パンを焼きながら、持ち物の再点検をしていた。

 中学の時はブレザーを着ていたから、学ランが制服、って言うのは新鮮だ。

「よし」

 今日使いそうな物は、全て鞄に入っている。

 チン、と言う音と共に食パンが焼けた。俺はその食パンを加え、鍵をかけ、家を出た。

 一応、あああああの為にスペアの鍵は玄関に置いて、だ。

「……さて」

 俺は学校に向かって歩き出した。

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