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夢語。 ~flower~  作者: 蓮月ミクロ
現実1
7/8

<依頼人>


「……こんなもの、ですね」


 一通り目を通し終えて呟くと、何故か椛と空海は驚いた顔をして私の方を見てきた。若い夜明は感情をあまり出さないからよく分からないけれど、同じように視線が向けられているから驚いている……のであろう。已緒はこの時には席を立っていた。


「ど、どうされました?」

「依……お前、もうこの文書読み終えたのか?」

「えぇ、そうですが……」

「……速すぎません?」


 椛の言葉に私は一瞬きょとんとして、そしてすぐさま彼の云っていることの意味を理解した。


「……そっか。えぇと……どれくらいで私、読み終えましたっけ?」

「1分も経っていませんよ……」


 あの長さの文書を読むのに1分……確かに普通の人からすれば、それは異常な速さだ。私はしどろもどろに説明をした。


「えっと、特技といいますか、速読術を持ってるんです、私。授業とかでなるべく時間をロスしないようにって……」

「速読術、ですか。俺も文を読むのは早い方ですが、七喜さんは本当に速いですね……」


 感嘆の溜息を漏らす椛。私は照れ隠しにもう一口ミルクティを飲む。あぁ、これで飲みほしてしまった。


 ティーカップをかちゃりと置いて話の続きを促す。


「それで、憶超の皆さんの内のどなたが紫風島へ同行するかというところで話が途切れて」

「秋等は留守番組な」


 私の言葉を遮って空海は勝手に決めてしまう。彼の言い分にすぐさま椛は反論に出た。穏やかな笑みは影を潜め、不機嫌そうに眉間にしわを寄せている。


「何故ですか。今月のノルマは終わらせましたから暇人になっているのですけど」

「急な依頼人がやって来るかもしれねぇだろ? 仕事がなくても家に1人は現実対策の人間が必要だ」

「俺以外の人間を呼んで下さい。その、巡さんとかいるでしょう……それに、現実対策の仕事なら俺じゃなくても誰にだって務まります。だから俺も同行させて下さい」

「聞こえなかったか? 秋等。お前は、待っていろ」


 何度も食い下がる椛に、空海は凄みを利かせて静かに言い放った。特に怖い顔はしていないし声色も平常なのだが、それでも空海の言葉は端から聞いていた私の体を震わせた。


 椛は沈黙はしたものの、触れれば傷付きそうなくらい鋭い眼光を揺らがせることなく空海の方を射抜くように見ていた……が、


「……秋等さん、人前だヨ」


 アクセントのずれた言葉と共に、ぽんと椛の肩に手が置かれる。椛の後ろには花柄のティーポットを左手に持った已緒が立っていた。


「七喜さんが怖がってる」


 彼の言葉に椛はようやく我に返ったらしく、はっと私に向けて慌てて頭を下げた。


「すみません、見苦しいところをお見せして!」

「えっ? あ、いえそんな……」


 急な謝罪に私はぱたぱたと両手を振る。さっきから全く口を開かずにティーカップの中身を啜っていた夜明が初めて私に言葉をかけた。


「秋等さん、時々周りが見えなるから」

「そう、なんですか?」

「怒ると、怖い。空海も怖い。……一番覇気がないの、そこの変態」


 そう云ってついと指差された已緒の顔は、若干引きつっているようにも見えた。ティーポットを持つ手がわなわなと震えている。……どうか落としてしまいませんように。


 飲み残された紅茶のようにぬるく掻き混ぜられた空気の中で一番に口を開いたのは、ふうと溜息を漏らした已緒だった。


「紅茶、少なくなってきたと思って持ってきたヨ。おかわり欲しい人、いる?」

「こっちこっちー。てかコーヒーがいいー」


 先程までの流れがなかったかのような振る舞いの空海に続いて、私も「お願いします」と手を挙げる。已緒はまず席の近い私のティーカップに紅茶をこぽぽと注いだ。紅の透き通った水面に映る自分の顔は、疲労が溜まっているように見えた。目の下にはファンデーションで隠された隈がある。


 紅茶を注ぐ時、已緒は私の耳元でこっそり呟いた。


「秋等さん、ああやって空海さんによく「現場」から体よく追い払われてるんだヨ。それであんなにイライラしていたんだ」

「どうして空海さんは……」

「本人には死んでも云いたくナいケド……あの人は他人思いな人、だカラ」

「おぉい已緒、さっさとコーヒーのポットも持って来いよー」

「……前言撤回」


 仲がいいですね、なんて云ったらこの無表情な少年はどのような反応をするだろうか。少しだけ好奇心が疼いたが、私は已緒がキッチンにコーヒーのポットを取りに行くのを見送って気まずそうな顔をした椛の方へと視線を戻した。


「同行して貰えるのはありがたいのですが、島には宿泊施設は無くって……泊まるとしたら奏一先輩の実家、私達が泊まるお屋敷しかないんです。今なら未だ人が増えても大丈夫だと思いますが、さすがに大人数だと向こう側も困るかと……えと、なので」

「分かりましたよ、七喜さん。旅行に同行するのは空海さんと已緒君ということで」

「はい、ではそのように連絡を……」

「ちょい待ってくれ、依」


 話がどうにか纏まろうとしていた所に、またもや空海が口を挟んできた。


「悪いとは思うが、夜明の奴もどうにか一緒に連れて行ってくれねぇか?」

「え?」

「はい?」


 前者が私で後者が椛。驚きの声を発すると同時に、自然と夜明の方へと皆の視線が集中する。当の本人は僅かに眉をひそめ、空海の顔を鋭い吊り目で不可解そうに見た。


「何で、僕も?」

「お前の「能力」が一番強いからな。俺はおまけみたいなもんだ。最初はお前と已緒の二人を行かせようと考えていたんだが、さすがに未成年者だけはまずいからな。俺は保護者みてぇな立場で着いてく。お前ら2人、年も近いしやりやすいだろ」

「……意味、分かんないし。僕が行くなら、已緒は置いてけばいいじゃん」


 間の悪いことに、丁度この時に已緒がポットを持って戻ってきてしまった。


「夜明君に同意するわけじゃないケド、確かに夜明君が行くなら僕まで行く必要はナイんじゃない? ……ドウゾ、コーヒー」

「ん、さんきゅ。いや、お前も行くんだよ。夜明の「能力」は確かに高いが、安全面を考えるとお前が必要なんだよ。なぁ依、3人までならぎりぎり大丈夫そうか?」


 急に話を振られて、私はあたふたしながらも縦にこくりと頷く。相変わらずいきなり話しかけてくる人だな……。


「ぎりぎりですが、何とかなるかと……」

「そういうわけだ、已緒と夜明。仲が悪いからとか幼稚な理由で一緒に行きたくないとか云うならぶん殴ってやるからな」


 空海の暴論に立ち向かおうとする人は皆無だった。




<符哀已緒>


 苛立ちが最高峰に達したらしい夜明君は、その後秋等さんに「気分悪いから休んでる」と言い残してこの部屋を出ていった。先越されたな、僕の方が出て行けばよかった……。


 空海さんと吹っ切れたらしい秋等さんが七喜さんと話を進めている間、僕はむっと押し黙ったままソファに沈み込んでいた。人前? 知るかそんなこと。


 ……ふぅ、気を静める為にミルクティでも飲むか。えーっと、苛々には糖分が効くんだっけ? 角砂糖1つ、2つ、あともう1つ……うん、甘ったるい上に口の中で砂糖がじゃりじゃりして気持ち悪。


「……あの、已緒君、大丈夫なんですか……?」

「安心して下さい、已緒君には気が高ぶると甘い物を多量摂取するくせがあるんです」

「ありゃあきっと、将来メタボになるに違いないぜー? 運動も何もしてねぇんだからな。今が細いからって油断してると危ないもんだ、うん」

「……それ、女の子に向けて云う台詞では……」

「あん? いいよ別に、已緒は童顔云々以前に完璧女顔なんだからさ」


 あー、幻聴カナ? さっきから主に空海さんの方から僕の悪口が聞こえてくる。素直に美味しいコーヒーなんて持ってくるんじゃなかった、せめてポットの中に薬か何かでも入れておけば良かったヨ……。


「空海さん、已緒君の方から禍々しいオーラが漂い始めたのでからかうのもその辺にしておいて下さい」

「……どうでもいいけどよ、秋等って何か黒幕っぽいよな。色んな意味で」

「紅茶ぶっかけられたいんですか? 貴方ほどの悪人面した人間に云われたくありあせんね」

「お前はいつからそんな毒舌になった。あと笑顔が真っ黒なんだよ」

「空海さん限定です」

「苛ついてる時、お前らって必ず俺に当たるよな……おい已緒! ふてくされタイムは終了だ、こっち戻れ!」


 ふてくされてナイし。……はいはい、分かった戻るから睨みつけんな外見ニート野郎。


 3人の方に体を直して、ソファに顔をもたれさせながら上目遣いに秋等さんに状況の説明を促す。秋等さんは嫌な顔一つせずに頷いた。


「紫風島へ出発するのは5日後の5月3日です。早朝の6時半までに福井県のT港に集合、3人はそこから江坂家のフェリーに同船。宿泊先は同じく江坂家のお屋敷……そういうことで宜しかったですね?」


 秋等さんの問いに頷いて答える七喜さん。


「蒼子さんに了解を得ておきます。多分、オーケーが貰えるかと……」

「蒼子さんっていうのは……資料に書いた」

「えっと、旅行の発案者の江坂奏一先輩のお祖母さんです。私は小さい頃に一度お会いしていて、一応面識はあるんです」

「小学校の頃、七喜さんのご友人と共に紫風島を訪れたことがあるそうで」


 七喜さんの言葉を秋等さんが補足する。


「あとの細かいところは明日には俺が手配しておきます。だから皆さんは……別室で「事前調査」してきて下さい」

「事前調査……ですか?」


 空海さんが組んでいた長い足を解いて立ち上がり、くいと顎で僕と七喜さんにも促す。様になっているからこそイラっとくる仕草だ。僕達は空海の云う通りに従う。


 小さな歩幅で僕の元に寄ってきて、耳元でこそこそと訊いてくる七喜さん。小動物っぽくて可愛い。


「あの、已緒君……何ですか? 事前調査って……」

「……向こうの部屋で説明するヨ」


 はぐらかすような言葉で彼女の口を塞いでから、僕はふと今更ながらにとある悩みを持った。


 そういえば、七喜さんって年上なのにタメ口きいちゃってよかったのカナ……?

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