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<依頼人>
「ふわぁ、ったくチョー眠ぃ……秋等君よぉ、珈琲一杯淹れてきてくれー」
「はいはい」
「秋等さん、いいヨ。僕が淹れてくるカラ」
無精髭を生やした30代後半と見受けられる男の我儘に、二人の人間が立ち上がった。呆れながらも素直に従う大学生風の青年と、男以上に眠たげな顔をした微妙にアクセントのずれた少年だ。
「僕も丁度紅茶の飲みたい気分だったしネ。秋等さんも何か飲む? 一緒に持ってくるヨ。だから、座ってて?」
少年の変わった点は話し方だけではなかった。肩まで伸びた寝癖付きの長い髪は、曇天時の空のような色をしていた。根元から毛先まで同じ色合いだから、染めているわけではないらしい。淡いパステルカラーの入り混じった霧色、とでも表そうか。
顔立ち自体は端正で、こちらにまで睡魔を誘うようなとろんとした伏せがちの目が印象的だ。熟練の職人が手がけた人形のような印象を与えてくる。童顔なので年齢は読みとりにくいが、恐らくは中高生ほどだろう。髪色や話し方は特徴的であるが、顔立ちからして日本人である事は間違いない。
「じゃあ俺も紅茶頂こうかな。アールグレイの茶葉
、未だ残っていましたよね?」
「ウン、確か。秋等さんは角砂糖一つで、空海さんはブラックでよかったよネ?」
「おーう」
「お願いします」
「分かったヨ。あ、貴女はどうしますか?」
少年の例の伏せがちな瞳がこちらに向けられて、私は慌てて遠慮がちに注文をした。
「えっと、じゃあ……すみませんが、ミルクティを一杯お願いします」
栃木県北東部……県庁所在地である宇都宮市から50km程離れた場所にある、人口約五万人の小さな地方都市・思岡市。
10月中旬には紅葉目当ての観光客が集まる「隠れた名所」という奴なのだが、4月終わりの今はただの緩やかな過疎化に呑まれた地方といった印象である。
私はそこの住宅街の中にひっそりと存在する、とある事務所を訪ねていた。
事務所といっても見た目はまるで人のいなくなった邸宅……より直接的に云うならば、悪い言い方になってしまうがどこぞの幽霊屋敷のよう。最初着いた時には帰ってしまおうかと悩んだくらいの有様だった。
重厚な赤煉瓦の造りの洋館で敷地は広々としているが、それが逆に気味悪さを感じる。テラスに並べてあるプランターに植えられたの色とりどりの花なんかは存外にきちんと育てられていて、花々の可憐さと家の不気味さは何ともアンバランスだ。
(本当にここなの……?)
大学の友人から渡されたメモに記された住所と、携帯の画面に表示されたこの町の地図。二つがぴたりと一致していることを確認し、そして一つ溜息。
(……ワラにもすがるって云うけれど、きっとこんな気持ちなんだろうなぁ……)
同じ関東地方ではあるが、栃木を訪れるのはこれが初めてだ。東京を離れてわざわざこんな所にまで来るなんて、自分はそんなに活動的な人間だったろうか。
意外な一面を受け止めつつ、私は意を決して家のインターホンをかちりと押した。数秒後、若い男性の返事が返ってきた。
『はい、こちら「憶超」の正式事務所です。ご用件は何でしょうか?』
私と同い年か、もしくはそれよりも少しだけ上の年齢だろうか。物腰柔らかな男性の丁寧な言葉遣いに緊張を和らげると同時に、彼の言葉の中にあった「憶超」という単語に心が浮く。
うん、やっぱり間違いない……どうやら私の探していた相手が見つかったようだ。
「憶超さんに依頼があって着ました。……どうか、どうか私の話を聞いて下さい!」
「私の名前は七喜依です。東京の大学からやって来ました。えっと、名刺……です」
ジーンズのポケットから「継志大学 生物学科 七喜依」と印刷された名刺を真向かいのソファに座る青年に渡し、私は少年の持ってきてくれたミルクティをこくりと一口含んだ。甘さは控え目だけれど、香りがとても良い。
青年は私の名刺をポケットに入れると、手帳から自身の名刺を温和そうな笑顔と共に差し出してきた。名刺には「憶超 椛秋等」とあった。
「七喜さん、ですね。俺は椛秋等といいます。どうぞよろしく」
「えっと、こちらこそお願いします!」
「この二人も紹介しましょう。俺は話を聞くだけで、実際働くのはこの人達ですから……」
椛の奇妙な言い回しが少し気に掛かったものの、私は椛のソファの後ろに立っている眠たげな少年と30代程の男性の方へ視線を送った。先に挨拶をくれたのは少年の方だった。
「初めまして、七喜さん。僕は符哀已緒……漢字はチョット面倒だから書いた方が早いカナ」
云うが早いが、少年はテーブルの上に置かれたメモ用紙にさらさらと自分の名前を記した。符哀已緒……確かに変わった名前だ。
「で、ソッチの髭面のオッサンが」
「オッサン云うな。……空海欠。空と海に欠けてるで、空海欠だ。宜しく?」
「あっ……はい、宜しくお願いします」
「おう。所でさ、七喜は誰の紹介でここを知ったんだ? ネットなんかじゃ住所は公開してないんだが」
空海の問い掛けに、私はちらりと椛の顔を見た。
「私の友人で岸原って子がいるんですけど……その子が自分の知り合いに椛秋等って云う憶超の人がいると聞かされて」
「キシハラ……あの、岸原貴のことですか?」
「あっ、はい。その岸原です」
「やっぱり……またあの人ですか……」
椛の面倒臭そうな顔を見るに、どうやら二人は単純な友人同士といったわけではなさそうだ。ただしここでは関連のないことなので、深くは追及しない。
私は挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「えっと、それで……私が皆さんに相談したいというのは、最近繰り返し見るようになった『夢』の内容のことなんです……」
憶超__それは、近年になってその名を知られ始めた『夢の中の探偵』なのである。