3 Month Later (1)
「悪い、リタ。頼んでいた書類が急に必要になって……リター?」
気付けばリタとの生活も3カ月が経ち、季節はすっかり春だ。音もなく細く滴る春雨で、職場から近いからと走ってきた身体が少し濡れたが寒くは感じない。
靴を脱ぐのが面倒でエントランスでリタの名前を呼んだが、部屋からは何の応答もない。
「…リタ?」
リタの靴はある。心配になって部屋に行くとリタはラグに寝転んで眠っていた。晴れている日のリタは外に出たり、本を読んだり、家事に挑戦しているらしいが、今日のように雨の日はラグの上から動かずに、頼んだ仕事をする以外はぼうっとしているようだ。
テーブルの上には全て処理が終わった書類が積み上げられている。よかった、とその書類に手を伸ばそうとした。
――これは……
しかし、俺の手は明らかに書類とは異質な青色の封筒を見つけて止まった。そこには美しい筆跡でフェグリット語とリズダイク語の両方が書かれている。宛先はフェグリット王国の首都、そして相手の名前はグランディエルバ・レミオール。
俺は一瞬の躊躇の後、起きる様子のないリタを確認してからその封筒を手に取った。悪いとは思うが、俺の記憶以外でリタがプールビア王女だという証拠があるかもしれない。
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親愛なるエスター
元気にしていますか?
雨が降るたびにこうして手紙を書いているので、随分な量になりましたね。
フェグリットではそろそろブーゲンビレアの花の季節でしょうか?
あの河の整備も終わり、新たな王城の計画も整ったと聞きます。もとの王城は掘り起こさないようですね。それがいいと思います。
ミラン殿下の12歳の誕生日がもうすぐですね。昨年の誕生日に、次の誕生日に私の身長を超えていたら私の剣を持たせてあげると約束したのを思い出しました。きっと、あの剣はあなたが持っているますね。あなたの判断で、いつか持たせてあげてください。
けれど、どうぞその剣が必要とならないように。
また雨が降ったら連絡します。その時には私の事も話せるよう、一歩踏み出してみようと思っています。
あなたの優しさに感謝をこめて。さようなら。
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手紙の冒頭の名前は宛名とは違う。エスターとはエスターシュヴァン・クロー国王の愛称、ミランというのは弟のセーブルミリアン・クロー殿下の愛称だろう。フェグリット人は名前・父親の苗字・身分が名前となっていて、貴族階級になると名前が長い。しかも名前自体が長く、親しい関係になると愛称を使うらしい。
最初からリタがプールビア王女だと思っていたが、これで万が一の間違いもなくなった。リタは亡くなったとされているフェグリット王国のプールビア王女だ。だとしても、別に何かが変わるわけではないが。
…どうして、リタは助かってここにいるのだろうか。それに、最期の『一歩踏み出してみようと思っています』とは何のことだろうか。
――もしかして、ここを出ていくわけじゃないだろうな…
嫌な考えが頭をよぎる。これだけ一緒にいてもリタが何を考えて俺のところにいるのか、俺の事をどう思っているのかはわからない。俺に懐いたと思ったら、よそよそしくなったり、最近はなんだか距離を測りかねているように感じる。
「やばっ…」
何しに部屋に帰ってきたんだか。俺は封筒をテーブルに戻すと書類を持って急いで職場に戻る。リタの事は心配したって仕方がないことだ。流石にふらりと出ていくことはないだろうし。
――まあ、出ていかせる気なんてないけど。
とにかく、次の雨の日までにはわかるのだろう。