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猫と、雨  作者: 周防駆琉
8/31

2.5 Month Later

「心ここにあらず、ね、シェイド。その顔、仕事の事じゃないでしょう?相談にのるわよ」



 いつのまにか短くなっていた煙草を細い指が奪い、灰皿で揉み消す。無意識に吸ってしまう煙草は何とも言えない。


 一息つこうと顔を上げると目の前には書類が散らばったデスク、そしてシーツが乱れた大きなベッド。そして、面白そうにほほ笑むエマ。



「…あー、エンリョしときます」


「ふふっ、悩みはあなたが拾った猫ちゃんのことかしら?」



 怪しげなその微笑みに一瞬寒気がして、返事が遅れた。するとエマは一層その笑みを深くして、爆弾を落としてくれる。エマの情報収集力は頼りにしているが、そんなことまで集めなくていい。



「懐いてくれたと思ってたんだけどなぁ…」



 本を渡した日からリタはなんだかよそよそしい。あの日以来、ほとんど夜を部屋で過ごせていないからかもしれないが、少ない口数はさらに減ったし、頭をなでると変な顔をする。それもそれで可愛いっちゃ可愛いんだけど。



「あらら…重症ねぇ。随分頭のいい猫ちゃんなんでしょ?そういうタイプはちゃんとコミュニケーションをとらなきゃ、いろいろと考えすぎちゃうものよ」


「コミュニケーションって言われてもな…あいつ、ぽつぽつとしか鳴かないし。一緒にいられる時間が減った分、あいつの好きな飯食わせたり、本とか、甘いものとか、渡してるんだけどな…」



 あの人に先を越された俺は、結構頑張ってリタの好きなものを探しだした。好きな食べ物はオムライス、茄子とベーコンのトマトスパ、女の子らしく甘い菓子類も好きだ。



「本当に猫っ可愛がりねえ……でも、それじゃあ不安にもなるわ。恋愛っていうのは、与えあうものなの。与えられてばかりでは、その愛情がどんな種類のものなのか疑っちゃう。シェイドの事だから言葉にはしてないんでしょ?」


「…言えない事情があるんだよ」


「それはあなたの事情であって、猫ちゃんの事情じゃないでしょ?こら、煙草に逃げない!!」



 エマはついつい煙草の箱に伸びた俺の手をパチンとはたくと、テーブルの上の書類を勝手に片づけ始めた。時刻は深夜3時。もう寝たいのだろう。どうせこれ以上起きていても仕事は進まないだろうし、俺も諦めてベッドに向かおうと立ちあがった。



「うわっ…なんだよ」


「遊び歩いてないで猫ちゃんが待つ部屋に帰りなさい。口に出せないなら、身体で表現するのも一つよ?」



 ばさり、と投げつけられた重い制服のジャケット、ずいと突き出された鞄。そして、それをしたのは妖艶と微笑むエマに外ならなかった。




**********************************************************************



――…?


 何か物音が聞こえた気がして、私は浅い眠りから目を覚ました。最近、一人で夜を過ごすことが多い。シェイドは仕事だって言っているけれど、恋人の所に行っているのかも知れない。そう思うと、不安で、寂しくて、シェイドいない夜はよく寝れなかった。


――シェイドが帰ってきた!?ど、どうしようっ…


 焦る私の事などかまわずに、シェイドが部屋入口に置かれたランプを付ける。薄明るくなる室内。これはもう、寝たふりをするしかない。私は壁の方に身体を向け、ぎゅっと目を閉じた。



「……リタ?」


「…………」



 驚いたように呟かれたシェイドの声。それもそうだろう。だって、自分のベッドで私が眠っているのだから。


 いつもの私はお気に入りのラグの上でふわふわの毛布にくるまって眠っている。でも、シェイドが朝に帰ってくることはないとわかってからは、彼の存在を感じていたくてベッドにもぐりこんでいた。


 どうして今日は夜が明ける前の微妙な時間に帰ってきたのだろう。


 寝たふりがばれたらどうしよう。子供みたいな自分の行動が恥ずかしくて、どきどきと心臓が鼓動を刻む。これ以上近づかないで。近づいたら心臓の音がシェイドに聞こえてしまうかも知れない。そう願っていたのに、ぎしり、とベッドの軋む音。そして、ベッドなんかよりもずっと強いシェイドの香り。



「なんだこいつ」



 失礼な言葉と共に、いつものように大きな手が私の頭を撫でていく。これも癖なのだろうか。彼はよく頭をなでる。もしかしたら、末っ子だからお兄さんたちにそうされて育ったのかも知れない。だとしたら、やはり私は妹やペットと同列なのだろう。


 そっちがそういう気ならこっちだってペットらしく甘えてしまおう。わざとらしくないように、シェイドのほうへ寝返りをうつと彼の身体にぶつかった。


 「うー…」なんて、寝ぼけたふりで私はぶつかったシェイドの腰に腕をまわして抱き締めた。私だって小娘とはいえ女の子だもん。動揺すればいい。


 だけど、動揺したのは私のほう。シェイドは別に気にした様子もなく、今度は頭だけじゃなくてその手を背中まで滑らせて。



「…かわいい奴」



 そう呟いたのだから。

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